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037.Blessed Are The One

 ライブハウス出演の当日。


 ざっと見渡した客席(ハコ)は八分入りで、経験の浅いアマチュアバンドの催事(フェス)にしてはしっかりと席は埋まっている。

 シンはライブハウスのオーナーに参加を要請された側なので手売りチケットのノルマは無かったが、客席の殆どは出演者の知人か関係者なのだろう。

 シン達のバンド名は参加に当たって間に合わせでつけたものなので、さすがにシン個人のグルービー(追っかけ)達も彼の出演は察知できなかったらしい。


 ただステージ真横の席に、マツのところで知り合いになった若手の人気ギタリストが一般客として座っている。

 彼は日没前にも関わらずビールジョッキを傾けているので、今日は完全にオフなのだろう。

 以前と比べて雰囲気が柔らかくなった彼は、目ざとく気が付いた女性ファンにサインするなど愛想よく接している。


 主催者の短い挨拶の後、いよいよオープニングアクトであるシン達の出番だ。

 多数のバンドが参加するので、簡単なサウンドチェックだけのほぼぶっつけ本番である。


 ステージ中央に急遽設置したシンセの前に、エイミーがトコトコと歩いてくると客席からその愛らしさに歓声が上がる。

 その彼女の高いキーボード用の椅子によじ登る微笑ましい姿に、観客の視線がしっかりと集中する。

 若年層のバンドメンバーが多い催し物であっても小学生ほどの年齢の参加者は珍しいし、それが美少女ならば猶更注目を浴びるのは当然であろう。


 センターポジションのエイミーが奏でるB3風のオルガンの音色で、演奏はスタートする。

 たどたどしい演奏を期待していた観客は、いきなりの大音量のロングトーンで堂々と演奏するギャップに驚き、エイミーの姿に釘付けである。

 続けてパピが叩き出すタイトなリズムに、今度は客席から唸るような感嘆の声が届き始める。

 そして音の隙間を埋めるようなシンのギターリフが始まった瞬間、客席の空気が変わった!


 ♪……♪



 2曲続けての演奏が終了すると、客席は予想に反してしっかりと盛り上がっていた。

 演奏した曲は古いブルーズのエレクトリックバージョンだが、オリジナルを知らない観客にも受けているのは名曲の持っている力なのだろう。


 オープニングアクトとして客席をしっかり暖める事が出来たので、シンは満足気な表情を浮かべている。

 エイミーは予想外の大きな拍手に戸惑っているが、ルーはいつもの調子で愛想良く客席に手を振っている。

 シンの至近距離に陣取っていた知り合いの若手ギタリストも、軽く酔った表情に笑顔を浮かべサムアップでシンに感想を伝えてくる。


 次のバンドがスタンバイにステージに入ってくるが、開演直後の予想外の盛り上がりにメンバーは戸惑った表情である。

 シン一行は持参していたギターアンプとシンセを片付けて早々に撤収するが、その姿がステージ外に消えるまで歓声は途絶えることがなかったのであった。


                  ☆



「最近シン君はかなり注目を集めてるから、周りの目がちょっと厳しくなってきたかな」


 シンがいつもの夕餉の支度をしている時間帯に、レイからの音声連絡が入る。

 シンは餅粉チキンをフライヤーに投入しながら会話を続けているが、ガスフライヤーの排気の音がかなり煩いのでレイの声が聞き取り難いのは仕方がないだろう。


「はぁ……ライブは予想以上に盛り上がりましたけど、所詮は間に合わせメンバーのアマチュアバンドですからね。

 楽曲もカバーでオリジナルですら無いし」


「ただ周囲は放っておいてくれないみたいで、僕の処へ色んなコンタクトが来ているよ。

 シン君の本名は未だに知られてないから、ハーメルンっていうニックネームがかなり浸透しているみたいだね」


「すいません。お手数をお掛けしちゃって」

 ユウはフライヤー用の手持ち網を使って、チキンの位置を器用に入れ替えている。

 サーモスタットが付いている業務用の大型フライヤーでも、油の対流によって温度のムラが生じるのは仕方がないのである。


「仕事の付き合いがある会社には無碍に出来ないんだけど、これ以上の進展は考えていないんだよね?」


「はい。あくまでも趣味ですから、僕としては人前で演奏する楽しみがあれば後はどうでも良いと思ってます」


「国内レーベルの偉いプロデューサーからのコンタクトもあるから、面倒なんで海外の大手レーベルと交渉中って事にしておこうか。

 シン君はニホン国籍じゃないから、不自然じゃないしね」


「はい。

 嘘も方便っていう(ことわざ)もありますし、レイさんにお任せします」

 揚がったチキンをバットに移しながら、シンは申し訳なさそうにレイに答える。

 これから余熱で徐々に熱が入っていくので、サイズが大きい鶏肉でも揚げ時間は意外と短いのである。


「了解。時間を取らせて悪かったね、また連絡するよ。

 ああ、揚げ立てチキンの良い匂いで僕もお腹がすいちゃったみたいだよ!」


「はい。宜しくお願いします。

 えっ、ええっ?」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「トーコと私は中継画像で見てましたけど、客席は凄い盛り上がりでしたね」

