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001.More Ways Than One

 深夜の大浴場。


 湯船にゆったりと浸かりながら、シンは完成したサンプル音源を聞き直していた。

 壁に備え付けのコミュニケーターのスピーカーはサイズが小さく音も貧弱だが、天井に備え付けられている防滴スピーカーは音質もクリアで、音楽を楽しむ事ができるレヴェルである。


 浅い足湯にはシリウスが何時ものように陣取り、浴槽の淵に顎をのせてリラックスしている。

 最近のシリウスは構ってもらいたい一心で、シンが大浴場に向かうと付いてくるのが習慣になっているようだ。

 ちなみにシリウスは湯あたりしないように自分で湯舟に浸かる時間を調整出来るので、シンは彼女を注視していなくても特に問題は無い。


 マスタリング終了後、レコード会社からはMV(ミュージックビデオ)に出演して欲しいと依頼が来たが、契約条項には含まれていないのでシンは返答を保留している。

 現実的には数日後にイタリア研修に向かうので、撮影で長時間拘束されるのは不可能なのであるが。


(やり尽くしたとは言えないけど、今はこれが精一杯だろうなぁ。

 客観的に聞いてみても、悪くない出来栄えだと思うし)


「シン、レイさんから音声通話が入っていますが出ますか?」

 コミュニケーターから、SIDの柔らかい声が浴室に響く。

 突然の音声にシンが驚かないのは、彼女?がタイミングを図って話し掛けているからである。


「えっ、こんな夜半に珍しいなぁ……繋いでくれる?

 レイさん、シンです」


「ああ、シン君こんな時間に悪いね。

 今はリビングかな?」


「ええと、大浴場の湯船の中です。

 多少エコーがかかって、聞き取りにくいと思いますが」


「ああ、本物の温泉に毎日入れるなんて羨ましいよね。

 今度入りに行くよ……それでMV(ミュージックビデオ)の件なんだけどね」


「来週からカーメリですからね、打ち合わせするにしてもその後になっちゃいますね。

 それに顔出しすると拙いので、その辺りはどうするかですよね」


「シン君がイタリアに行くから打ち合わせは無理ってこっちから連絡したんだけど、プロデューサーの女性がせっかちでさ。

 それなら自分が出向くから、場所を教えてくれって煩くてね」


「今カーメリに来られたりすると、新機種導入でセキュリティが厳重になってますからちょっと不味いですよね」


「うん。それでフウさんに掛け合って、一日だけ中日にオフをもらってあるから。

 その日にミラノで、プロデューサーと会って欲しいんだよね」


「了解しました。

 それでその方のプロフィールなんて分かりますか?」


「ああ、この間のミックスダウンにも立ち会ってたから、シン君も会ってると思うんだけどね」


「というと、あの目線が強い美人さんですか?

 会話はありませんでしたけど、去り際に握手をしたんで印象に残ってますよ」


「そうそう。何でもシン君本人に会った後に、絶対にMV(ミュージックビデオ)を作るべきだって上層部に進言したのが彼女なんだって。

 あのレーヴェルのMV(ミュージックビデオ)を沢山プロデュースしてるから、マーケティング部門でも高く評価されてるみたいだよ」

 


                 ☆


 数日後カーメリ基地。


「ここが宿舎ですか?アリゾナみたいな兵舎じゃなくて、随分と立派な建物なんですね」


 カーメリに到着したシンは、顔見知りであるゾーイに施設を案内して貰っていた。

 ゲートや事務棟には何度もおつかい?で顔を出しているのだが、義勇軍の居住スペースまで足を伸ばしたのは初めてである。


 ちなみにエイミーとシリウスは同じ居室に滞在予定だが、ナリタ発のワコージェットでフライト中なのでまだ此処には到着していない。


「いや、ここはプロメテウス義勇軍の施設だから、イタリア軍のそれとは大きく違うんだ。

 部屋の内装も、Congoh標準仕様になっているしね。

 おっと、シン君の教育担当がいらっしゃったみたいだね」


 アリゾナ基地の司令官であるリサを従えて、同じ野戦服姿のアイがやってくる。

 シンは初めて見たが、迷彩服の襟元に輝く二つ星のインシグニアは将官の階級を示しているのだろう。

 アイは先日会った時のセミロングの髪型が、より軍人らしいショートボブに変わっている。


(そういえば、義勇軍で大佐以上の階級の人に会ったのは始めてかも)


