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030.Kiss This One Goodbye

 朝食後の公邸。


 スケジュール表片手にマップルームでの面談を仕切っているシンは、前日来たばかりとは思えない順応性を発揮していた。

 年配の先任秘書は気難しそうな老婦人だが、柔和な人柄でフットワークの軽いシンを一目で気に入ったようで業務のポイントを惜しげもなく教えてくれている。


 シンは耳にセキュリティサービスから拝借したインカムを付けているが、180cm前後で威圧感が無い細身の彼はセキュリティ側の人間には見えないだろう。

 国際部のスタッフが通訳に入るまでも無く随員には現地語で話しかけ、大統領(アンジー)には小声でアドバイスを送る姿はもうすっかりヴェテランのスタッフのような貫禄である。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 同日シチュエーションルーム。


「こんな子供をこの場に呼んで、どうするつもりなのですか?」

 統合参謀本部議長が、シンを一瞥してから声を上げる。


 国家安全保障の重鎮が集まっている円卓では、たしかにシンの存在が異質に見えるのは仕方が無い。


「彼はプロメテウスから派遣された、テロ対策のエキスパートよ。

 格闘技もマスタークラスの腕前で、うちの血の気の多い警備主任は僅か一秒で病院送りになったわ」


 シチュエーションルームに集まった一同は、プロメテウスの国名を聞いて見かけに拠らないシンの技量に納得の声を上げる。

 プロメテウス出身者の並外れた優秀さについては、米帝の士官教育を受けている彼らは常識として良く理解しているからである。


「それに彼はここが空爆された時の私の命綱だから、身近に居ても自然な個人秘書をやって貰ってるの。

 彼はこう見えても荒事に関しては経験豊富だし、一般職員としても優秀なのよ」


「ここが攻撃された時の手筈は、脱出方法も含めて決まっていると思いますが?

 それに本当に攻撃されるかどうか、自分は眉唾ものかと思っております」

 海兵隊の准将が、大統領(アンジー)に対して遠慮無い態度で具申する。

 制服に並んだ豪華な略綬は、彼が口先だけでは無く実戦経験が豊富なことを示している。


「複数のヘリでここから緊急脱出するなんて、それこそテロリスト相手に首を差し出しているようなものでしょう?

 防空網の早急な改善が出来ない以上は、柔軟に対応しないと」


「しかし規則では!」


「Cut through the red tape(やかましいこの石頭野郎)!

 あの優秀な防衛隊第8飛行隊のパイロットが、全滅した件を忘れたの?

 同盟国の彼等の死を無駄にするのは、我々には絶対に許されないのよ!

 准将、海兵隊の本分(ドクトリン)を言って御覧なさい」


「……臨機応変であります」


「宜しい。

 それじゃぁ、具体的な対応方法を検討しましょう。

 シン君から特に依頼があったワシントン記念塔の入場制限の件だけど……」



                 ☆



 公邸プライベートキッチン。


「ここ何日か、シン君が居てくれるおかげで毎日がとっても楽だわ。

 語学が堪能でセキュリティ以外の一般業務も見事にこなしているし、このままここのスタッフになって欲しいのだけれど」


「僕もとても遣り甲斐を感じていますけど、妹を含めた家族が居ますのでそれは難しいですね」


「妹さんと離れて寂しい?」


「ええ。でも今は頼りになるユウさんが見てくれてますから」


「それにしても家庭料理って言ってた割には、ずいぶんと本格的ね」


 アンジー(大統領)は炒飯を蓮華(レンゲ)を使って頬張ると、その味に満足げに頷く。

 目の前には炒飯以外にも、食欲をそそる豚肉と空心菜の炒め物やビーフン料理等が大皿で並んでいる。


「いえ、これはここのキッチンにあった素材が良いからですよ。

 訪問客用に色んな食材が用意されていたので、仕入れの手間もありませんでしたし。

 それにしてもクロエさん、チャーハンは簡単にマスター出来たじゃないですか?」


「ここのガスコンロで、こんなに美味しくできるとは思わなかったわ。

 中華料理の店は、高火力のガスコンロを使っているでしょ?」


「火力が無い場合には、お教えしたようにそれなりの作り方があるんですよ。

 仕上がりが問題なんで、作り方はそれこそ知恵を絞って考えるのが中華料理ですから」


「シン君は中華連合の残党に付き纏われて、中華料理なんて嫌いなのかと思ってたのだけれど」

 アンジー(大統領)は、シンが作った大皿料理を次々と旺盛な食欲で平らげていく。


「別に料理には罪はありませんよ。おいしければ、何の問題もありません」

 シンは久しぶりに手作りした餃子を、美味しそうに頬張りながら言ったのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 午後のウエストウイング、ミーティングルーム。

