032.You Need A Hero
翌日のTokyoオフィス地階。
学校帰りのシンとエイミーは、設置が終わったばかりのシミュレーターを見に来ていた。
「レイさん、このシミュレーターってViperですよね?」
MFDが並んだ見慣れない計器盤レイアウトを見たシンが、思わず表情を曇らせる。
「うん。Cobra用のシミュレーターを用意するつもりだったんだけど、横槍が入ってね。
カーメリとかアリゾナにキープしてる最新鋭機はこれだから、これで習熟して欲しいんだって」
「新しい機体なのは嬉しいですけど、操縦についてもまた一からやり直しですか」
「いや、エンジンは双発で安定性は高いし、操縦は逆に楽になってると思うよ。
ただTSSについては、慣れが必要かも知れないな」
シンは後席のパイロット席に乗り込むが、その姿を見ていたエイミーがシンに問い掛ける。
「シン、前の座席は空いてるんですか?」
エイミーが興味津々で見ていたこのシミュレーターも、彼女にとっては大型筐体のアケードゲームと同じ感覚なのだろう。
「うん。前はガンナーの席だから、操縦訓練の時には必要ないから」
「へへへ、じゃぁ座ってて良いですか?」
シンはシミュレーターの横のコントロール席で小さく頷いたレイを見て、エイミーに許可を与える。
「スイッチとか触らないようにね。
あとそこのヘルメットを被ってから、ハーネスをしっかりとロックしてね」
「はぁい!」
エイミーはぶかぶかのフライトヘルメットを被って、シートに腰掛け小さな身体を固定する。
ヘリのシミュレーターは兎に角激しく動くので、シートにしっかりと固定されていないと舌を噛んだりして危険なのである。
「じゃぁ試してみようか。
シン君エンジンスタート!」
スタートしたシミュレーターのシナリオは、いきなり対地攻撃による陸上部隊の支援ミッションである。
懸念していたMFDの操作については、ほとんど変わらない位置にアナログ計器と同じ表示がされているので違和感は殆ど無い。
シンは地対空ミサイルを避けながら指定されたコースをひたすら飛び続けているが、全席のガンナーが不在なので反撃が出来ない。
パイロット席からも|HMSD《ヘルメット表示照準システム》を使って一部の武装は操作できるのだが、初めて操縦したこの機体ではそこまでの余裕が無いのである。
「あの……ちょっと参加しても良いですか?」
「えっ?」
いきなりインカムに飛び込んできたエイミーの声に、シンは意味が分からない。
「……TSSモニターの見方は分かる?」
コントロール席に居るレイが、シンに代わってエイミーをフォローする。
いきなりインカムの通話操作をしたエイミーに、レイも驚いているようである。
「はい。何となく。
シン、火器管制コントロールはこっちに貰いますね!」
「えっ、ええっ?」
パイロット席の多目的モニターに、火器管制コントロールが全席に移動した旨が表示される。
エイミーの操作で、TSSにより機関砲でロックオンされた戦車が、次々と破壊される。
小さな手で器用にミッショングリップを操作しているエイミーは、全く操作について迷った様子が無い。
マルチロックオンで乱れ飛ぶヘルファイアミサイルは、一発の無駄もなく拠点の砲台を撃破していく。
「シン!左旋回!」
前席からの指示に機敏に反応し、シンは即座にコースを変更する。
こうして様子見の筈のシミュレーター訓練は、いつの間にかエイミーが予想外の能力をアピールする場に変わっていたのであった。
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シミュレーター訓練終了後のリビング。
初めて使用した|HMSD《ヘルメット表示照準システム》のおかげで、シンは消耗してぐったりとしている。
対照的にエイミーは、ココアを飲みながら食べた事が無い和菓子を次々と味見してご機嫌である。
「エイミー、もしかしてさっきの機体の操作マニュアルを見たことがあったの?
TSSに関しても、到底初めて触ったようには見えなかったけど」
「ちょっと前に、ユウさんとAPACHEが活躍する戦争映画を一緒に見たことがあって。
見様見真似でしたけど、ゲームみたいですごく楽しかったです!」
(見様見真似であんなに複雑なシステムを初見で使えるものなのかな……もしかしてこれもバステト特有の能力?)