 大き目の茶碗によそった白米を頬張りながら、ハナはライブの感想を呟く。

 箸使いもかなり上達した彼女は、ニホン食にすっかり適応し炊きたてのご飯が大好物になっているのである。


「後から出てきたバンドの人達は、盛り上がりが無くて哀れでした」

 トーコは幼児用の小さめのお茶碗に、シンが手作りした牛肉の佃煮を載せながらシビアな感想を言う。

 食が細い彼女は、納豆やトロロよりも濃い味の佃煮が好みなのである。


「確かにシン君の場所とスタイルを選ばない盛り上げる能力っていうのは、ハーメルンっていう二つ名に相応しいのかも知れないな」

 まだ湯気が出ている餅粉チキンを大皿から取り分けながら、ケイは嬉しそうだ。

 キャスパーと同じく、彼女はユウ直伝のこのメニューが大好物なのである。


「なんか会場に居た参加メンバーがみんな若くてさ、ちょっと羨ましかったなぁ。

 私なんか同じ年齢の頃は、もう軍事教練の毎日だったしさ」

 パピが珍しく遠い目をして発言するが、手にはマンガ盛りした(どんぶり)があるのでシリアスな発言が台無しである。


「パピさんは違和感無く溶け込んでましたから、まだまだ若いという事なんでしょうね」


「シン、その微妙な発言は褒めてるのか貶してるのか分からないよ!」


「ああ、そうそう。

 米帝の大統領(アンジー)から、ホワイトハウスの見学に来ないかって誘いが来てるんですけど?」


「平日いきなりは、ちょっと無理かな。

 パピと私は拠点を移動したばかりだから、雑務が溜まってるし」


「私とトーコは、まだ締め切り前の工程がかなりあるのでパスですね」


「ルーは忙しくてこっちに戻ってこないし、じゃぁ、エイミーと二人で行ってこようか」


「はい!すごく楽しみです!」



                 ☆



 翌日ホワイトハウス。


大統領(アンジー)、貴重な時間を取っていただいて有難うございます」

 ジャンプで到着後早々に執務室に通されたシンは、周囲のスタッフの目を意識して神妙に挨拶をする。


「こら若いツバメの癖に、そんな謙虚なセリフを言ってどうするの!

 エイミー、これからも宜しくね」

 大統領(アンジー)の際どいジョークに、周囲から大きな笑いが起こる。


「Yes,Your Majesty.

 ご招待いただいて、とても光栄です」

 エイミーはフウがコーディネートした、トラッドなデザインのワンピースを着ている。

 普段は活動的な服装が多いので、これはお呼ばれを意識した服装なのであろう。


「公邸の中をちょっと案内したら、食事を用意しているから食べていってね」


「クロエさんとはメールでやり取りしてますけど、相変わらず炒飯をご所望なんですって?」


「うん。なぜかあのシンプルなメニューが好きなのよね」


「じゃぁ、今度クロエさんに炒飯のバリエーションを伝授しないといけませんね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 公邸内の保管庫を一通り見て回って、エイミーはしっかりと歴史の重みがある品々を堪能していた。

 流石に歴代の大統領に贈られた土産物の棚には、イミテーションでは無い文化遺産級の本物が沢山混じっているようである。


「エイミー、ちょっと深刻な相談があるのだけど聞いて貰えるかしら?」


「はい、大丈夫です。

 シン、これからかなりデリケートな話題が出ますので、ちょっと席を外してくれませんか?」


了解(ラジャ)

 じゃぁちょっと厨房に行って、クロエさんと話しをして来るよ」


「エイミー、随分と察しが良いのね?

 公邸の見学にかこつけて、貴方を呼び立てたのに気が付いていたんでしょう?」


「はい。昨日ノーナからも連絡がありましたから。

 できる限り、話を聞くように彼女からも指示がありましたし」


「それにシン君も、貴方の事をとても信頼しているみたいね」


「はい。ほとんど本当の兄妹みたいなものですから。

 それでご相談内容についてですが……」



                 ☆



「シン君、ちょっと厄介な事態が起きていてね……」

 レイから突然の呼び出しを受けたシンは、Tokyoオフィスのレイの私室を訪ねていた。

 ちなみに夜半の時間帯でジャンプを使用したので、就寝中だったエイミーは同行していない。


「えっ、レイさんからそんな台詞を聞くなんて、よほどの大事件が起きてるんですね!

