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012.Remind Me Who I Am

「なんかお会いする度に、デートをしてるだけのような気がするんですけど?」

 ドルチェ(Dolce)ボネ(ココアプリン)をスプーンで頬張りながら、シンが呟く。

 フランを良く作るシンとしては、同じ系統のスプーン菓子であるボネのより濃厚で甘すぎない味も大好きである。


「こういう時間は嫌い?」

 アイ自ら予約を入れたこのイタリア料理店はデザートも含めて及第点だったらしく、彼女はかなりご機嫌だ。

 尤も毎週顔を合わせるようになってから、彼女の不機嫌な表情をシンは見たことが無いのである。


「いえ。アイさんと一緒だと、リラックス出来てとっても楽しいですよ。

 それに訪問しているのも、僕には敷居が高い格式ある店ばかりですし」


 アイは武装していない素手であっても、その強さはシンの知る限り地上最強であろう。

 殺気を纏っていない状態のアイは気品のある美しさが際立って、とてもそんな存在には見えないのであるが。


「メトセラのベーシックインカムがあるから、手が届かないって事は無いでしょう?

 それに貴方の今の稼ぎなら、入店を躊躇(ためら)う高級な店なんて存在しないと思うけど。

 そういえば亡くなった母君と、こういう二人きりの時間を持ったことはあるの?」


「いいえ、僕にはやる事がいつも目の前に山積みだったので、全くありませんでしたね。

 妹を世話するようになってからは、外食自体もしたことが無かったですし」


「容姿は母親の血筋を感じるけど、あなたは彼女と考え方が全く似ていないわね。

 彼女は|唯我独尊だったけど、あなたは穏やかで誰からも好かれるタイプだし。

 きっと一緒に過ごした時間が少なかったから、その部分の影響は受けなかったのね」

 エスプレッソカップにペルーシュブラウン(きび砂糖)を入れながら、彼女は何かを探るようにシンの顔をじっと見ている。


「……」


「私の場合はユウと一緒に居る時間が長かったけど、考え方がどの程度引き継がれたのか良く分からないわ。

 父親の存在が、あの子の中では大きすぎるのかもね」


「カーメリで写真は見せて貰いましたけど、ユウさんのお父上ってどういう方だったんですか?」


「うん、そうねぇ……メトセラよりもヒーローらしい人だったわね。

 ユウにもその能力は引き継がれているけど、普通の人間では出来ない不可能を可能にするっていうタイプだったわ」


「まるでバ●トマンみたいですね」


「ああ、そういう意味では、シンは彼に似ているのかも知れないわ。

 私が君を気に入っているのは、そういう理由もあるのかも」


「……それにしても、アイさんってトーキョーがお好きなんですね?

 デートに指定する場所も必ず都内だし、お店も良くご存知ですし」

 面と向かってのお気に入り宣言はスルーして、シンは会話を続ける。


「何より、ジャンプでお迎えして貰えるからね。

 食べ歩きするなら、世界中でこれ以上コスパが良い場所って無いと思うわよ」


「えっ、コストパフォーマンスなんて気にしてないのかと思いましたよ?」


「私を誰だと思ってるの?

 皿毎の原価を計算できる人間が、ボッタクリの中途半端な店に行ける訳はないでしょう?」


「ははは、なるほど」


 アイは料理研究家として世界的に有名なので、食事の最中に席を立ったりすると大騒ぎになる場合も多い。

 勘違いしたシェフが高慢な態度で接したりすると、普段は隠している彼女の本性を見てしまう事になるからである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 シンはアイを横抱きにして、ジャンプで寮の屋上に戻ってきた。

 最近は彼女の希望で、寮に戻ってから彼女の作った夕餉を一緒に囲むのが習慣になりつつある。


「「ただいま!」」

 

「おかえりなさい!」

 リビングに顔を出すと、満面の笑顔でエイミーが二人を出迎えてくれる。


「エイミー、今日も支度を手伝ってくれる?」


「はい、喜んで!」

 アイを大好きなエイミーは、今にもスキップしそうな上機嫌でキッチンへと向かう。


「シン君、最近良くアイさんが来てくれるんだけど、どういう事?」

 最近はトラブルも少なく業務に余裕があるケイが、ソファからシンに聞いてくる。

 彼女の服装はTシャツとショートパンツという、いつものリラックスした部屋着である。


「今僕の教育担当はアイさんなので、週一でここを訪問してるのはご本人の希望なんですよ。

 それにキッチンに僕が入らずにエイミーと二人きりなのも、彼女の指示なんです」


「へぇ、なるほど」


「あれっ、ケイさんってアイさんが苦手でしたっけ?