 部門毎のスペシャリストが報告を行うこの会議に、オブザーバーとして参加していたシンはコミュニケーターからの警告音を確認するといきなり立ち上がる。

 会議の参加者は立ち上がったシンを見て動揺しているが、事前に説明があった為かさすがにパニックになる者は居ない。


大統領(アンジー)、ショーが始まりましたよ。

 副主任、打ち合わせ通り市街地への警報をお願いします!」

 シンはドアの傍で待機していた警備責任者に、振り向きざまに指示を出す。


 会議の参加者はウエストウイングに留まらずに、整然と隣の行政府ビルへの避難を開始している。

 館内放送でも、避難を促す音声が一斉に流れ出す。


「それじゃシリウス、留守を頼んだよ!」


「バウッ!」


「ユウさん、聞こえます?」

 シンは胸元のコミュニケーターに、小さな声で囁く。

 マルチバンドで通信するコミュニケーターは、電波が通りにくいウエストウイングの中でも明瞭な音声通話が可能である。


「……今ポジションに付いたよ。

 ねぇシン君、今夕飯の支度中だから、さっさと片づけて帰りたいんだけど」

 彼女は今、ジャンプで到着したばかりの、ワシントン記念塔の観覧室からシンと通話をしている。

 室内では大型のライフルケースから取り出した、彼女専用の武器をスタンバイしている筈である。


「一通りの絨毯攻撃は、接近される前に全て落とします。

 GBU-28(バンカーバスター)が撃たれた場合、僕はミサイルの方を対処しますからユウさんは機体の方をお願いしますね!」


了解(ラジャ)


「それでは大統領(アンジー)、お手を拝借できますか?」

 晩餐会でダンスに誘うような優雅な動きで、シンは大統領(アンジー)の手を取る。


「まったくNORADの連中は、何をやってるのかしら!」

 口では自国の防空網に関して悪態を付きながら、なぜか彼女は嬉しそうである。


「この時期は、サンタの追跡準備で忙しいのでは?

 それじゃ、行きますよ!」


 大統領(アンジー)を横抱きにしたシンの姿が、ウエストウイングから一瞬にして消えたのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 ホワイトハウス上空。


「SID、レーダーで全機捕捉出来てる?」

 重力制御で滑らかに空中を移動しながら、シンは状況を確認する。

 横抱きにしたアンジー(大統領)は、生まれて初めて経験した亜空間飛行にまだ放心状態である。


「はい。機影は全部で50機。盗難された機体がほぼ全て出てきていますね」


在庫一掃(Clearance)セールだね。

 出来れば一発も撃たせずに落としたいな」


「射程は8km前後ですから、接近を許さない段階で落とす必要がありますね」


「それじゃ、ナビ宜しく!

 Whack-A-Moleスタート!」


 数秒の亜空間飛行で最初の編隊に接近したシンは、複数の機体に対して瞬時に圧力を加える。

 飛行中のMQ-1(プレデター)は突如膨らんだ形の機種が折れて垂れ下がり、浮力を失って折れたマッチ棒のように落ちていく。

 それはまるで蚊取り線香の煙にやられた、藪蚊のようである。


「シン君、あなたの力は出鱈目だわ!

 そのシャツの下にはSマークが隠れてるんじゃないの?」

 シンに横抱きにされたアンジー(大統領)は、亜空間飛行の衝撃からやっと回復したのか上機嫌でシンに声を掛ける。


「ここまで出力を上げたのは、アラスカでお城を作った数か月ぶりですよ!

 SID、次のコースを指定してくれる?」


「南西仰角5°15秒後に目視出来ます」


了解(ラジャ)!」


 爆発音も無しに、シンに破壊された機体群はゆらゆらと静かに落ちていく。

 アビオニクスをピンポイントで破壊している為か、墜落した機体は炎上することも無く火災も起きていない様だ。


「何で相手は回避行動を取れないの?」


「亜空間を移動中は、僕の姿はレーダーでも肉眼でも見えませんからね」


「墜落したのに、ヘルファイアが誘爆しないのは?」


「本体と同時に、ミサイルのシーカーも壊してますから」


「……貴方はこの世界の空軍の天敵ね!」


「足が遅いMQ-1(プレデター)だから出来る芸当ですよ。

 音速を超える攻撃機相手だとこんな真似は不可能ですから、ユウさんに待機して貰ってるんです」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「シン君、ラスボスが来たよ!

 うわっ、シーモアジョンソンのマッドヘン(F-15E)じゃない!」

 コミュニケーター経由で、記念塔で待機中のユウから連絡が入る。

 彼女は光学補正された拡大画像を見ているので、肉眼で確認できないレヴェルで所属部隊まで特定している。


「パイロンにはこちらの予想通りGBU-28(バンカーバスター)がぶら下がってるね。

 おっといきなり撃たれちゃったよ!」


「……」

 シンに横抱きにされているアンジー(大統領)の身体が、緊張で強張る。

 

