028.Away From The Sky
プロメテウス本国、地下エリア。
「えっサラさん結局、ここの所属になっちゃったんですか?」
休日に『パルミジャーノの原木』を受け取りに来たシンは、先日カーメリに送り届けたばかりのサラが居るのに吃驚する。
「ホントはTokyoオフィスに行きたかったんだけどね……
少しでも料理の腕前があるなら、こっちに来いって問答無用だよ」
サラは目の前のボナを非難するような発言をするが、その表情は穏やかで特に不平不満があるようには見えない。
二人の間には、余人には与り知らない強い信頼関係があるのだろう。
「あっ、そういえばこの間、Tokyoでデートの約束をすっぽかしたよな!」
「ちゃんと連絡して、埋め合わせはするって約束したじゃないですか」
「私だってジャグジー以外に、ニホンの温泉を満喫したかったのに!」
「ああそういえば、今僕が住んでいる寮の大浴場は温泉になってるんですよ。
単純泉ですけど、かけ流しできる湯量なのでとっても気持ち良いですよ」
「じゃぁ明日から休暇だから、パルミジャーノじゃなくて私を寮まで運んでよ!
ボナさん、文句ありませんよね?」
ボナは無言で頷くが、何か気がかりな事があるようで表情がすぐれない。
彼女はネットワークのトラフィックが表示されている画面を眺めながら、真剣な表情で操作を繰り返している。
「何か気になる事でも、あるんですか?」
「うん。米帝の軍事通信が異常な頻度になってるんだ。
まだ事情は分からないけど、何かが起こる前兆みたいだから道中は気を付けた方が良いね」
☆
「うわぁ、早送りみたいで気持良いなぁ。
アフターバーナー全開のF-16よりも、景色が流れるのが速いや!」
本来、亜空間飛行は高度や風向きに依存しないので、旅客機のような巡行高度を飛ぶ必要は無い。
また衝突の危険性も無いので、他の航空機や地形の障害物も気にする必要も無い。
だが運んでいるのがパイロット経験者の場合には、ちょっと事情が変わってくる。
自分で操縦を経験した人間は、目前に迫ってくる障害物を認識すると無意識の内に緊張状態になってしまう。
これが飛行中にずっと繰り返されると、かなりのストレスになるのである。
そんな訳でサラを抱えたシンは、見晴らしの良い高度1万3千メートル辺りを移動中である。
雲の遥か上の青空が広がる高高度は、長距離便のパイロットもこなしているサラにとっては見慣れた光景なのだろう。
「僕は超音速ジェットを操縦した経験が無いんですけど、こんな感じなんですか?」
「うん。
燃料があっという間に空になるけど、景色が流れる感じは……あれっ、何かな?」
雲の切れ目の1万メートルより下に、小さな編隊が見える。
機体がかなり小さいので、サラのように視力が鋭くないと見逃してしまいそうではあるが。
「編隊飛行ですけど、機影が小さいですね。
尾翼が下向きだしレシプロのスピードだから、米帝のMQー1辺りかな。
でも無人機の編隊飛行なんて、聞いた事がありませんけど」
「あれっ、この辺りのルートは、軍用機が飛ぶことはない筈なんだけどね」
サラは事前にシンから飛行ルートの説明を受けていたので、太陽の位置で現在位置を把握する事が可能なのだろう。
「SID、聞こえる?」
通常空間に戻ったシンは、ゆるやかに停止しながらコミュニケーターに囁く。
「はい、感度良好です。現在位置を確認しました」
「目視できる位置におかしな編隊飛行が見えるんだけど、何か情報はあるかな?」
「現在、近隣で演習中の情報はありません」
「SID、この情報を各拠点で共有できるように連絡をして貰えるかな。
コミュニケーターの内蔵カメラで、機体は認識できてる?」
市中とは違って、ここでSIDが入手できるのはシンの胸元のコミュニケーター経由の画像のみである。
光学映像は監視衛星のポジションによって、利用できない場合も多い。
「画像の鮮明化完了。
各拠点に緊急通報しました」
「シン、あれを撃墜するのは可能?」
「……簡単ですけど、IFFの確認無しに落とすと、後始末が大変じゃないですか?」
「いや、私の権限で責任を取るから、撃墜しよう!
