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036.Working Man

 夕方の寮のキッチン。


「えっ、また出演依頼ですか?」


 慌しく夕餉の支度中のシンに、コミュニケーター経由でレイから音声連絡が入って来た。

 シンは炒飯を中華鍋で炒めながら、壁面のコミュニケーターユニット経由で会話を続けている。

 多分鍋を振る大きな音がレイには届いているだろうが、シンが多忙であるのを理解している彼はそんな些細な事で文句は言わないであろう。


「うん。

 今度はね、ライブハウスのオーナーが、シン君単独で出演して欲しいみたいなんだよ」


「評価していただけるのは光栄ですけど、あそこってノンプラグのアーティストは出演してませんよね?」


「だからストリートのパフォーマンスとは違って、バンドで出て欲しいみたい。

 なんでもフレッシュなメンバーだけが参加するフェスを、あそこでやりたいんだって」


「2、3曲ならベース無しでもやれると思いますけど、どうしようかな」

 最後に醤油を鍋肌に流して、シンは仕上げの炒めを激しく行う。

 カッコンカッコンと鍋を振る音が更に大きくなるが、コミュニケーターのマイクは高性能なので通話が聞こえない程では無いだろう。


「シン君なら、ボーカルも上手いから大丈夫じゃないかな。

 最近はWh●te Stripesみたいな、変則構成のバンドも増えてるしね」


「それじゃぁ、参加の方向で返答しておいて貰えますか?」


「了解。

 あとシン君、たまには僕にもチャーハンをご馳走してくれると嬉しいな」



                 ☆



「校長先生、お呼びですか?」

 学園に登校したシンは、校内放送で校長に呼び出されていた。

 特に指名はされていないが、エイミーも一緒である。


「ああシン君、呼び立てて済まないね。

 ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるかな?」


「……何でしょうか?」

 校長はナナのように非常識なお願いはしてこないだろうが、若干身構えながらシンは尋ねる。


「重要な案件があって明日からTokyoを2日ほど留守にしなければならないんだけど、深夜のカフェテリア当番の代理が見つからなくてね。

 普段ならユウ君に頼むんだけど、彼女も忙しくて無理みたいなんだ」


「それで自分に?」


「うん。

 炊事兵を一週間無事に務めた実績があるし、若くてもヒューマンスキルが高い君なら適任かと思ってね」


「明日の夜から2晩ですよね。了解しました

 ヒューマンスキルは高くないと思いますけど、なんとか頑張ります」


「シン、私も手伝いたいです!」


「エイミーが居てくれれば心強いけど、深夜の料理番だからニホンの労働基準法に引っかかっちゃうんだよね。

 だから今回はしっかりと、寮でお留守番していてくれるかな?」



                 ☆



「シン君、頼まれ事に何でも気安くオーケーを出しすぎじゃないのか?

