025.Your Mama Don't Dance
寮の大浴場の清掃作業を行った日の夕刻。
シンの依頼で温泉設備を見に来たパピは、早々と点検を終えて自ら湯船に浸かっていた。
彼女は米帝海兵隊で特殊任務に従事していたので、建物のインフラや設備機器に関して広範囲に渡り知見を持っているのである。
「ふぁ~っ、単純泉だけど、本物のかけ流しはやっぱり良いね!
Tokyoオフィスの大浴場は、ジャグジーはあるけど水道水だからね」
首までしっかりと湯船につかったパピは、満足そうに唸り声を上げている。
彼女はスリムだが起伏がしっかりとあるプロポーションで、なんと朝霞駐屯地の陸防隊にはファンクラブがあるという噂である。
「浴槽も大きいし、足湯専用?の浅い浴槽もあるなんて至れり尽くせりだな。
シン君どうだ、本物のハーレムみたいだろ?」
何故かパピに同行してきたケイも、一緒に温泉に入っている。
いや、今は腰にタオルだけを巻いたシンに背中を流して貰っているので、湯船には入っていないのだが。
普段の戦闘服姿のケイは引き締まった細身の体形にしか見えないが、全裸の今は背中側から見てもまるで筋肉が締まった女性ボディビルダーのような印象である。
胸は見事なお椀型をしている美乳だが、割れている腹筋も相まってセクシーというよりも凛々しさが先に立ってしまうのは仕方がないだろう。
シンは泡のついたスポンジで色々な箇所を洗浄しながらも、まるで自分がスポーツトレーナーになったように感じていたのである。
「はぁ……ハーレムっていうよりも、居場所が無いって感じですけど。
ケイさん、僕なんかに裸を見せて大丈夫なんですか?
僕は責任取れないですよ」
「ちょっとしたサービスだけど、全裸の美女二人に囲まれて嬉しくないのかい?
じゃぁ温泉のお礼に、私が色んな箇所を念入りに洗ってあげようか?」
ケイが色っぽい表情でウインクしてくるが、残念ながらこの手の悪戯はシンに対しては効果が薄い。
「それは心惹かれますけど、エイミーに怒られそうなので辞退させて頂きます。
それにお婿に行けなくなる体になると、困りますからね!」
「ははぁ、妹の尻にしかれてる兄っていう図式なんだな」
「ええ、僕の周りで怒らせると一番怖いのはエイミーですからね。
今も美人のお姉さん二人と混浴中なので、かなりの御冠なんですよ」
この程度で腹を立てるエイミーではないので、これはシンが彼女の存在を言い訳に使っているだけなのであるが。
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夕食時のリビングダイニング。
シンとエイミーが作った料理を囲んで、ケイとパピも一緒に夕食をご馳走になっている。
山盛りの大皿で並んでいるのはチャーハンや回鍋肉、かに玉や青菜の炒めもの等で、手早く作れるシンの中華料理レパートリーは急な来客時には重宝するメニューなのである。
最近は中華連合に付き纏われて辟易しているシンではあるが、彼が作る中華料理は幼少時から慣れ親しんだレパートリーなので料理には罪は無いであろう。
ちなみに大食漢のルーはボナの訪問以来ずっとTokyoオフィスに滞在しているので、料理が足りなくなることは無い。
ハナは初めて食べる料理ばかりであるが、五香粉などの癖のある香辛料は使っていないので全ての料理を美味しそうに頬張っている。
「都内でこんなに良い温泉に入れて、美味しいご飯も食べられて、おまけにビールも飲み放題だろ?
いやぁ、Tokyoオフィスよりも居心地が良いんじゃない?
なにより怖いフウさんも居ないしね!」
餡かけの蟹玉をのせた山盛りチャーハンを、パピはバクバクと蓮華で口に運んでいる。
「パピさん、フウさん本人に言いつけますからね!」
彼女の発言を聞いていたシンが、含み笑いをしながら応える。
パピはいまだにフウが苦手なようで、Tokyoオフィスでも距離を置いて逃げ回っているのを知っているからである。
「ふ~んだ。あんな年増のおばさん怖くないもんね!