あれを見逃すと、碌な事にならない予感がするんだよ」
「了解!」
ゆっくりと離れていく編隊の真上に一瞬にして到達し、シンは飛んでいる5機を目標にして躊躇無く圧縮空気弾を連射する。
地道に続けている訓練のお陰で、目視だけでターゲットを補足するのも今や自由自在である。
幸いにも積んでいたヘルファイアが誘爆することも無く、すべての機体は細かく空中分解し破片が落下していく。
下は公海上だが運行している艦船も見えないので、破片は放置しても大丈夫だろう。
「ありゃ、回避行動も全く取らなかったね?」
「亜空間飛行中はレーダーはもちろん肉眼でも見えませんから、対応が間に合わなかったんでしょう」
「シン、すごいね!航空機にも丸腰で対応できるなんて!」
「いや、あの機体がレシプロで低速だから出来たんですよ。
ターボプロップで飛んでいるMQ-9だと、こんなに簡単には行きませんよ」
☆
寮に到着しサラを地階の温泉に案内してから、シンはTokyoオフィスに音声連絡を入れる。
リビングに集まっているエイミーとハナは、緊迫感があるシンの様子を心配そうに見ている。
テレビを見ながら関心が無い様子を装っているトーコも、聞き耳はしっかりと立てているようだ。
「フウさん、何か進展はありましたか?」
「米帝空軍に問い合わせを入れてるが、返答が無いな。
レイ経由でも探りを入れてるんだが、どうやらかなり広範囲に問題が起きている感じだな」
「移動中に目撃したMQ-1の編隊は撃墜しちゃいましたけど、それについての反応は?」
「おい、いきなり撃墜したのか?」
「ヘルファイアを積んでいたみたいですから、サラさんの指示で落としました。
という事は、また軍事ネットワークのハッキング……数年前の事件の再現ですかね?」
「数年前の事件以来ネットワークに関しては重ねて対策しているから、ハッキングで機体を奪取されるのは考えにくいだろうな。
だが無人機が収納されているコンテナの大量移動があったのは、こちらでも確認した」
「移動って、確かMQ-1は順次退役予定ですよね?」
「ああ、モスボールで保管される筈の機体を、移動のタイミングでくすねたのかも知れないな。
デビスモンサンの衛星画像では、到着している筈のコンテナが運び込まれた形跡が無いしな」
「それじゃぁハッキングというよりも、単純な盗難ですね。
撃墜した機体も、その一部だったのかも」
「ああ、おかしな勢力に利用されると厄介な事態になるのが目に見えてるからな。
EOPで迫力のあるシーンを撮るためにどこかを空爆する予定だったとしたら、サラの判断で撃墜したのは正解だろうな」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「本来なら無人機の奪還っていうのは難しいけど、分解して保管されてるコンテナが盗難されるっていうのは盲点ですね」
豚肉を細く刻みながら、シンは厨房越しにサラに話しかける。
シンの横ではエイミーも、下拵えの野菜を刻んでいる。
最近はユウやアンが作った料理を食べる機会が多いエイミーやハナの事を考えて、シンは大皿の中華料理を作る頻度が高くなっている。
Tokyoオフィスでは焼き餃子以外の中華料理を作る人間が居ないので、メニューのバッティングを避ける為の単純な措置なのである。
「いやシン、それだとヘルファイアはどこから入手したのか説明が付かないんじゃない?
あとGCSについても全く不明だよね」
サラは経験豊富な副指令らしく、シンが見逃していた点をさりげなく指摘する。
温泉から上がったばかりの彼女は、来客用のジャージを着てリラックスしている。
「ああ、確かに。
ということは、コンテナとは別にミサイルとかGCSも盗難されてたって事になりますか」
炒飯専用の大きな中華鍋をコットンコットンと煽りながら、シンはサラとの会話を続けている。
「まぁどうせ何か起こってもここじゃ機体がないから直接対応できないでしょ?
何か起こればすぐにお呼びがかかるから、しばらくはこのままノンビリしてようよ」
サラはパイントグラスにビアサーバーから並々と注ぐと、美味しそうにビールに口を付ける。
プロメテウスの地下にはビアサーバーが無かったので、もしかして生ビールを飲むのも久しぶりなのかも知れない。
「そうですね。
昼食前に、何かつまみは要りますか?」
炒飯を大皿に用意出来たシンは、サラのリクエストを聞く余裕があるようだ。
「う~ん、刺身が食べたいけどいきなりは用意できないでしょ?」
「ああ丁度、余りもののヅケならありますよ。
ちょっと待ってて下さい」
シンは冷蔵庫の保存容器に入っていたマグロのヅケを手早く切ると、白髪ネギと大葉を添えて刺身皿に並べる。
「漬け込んで味はついてますから、そのまま食べて下さいね」
「おおっ、カツオのタタキみたいで美味しいね!
