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004.Show Me

 Tokyoオフィスのリビング。


 シンがユウからお願いされた食事の支度は、食欲旺盛なカーメリ隊員のそれを用意するのと手間は殆ど変わらない。こちらへ居候している寮生を含めても頭数は大幅に少ないのだが、常識を超えた食欲を持つマリーが居るからである。

 

「シン、おかわりっ!」


「カツメシは気に入った?」


「うん。カツカレーも良いけど、これも美味しい!

 牛カツもサクサクして食べやすいし、このソースも飽きない味!」


 ご当地洋食に分類されるメニューの味を、マリーが気に入ってくれたのでシンも一安心である。

 ただし『飽きない味』でおかわりを繰り返すと、炊飯したご飯が足りるかどうかは微妙な線なのであるが。


「へえっ、これもニホン料理なのか?」

ニホン滞在が長いフウでも、カツメシは初めてのようである。


「ええ、僕もユウさんに教わった後に、発祥のヒョウゴにある店に食べにいって吃驚しましたから。

 こういう一風変わったご当地洋食は、ニホン各地にあるみたいですね」


「あれっ、私を置いてシン一人で食べに行ったんですか?

 それは聞き捨てならないですね!」


「あはは、エイミーがユウさんと訓練してる合間だから勘弁してよ。

 寮の皆に出す前に、どうしても本場の味をチェックしたくてさ」


「まぁ美味しいから、許してあげます!」

 まるで浮気を咎めるようなキツイ台詞と違って、エイミーの表情はあくまで笑顔である。


「ハナはどう?口に合いそうかな?」


「この揚げ物、衣が違いますけどフライドチキンステーキみたいですね。

 ソースも馴染みがあるデミグラスに近い味なんで、とっても美味しいです」


「ああ、テキサスで食べて貰った人も似たような感想だったな。

 ご当地洋食でも、カツカレーよりは欧米寄りの味だからやっぱり食べ易いんだろうね」


 久々に顔を合わせたハナは、夜食のチョコバーを控えていたのかかなり体重が落ちている。

 アンやフウの食事が口に合わないという事は無いと思うが、集中すると不眠不休で作業に没頭してしまうのが彼女の大きな欠点でもある。


 トーコに関してはハヤシライスを寮で出した経験があるので、シンは何の心配していなかった。

 小食の彼女にしては食が進んでいるようであるが、小柄な彼女も痩せると急激に体力が落ちるので要注意なのである。


 シンが夕飯用に大量に用意したカツメシだが、まだ幼いマイラに配膳した分だけは若干手を加えていた。

 彼女はとにかく卵を使った料理が好物なので、オムライスにこのビーフカツとソースをかけた『ボルガライス』風に仕上げている。


「マイラ、どうかな?」


「あい。おいしいも!」


「……ねぇルー、マイラに変なニホン語を教えてない?」


「ううん、姉さんと一緒に見てるアニメかなんかで覚えたんじゃない?

 シン、おかわりっ!」

 ルーの食欲はいつも通りに旺盛であり、適合能力の高い彼女は何時でも何処でも平常運転である。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「あれっ、いつの間に?」

 大きなダブルベットで何時も一緒に寝ているシンとエイミーだが、シンは背中に密着している何かを察知して目が覚める。

 ちなみに床に寝ているシリウスがベットに入ってくることは無いし、ピートがシリウスが居るこの部屋に勝手に入って来ることは有り得ない。


 ダブルベットに潜り込んで居たのは、ダボダボのTシャツ姿のマイラである。

 シンの背中にしっかりとしがみ付き、鼻をぴくぴくさせて幸せそうに寝息を立てている。


「ふふふっ、まるで父親に甘える娘みたい。

 もうすっかりシンに懐いてますね」

 シンの気配で目を覚ましたエイミーが、マイラを見て頬を緩めている。

 