これ、せっかくケイが持ってきてくれた純米大吟醸だから、シンも飲んでみなよ」
「ビール以上の強い酒は、まだ18歳になってませんから此処では駄目ですよ。
あれっ、ハナはちゃっかりと飲んでるし!」
この学園寮ではニホンの法律よりも学園の慣習が優先されているので、18歳以上には全てのアルコールが解禁されているのである。
「ニホン酒ってなんか癖があると思ってましたけど、これはナパ・ヴァレーの高級ワインみたいに喉の通りが良いですね。
とっても美味しい!」
「ハナちゃんは可愛いだけじゃなくて、味も判るんだね!さぁ遠慮せずに、どんどん飲んで!」
ニホン酒をこよなく愛するケイは、ハナのことを気に入ったのか普段と違うハイテンションである。
シンが焼き上げたお取り寄せの冷凍餃子を、ケイは好物なのか繰り返し頬張っている。
もっちりとした皮のジャンボ餃子はTokyoオフィスメンバーの大好物なので、いつの間にか定期配送便のリストに加わっていたのである。
翌日がオフの二人は早起きする必要が無いので、寮の空き部屋に泊まっていくつもりなのだろう。
車を運転してきたパピも、既にしっかりと酔っぱらっている状態である。
「シン、ガタガタ言うなら免許証見せてみんさい!」
かなりアルコールが回ってきたパピが、おかしな方言のニホン語でシンに管を巻く。
シンの正規に発行されたニホンの免許証は、年齢欄のみ18歳と誤記載されているからだ。
「うっ、それは……
ああっ、エイミー駄目だって!それは水じゃないよ!」
「へへぇ~、ほんのり甘くて美味しい水れすね~
おかわりっ!」
「あちゃぁ……また飲んじゃったよ。
ああっパピさん、面白がってエイミーにおかわりを飲ませちゃだめですって!」
☆
場所は変わってTokyoオフィス。
今日はボナが作った夕食を、マリーとルーに振舞う日である。
本来これが訪問の目的だったのだが、温泉旅行のスケジュールが優先していたので今日にずれ込んだのである。
見た目が真っ黒なソーセージや丸腸を使った太いソーセージ、牛の見慣れない部位を使った内臓煮込み、厚みがある鶏レバーのパティ、しっかりと煮込まれた牛肉の赤ワイン煮。
ボナが持参した本場の材料で作った料理は、普段のTokyoオフィスでは目にすることが無いボリュームがあるフランスの田舎料理である。
テーブルについたマリーは、至福の表情を浮かべて料理を食べ続けている。
馴染みのビストロのボリューム不足にいつも不満を持っていた彼女は、食べ応えがある田舎料理をしっかりと味わえるのが嬉しいのだろう。
普段の食事では喜怒哀楽を感じさせずに黙々と食べ続けるマリーであるが、料理を口に運ぶ度に変わっていく表情は見ていてとても面白い。
同じテーブルで躊躇いながら初めての料理を口に運ぶルーとは、まるで対照的な様子である。
「ボナさん、みんなうちの母が作ってくれた料理と同じ味ですね」
一緒に夕食の席を囲んでいるユウにとっても、これらの伝統的な田舎料理は幼少時から食べ慣れた懐かしい味なのである。
尤も彼女はキッチンで調理の手伝いをしていたので、そのレシピが母親のものと殆ど同じであるのは早々に気が付いていたのであるが。
「そりゃそうだよ。アイにも随分と私のレシピを伝えたからね」
「本場フランスの材料だと、こんなに差が出ちゃうのか。
マリー、うちの馴染みのビストロも旨いと思っていたが、調理方法が同じでも味のレヴェルがかなり違うな」
頻繁にビストロで外食しているフウがマリーに同意を求めると、彼女は口をもごもご動かしながら大きく頷く。
「じゃぁ余った材料は皆置いていくから、そこのビストロのコックさんに渡して貰えるかな。
あとフウ、明日帰国するからシン君に連絡を宜しく」
「……もう帰っちゃうの?」
マリーが普段はメンバーに決して見せることが無い、悲しそうな表情を浮かべている。
「うん。長い休暇は終わったから、帰ってから色々と忙しくなるからね」
「また来てくれるよね?」
「うん、もちろん!
