035.I Wonder What She's Like
某日。
学校帰りにTokyoオフィスに来ていたシンとエイミーは、珍しくリビングで寛いでいたレイと雑談をしていた。
シンは譲ってもらったヴィンテージのギターアンプが調子よく使えている事をまず報告し、流れで昨夜の地下室でのパピとのセッションも話題に上っている。
「へぇっ、あの子ってドラムスが出来るんだ。
まぁそれほど意外ではないかな」
「??」
「彼女は普段の生活でも、独自のリズムがある感じがするじゃない?
ヴィルトスの使い方も、ちょっと変わってるんでしょ?」
シンと雑談をしていたレイは、挨拶する程度の面識しか無いパピについてユニークな評価をしているようだ。
同じ米帝の軍務経験者であっても長年空軍に在籍していたレイは、海兵隊の精鋭だったパピとは何の接点も持っていなかったのである。
「ええ。僕も内部構造に干渉するコツみたいなものを、教えて貰いましたけど。
ただ飛んでいる戦闘機のエンジンに干渉して墜落させるのは、僕のコントロール能力では真似できそうにありませんけどね」
「メトセラは例外無く芸術の才能を持っているけど、音楽の才能まで持っている子は少数派だからね。
逆に才能がある子はシン君みたいに、独学でもかなりの所まで行けるから」
「僕の才能は、そんなに高いレヴェルには無いと思いますけど」
「それは自分では分からないんだろうね。
ただ練達のスタジオミュージシャン達が揃って君を認めているっていう事実は、そんなに軽いものでは無いと思うよ」
「……あと身近にベースプレイヤーが居れば、ライブが出来そうなんですけどね」
「シン、私がベースギターっていうのをやってみたいです」
雑談中終止無言だったエイミーが、ここで初めて言葉を発する。
「うん……気持ちは嬉しいけど、残念ながらそれは難しいかな」
シンはくっついてソファに座っていたエイミーの頭を、いつもの優しい手つきで撫でながら呟く。
「何故なんですか?」
「ベースギターはスケールが長くてとっても大きくて重い楽器だから、今のエイミーの身長だと扱えないかな。
手が小さいのも、フィンガリングで大きなハンデになっちゃうしね」
「う~っ、早く大きくなりたいですっ!」
「バンドに参加するなら、キーボードかな。
多分エイミーなら、あっという間に覚えられるような気がするし」
「はいっ!頑張ります」
二人を見ていたレイが、微笑ましい笑顔で微かに頷いたのであった。
☆
学園寮のリビングルーム。
「シン君、いつも手間をかけさせて悪いね
今朝用意してくれてたお握りは、とっても美味しく頂きました!」
本日非番だったケイとパピは、早朝に帰還したのでお昼過ぎまで爆睡していたようだ。
シンが朝食用に用意してあったお握りも、先ほどやっと食べ終えたばかりらしい。
「あの牛肉の佃煮が入ったのが、特に美味しかった!」
以前からパピは肉入りのお握りが好みのようで、博多風の肉巻きお握りでも作ったら狂喜乱舞しそうな気がする。
「せっかくの非番の日なのに、朝食だけの為に起きろって言えないですからね」
「それでさ、外食でお勧めの店を教えて欲しいんだけど。
せっかく都内に居るんだから、近隣のお店も開拓したいしね」
「ああ、雫谷学園のIDも持ってるなら、まずは須田食堂ですかね。
あそこは学園関係者なら、IDカードのツケで食べられますしどのメニューも美味しいですよ」
「マリーが常連だっていう、あの有名な大衆食堂だよね?」
「折角だから、夕食は皆で須田食堂で食べましょうか」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「いらっしゃい!あれ、シン君この時間帯に来るのは珍しいわね」
いつも溌剌としたオーナーの奥さんが、一同を出迎えてくれる。
まだ夕方の早い時間だが、いつも接客してくれる名物お婆ちゃんはこの時間にはもう店に出ていないようである。
「えっと知り合いを案内がてらに、夕食を食べさせて下さい。