「エイミー、怒ってないの?」


「彼女はまだ親のぬくもりが恋しい年齢ですから。

 研究所に詰めているフェルマさんと同居ができない以上、シンに甘える位は大目に見てあげないと可哀想ですよ」


「この子は寮に来るとか聞いてたけど、学園に通えるのかなぁ」

 シンは舌足らずのニホン語を喋る彼女を見ているので、学園にちゃんと通えるか懸念があるようだ。


「フェルマさんの妹ですから、こう見えても入学試験は楽にパスするだけの知力があるみたいですよ」



                 ☆



 シンが帰還して数日後。


「そう言えばシン、MV(ミュージックビデオ)の撮影があるって言ってなかったっけ?」

 フウがいつものエスプレッソを飲みながら、ソファでリラックスしているシンに尋ねてくる。

 食事の支度に追われていた数日前に比べて、通常業務に復帰した彼女からは本来の余裕が感じられる。


 エイミーがトレーニングルームでルーと組手をしているので、リビングではシンがコーヒーを飲みながら一人でリラックスしている。

 シンが参加すると自分自身のトレーニングになって趣旨が変わってしまうので、見学もせずに一人でリビングに残っているのである。

 カプセルタイプの浅煎りコーヒーは、やはりイタリアで飲んでいたルンゴよりもシンの嗜好にピッタリと合っている様だ。


 ちなみにリビングの大画面液晶の前では、マリーがマイラと一緒にどら焼きを食べながらドキュメンタリー番組を見ている。

 マイラは色が黒い餡子がまだ苦手なようで、手にした厚焼き煎餅をばりばりと食べている。

 

「ああ、ミラノではCDジャケットのイメージに合わせて寒い場所で撮りたいみたいな事を、プロデューサーは力説してたんですけどね。

 でも新人のMV(ミュージックビデオ)に予算は掛けられないので、結局はニューヨークのスタジオで撮った分と合成するみたいですよ」


「えっ、もう撮影は済んでるのか?」


「はい。現地集合にしてもらって、空き時間にジャンプで行ってましたから。

 衣装合わせと待ち時間がなければ、撮影自体はほとんど数分でしたよ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 米帝でCDがリリースされ、完成したMV(ミュージックビデオ)も公開されていたが、ニホンでのシンの日常は平穏そのものである。

 Congohではどのブランチ(支社)でも世界中のケーブルテレビを鑑賞できるのだが、シンはわざわざ自分のMVをエゴサーチするほど自意識過剰では無い。


「売れ行きがかなり好調みたいなんだけど、こんな販促方法は聞いた事が無いって向こうのマーケティング担当者も驚いてるみたいだよ」

 夕餉の支度中に掛かってきたカーメリからの音声連絡だが、レイの声は困惑というよりも面白がっているように聞こえる。


「はぁ?どういう事なんでしょうか」

 シンは勝手知ったるキッチンで、中華鍋をカッコンカッコンと煽りながら応える。

 中華料理を作るメンバーが居ないTokyoオフィスであるが、調理器具や調味料は一通り揃っているので何の問題も無い。

 レイと会話をしながらのいつもの調理なので、ここが寮では無くTokyoオフィスであるのを忘れてしまいそうな状況である。

 

「シン君、米帝の大統領(アンジー)にサンプル盤を送ったよね?」


「はい。一枚だけ、彼女宛てに送りましたけど」

 シンはブザーが鳴った自動餃子焼き器の蓋を持ち上げて、焼き上がりをターナーで大皿に並べていく。

 初めて使った調理器具だが、大量の餃子を自動で焼き上げてくれる使い勝手にシンは感心しきりである。

 マリーの食欲に合わせて大量に焼いても、フライパンで火傷をする事が無いのが何より素晴らしい。


「最近の大統領の日常のスナップ写真に、このCDジャケットが頻繁に写り込んでいてね。

 あのCDは何なんだって、話題になってるみたいなんだよ」


「……」


 一緒に厨房で調理をしているエイミーは、中華鍋でかに玉のあんかけを仕上げている。

 彼女はシンに中華料理も習っているので、レパートリーも順調に増えているようである。


「ホワイトハウスの広報官は、定例会見で最近の大統領のお気に入りですってジャケットを見せながら一言だけ説明したんだけど。実際に大統領執務室で、BGMとして頻繁に流れてるみたいなんだよ。