シン君に頼めばあっという間だから、できるだけ頻繁に来るようにするよ」
「約束だよ!」
☆
翌朝の学園寮。
「ケイさん、パピさん、もうそろそろ起きてください!」
二人が宿泊していた空き部屋に、エプロン姿のエイミーの声が響く。
空いた扉からは、炊き立てのご飯と味噌汁の香りがキッチンから漂ってくる。
「うわっ、寝坊しちゃったかな……あれっまだこんな時間?」
ケイは自動ドアが開いた瞬間に目が覚めたようだが、パピは毛布にくるまって熟睡しているようで起きる気配が無い。
「シンは急用が出来て外出しちゃいましたから、私が朝食を作ったので食べてください!」
「悪いね、手間を掛けさせちゃって」
「ケイさんには日頃からキャスパーさんがお世話になってますから、当然ですよ。
パピさん、朝ごはんですよ!起きてください!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「うわっ、すごいニホンの和朝食だぁ!」
寝起きの爆発した髪型のパピも、並んでいる朝食のお膳を見てバッチリ目が覚めたようだ。
「ハナさん用には焼き鮭じゃなくて、ハムエッグを作りましたからこっちをどうぞ」
いつものサンドイッチやお握りの大皿では無い朝食にハナは戸惑っていたが、お膳の前に腰掛けると慣れない箸を使って食べ始める。
「おおっ、Tokyoオフィスと同じで炊きたてのご飯が美味しいっ!」
Tokyoオフィスのように洒落たお櫃では無いが、炊きたてご飯はジャーからよそい放題である。
パピは朝食をしっかり食べたい派のようで、大きな丼の納豆ご飯をかきこんでいる。
「あれっ、この味噌汁の味ってユウが作ったのと同じだね」
ユウの作る料理を食べる機会が多いケイは、口にして直ぐに気がついたようだ。
「はい。ユウさんに料理全般を習ってますから。
お代わりも沢山ありますから、言ってくださいね」
☆
「シン、色々とありがとう。
お陰で今後の道筋がちょっと見えてきたよ」
シンのジャンプでプロメテウス本国に戻ったボナは、地階のオフィスでシンに礼を言う。
「いえ、マリーとルーに大事な家族が出来たと思えば、お安い御用ですよ。
また移動が必要な時には、呼んでくださいね」
「ああ、あと次に子種が必要な時には、シン君を第一候補にすることにするよ!」
「ははは。何か最近、冗談なのか子種的な要求を言われる機会が増えてますね」
「今のメトセラ男子の有望株は君しか居ないから、それは冗談じゃないと思うけどね。
この調子でいくと、これからの世代のメトセラは君の異母兄弟だらけになる可能性もあるな」
「そんなに大勢に責任を取れるかどうか、自信がありませんけどね」
「君の前の世代には、恐ろしい実例があるからな。
まぁ君はそれほど責任について深刻に考えなくても、メトセラは女系家族だから心配は無いと思うよ」
「はぁ……」
「ああっそうだ!お土産にチーズでも持って帰るかい?
パルミジャーノの原木があるから、ワンホール位なら抱えて持てるだろ?」
「うわっ、現物は久しぶりに見ましたよ。
確か40Kg位の重さがあるんですよね?」
「このままだと宝の持ち腐れだから、皆で食べてくれると嬉しいな」
「じゃぁ喜んで持って帰ります、と言いたい処ですが後日取りにきますね!