 普段から、タイトなスケジュールで動いているのに」


 かけ湯をしながら、全裸のケイが湯船でリラックスしているシンに呟く。

 彼女はシンと頻繁に混浴しているので、もはや彼に対して羞恥心など微塵も持っていないようである。


「ケイさん、仰ることは尤もですけど、年がら年中こんなに忙しく無いんで安心して下さい。

 それに最近は疲れても、此処でリフレッシュできてますから助かってますよ」


 湯船で体を伸ばしているシンは、隣に入ってきたケイに目線を合わせずに答える。


 最近は深夜の温泉で世間話だけでは無く、二人でシリアスな会話もするようになっている。

 年がそれほど離れていないケイとはユウと同じ感覚で話ができるので、シンとしてはもう一人姉貴分が出来たようでとても嬉しく感じているのである。


「身近に来て分かったんだけど、シン君とかTokyoオフィスの面々は本当に忙しく活動してるんだな。

 他の拠点のメンバーも、こんな感じなのかい?」


「いえ、研究者が多いアラスカなんかは、時間がゆったりと流れる感じですかね。

 カーメリはイタリア空軍との共同基地なので、やっぱり雰囲気が緩いみたいですよ。

 ハワイ・ベースは言うまでも無いですけど、作戦がある時以外はあそこはリゾート地ですからね。

 長期休暇するなら、オワフ島は退屈しないしとっても過ごしやすいですよ」


「いいなぁ、ハワイは。

 今度キャスパーに休暇が取れるように、直談判してみようかな」


「距離が近くなったから、地上作戦がある時にでも声が掛かるんじゃないですか。

 そうしたら作戦後に、数日間のんびりとリゾート気分に浸れますよ」



                 ☆


 翌日、深夜の寮のカフェテリア。


 シンは校長の代理で厨房に立っているが、担当の時間になってからはお客が一人も来ていない。

 このカフェテリアは24時間オープンしているのが重要なので、それでも店仕舞いすることは出来ないのであるが。

 シンは翌日に備えて、壁面の大型スクリーンを横目で眺めながら凝った具材の下拵えを続けていた。


「よっ!」


「あれっ、ルーこんな時間にどうしたの?」


「今日はシンが代理当番だって聞いて、ちょっと顔を出してみたんだ。

 マイラ、この人は大丈夫だからこっちへおいでよ」


 カフェテリアの入り口で、おずおずと内部の様子を伺っていた小さな女の子にルーが声を掛ける。


「ああ、この子が最近ルーがお世話してる子なんだ。

 だから、Tokyoオフィスに居る時間が長いんだね」


「ほら、私もユウさんに色々とお世話してもらった経験があるからさ。

 言葉とかニホンの習慣を覚えるのは、それなりに時間が掛かるからね」


「彼女は、ずっとTokyoオフィスから通うの?」

 ルーの腕を抱えてくっついていたマイラが、なぜか意を決したようにシンの横ににじり寄ってくる。

 

「いや、もうちょっとここの生活に慣れたら、寮に入る手筈になってるんだ。

 あれっ……彼女はシンのこと凄く気に入ったみたいだよ。

 男性に自分からこんなに密着したのは、初めてじゃないかな」


「なんかこの子、どこかで見たことがあるような気がするんだけど?」

 シンの上半身に手を回して顔を密着させている彼女は、なぜか恍惚とした表情で鼻をすんすんと鳴らしている。


 この体勢はエイミーで慣れているので、シンは思わず彼女の頭をゆっくりと撫でまわしてしまう。

 マイラは嫌がる様子も無く、抱きついているシンを上目遣いの笑顔でじっと見ている。


「ああ、ほらナナさんの研究所に居るフェルマって人の妹なんだって」


「なるほど。あの色っぽいお姉さんに、そっくりな美少女だね。

 あの……ルー、なんかこの子密着したまま離れないんだけど?

 この体勢って大丈夫なのかな」


「ああ、シン君の匂いを気に入ったみたいだね。

 ここまで激しい反応は、Tokyoオフィスの誰にもしてなかったみたいだけど」


「……」

 シンは手慣れた動きで、離れない彼女を横抱きにしたまま椅子に腰かける。

 しっかりとシンに密着したまま離れる気配が無い彼女に、シンはTokyoに来たばかりのエイミーの姿を思い出していた。


「ああ、フェルマさんと言えば……ちょっと前に呼び出されて酷い目にあってね」


 シンは胸元に密着している少女をそのままに、平然と会話を続ける。

 姉の名前が聞き取れたのだろうか、少女は一瞬目線をシンに向けたがニホン語の会話はまだ理解できないようである。


「???」


                 ☆



 数日前、都内のはずれにある研究所。


 ナナからの出頭要請に応えて、シンは久しぶりに研究所を訪れていた。

 散々と弄ばれている相手からの呼び出しなので、ソファに腰掛けながらもシンは警戒を怠ってはいない。


「シン君、ずいぶん久しぶりね!」

 応接セットでナナを待っているシンの前に、顔見知りの女性がマグカップを静かに置く。

 小さいエスプレッソカップでは無いのは、彼のコーヒーの好みをしっかりと把握しているのだろう。


「ああフェルマさん、お久しぶりです。

 日本語も完璧になったじゃないですか?」

 薄いコーヒーを口にしながら、シンは彼女に親しげに声を掛ける。

 体にピッタリとしたニットのワンピースに白衣を羽織る姿は、相変わらずの色っぽさ全開である。


「……本当に、ごめんね」


「???」

 彼女の不意の謝罪にシンは首を傾げているが、テーブルにカップを置いたタイミングで何故か強い眠気に襲われる。


(あれっ、最近ハードなスケジュールだけど、この時間帯に眠くなるなんて変だな)