「彼女は私達の上官に当たる少将だから、失礼の無いように。

 予備役から今日付けで復隊して、特別に君の訓練の監督をしてくれるそうだから」

 ゾーイが含み笑いをしながら、シンの耳元で囁く。


Fall In!(整列)

 リサの掛け声に併せて、シンは直立不動で敬礼を行う。

 他国の軍隊ほど規律に煩くない義勇軍であるが、さすがに上官の正式な号令は無視する事は出来ないであろう。


「シン准尉(Warrant)、到着早々だけど訓練の一環として昼食を15人前、1時間以内1158(イチイチゴーハチ)迄に用意しなさい。

 材料は宿舎の専用厨房にあるものは、全て使ってよし」


Yes(了解しました)General(少将どの)

 1158(イチイチゴーハチ)迄に昼食を15人前用意します!」


 シンは一人厨房に案内されいきなり炊事担当として課題を与えられたが、初めての場所で設備の確認と食材のチェックをしながら、1時間以内に昼食を用意するのはかなりの難題である。


(パスタは……お湯を沸かす時間が足りないな。

 炊飯器は最新のIH炊飯ジャーだけど一台だけか、水は……軟水だね。となるとまずご飯を炊いたとしても、3升で15人前は微妙な量だな)


 シンは冷蔵庫、冷凍庫の食材を確認しながら、献立を頭の中で組み立てる。

 ニホン料理は此処の隊員に受けが良いのは知っているが、手の込んだメニューは時間的に難しいだろう。

 幸いにも置かれている厨房機器はCongoh標準のものばかりなので、使い勝手については特に問題は無い。


(半分はチャーハンにして嵩増しして、あとは白米のままで。

 中華餡の副菜は保温バットに入れて、あとは炒め物の肉類と野菜は……)

 シンは中サイズの寸胴に水を張って、スープをしっかりと取れそうな本物のロースハムの塊を放り込む。

 炊飯ジャー一杯に米を研いでスタートさせるが、炊き上がり時間はギリギリだろう。


(料理も鍛えてくれるっていうのは、こういう意味だったのかな。

 アリゾナの経験がなければ、テンパっているところだったよ)

 食材の仕込みをテキパキと行うシンの表情にはまだ余裕があり、とてもリラックスしているように見えたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「予想はしてたけど、1時間で用意した料理としては見事だわ。

