023.Just Another Birthday
Tokyoオフィス。
「へぇっ、ボナがこんな辺鄙な場所に顔を出すなんてどういう風の吹き回しなのかな。
もしかして、このタイミングを狙ってたのか?」
「フウ、あんまり余計な事を言うと、子供の頃の滅茶苦茶恥ずかしい話をここのメンバーに聞かせる事になるが?」
意外にも、ボナはフウの一言を流暢なニホン語で切り返す。
「……」
「ふふっ。フウさんの言っているタイミングというのは、今から大型バスに乗って温泉旅行に行こうという話になってまして。
もちろん同行してくれますよね?」
フウを一言で黙らせたボナの貫録勝ちに、溜飲を下げたシンが彼女に説明する。
プロメテウス本国まで迎えに行ったシンは彼女の訪問の発案者であるが、温泉旅行と日程が重なったのは偶然である。
ルーが口にした思い付きがあっという間に温泉旅行として現実になったのは、温泉宿についてシンがフウに相談したのが発端になっている。
Congohと長い付き合いがあるという温泉旅館はリゾートホテルと言って良いほどの規模で、参加人数が飛び込みで増えてもオフシーズンという事もあり融通が効く。
食事に関してもマリーの参加が前提になっているので、一人二人増えた所で何の問題も無いだろう。
「うん、喜んで!
それにしても、ニホンの温泉は久しぶりだなぁ」
「ニホン語も流暢ですし、もしかして此処に長期滞在していた経験があるんですか?」
「うん、遥か昔だけどね」
「SID、マリーは今部屋に居る?」
「はい。昨日から部屋に篭って出てきませんね」
「それじゃ、こちらから彼女の部屋に行きましょうか」
シンはボナを引き連れて、マリーの部屋へ向かう。
部屋の位置は把握しているが、シンは彼女の部屋には一度も入室した事が無いのであるが。
「マリー、ちょっとお客さんを連れてきたから入るよ」
入り口のインカムに声掛けしてから、シンはボナを連れて入室する。
ロックが掛かっていない自動ドアが開くと、巨大なベットの上にだらしなく横になっているマリーが目に入る。
天井まで届く陳列ケースが壁面を埋め尽くしているこの部屋は、生活臭が無くまるでナカノブロードウエイにあるショップの様である。
だが展示されているオブジェクトの数は明らかにこの部屋の方が多く、違いと言えば値札や商品説明が無い点だけであろうか。
ボナはマリーを見つけると、室内の様子に驚くことも無くベットへと無言で近づいていく。
ベットにだらしなく寝転がっていたマリーは人の気配でゆっくりとベットに起き上がるが、入り口に目をやると自分とそっくりの顔をした女性が近づいてくる。
いきなり登場した自らのドッペルゲンガーにマリーは呆然としていたが、傍に腰かけたボナがにっこりと微笑むとようやく声を発することが出来た。
「Qui es-tu?」
ボナは返答せずに、マリーをそのまましっかりと抱きしめる。
「長い間ほったらかしにして御免ね」
優しく耳もとで囁くその声は、マリーの挨拶に合わせた流暢なフランス語である。
「……貴方は私のMamanなの?」
抱きしめられたマリーは顔を上げて、瞼を潤ませながらボナをじっと見つめる。
もちろん今の彼女は母親に関する記憶を、何も持っていない。
「う~ん、遡ると何代か前のMamanかな。
でもお婆ちゃんと呼ばれるのは嫌だから、ボナと呼んでね」
「Grandmaは……あなたは、ボナっていうの?」
「うん。
巡り巡って、ニホンでこれをを見ることになるなんてね」
ボナはマリーが握りしめているカメオのブローチに目をやりながら、小さな声で呟く。
「???」
マリーは昨日手渡されたばかりのカメオに関しても、それを所有していた記憶が無い。
だがエイミーの行った『何か』で、おぼろげではあるが優しい面差しが脳裏に浮かぶようになった。
それはマリーが失ってしまった、幼少時の記憶の欠片なのだろうか。
その脳裏に浮かぶ姿は鏡像の自分の顔の様でもあるし、目の前にあるボナの優しい笑顔にも似ているかも知れない。
マリーがボナに甘えるように、頭を彼女にこすりつける。
母親に甘えた記憶も持っていない彼女としては、それはあくまでも無意識の動作なのだろう。