 ユウさんとはあんなに仲が良いのに、気後れするんですか?」


「ユウの母君っていうのは、全く別の話だよ。

 あの伝説のメトセラを前にして、シン君は何で平然としていられるんだい?」


「慣れ……ですかね。

 一緒に居る時間も長いですから、そんなに気後れしてると疲れますし」


「私は普段食べれない米帝料理が食べれるから、アイさんが来てくれるのは大歓迎だな」


「うん同感。あの人の作るロシア料理も絶品なんだよね!」


 食欲に偏ったパピとルーは、息のあった様子で役得を強調している。

 米帝料理は兎も角、シンのロシア料理のレパートリーはとても少ないのは確かなのである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ハナちゃんも、こうして改めて見ると大きくなったわね」


 食事の席で、アイはしみじみとした口調で呟く。

 テーブルの上には、アイとエイミーが作った様々な国の料理が並んでいる。


「はい?私の事をご存知なんですか?」


 濃厚な味のマカロニチーズを喜々として頬張っていたハナが、スプーンを止めてアイに質問する。

 ハナはテキサスで彼女と会う機会があったが、会話するのは今日が初めてである。


「何言ってるの?あなたは私のダイナーの常連客じゃない?

 そのマカロニチーズも、あなたの好物だから用意したのよ」


「……」


「トーコちゃんも、最近はお母さんに似てきたわね」


「へっ、私の事も知ってるんですか?」


「あなたのお母さんとは長い付き合いだし、オシメを替えて上げた事もあるのよ」


「……」


「ルーは、御免なさいね!

 貴方の居場所をロストしてから、助け出すまでに時間が掛かって」


「?」

 ルーは会話の意味を理解できずに、大好物の白いボルシチを食べる手を止めて首を傾げている。


「なんか娘が沢山出来たみたいで、ここは居心地が良いわ。

 シン、明日の午前中の予定は?」


「特にありませんけど」


「じゃぁ、ジャンプで送って貰うのは、明日の朝にしてくれる?

 SID、今ユウはどこに居るの?」


「Tokyoオフィスのキッチンで、調理中です」


「手土産を持って、夕食後に合流するように伝えてくれる?」


「了解です」


                 ☆



 エイミーとトーコ、ハナを除いた全員は、夕食後の酒宴に突入していた。

 アイの命令でつまみを持参したユウは、アイと離れた席でいつものバーボンをオンザロックでちびちびと飲んでいる。


「ユウ、このジャンボ餃子って既製品じゃない?

 手抜きしてるなぁ!」


「餃子の手作りが無理な事情を、知ってる癖に!

 でも母さんの嫌いな化調は入ってないし、この餃子はTokyoメンバー全員のお気に入りなんだよ!」

 喧嘩腰では無いが、強い口調でユウがアイに反論する。

 普段は穏やかなユウがこういう口調で会話するのを始めて見たケイやパピが、かなり驚いた表情をしている。


「まぁ40年以上前から、殆ど味が変わってないのは立派かもね。

 皮が薄くなったり厚くなったりするのは、流行もあるから」


「なんだ、この店の餃子を食べた事があるんじゃない!」


「そりゃぁ、世界中を食べ歩きするのも仕事だからね」

 アイはケイの横で、彼女のニホン酒コレクションを美味しそうに煽っている。

 銘柄をケイに小声で確認しているということは、ケイが選んだ純米大吟醸は好みに合っているのだろう。


「母さんはシン君のことを、随分と気に入ってるみたいだね」

 ルーの水割りのお替りを作りながら、ユウはアイに向けて尋ねる。

 焼き餃子や余りもののピッザを食べるのに忙しいルーは、横で会話を聞きながらも食欲を優先しているようだ。


「各方面から狙われてるからね。

 私がバックに居るとわかれば、諦める人も多いでしょ?」


「……僕って狙われてるんですか?