 シンはソファにもたれ掛かると、いつの間にか意識を手放していた。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「……いつの間にか寝ちゃったのか?そんなに疲れが溜まってる筈も無いのに。

 あれっ、ナナさんいつの間に?」


 数分後、いや数時間後かも知れないが、意識が戻ってきたシンはソファの上で覚醒する。


「疲れは溜まってないけど、他のものは溜まってたみたいだね」


「……???」


「味覚が鋭い君でもCongoh特製の睡眠導入剤に気が付かなかったのは、まぁ仕方がないかな」


「えっ……ああっ、ナナさん僕を眠らせて何かしましたね!」

 シンはベルトの位置が微妙にずれている、下半身に少しの違和感を感じた。


「私はしてないけど、立候補した彼女に担当してもらったから」


「シン君、御免なさい。

 起きている時にお願いするよりは、寝てる間に済ませた方が恥ずかしくないかなと思って」


 上気した彼女の顔は耳まで真っ赤で、瞳がすっかりと潤んでいて呼吸も荒い。

 彼女の全身から漂う甘い(かおり)を嗅いでいると、艶っぽい雰囲気と合わせて理性を失いそうな破壊力である。

 彼女は謝罪の言葉をシンに呟くと、採取に使用しただろう円筒形の機器を大事そうに抱えてふらふらと応接間を出ていった。


「フェルマさんの様子で何をされたのか分かりましたけど、そういう検体が必要なら言ってくれれば良いのに」


「え~っ、ビデオを見ながら紙カップに出す方が良かった?

 そんな色気の無いやり方より、立候補した女性がちゃんとした機器を使って採取した方が量も採れるし確実だからね」


「それは騙し討ちって奴ですよ!」


「まぁスッキリできたろうし、良いじゃない。

 あと、これにサインしてくれるかな?」


「なんですか、これ?

 電子決済じゃなくて、紙の書類なんて久々に見ましたけど」


「プロメテウスに代々伝わる、●●提供了承の書類だよ。

 同じものを米帝空軍に入る前の、レイも書いている筈だけどね」


「なんでこんな事が必要なんですか?」

 異議を唱えても無駄なのは分かっているので、シンは書類にスラスラとサインをする。


「ふん、君も薄々理解しているのでは無いかい?

 男子の出生率が極端に低い上にコミュニティから行方不明になる男子が多いから、こうやって必要な『モノ』を確保しておかないと生物学的にも拙いんだよ」


「……」


「それにこれがあれば、君の遺伝子目当ての学園転入希望者も断れるだろうからね!

 いやぁ、サラブレッドは大変だね~」


「I am not a stud!」


 いつもナナに振り回されて諦めの境地にあるシンであるが、さすがに最後の一言は腹に据えかねたのだろう。

 家族に対して特別な思いを持っているシンとしては、目が届かないところで自分の遺伝子が(もてあそ)ばれるのは我慢が出来ない事態である。

 シンは静かな怒りを湛えた一言を残して、席を立ったのであった。



                 ☆



「なんかすごく生々しい話だよね」


「ああ、この手の話をトーコが居る時に話すと、鼻血を吹いて貧血で倒れちゃいそうだからさ」


「ははは、確かに。

 でもさ、今の話から推察するとレイさんの子供って、なんか凄く大勢居そうな気がするんだけど?」


「ああ、ルーはメトセラの昔からの習慣を知らないんだね。

 メトセラのコミュニティの中では、父親について詮索するのはタブーなんだよ。

 もちろん本国の戸籍にはちゃんと記載されているけど、父親が誰なんて聞いても誰も答えてくれないと思うよ」


「ああ、そういえば会話の中でもその話題は出てこないよね。

 なるほど、そういう事だったのか……」


「変な話の後に何だけど、せっかくだから何か食べていきなよ!」


「えっ、暇なの?