ハナとエイミーは特に食べたいものはある?」
「私は鶏肉が食べたい気分なので、鳥のから揚げ定食を下さい」
「じゃぁ僕もから揚げ定食にしようかな、追加で全部で2つで」
「私はいつもの生姜焼き定食と、マグロのぶつ切りを追加で!」
エイミーは、普段寮で食べる事が少ないお馴染みのメニューを選択している。
「私はチキンライスを小盛りで」
トーコが好物のオムライスを頼まないのは、まだ食欲が戻っていない所為なのだろう。
「ケイさん、ここは何を食べても美味しいですから、安心して注文して下さい」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」
注文を取りながら、オーナーの奥さんは満面の笑みを浮かべている。
「それじゃぁ私も、から揚げ定食をごはん大盛りで」
「はいっ、はいっ、私はウインナー焼き定食と単品でから揚げのオカズと、お新香と冷奴を下さい。
あっ、もちろんご飯は特盛で!」
「あなたも体が小さいけど、マリーちゃんと同じ位食べれる人なの?」
「はいっ、もちろん大丈夫です!」
パピは威勢良く、返答を返したのであった。
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「うっ、久しぶりにお腹一杯だぁ……」
寮への帰路、パピは胃のあたりを抑えて苦しそうである。
「マリーと同じ量は、大食いのパピでもなかなか大変でしょ?」
「まさかラーメン丼に、マンガ盛りのご飯が来るとは思わなかったよ。
マリーっていつ見てもスリムなのに、どこにあんなに入るのか……永遠の謎だよね」
「あっ、ちょっと待って下さい。そこで鯛焼きを買いますから」
老舗のたい焼き屋の前で、シンが足を止める。
ここはTokyoオフィスのメンバーも常連な、良質な餡子と薄い皮が特徴の一本焼きの銘店である。
「お土産の生姜焼き丼以外に、まだ買うの?」
「ええ、デザートは大事ですよ。それにシリウスが意外と餡子が好きみたいで」
「愛犬にデザートまでお土産なんて、シン君も律儀だよね」
ケイが関心したのか呆れたのか、大量の注文をしているシンを見ながら呟く。
「ニホンの外食店も、もうちょっと飼い犬に優しいと過ごしやすいんですけどね。
まぁこうしてテイクアウトして持って帰れば、彼女も大喜びして食べてくれますから」
「なんだ、結局は女の子だけじゃなくてシリウスにも大甘なんじゃん!」
「そりゃぁ、シリウスも女の子なんですから当然ですよ」
☆
「シン、背中を流してよ!」
深夜に近い時間帯、一人静かに温泉に浸かっていたシンは突然の乱入者に吃驚する。
気配を消して浴場に入ってくるスキルがあるのは、やはり軍務経験者の特徴なのであろうか。
「僕は三助じゃないですから、そんなに挑発的なことを言ってると襲われちゃうかも知れませんよ」
タオルで前を隠すまでも無く堂々と全裸をさらしているパピをちらりと見て、シンは答える。
「だって子供が出来たら、シン君に育児をまかせて大丈夫なんでしょ?それなら気が楽だよね」
かけ湯をしているパピは均整が取れた肢体だが、決して少女体系では無い。
だが米帝女性の特徴として完璧に全身脱毛しているので、一糸纏わぬ姿であっても何故か艶めかしさとは無縁である。
まるでマネキンのようなつるつるの裸身は、シンにとっても現実感に乏しいのであろう。
「パピさんって、幾つなんですか?」
湯船に入ってシンにずんずん接近してくる彼女を、牽制するようにシンが尋ねる。
「おいおい、レディーに面と向かって年を聞くかぁ?
ふん、まだ20歳台前半だよっ!お肌だって、弾力があってピチピチだろ?」
背中を向けてシンに密着してくる彼女の肌はすべすべな柔肌ではあるが、背中や上腕そして腹部には刃物傷や銃創が数多く刻まれている。
「同じ海兵隊出身の大統領と同じで、パピさんも歴戦の勲章を消して無いんですね」
シンが不用意に呟いた一言を、パピは聞き逃していなかった。
「ああ、シンは傷跡が苦手なのかな?