 アリゾナでの経験は、役に立ってるようね」

 料理を器用な箸使いで少量ずつ味見していたアイは、エプロン姿のまま直立不動のシンに高い評価を出している。


 バイキング形式に保温バットにずらり並べられたシンの料理は、食事開始と共に現れた隊員達によってみるみる減っていく。

 スプーンで食べている者も多いが、小数の隊員は器用に箸やレンゲを使っているので中華料理を食べ慣れているのだろう。

 競うようにお代わりを繰り返しているので、昼食開始から僅かの時間で空になった料理も出てきている。


 ちなみにこの食堂では米帝軍のようにステンレスのメストレーを使っていないので、セルフサービスの配膳で使われているのは陶製の大きな平皿である。

 チャーハンや白米を大きく盛り付けてから、好みの餡かけや炒め物をその上にかけているのはニホンの(どんぶり)と同じ感覚なのだろうか。


「リサさん、普段の食事風景もこんな感じなんですかね?」

 シンは配膳の手伝いや、空になった保温バットへの料理の補充を繰り返しながら彼女に質問する。

 アリゾナでの経験からシンは食事中の様子をさりげなく観察しているが、育ち盛りの新兵以上の旺盛な食欲にはさすがに驚きを隠せない。


「いや普段は、イタリア軍の隊員食堂を利用してるって聞いてるわよ。

 メニューが代わり映えしなくて、みんな飽きちゃってるみたいだけどね」

 リサ本人もシンの監督をしながら、ちゃっかりと確保してあった大盛りチャーハンをレンゲで頬張っている。


「だからこの食欲なんですね」


「いや皆美食家では無いけど味に煩いメンバーが多いから、シン君の料理が気に入られたのは間違い無いんじゃないかな」


「それは素直に嬉しいですね」

 シンは食洗器に使用済みの食器を並べながら、リサに笑顔を見せる。


「それでシン君、片づけが終わったらこの上の会議室に来てくれるかな。

 1400(イチヨンマルマル)からこれからのカリキュラムの説明と座学をやるから」


 彼女は綺麗に平らげた平皿を配膳口に置きながら、シンに業務連絡を行う。

 彼女に限らず食堂を後にするメンバーが下げていく食器は、残食がほとんど無く綺麗に食べ尽くされている。


「了解です。リサさんは研修中はずっと教師役なんですか?」


「うん。午前中のフライト訓練から座学まで全部ね。

 フライト訓練については明日から、しっかりと鍛えるからそのつもりで」


 アリゾナの研修以来会う機会が増えたリサは、初対面の頃より表情も柔らかく口調も優しくなっている気がする。

 もちろんこの基地での会話はイタリア語なので、そのニュアンスの違いから出てくる錯覚なのかも知れないが。

 シンとしては研修中に対人関係で余計なプレッシャーを感じなくて済むので、彼女が教官で大助かりなのである。


「了解です。

 アイさんに苛められる覚悟で来たんですけど、取り越し苦労だったみたいですね」


「ふふふっ、あの人は階級が上だし『伝説の軍神』だからそんなパワハラもどきの事はしないでしょ。

 深謀遠慮が得意だから、弄るとしたら違うやり方じゃないかな」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 研修の座学については大学の講義のようなものを想像していたシンだが、午後から開始された実際の講義ではHMDヘッドマウントディスプレイで講座を見るのに時間を費やしていた。

 見終わった後にいくつかの質問があり、それを無事にパスできればカリキュラムは終了になるというかなり合理的なシステムである。


 リサは質問が問題無く解答されると、カリキュラムの進行表に終了のスタンプを捺印する。


「その『たいへんよくできました』って花模様のスタンプは何なんですか?」


「ああ、これは昔のニホンの小学校(ジュニアスクール)で使われていたスタンプみたい。

 ニホン贔屓なアイさんの趣味なんでしょうね」


「わずか15科目で終了なんですか?アンから聞いていたのは、もうちょっとハードな内容だったんですけど」


「シン君の場合は色んな経験を積んでいるし、そんなに詰め込んだ内容にする必要が無いからでしょうね。

 彼女がこのプログラムを受けた時には年齢が今の君よりだいぶ下だったから、相当苦労したでしょう」


「なるほど。そのアンはもう中尉ですもんね」


「これで本日の訓練は終了だから、あとは夕食まで自由時間ね。

 一日のスケジュールの流れは、午前中は飛行訓練で昼食の支度はシン君の担当、午後は座学で夕食後は自由時間という感じかな」


「えっ???

 夕食の支度も僕の担当じゃないんですか?」


「さすがにそれだとオーバーワークでしょ。

 アリゾナみたいに、炊事兵で此処に来てる訳じゃないしね。

 アイさんによると、他人が作った料理を食べて勉強するのも大切な訓練の一環だって。

 ちなみに調理を担当するのは、アイさん本人と君の妹さんだけどね」


「ああ、エイミーが滞在OKになったのは、そういう理由があったんですね」

 


                 ☆



 夕食時の食堂。


(これは……正真正銘のニホン食メニューだね)


 シンは昼食時から打って変わって、今度は食事を食べる側に回っている。

 顔見知りのレアに挨拶してからテーブルに付いたシンは、周囲の興味津々な視線にここで(ようや)く気付く。

 現在のカーメリ所属の隊員には男性が一人も居ないので、シンの一挙手一投足は何気に注目を浴びているのだろう。


 用意された夕食のメニューはお膳毎に用意されていて、各自味噌汁とご飯を盛り付ける定食スタイルである。鶏のから揚げには植物油は使っているが、全体的に油分が少ないヘルシーな組み合わせの献立になっている。