 私が前に利用してた時には、ユウさんがかなり大変そうだったけど」


「忙しかったのは、特注の握り寿司の仕込みじゃないかな。

 この時期には転入生は殆ど来ないし、長期休暇前だからね。

 マイラは、お腹空いてないかな?」


 シンの匂いを十分に堪能したのか、彼女はシンの横に座ってすっかりと寛いでいる。


「Rice Omlette!」

 シンのニホン語の意味を理解したのか、彼女は間髪を入れずに英語で言った。


「それじゃぁオムライスでも作ろうか。

 ルーも同じもので良いかな?」


「うん。私のは特盛で!」



                 ☆



 シンが徹夜明けの寮のリビングダイニング。

 暇だったキッチンで作った朝食用のサンドイッチを、シンはテーブルに並べていた。

 普段は手間がかかるので作らない揚げ物や、フィリングを挟んだ凝ったサンドイッチも各種含まれている。


「シン、他の女の匂いがします!」


「エイミー、その台詞はどこで覚えたの?」


「へへへ、この間見てたドラマの中で。

 でもこの特徴的な香りは……フェルマさんに会いましたか?」


「いや。でも彼女の妹って子をルーから紹介してもらったけど」


「シン、あの人達には注意して下さいね。

 チタウリはメトセラの男性が、大好物なんですから」


「大好物って、なんか怖い台詞だね」


「あの人たちはメトセラの男性の遺伝子を前にすると、見境が無くなりますから。

 汗の匂いとか体液で興奮して、かなり危ない状態になってしまう様ですよ」


「エイミー、それはもうちょっと前に教えて欲しかったな」

 シンは苦笑いしながら、エイミーに返答したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 夕方の防音室。


 仮眠をしてすっかり元気を回復したシンは、2日目のカフェテリア当番に向かう前に防音室でギターの練習を行っていた。

 もちろんお手隙だったパピも、練習に参加している。


「ねぇ、こんなので人前に出て演奏して良いのかな」


「ええと自画自賛かも知れませんが、かなり良い線を行ってると思いますけどね」


「ブレイクとか、決めのリフは恰好良いけど、曲がやっぱり地味じゃない?」

 それに何より、音の隙間がなんか多い感じがするんだけど」


「ブルーズのスタンダードですから、まぁこんな物でしょうね。

 クリスチャンでも無い僕がいつでもCCM(現代教会音楽)をやってるなんて思われたくないし、僕はその時にやりたい音楽を自分勝手にやるだけですから」


「まぁ趣味だからね、それが正解でしょ」


「パピさん、毎日こうやってシンと一緒に練習してたなんて羨ましいです」

 エイミーはキーボードが並んだ席に腰掛けて、K●RGシンセサイザーの分厚い操作マニュアルを読んでいた。

 譲り受けたキーボードは俗に言われるミュージックワークステーションで、プロミュージシャンにも愛用されているハイエンドの製品である。


「……」

 羨ましいと言われたパピは、苦笑いしながらも返す言葉が無い。


「本番はオープニングアクトで早い時間帯に出演できるみたいだから、エイミーにもちょっと参加して貰おうかな」


「えっ、エイミーってキーボードも出来るの?」


「まだ出来ませんけど、どうにかなってしまうのが彼女の凄い所なんですよ」


 シンは初見でシュミレーターの火器管制を自由自在に扱っていた、エイミーの姿を思い出していた。

 それに比べれば、キーボードの演奏に手古摺るとは全く思えないのである。


「はい、頑張ります!」

 超高速で操作マニュアルを読み終えたエイミーが、腕まくりするジェスチャーで力強く返答したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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