シン君はこんな料理も出来るんだ」
「いや、これはエイミーが余ったマグロを仕込んだものなんですよ」
「エイミーちゃんは、暫く見ない間にまた成長したんだね」
いつの間にかサラの真横のソファに移動したシリウスが、サラに身を寄せるようにして皿に並んだ刺身をじっと見ている。
「はい。日々シンの正妻になるために努力しています!」
かなり腕力が付いたエイミーは、中華鍋をあざやかに煽って野菜炒めを作っている。
今や巨大なマリー専用のアルミフライパン以外であれば、彼女は既に殆どの調理器具が使えるようになっている。
「そ、そう……なんだ。まぁ頑張ってね!」
サラは横に居るシリウスの圧力に負けて、刺身を手のひらにのせてそっと差し出す。
シリウスは舌で手のひらから刺身を舐めとると、満足そうに咀嚼を繰り返す。
「ねぇ、シン?この子人間の食事の味付けに慣れちゃったみたいだね?」
再び目でリクエストを送ってくるシリウスを見ながら、サラはシンに尋ねる。
アラスカで会った時には、まだこんなに濃い味のメニューは食べて居なかった記憶があるからだ。
「ナナさんの話だと、元々人間が食べるものは問題なく消化できるし、味付けが濃くても大丈夫なんですって。
今はすっかり僕たちと同じものを食べてますね。というか、舌が肥えちゃってドックフードはもう空腹でも食べてくれませんよ」
「毛並みが柔らかくて匂いも無いし、とっても健康そうだよね」
二切れ目の刺身を与えながら、サラはシリウスの背中をモフモフしている。
「なんか僕と一緒に温泉に入るのが気に入ったみたいで、僕が大浴場に向かうと付いてくるのが習慣なんですよ。
風呂上りで僕がドライヤーをかけながらブラッシングするのもお気に入りみたいで、お陰で毛並みが艶々ですよね」
「「……う、羨ましい」」
「バウッ!」
ソファで昼食が出来るのを待っていたハナとトーコが、重なり合うように呟いた声は勿論シンの耳には届かない。
だが小さく吼え声を上げたシリウスが何故か勝ち誇ったように見えたのは、たぶん気の所為なのであろう。
☆
昼食後、フウにTokyoオフィスに呼び出されたシンは、リビングで緊急ミーティングを行っていた。
この時間に音声通話で済ませずに態々呼び出すということは、かなりシリアスな用件なのだろう。
「シン、最優先の業務依頼だ。
依頼内容は要人の身辺警護だが、今回はお前個人をご指名だ」
「了解です。それで要人っていうのは何方ですか?」
「米帝の『最高権力者』だな」
「まさかの依頼ですね……もしかして今騒ぎになっている件の絡みなんですか?」
「ああ、CIAはホワイトハウスが空爆される可能性が高いと、結論付けたみたいだな。
まぁ映画ではありふれた題材になっている位だから、EOPの撮影対象としては絶好のロケーションなんだろう。
時間的な余裕は無さそうだから、エイミーについてユウと引継ぎしたら直ぐに現地に向かってくれるか」
「了解」
「現職の大統領は、まだ1期目だからな。
由縁があるしこちらに協力的な人物だから、出来れば代わって欲しくないんだよ」
「あの海兵隊の特殊部隊出身だという、グラマーな美人さんですよね。
写真でしか見たことがありませんけど、あの容姿で40代というのも凄いですね」
「そりゃそうさ。彼女の父型にはメトセラの血が流れているから、長寿の遺伝子が強いんだろう」
「由縁があるっていうのは、そういう意味だったんですか。
てっきり最新の美容整形の成果かと思ってましたよ」
「いや、血筋以外にも色々な柵があってな。
それは追々分かってくるだろうから、ここでは説明を省くが」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「へぇ~っ、あの人の警護なんだ」
Tokyoオフィスに帰還したユウは、待っていたシンと早速引継ぎを始める。
「もしかしてユウさん、あの人と面識があるんですか?」
「まさか!
でも米帝軍内部では良く噂されていて、史上最強の大統領って言われてるらしいよ」
「はぁっ?でもいくら海兵隊の特殊部隊出身でも、最強っていうのは言い過ぎなのでは?」
今、シンとユウ二人の脳裏に浮かんでいるのは最強で連想される共通の知人の事だが、ここであえて本題を逸れる必要は無いだろう。
「ミサワで知り合った海兵隊の格闘技インストラクターは彼女の部下だったらしくて、いまだに名前を聞いただけで背筋が伸びるって言ってたな。
体術が強いのは勿論だけど地上兵器なら何でも使えるエキスパートで、今でもシークレットサービスの訓練に飛び入り参加すると誰も彼女に勝てないって噂もあるしね」
「なんか身近に居る人たちに、とっても似ている気がするんですけど……」
「ははは。まぁシン君の体術の腕前もかなりのものだし、虐められることは無いと思うけどね」
「もしかすると長期戦になるかも知れませんので、暫くの間エイミーをお願いします」
「そんなに畏まらなくてもエイミーは私の一番弟子だし、しっかり手許で見ておくから安心して。
ルーはこっちに居る時間も長いし、ハナちゃんやトーコちゃんも非常事態だからこっちに来て貰おうかな。
それでシリウスはどうするの?」
「身辺警護なら彼女は非常に役に立ちますから、もちろん連れていきますよ。
こちらが協力する条件の一つとして、OKが出たと聞いてますし。
でも何か大事な事を、忘れてるような気がするんですよね……」
プロメテウスからジャンプで連れてきたサラの事を、何故かすっかりと忘却していた一同なのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。