 それでタイトル名とかアーティスト名が突き止められてね、なんかオーダーが殺到したみたいだね」


 シンはアンジーからお礼のメールを貰っていたが、もちろんシンからプロモーションに協力するようにお願いした事実は無い。


「……」


「それで裏ではジョーが知り合いのDJとか、ラジオ局の偉いさんに自主的にプロモーション活動を続けていてね。

 相乗効果で、かなりの盛り上がりが起きてるみたいだよ」


「はぁ……ジョーさんのご厚意は嬉しいですけど、アンジーに送ったのはそういう意図じゃ無かったんですけどね」


「話題性だけで音楽CDが売れる時代じゃないから、売り上げ好調っていう事は中身の音楽が評価されてるって事だと思うよ。

 レコード会社の中でも、派手さは無くても音楽性が高いって評価が定着してるみたいだし」


「はぁ……早々に廃盤になるよりは嬉しいですけど、なんか複雑ですよね。

 それでそっちの状況はどうなんですか?」


 シンは一通り調理が終わった大皿をワゴンに乗せていく。

 エイミーは炊飯器を乗せたワゴンを、先にリビングに運んでいるようだ。


「ああ、やっとテストフライトも軌道に乗ったんで、あとは現地のエンジニアに任せれば一段落かな。

 ユウ君も今週中にサラに引き継ぎを終えるから、一緒にワコージェットで戻ろうかと思っているよ」



                 ☆


 夕食後のキッチン。


「シン、ちょっと相談なんだが」

 フウが下洗いをした食器を、食洗器のラックにセットしながらシリアスな口調で言う。

 厨房には、今現在シンとフウ二人だけである。


「はい?何でしょう」

 納豆製造用のボウルを熱湯消毒しながら、シンは答える。

 彼女からの相談というのは毎回かなり大事になるので、若干身構えてしまうのは仕方が無いだろう。

 ちなみに納豆作りは普段はユウの定型業務だが、不在なのでシンが代行しているのである。


「ここで預かってるマイラなんだが、ジーの了解が取れて漸く(ようやく)学園に通う事になってな。

 そろそろ寮に引っ越しさせようと思ってるんだ」


 フウがレバーを下げると、食洗器が水音を立てて動作を開始する。


「……」

 シンは話を聞きながら冷凍してあった納豆菌のタネをボウルに移し、圧力鍋で煮上げた大豆を入れて攪拌していく。


「ユウが戻ってくるタイミングで彼女も寮に行く予定になんだが、日常生活についてはルーが引き続き面倒を見てくれる事になっている。

 それで食事について、お前にあらかじめ頼んでおこうと思ってな」


「それは言うまでも無く大丈夫ですけど。あの子は特に食べれない食材も無いみたいですし。

 でもニホン語での授業を、彼女は理解できるんですかね?」


 製造器に収納する専用容器に納豆菌を散布した大豆を小分けにしながら、シンは返答する。

 納豆菌はアイから提供されているもので、此処Tokyoオフィスで一番評判良かったものを選別して使用しているらしい。


「英語は流暢だが、確かにニホン語はまだ問題があるかな。

 まぁ知能指数が姉と一緒で高いから、適合するのは早いだろう。

 必要ならば英語で質問をするだろうし」


 フウはシンが記入した定期配送便の発注表をチェックしていく。

 食材の注文は自動で定期発送されるものだけでは無いので、不足分や別注分は手発注する必要があるのだ。


「あのフェルマさんと一緒に生活できれば、彼女も安心なんでしょうけどね」

 製造器の庫内に容器をセットして、タイマーを設定すれば納豆に関する準備は完了である。


「いや、寮に入れてほしいというのは、姉のフェルマの直々の要望なんだよ」


「どういう事なんでしょう?」

 シンは翌日の朝食用の米を洗米器にセットしながら、フウに尋ねる。


「……それはお前が居るからなんだろうな」