「ああシン、ホワイトハウスからお前宛てにFedEXが来てるぞ」
到着した郵便物を仕分けしていたフウが、シンに厚紙で出来た大型封筒を手渡す。
発送元はワシントンD.C.で、中身は|名誉勲章《Medal of Honor》と書かれている。
「名誉勲章って、レイさんの部屋に飾ってあるのと同じですよね。
でもこれって米帝所属の軍属さん以外は貰えないんじゃないですか?」
「何事も例外があるってことなんだろうな。
叙勲式が出来ないのは仕方が無いにしても、態々勲章まで送ってくるなんてかなりアンジーに気に入られたみたいじゃないか?」
「メトセラの血筋なんでしょうかね?
なんかフウさんを含めた基地指令の皆さんとダブって見えちゃって、他人とは思えませんでしたよ」
「最近の米帝のゴシップ誌では、お前の特集記事が組まれてるみたいだぞ。
大統領のTOYBOYだってさ! 」
「ああ、ゴシップ誌の件はアンジーから近々に警告を受けてましたから」
「まぁハーメルンとTOYBOYを関連付ける目端が利く奴は居ないだろうが、しばらくは身辺に注意するんだな。
おかしな事で顔が売れると、今後いろんな局面でやり難くなるからな」
☆
Tokyoオフィスから寮への帰路。
シンとエイミーは通学用の荷物を持っているので、もちろんジャンプでは無く徒歩での移動である。
「ねぇエイミー、もしかしてバステトの人達ってみんなオペレーション能力が高いのかな?」
「ああ、シンの言いたい事はわかります。
さっきのシミュレーター操作を見て、もしかしてバステトは兵隊としても優秀なのではと思ってるんでしょう?」
「うん」
「残念ながら、私達は戦士としては使い物になりません。
自分の身を守る事は出来ても、相手の生命を奪う事が私達には出来ないからです。
殺人は私達にとってTABOOですから、シミュレーターと違って実戦では絶対にトリガーを引くことが出来ないんですよ」
「……」
「でもオペレーターとして、シンのお役に立てるなら何でもやりますよ。
とにかく私は守られるだけでは無くて、シンの横に並び立てるようになりたいんです」
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寮の夕食時。
「ねぇ、シン何か食べるものって……丁度夕食時だったんだ!ラッキー!」
リビングダイニングに迷彩服姿で現れたパピとケイは、実弾の装填されたMP5をぶら下げている。
迷彩服から硝煙の匂いが漂っているので、多分防衛隊の地方演習に参加してアサカに帰投する途中なのだろう。
もちろんこの寮では、迷彩服や本物のサブマシンガンに驚く者は誰も居ない。
ここはプロメテウス義勇軍所属でもある学生が多数住んでいる、雫谷学園の学生寮なのだから当然であろう。
「お二人ともお疲れさまです。
今日はルーがマリーと一緒に外で夕食を食べてるみたいなんで、量的に余裕がありますよ。
お腹一杯食べていって下さい!」
「ラッキー!シン、ゴチになります!」
「シン君はいつでも優しい言葉を掛けてくれるからな。ここに来ると訓練で荒んだ心が癒されるよ」
Tokyoオフィスよりも敷居が低く感じるのか、最近この二人は頻繁に寮を訪問するようになっている。
「ケイさん、また温泉に入ってから一杯やるつもりですね。
つまみは後で用意しますから、温泉に入る前は飲まないで下さいね!危ないですから」
「ふふふ、了解。
なんかそれって私の『マミー』みたいな台詞だよね」
「うわっ、シンこれって新メニュー?
チリコンカンかぁ……懐かしいなぁ」
「これはアンジーのプライベートシェフから、先日レシピを教えてもらったんですよ。
香辛料の使い方がちょっと変わっていて、食欲をそそる味付けなんですよ」
「ああっなるほど。大佐は元気そうだった?」
「あれっ、パピさんは彼女と知り合いだったんですか?」
「そりゃぁ、マリンコ出身だからね。大佐には酷い作戦立案で散々虐められたからさ」
「ああ、折角ならパピさんの恥ずかしい昔話でも聞いておけば良かったなぁ」
「あの人は私が現役の時は既に雲の上の人だったから、私の細かいエピソードは多分知らないんじゃないかな?
それでシン君は、あの人のTOYBOYなんだって?政府要人にまでモトモテなんて凄いよね!」
思いがけないパピの反撃に、シンは言葉に詰まって言い返すことが出来ない。
食卓を囲んだ一同は、シンの複雑な表情を見て噴出しそうな雰囲気である。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
夕食後のシンが後片付けをしているキッチン。
「シン君、お邪魔するよ」
多分ケイから連絡が行ったのであろう、両手に荷物を抱えたユウがリビングダイニングに出現する。
「ああ、ユウさんいらっしゃい。日本酒とつまみを持ってきてくれたんですか?助かります。
今皆で温泉に入ってますから、ユウさんもどうですか?」
「せっかくの温泉なのに騒がしいのは苦手だから、またにするよ。
ああ、この間のホットドック、とっても美味しかった!