「うわっ、このミソスープ美味しいなぁ」


「この炊き立てのご飯、すごく良い香りがするね」


「このチキンも、白身魚も、不思議な味付けだけどご飯に良く合うぞ」


「全体的にさっぱりしていて、食べていて食欲が湧いて来たよ」


 本当のニホン式の定食に面食らっていた義勇軍のメンバーだが、食べ始めると皆絶賛の声を上げている。近隣で和食もどきの料理が食べられるというのはレアから聞いていたが、本物のニホン食は初めてなのだろう。

 

(この味が受け入れられるっていうことは、旨味成分が強い和食の味がわかってるんだろうな。

 魚介系の出汁にも抵抗が無いみたいだし、これならニホン食寄りの洋食メニューを出しても問題無さそうだよね)


 シンは昼を抜いているので旺盛な食欲で食べながらも、味付けや調理法に以前ユウに教えて貰った技法が使われているのに気が付く。

 つまりこれは、ユウに技法を伝えたアイの本家本元の料理なのだろう。


(地味な見かけなんだけど、どの料理にも細かい配慮があって凄い……ユウさんみたいにニホン料理専門じゃないのにね。

 これが長年培った経験の差ってやつなのかな)


 シンが配膳口から厨房の中をそっと覗くと、エプロン姿で喜色満面のエイミーの姿が見える。

 アイと一緒に厨房に居る彼女は、シンと一緒に居るとき以上にリラックスしているようである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 夕方、シンが滞在中の居室。


 内装に関しては寮やTokyoオフィスと全く同一なので、時差ボケのあるシリウスは既にカーペット上で熟睡している。

 それと反対にアイと初対面だったエイミーは、なぜか今もハイテンションである。


「アイさんって、とっても優しくて綺麗で素晴らしい方ですね!

 なんでもキャスパーさんも子供の頃から知ってるみたいで、私の事もとっても可愛がってくれるんですよ」


「へぇっ。それでユウさんはアイさんと対面してたの?」


「それが、キッチンで短く挨拶すると私を残してどっかへ行っちゃいました」


(ああ、やっぱりそういう感じの親子関係なんだな……)


「シン、何か考え事ですか?」


「ううん。せっかくの機会だから色々と教えて貰えると良いね」


「はいっ!アイさんを失望させないように頑張ります!」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「シン君、ビール飲む?」