ごめんね、嫌な気分になっちゃったかな」
「いいえ。うちの母親もフウさんも、同じでしたから」
「……ところでシン、なんで大統領の傷跡の事を知ってるのかな?」
言葉に詰まったシンは、早々に温泉から逃げ出す羽目になったのであった。
☆
翌日午後。
「今日はケイさんとパピさんも連休で、フルメンバーが揃っているのでゲームをします。
そして負けたメンバーは、罰として今日の夕食の調理を担当してもらいます!」
「「「「ええ~っっ!!!」」」
「ただし、悲惨な夕食になる可能性もありますので、負けたメンバーは助っ人を一人だけ指名する権利がありますのでご安心下さい」
「ねぇシン、これって私の勝ちは決まってるよね?」
パピはテーブルの上に置かれた『●ひげ危機一発』を見ながら発言する。
スリットに短剣を指していって人形が飛び出したら負けというシンプルなゲームだが、内部構造は単純であり彼女のヴァンダライズはこのゲームと最も相性の良い能力であろう。
「ふふふっ。パピ、ちょっとこのゲームを触ってみて下さい」
「あれっ、あれれ、あれぇ???」
「これはアラスカのベルさんからお土産で貰ったもので、中身が市販品とは全く違います。
からくりメカでは無くて、電子スイッチとランダムに動く乱数表が内蔵されてますので、パピはもちろんどのメンバーにも優位性はありません」
(でも多分エイミーは有利なんだろうけど、どうせ助手で指名されるだろうから良いかな)
「……」
「それではゲームスタート!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
勝敗が決したのでメンバーはいったん解散し、キッチンにはパピとシンのみが残された。
シンが当然のように助手に指定されたので、メンバーは安心して自分の部屋へ戻っていく。
「指示を出してくれれば、その通りにお手伝いしますよ。
ただし僕からメニューの提案はしませんから、注意して下さいね」
シンはいつもの分量の米を研ぎながら、パピにプレッシャーを与えないように出来るだけ優しい口調で呟く。
(まぁ冷蔵庫の中には常備菜や出来合いのおかずも沢山あるし、念のためにご飯を炊いておけば夕飯だけなら何とかなるでしょ)
早々に負けてしまったパピは、料理が苦手というか包丁を握ったことすら無いのでソファで頭を抱えている。
助手としてシンを指名したのは当然だが、何を作ろうかメニューが全く思いつかないのである。
「ねぇパピ、子供の頃に食べた懐かしい料理とか無いの?」
「う~ん、悲惨な食生活だったけど、強いてあげればミートローフかなぁ」
「味付けは覚えてる?」
「う~ん……たぶん濃いめのトマト味のソースが掛かってたと思うけど」
「ああ、じゃぁコンビニとかファミレスのハンバーグに、近い味付けでしょ?」
「うん、そうそう。
あれを食べると、なんか懐かしい感じがするよね」
「じゃぁ肉の種類は?」
「それは、牛肉で間違い無いと思うけど」
「じゃぁパピ、この牛肉を大ざっぱなサイズに切ってから、この器具でひき肉にしてくれる?」
シンは耳を取った食パンを牛乳に浸しながら、本来ならば禁じ手である筈の指示を出す。
料理経験は無いが手先は決して不器用では無い彼女は、シンのお手本を忠実に守って問題無くひき肉を作っていく。
刻んだ香味野菜をフライパンで炒めるのも、具材を混ぜ込んだ牛ひき肉を大きなパイ型に詰めるのもお手本を見せてもらったパピ本人が行う。
手先が器用で細かい部分まで気が回るパピは、実は料理に対して高い適性があるのかも知れない。
コンベクションオーブンでミートローフを焼いている間に作っているマッシュポテトも、無難に完成させたパピは何とか形になったので安堵の溜息を付く。
「一緒に料理をすると、そんなに難しくないでしょ?」
「うん。お手本があると、やっぱりやっていて楽しいね。
あとシンが横に居てくれる、安心感も大きいかなぁ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
夕食時。
「この大きなメイン料理を、お前が作ったのか?
信じられない……」
パピとは付き合いが長いケイが、メインのミートローフを見て大袈裟に驚いた顔をしている。
包丁を握ったのを見たことが無いのは当然だとしても、目玉焼きすら作れないと公言していたパピが作った料理だとは信じられなかったのだろう。
「一緒に並んでいる常備菜は冷蔵庫の作り置きですけど、メインはしっかりとパピが一人で作ったんですよ」
「これは味がしっかりとした、高級なハンバーグステーキみたいだね!」
ルーが切り分けられたミートローフを頬張りながら、正直な味の感想を呟く。
寮に配送されている牛肉は、Tokyoオフィスと同じA3ランクの赤身肉である。
脂身が少ないので等級は低いが、しっかりと旨みがある和牛なので高級なハンバーグステーキの味というのは妥当な評価なのだろう。
「パピさん、初めて作った料理がこの出来栄えなんて素晴らしいです!」
「まぁ普段から、シンとお風呂でスキンシップをしてる成果かな!」
エイミーの褒め言葉に、彼女は過激な一言で返答する。
「こらっ、誤解を受けるような事を言ったらダメだよ!
だいたいこのメンバーで一緒に温泉に入るなんて、特に珍しくないでしょ」
「でも私は、スキンシップをして貰った覚えがありませんよ」
ハナも米帝風のミートローフが好物なのだろう、お変わりを繰り返しているが何故か表情が険しい。
「……私は鼻血が止まらなくなるので、まだ無理ですが」
トーコが下を向きながら、ポツリと呟く。
「そうか?私はこの間、背中を流してもらったけどな」
ケイは年下のメンバーに張り合うように、何故か自身満々の態度である。
「私なんか、しっかりと握っちゃったよ!」
ルーの過激な一言に、過剰反応したトーコが鼻をティッシュで必死に押さえている。
この調子では、彼女とシンのスキンシップはかなり先になりそうである。
こうしてシンを置き去りにした姦しい会話が、延々と続いていく。
メンバーがいつの間にか増えている学園寮は、やはり今日も平穏なのであった。
お読みいただきありがとうございます。