 最近は中華連合からのちょっかいも無いので、平穏な日常ですけど」

 ビールを飲みながら酒宴に付き合っているシンは、不思議そうな表情で言葉を返す。


アンジー(大統領)やフェルマみたいな搦め手だけじゃなくて、強引な連中も世界中には居るからね」


「ねぇアイさん、その『搦め手(からめて)』ってどういう意味なの?」

 それまで無言だったルーが、口一杯に餅子チキンを含みながら尋ねる。


「ルーちゃん、それはシン本人に聞くときっと実演付で教えて貰えるわよ」


「「「「……」」」」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 深夜の大浴場。


 シンは湯船に浸かり、一人静かに温泉を堪能していた。

 エイミーは既に熟睡しているし、いつも付いてくるシリウスはトーコの部屋に鹵獲されているので此処には居ない。

 ちなみに大浴場に設置されているバーチャルウインドには、シンがお気に入りのマウナケア山頂からの景色が写っている。


 近々の思い悩む課題は何も無いが、丸一日体力を温存していたシンは眠りに入るタイミングを逃していた。

 寝つきの良い彼としては、非常に珍しい事である。


(最近は時差の蓄積も無いし、眠れないという事はなかったのになぁ。

 仕方がないから、ちょっとハワイへジャンプして散歩でもして来ようかな)


「シン、お邪魔するわよ」

 バスタオルで前を覆う事も無く、颯爽とした足取りで全裸のアイが浴場に入ってくる。

 相当な量のニホン酒を飲んだにも関わらず、彼女は顔色一つ変わっていない。

 見事なプロポーションの肢体には傷跡一つなく、まるでセンターフォールドのグラビアを見ているようである。

 

「……はいっ、どうぞ。

 僕はもう上がりますから」


「ここは元から混浴なんでしょ?

 追い出すような真似はしたくないから、そのまま入っていて頂戴」


「……」


「何じっと見てるの?

 あなたの場合は、女性の裸なんて見慣れてるでしょ?」


 かけ湯している姿から目を離せずに、シンはアイの身体を無作法に凝視してしまっている。

 背中、上腕、そして太股には、フウやアンジーに見られた歴戦の傷跡が全く残っていないからである。

 これは女性に対する興味というよりも、シンの身についてしまっている観察眼の所為なのであろう。


「いえ……あの、見とれてました」


「ふふふっ、言うようになったわね。

 あなた今、アンジーと見比べてたでしょ?」


「あれっ、分かっちゃいましたか?」


「熱い眼差しじゃなくて、冷静に観察している視線は区別できるもの。

 あの子はフウと一緒で傷を修復する時間的な余裕が無いから、裸を見ても酷いことを言っちゃだめよ」


「……はい」

 

「ねぇ、ちょっと真面目な話しをして良いかしら」


 湯船に入ってシンに手が届く距離に近づいてきたアイは、シリアスな口調で尋ねる。

 微妙なニュアンスを表現できるという事は、アイはニホン語をかなり使い慣れているのだろう。


「はいっ?」


「中華連合の焦土を自分自身の目で見て、何を感じた?」


「……寂寥感ですかね。

 動物が繁殖している地域があったのは、唯一の救いでしたけど」


「一歩間違うと、それがこの惑星全土の光景になる可能性もあったのよね。

 当時の施政者が的確な判断をしていなければ、あのEOPのシーンが再現されていたかも知れないわ」


「……」


「私達は依頼される以外の作戦には参加できないし、独自にパワーバランスへ介入できるだけの戦力も持っていないわ。

 技術革新や政治に裏から介入することは出来るけど、歴史の大きな流れを変えることは殆ど不可能でしょうね」


「ええ。出来る事が限られているのは、日頃から痛感しています」


「戦闘に関してはほとんど万能な貴方が言うと、説得力があるわね……。

 バステトのアドバイスを素直に聞いてくれる米帝の大統領なら良いのだけれど、施政者にはまともじゃない人も沢山いるからね」


「……」


「あなたがレイと大きく違うのは、周囲に対してのカリスマ性かしら。

 レイは天才肌で人に畏怖を感じさせるけど、あなたは同じような能力があっても壁を作らずに人を惹きつける魅力を持っているわ」


「はぁ、自分では何とも言えないですけど」


「調整型で穏やかな性格の貴方は、そのカリスマをこれからもより発揮して貰いたいわね」


「あの……人をジゴロ(女たらし)みたいに言わないで欲しいんですが」


「とりあえず、アンジーみたいな協力者を増やすためにも、もっと男を磨いてほしいわね。

 見とれてたなんて言うわりには……反応がイマイチだもの」


 アンジーは湯船に透けて見えるシンの下半身を一瞬だけ見ると、厳しい一言を発する。


「はい……鋭意努力させていただきます」


 シンの情けない同意の声に、アイは満面の笑みを浮かべたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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