 リサが、リビングダイニングでスーパーコブラ(AH-1W)のフライトマニュアルを読んでいるシンに声を掛ける。

 エイミーは時差ボケもあって早々に就寝したが、シンは誰も居ないリビングダイニングで一人自習中である。

 彼女は滴が付いたシックスパックのビール缶を抱えているので、自室の冷蔵庫に保管してあったのだろう。


 この宿舎も当然性別によるフロア分けなどされていないので、リビングにも薄着の女性隊員が入れ替わり立ち代わりやって来ていた。

 シンは誰に対しても愛想良く対応していたが、真剣な表情でマニュアルを読んでいた彼にちょっかいを出すのは流石に控えたのだろう。


「此処でアルコールを飲んで、大丈夫なんですか?」


「イタリア空軍も軍規が緩いから、実際にはワインとかビールを飲んでるんだけどね。

 ここはスクランブル業務も無いから、そんなに煩いことは言われてないみたい」

 シュリンクからビールを外すと、リサはしっかりと冷えた一本をシンに手渡す。


「ああ、ちょっと待って下さい……ああ、やっぱり入ったままだったな」

 シンは足元に置いていたバックパックから、厚手のビニール袋を取り出す。


「ジャーキー!そんな物を持ち歩いているの?」


「いえ、これはシリウスのおやつ用なんですけど、僕の手作りなんで人間でも美味しく食べられます」


「昼食のシン君の作った炒飯、美味しかったな。

 研修中は毎日シン君の料理が味わえるから、昼時が楽しみな隊員も多いでしょうね」


「中華料理も、みなさん抵抗無いみたいですね」


「ああ、おいしければジャンルを問わないのが、ここのメンバーの特徴だから。

 それに世界中を回ってる隊員も多いから、中華料理が好きなメンバーも多いんでしょうね」


「そういえば、食べなれてる感じの人も大勢居ましたね。

 それでリサさんは、何かリクエストがありますか?」


「そりゃぁ、やっぱりアリゾナでも食べたカツカレーとカルビ丼でしょう!」


「ああ、残念ながらユウさんのカレーソースは、アイさんが嫌がってるみたいで食材庫のストックに無いんですよ。

 今日みたいに短時間であの味のカレーを作るのは、知恵を絞っても難しいですよね」


「でもああいうニホン風のヨウショク・メニューは、皆好きだと思うんだけど」


「洋食寄りのニホン料理ですね。

 ああ、そういえば今日もチャーハンとか白米に、いろいろと副菜をかけて食べてましたもんね」


「米帝が使ってるあの味気ない窪みがあるプレートは、刑務所の食事みたいで評判が悪くて。

 確かに洗浄の効率は良いんだけど、今の義勇軍ではどの拠点でも使ってないのよ」


「じゃぁ、夕食とバッティングしないように、メニューを色々と考えてみますね。

 あとリサさん、飛行訓練の開始時間なんですけど……」



                 ☆



 翌日。


 飛行訓練の開始時間を前倒しして貰ったシンは、早めに昼食準備のために厨房に入っていた。


「あれっ、ユウさんいつ到着したんですか?」


「いや、昨日から居るんだけど、いきなりテストフライトにアサインされて忙しくてね。

 今日は余裕があるから、昼食準備の手伝いに来たよ」


「何でもサラさんが移籍したんで、テスト要員が足りないみたいですね。

 それじゃぁ、この揚げ物の仕込みをお願いして良いですか?」


「了解。ビフカツを大量に仕込むんだ。

 それとこの匂いは……ああ、カツメシにしたんだね」


「はい。カレーの仕込みは時間や材料が足りないので、ユウさんに教わったハヤシライス風のソースにしました。

 ちょっとソースの味見をして貰えますか?」


「……うん、とっても美味しい!

 短時間で良くこの味が出せたね?」


「市販のデミグラスに、この厨房にあった冷凍フォン・ド・ヴォーを使って味を調整したんですよ」


「あれっ冷凍フォン・ド・ヴォーなんて、Congohの食材リストに載ってたっけ?」


「これが解凍した現物ですけど、冷凍庫に大量にストックされてますよ。

 超本格的な味なんで、僕も驚いたんですけどね」


「ああ、このラベリングはうちの母さんの仕業だな。

 シン君、してやられたみたいだね」


「???」


「犬塚のカレーソースが無いから、自分で何かしら工夫すると予想してたんだろうね。

 まぁ美味しいハヤシ風ソースが出来たから、(てのひら)の上で踊らされても仕方がないかな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 昼食の仕込みが思ったより早く終了したので、ユウは何か悪巧みを考えているようである。

 

「ここって犬塚のカレーソースを、シン君の研修中は仕入れ禁止にしてるんだよね。

 元々炊飯が旨く出来なくて、以前に仕入れたカレーソースも持て余していたみたいだし」


「ああ、その件はゾーイさんから相談された事がありますよ。

 炊飯器も3升炊きの業務用IH炊飯ジャーに買い換えてますし、軟水器もちゃんと動いてますから現状では問題無いと思います」


「それじゃぁ、カレーソースがあれば問題無くカツカレーは出せるってことなんだね。

 このまま引き下がるのも癪だなぁ……シン君、食材庫にはスパイスは揃ってるよね?」


「はい。かなり珍しいのも含めて一通り常備してるみたいですけど。

 もしかしてカレー粉の調合ですか?」


「うん。犬塚の料理長から調合比率のレシピは教えて貰ってるから、基本的な味付けはルウが無くても香辛料から再現できるんだよ。

 実際に委託生産してもらっている分は、ルウを使わないで同じ味になるように料理長と一緒にテストキッチンで試行錯誤したからね。

 今日は時間的に無理だけど、あとはソフリットとフォン・ド・ヴォーを使えば同じ味が再現できると思うよ」


「アイさんに一泡吹かせるのは兎も角、ニホン式のカツカレーが食べたいってリクエストは沢山来てるんでやってみる価値はありますよね」


「うん。それにシン君は味覚が人一倍鋭いから、食べなれた味を再現するのは得意でしょ?」


「はい。張り切ってるエイミーに負けないように、なんとかトライしてみましょうか!」

 気負いも無くいつものリラックスした表情のままで、シンはユウにしっかりと宣言したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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