サラさん、お留守番ご苦労さまでした!約束通りTokyoオフィスまで送りますよ」
「いいんだ。どうせ私はモブキャラだし、目立たないし……ブツブツ」
「ユウさんが美味しいご飯を用意してますよ。数日Tokyoオフィスで羽を伸ばしたら、カーメリまで僕が送りますから。
時間の都合が付けば、僕が美味しいお店を案内しますし」
「ほんと?約束だよ。
久しぶりのTokyoは、テンションが上がるなぁ!」
☆
サラをTokyoオフィスに送ったシンは、再び深夜の温泉に浸かって一日の疲れを癒していた。
「ふぁ~やっぱり温泉は良いなぁ。
毎日好きなだけ入れるなら、清掃作業なんて苦にならないね」
地階にある温泉は風情という点では観光地のそれに劣るが、かけ流しで24時間いつでも利用できるのが素晴らしい。
プロメテウス本国への往復はそれほど疲れる業務では無いが、自ら提案したボナの訪問が無事に終わってシンも肩の荷を降ろした気分なのである。
「シン、入ってますか?」
「ああ、トーコ。今上がるから、ちょっとだけ待っててね」
入口付近から聞こえてくる声を聴き分けて、シンは湯船に立ち上がる。
「いいえ、大丈夫です。そのまま入っていて下さい」
「トーコ、また鼻血を噴いて倒れたら大変だよ」
「大丈夫ですっ!もう全部見られちゃったし、恥ずかしくありません。
はずかしくない。ハズカシクナイモン……ダイジョウブダモン……ブツブツ」
タオルをしっかりと巻いたトーコが浴場に入ってくる。
かなり離れていても、彼女の顔が茹蛸クラスに真っ赤になっているのが判別できる。
「SID、ちょっと照明を暗くしてくれる?」
浴室の壁面にも律儀に設置されている、防水仕様のコミュニケーターにシンは声を掛ける。
「了解です。トーコさん、足元が滑りますから気をつけて下さいね」
「うわぁ、うす暗くて不思議な感じですね……コレナラハズカシクナイカモ」
「SID、ガラス面のヴァーチャルウインドに、マウナケアの定点映像を出してくれるかな?」
「了解です。画像出します」
「うわぁ、綺麗!」
地下に作られた温泉は圧迫感があるが、あらかじめその点は考慮されていたようで、鏡張りの壁面の枠がフィックス窓風の作りになっている。
鏡の裏側には超大型モニターが設置されているので、照明を落としてモニターを点灯すれば、あっという間に観光地の景色が出現する窓になるのである。
「この景色はリアルタイムで中継されているから、もうちょっとで朝焼けの風景も見れそうだね」
星がこぼれそうな満点の夜空は、周囲に余計な照明が無いのでモニタ越しであっても鮮明に星を見渡せる。
もう暫くすると薄暮から、眩い太陽が昇ってくる瞬間が見られるだろう。
かけ湯をしたトーコは、シンから離れた場所の湯舟に静かに入ってくる。
「シンは女性の裸を意識しないんですか?混浴してても、まったく恥ずかしがらないし」
「フウさんと暮らし始めてから、あの人は平気で全裸でうろつくし慣れちゃったのはあるかな。
でもハナとかルーが突然入ってると、さすがに緊張するけどね」
「ふん、どうせ私は幼児体形ですよ……」
「いや、そんな事はなかったと思うけど。
それに今もちゃんとドキドキしてるよ」
温泉の家族風呂で倒れてしまい、全裸で運ばれたトーコはシンにすっかり全てを見られている。
その時の記憶が蘇って恥ずかしくなったのか、トーコは口ごもりながらも過激な一言を発する。
「あの……シン、責任を取ってくれるなら、その、す、好きなことをしても構わないんですよ。
わ、私の気持ちは、良くわかってますよね?」
「ああ、僕にその気が無い訳じゃないけど、あとはトーコ次第かな。
だって事の最中に、気絶されると困るからね」
「気絶……キゼツなんて、いやもしかして……」
トーコは独り言のように呟きながら、下を向いているがいつのまにか湯船にポツリと鼻血が零れている。
「トーコ、ほら冷たいタオルを鼻に当てて!」
いつの間にか湯船から出たシンが、折り畳んだ冷たいタオルをトーコに手渡す。
「あっ……すいません」
薄暗い湯舟の中でも、シンの引き締まった上半身の筋肉がしっかりと見える。
トーコは自分が見られている恥ずかしさも忘れて、シンの姿に見とれてしまう。
「その話はもうちょっとトーコに免疫が出来てからかな。
じゃぁ先に上がってるよ!」
大浴場を出て行く全裸のシンの後姿にトーコは見とれていたが、その時バーチャルウインドには太陽が昇る瞬間が映し出される。
「うわっすごいっ!」
トーコは無意識に発したこの一言が、シンの全裸に対してなのか絶景に対してのものなのか、知るのは本人のみなのであった。
お読みいただきありがとうございます。