「?」

 大きな音を立てて、洗米後に排米パイプから流れてくる白米をチェックしながら、シンは首を傾げている。


「フェルマは自分が気に入ったお前に、マイラの面倒を見て貰いたいんだろう。

 マイラは父親を知らずに育っているみたいだから、自分が面倒を見るよりシンの傍に居る方が良いと考えたんだろうな。

 それにマイラの様子を見てると、初対面からすっかりと懐かれてるだろ?」


「でも懐かれた原因は、匂いが好きだからっていう単純な理由みたいですけどね」

 ザルで水が切れた米を2台分のIH炊飯ジャーの内釜に移し、シンは目盛りを見ながら浄水器の水を入れていく。

 此処はニホンなので軟水器は必要無いが、業務用のセラミック浄水器を通した水を使っているのは当然の事である。


「チタウリの種族では、嗅覚は匂い以外にもいろんなモノを探知できるみたいだぞ。

 特に女性の場合は、自分の子孫を残すために遺伝子の選別も匂いで行っているというのが定説みたいだし」


「えっ、あの小さい子でもそうなんですかね」

 セットを終えたIH炊飯ジャーのタイマーをセットして、炊飯の準備はこれで完了である。


「エイミーも成長著しいから、もう一人妹を傍に置く位のキャパはあるだろう?」


「……はい。了解しました」

 会話はひと段落しても、シンの厨房での雑務はまだまだ続くのであった。



                 ☆



 翌日。

 午後のTokyoオフィスリビング。


「あっ、ねーちゃん!」

 リビングにフェルマが顔を出すと、マイラはまっしぐらに駆け寄って彼女に抱き付く。


「シン君、この間はその……ごめんなさい!」

 妹の頭を優しく撫でながら、フェルマはシンに消え入るような小さい声で呟く。

 目線はシンに向いているが、彼女の表情は羞恥によるものか真っ赤である。


「あっ、その事は気にしてませんから、これで終わりにして下さい。

 業務命令でされた事を蒸し返されると、僕も、その、恥ずかしいので」

 微妙な内容の会話なので、シンの傍に居たエイミーは聞き耳を立てているようだが、あえて口を挟んでこない。

 だが後で内容について説明させられるのは明らかなので、あの場で無防備だったシンとしては忸怩(じくじ)たる思いである。


「それでマイラの事なんだけど、押しつけちゃったみたいで心苦しいんだけど宜しくお願いします」

 すっかり流暢になったニホン語とともに、ニホン式の挨拶でフェルマは深く腰を折っている。

 横に居るマイラは状況がわからないので、キョトンとした表情である。


「ああ、それは問題無いです。

 妹がもう一人増えたみたいなもので、寮には日常の世話をしてくれるルーも居ますから」


「いもうとじゃないよ、まだちいさいけど、わたしもシンと『Brace(つがい)』になるんだもん!」

 小さいながらも胸をはって堂々と宣言するマイラは、自分の言葉をどれだけ理解しているのだろうか?



「……I’m so jealous!」

 フェルマは思わず呟いてしまった自分の本音に気付いて、さらに顔を真っ赤染めて(うつむ)いている。


 エイミーは状況を静観しているが、フェルマが登場して以来無言なのが不気味である。


 マイラはいつの間にか姉の傍を離れて、シンの腰にしっかりと抱き付いている。


 リビングの離れた場所にはフウが居るが、彼女は我関せずという様子で目線をシンに合わせて来ない。


 修羅場とまでは言えないが、混乱してしまった状況をどう収拾しようか複雑な表情で考え込んでいるシンなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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