「大丈夫です。目標指示装置(デジグネーター)は事前に確保して、エリプス(大統領公園)の端っこに設置しましたから。

 公園の外れに着弾するまで30秒はあります。

 ユウさん、機体は出来るだけ壊さないよう落として下さい!」


 シンは会話を中断して、ミサイルの進行方向へ一瞬にして回り込む。

 ロケットモーターはまだ動作中なので、ミサイルの速度はどんどんと加速されている。


「ちょっとだけ片手を離しますから、しっかりと掴まっていて下さいね!」

 シンは伸ばした右手を直進してくるミサイルに向ける。


 ロケットモーターを燃焼している2発のミサイルが、一瞬にして空中分解しそのまま公園の敷地へゆらゆらと落ちていく。


「貴方と一緒に居ると、どんな武器も役立たずに思えてくるわね」

 安堵の溜息を付きながら、大統領(アンジー)は小さく呟いた。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎

 

 一方のユウは、反転して記念塔から去っていくマッドヘン(F-15E)の姿をスコープに捉えていた。


(壊さないように落としてなんて、そんな無茶を言われてもね……)

 ユウが持参したケラウノス対物ライフルは、コンパクトな外見から想像できない射程と威力を持っている。

 ただし超々高倍率のデジタルスコープが付いたこの武器を使いこなせるのは、地球上で彼女一人なのであるが。


 窓際にバイポットで固定したライフルのトリガーをユウは静かに引き絞り、素早くボルトを操作して次弾も発射する。

 反動無しに発射されたコンダクターメタルの弾頭は、長い銃身内のアクセルレーターコイルで急激に加速され飛翔する。

 もちろん曳光弾ではないので弾道は見えないが、超高速の弾頭は飛行中のマッドヘン(F-15E)の後部に吸い込まれるように着弾した。


 突然のエンジンストールを起こしたように、マッドヘン(F-15E)の双発エンジンは黒煙を吹きながら停止する。

 派手な爆発を起こさないのは、エンジン後部だけを的確に狙って破壊しているからだろう。


「シン君、エンジンノズルを2つとも破壊したよ!

 それじゃぁ、夕飯の支度の残りがあるから、後始末は頼んだね」

 ユウは素早く機材一式を収納したライフルケースを片手に、シンに報告を行う。


「はぁい、お土産にホットドックを買って帰りますから、楽しみにしていて下さい!」

 間延びした二人のやり取りは、緊張が微塵も無いお茶の間で交わされている会話のようである。


 通話を終えたエプロン姿のユウは、ワシントン記念塔の観覧室から一瞬にしてかき消えたのであった。

 


                 ☆



 大統領執務室。


「不時着したマッドヘン(F-15E)のコックピットは空で、射出した形跡もないそうです」

 事態が収拾されホワイトハウスは平常運転に戻っていたが、シークレットサービスは総員動員され事後処理に忙しい。

 大統領(アンジー)に現状報告する副主任は、顔面蒼白でいまにも倒れてしまいそうである。


「こちらは人的被害はなかったけど、市街地に迷惑を掛けちゃいましたね」

 速報でワシントン市内の様子をレポートしているテレビ画面を見ながら、シンは呟く。


「ヘルファイアを一発も撃たれなかっただけでも、上出来よ。

 無人機50機が同時攻撃するなんて、中東の紛争地帯でもあり得ないから」


「もっと地味に対処できれば良かったんですが、結果的にEOPで撮影する見せ場を提供してしまいましたね。

 でも相手にはもう持ち札(カード)は無いでしょうから、当分は静かになるでしょう」


「シーモアジョンソンの件があるから、現在各空軍基地に遊休機体の在庫確認をさせているわ。

 退役間際の機体は管理が甘くなるから、今後も注意しないといけないわね」


「モスボールの払い下げにはプロメテウスもお世話になってますから、あんまり管理が厳しくなるとこっちも困るんですけどね」

 


                 ☆



「それじゃあ、任務もひと段落したんでお暇させていただきますね」


「シン君、ここ数日本当にありがとう。

 これは新しいIDカードで、私の任期中は有効だから今度来るときに使ってね」

 大統領(アンジー)にすっかり懐いたシリウスは、シンの横で名残惜しそうに彼女を見上げている。


「……正規職員で、大統領顧問ですか?

 これじゃ、逆にセキュリティゲートで止められそうですね」


「ここの職員で、貴方のことを知らない人間はもう誰一人居ないわよ。

 これからも米帝の一大事に、駆けつけてくれると嬉しいのだけれど」


「ええっと、米帝の一大事というよりも、貴方が任期中ならば出来るだけのことをしますよ」


「その一言は何より嬉しいわ。

 あとこれは、個人的なお礼よ」


 シンの懐にするするっと入った彼女は、両手でシンの頬をしっかりと包み唇を重ねる。

 懐に入られてホールドされているので、しっかりと舌が進入してくるディープキスからシンは逃れることが出来ない。

 周囲のスタッフ達は懸命に目を逸らして、この超危険(デンジャラス)な光景を見ないようにしている。


 唇を離して満足そうな大統領(アンジー)は、シンに対してしてやったりという満足気な表情である。

 苦笑いしたシンは彼女のルージュを唇に付けたまま、シリウスと共にその場から一瞬にして消えた。

 目を逸らしていたスタッフ達は、シンがいつホワイトハウスから退出したのか全く気が付かなかったのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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