 巨大彗星の直撃とか、地球自転の停止とか、どんな非常事態なんでしょうか?」


「いや、そういう義勇軍絡みの話じゃなくて。

 この間の、厄介な面々がシン君にコンタクトしてくる方なんだけどね……」


「???」


「本当に米帝の大手レーベルから、連絡が来てるんだよ」


「えっ、たちの悪い冗談ですよね?」


「そこのレーベルに所属している僕の知り合いのミュージシャンが、シン君絡みのY●uTubeを見ていたらしくて。

 ほら此処の駐車場に置いてある、あのツアーバスを譲ってくれた奴なんだけどね。

 シン君の動画には色んなタグが付いているから、例の子守唄はもちろん古いブルーズを演奏してたのも気に入ったみたいで。

 おまけに僕の親戚だって情報をどこからか手に入れたらしくて、レーベルの内部で彼が色々と騒いだ挙句に……」


「……」


「レーベルのCEOに直談判して話がエスカレートして、アルバム契約したいって話になってるらしいんだ」


「そんな御伽噺みたいな事って、現実味が無さ過ぎますよ」


「今朝F●dEXで契約書が到着してね、これがその現物」

 英文でびっしりと数ページに渡って書かれた契約書は、大手レーベルのロゴが書かれた正式な書式である。


「フウさんと内容を含めて協議したんだけどね、

 ここは放置しておくと面倒だから、プロモーション無しのアルバム契約でも結ぼうかなという話になってるんだ」


「それで、こちらにメリットがあるんですか?」


「印税の取り分もこちらに有利だし、契約的には特に問題無いかな。

 将来有望そうなアーティストの囲い込みであるのは間違いないけど、プロモーションについての付帯条項が一切無いということは米帝での活動を強要されないというメリットも大きいからね」


「……」


「僕がシン君の年齢の頃はもう軍属として生きていく決心をしていたから、進路については迷う必要がなかったけど。

 シン君はこれから選べる進路が沢山あるから、僕から見るととっても羨ましく思えるよ。

 だから自分の可能性を確かめる意味でも、この絶好の機会は逃すべきじゃないと思うけどね」


「でも米帝に滞在して、レコーディングしたりする時間はちょっと取れそうにないですね。

 僕はミュージシャンを目指している訳では無いし、今の生活を犠牲にする気は全くないですから」


「音源をこちらから送って、現地でミックスダウンして貰うなら大丈夫なんじゃない?

 完成までの期限を長くして貰って、シン君の知り合いのミュージシャンに手伝って貰えばかなり良いものが出来ると思うけど」


「レイさんに一任しますので、交渉をお願いしても良いですか?」


「うん。窓口は僕になっちゃってるし、最後まで僕が手伝わせて貰うよ。

 軍事作戦なら遠慮したいけど、何よりこれは趣味の音楽の話だからね」



                 ☆



 レイの交渉によって、契約は早期に纏まった。

 音源作成の費用は全てこちら持ちだが、作成期限は6ヶ月なのでかなり自由度の高い契約である。


 シンが寮のキッチンで水切りした豆腐を賽の目にカットしていると、いつもの音声通話がレイから掛かってくる。

(もしかして、レイさんは確実に連絡が付く調理中を狙って連絡してくるのかな)


「ああ、シン君。この間の打ち合わせの線で、契約は締結されたから。

 それで収録曲についてだけど、カバー以外のオリジナルって何曲くらいあるかな?」

 通話しながら小さなクラクションやエンジン音が聞こえるので、レイは運転中なのだろう。


「米帝語の歌詞で作ったのが、4~5曲はありますけど」


「じゃぁその音源と、カバーの収録希望曲のリストを出来るだけ早く送って貰えるかな。

 それに沿って、長期休暇前までの進行をスケジューリングをするから」


 シンは中華鍋に挽肉入れてしっかりと炒めると、鍋にブレンドした調味料を入れてさらに炒めていく。

 生姜、豆板醤、甜面醤、一味唐辛子、ラー油、豆鼓のブレンド比率は、シンが幼少時に中華料理の師匠から伝授されたそのままである。

 本来ならば大蒜(にんにく)も入るのだが、温泉が臭くなるというクレームがあったのでそれ以来使用を控えるようにしているのである。

 油がしっかりと馴染んでいる中華鍋は、まったく焦げ付くことも無く厨房に食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「了解です。

 音源はデジタルレコーダーに弾き語りしたのがありますから、それを送りますね」


 鍋に中華スープを注ぎ、続けて豆腐を投入したシンは、豆腐が十分にスープに馴染んだタイミングで火力を上げる。

 水溶き片栗粉を投入しトロミしっかりとが付けば、最後にラー油で風味を足して完成である。


「ああ、凄く食欲をそそる匂いだね!

 今日は僕もご馳走になりたいんだけど、良いかな?」


 厨房の入り口から、顔を出したレイの肉声がコミュニケーターのスピーカーとエコーして聞こえる。


「あれっレイさん!いつの間に!」


「いつも美味しそうな調理の音が聞こえるから、我慢が出来なくなっちゃってね。

 ルーを送ってすぐに帰るつもりだったんだけど、シン君の料理の誘惑には勝てなかったよ」


 学園寮のリビングダイニングは、予定外のゲストを迎えて今日も盛況なのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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