マリーもハンバーガーを気に入って、もっと食べたいって催促されちゃったよ」
「それは、寄り道して手に入れた甲斐がありましたね。
うわっ、なんか料理がすごい量ですね!」
「若者が多いだろうから、Tokyoオフィスで余った餅粉チキンとか焼き物を沢山持ってきたんだ。
あと作りすぎちゃった稲荷寿司もあるよ。
……エイミーはもう寝ちゃった?」
「はい。昼間のシミュレーターで、張り切りすぎちゃったんでしょうね」
「訓練映像を見せてもらったけど、凄かったね!
あれが実戦で出来るなら、ガンナーとしても無敵なんだけどね」
キャスパーとの付き合いが無いユウは、バステトの能力についてはしっかりとその本質を理解しているのだろう。
「ルーはまだ外食から帰って来てないんですか?」
「ああ、マリーの部屋で一緒に寝てるみたい。
そうかルーが飲み会に居ないのに、餃子を焼き過ぎちゃったかも」
温泉から上がって来たパピとケイは、Congoh謹製のスウェットを着ている。
パピは大きめのパイントグラスに注いだ生ビールを一気に飲み干すと、クゥーッと唸り声を上げる。
トーコは、ユウが持参した純米大吟醸を気に入ったのかチビチビと飲んでいる。
ハナは食欲が優先しているのかビールを片手に稲荷寿司を美味しそうに頬張っているが、シンの目線を感じるのかその量はずいぶんと控えめである。
「シンのワシントンでの活躍は、かなり評判になっててね。
黒服機関の連中は、集団ヒステリーを起こしてるみたいだよ」
米帝の情報に詳しいパピが、さりげなく内部情報をリークする。
「伝説のエージェントは皆お年で引退しちゃってるし、存在意義が問われてるのは事実なんだろうな」
ユウの隣のソファに座ったケイは、小さなショットグラスに入れた常温の日本酒を静かに傾けている。
「そりゃぁ、大統領直々にプロメテウスに業務依頼が出されるなんて、メンツがまる潰れでしょ」
「ケイさんは、その伝説の方々と会ったことがあるんですか?」
ビールを片手につまみを少量ずつ味見していたシンは、期待を込めた目でケイに尋ねる。
かなり破天荒だったと噂されている伝説のエージェントについて、個人的に興味があるのだろう。
「私は研修の座学で聞いただけで実際に会ったことは無いけど、フウさんは一緒に仕事をしていたから良く知ってるんじゃない?」
「……」
「ユウさん、どうかしましたか?」
思い出したような遠い目をしているユウに、シンは思わず声を掛ける。
「……うん。私は子供の頃、黒服機関に所属していたフウさんと何度か会った事があるらしいんだよね」
「らしいって?」
「残念ながらその時の記憶をニューラライザーで消されちゃって、キャスパーに関して以外は全く思い出せないんだ」
「小さい頃のキャスパーさんって、エイミーにそっくりだったんですって?」
「うん。だからエイミーを見てると、いまだに懐かしい気持ちになるんだよね」
「エイミーも、ユウさんを実の姉みたいに頼りにしてますからね」
「まぁそれを言うなら、今もっとも頼りにされてるのはシン君だろうな」
少しアルコールが回って来たのだろうか、くだけた口調になったケイが横に居るシンにしなだれかかる。
「はっ、僕ですか?この若造に何を期待してるんでしょうか」
シンはくっついてきた湯上りの良い匂いがするケイから、わざと目線をそらして返答する。
「だって、こうして君の周りにはいつも間にか人が集まってくるじゃない?
皆に慕われて、いつの間にか輪の中心に居るっているっていうのは稀有な才能だと思うけどね」
「今回の大統領の依頼だって、各拠点の司令官の全員一致でシン君が推薦されたんだろ?
英雄にも世代交代があって、レイさんの次は君が担当なんだろうな」
「はぁ、こんな頼りない奴ですいません」
英雄に指名された少年の情けない一言に、リビングダイニングに居た一同が大爆笑したのは言うまでもないのであろう。
お読みいただきありがとうございます。