頭一つ分だけ大柄なボナは、何も言わずにマリーの華奢な体を再びしっかりと抱きしめたのであった。
☆
「アン、いつも運転させて悪いね」
バスの発車間際にやっと合流したユウは、運転席のアンに向けて話しかける。
「いいえ、乗り物の運転は何でも好きですからお気遣い無く。
特にこの大型バスはすごく馬力があるので、運転してると大型ジェットみたいで楽しいですわよ」
バスにはTokyoオフィスのフルメンバーと、ゲストのボナ、そして雫谷学園の寮生とリコが乗り込んでいる。
シリウスは定期健診を兼ねての里帰りで、ナナの所へシンが預けているので此処には居ない。
キャスパーはスケジュールの都合で参加できず、可能ならばシンの送迎で夕方の宴会にだけ参加予定である。
突如現れたボナだが、同行している初対面のメンバーからは何の疑問の声も上がっていない。
それは勿論、彼女の容姿を見ただけで、マリーやルーとの関係が直ぐに分かってしまうからである。
ボナは日本語も流暢に話すので、バスに備え付けられているソファーでは3人の和やかな会話が続いている。
彼女の訪問を後押ししたシンは会話に加わることはないが、家族の団欒のようなその様子を離れた席から静かに眺めている。
「SID、同じ後続車がずっと付いて来てますわね」
運転しているアンが、バックモニターに映る車を繰り返し確認する。
「ナンバーを確認中……盗難車ですね。Nシステムで撮影した画像を解析します」
「……まったく家族団欒を楽しんでるのに、無粋な連中だな」
SIDとのやり取りを聞いたシンが、珍しく不機嫌な表情を浮かべてリアウインドを睨み付ける。
以前にイケブクロの街中で襲撃された時とは違って、大きな感情のゆらぎが表情に表れている。
「同乗者には、先日の中華連合のメンバーが含まれています」
「まったくしつこい連中だな!
二度と手出し出来ないように、処分してやる!」
SIDの一言で瞬時にエキサイトしたシンが乱暴な言葉を返すが、周りのメンバーはシンの普段から考えられない過激な言動に驚いている。
「シン!」
隣に座るエイミーが、立ち上がったシンに向けて鋭い声を発する。
「……」
ただひと言名前を呼ばれただけにも関わらず、シンの怒気が一瞬にして収まり彼はバツの悪そうな表情を見せる。
思い入れのある感動的な再会に水を差されて、冷静でなくなった自分にすぐに気がついたのだろう。
エイミーがシンの大きな手に自分の小さな掌を重ねた時には、シンは普段と同じ精神状態にすっかりと戻っていた。
「ちょっと足止めしてくるよ」
シンは握られた手をエイミーの頭に伸ばして、髪をくしゃっと一撫でして応える。
「ありがとう」
小さく呟いた一言はエイミーにだけに伝わったが、彼女はその一言に小さく頷いて言葉を続ける。
「気をつけて。やり過ぎないようにして下さいね」
「了解!」
シンは助手席に座っていたフウに目配せすると、車内から一瞬にして姿を消したのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
シンは数分後に何事も無かった様に合流し、エイミーと笑顔で談笑している。
「おいシン、やり過ぎて無いだろうな?」
「はい。エンジンを潰してからボディをちょっと押しただけで、血生臭い事は何もしてませんよ。
ただ、車高が半分になってますから車から出るには相当な苦労が必要でしょうけどね」
「そうか、うっ、ゴッホン……」
平べったくなった乗用車から出れなくなった悪漢達を想像したのか、フウは小さく笑い声を上げるがそれを咳払いで誤魔化している。
現実的にはプレス機で圧縮されたのと同じ状況の車内から出るのは非常に困難であり、火災が発生すれば大型のコフィンが即座に出来上がってしまうのだが。
「もうそろそろ到着ですわよ!」
ドライバーズシートのアンが、まるでトラブルなど何も無かったように明るく声を上げたのであった。
☆
目的地の旅館に到着後、玄関ロビーでアンは声を張り上げて説明する。
その手にはフウがいつもの悪ふざけで作った、『Congohトーキョー御一行さま』の伸縮旗が握られている。
「シンとエイミー、トーコとハナとリコは6人用の家族部屋でお願いします。
備え付けの家族風呂もあるから、いつでも利用できますわよ」
「あれっ、私だけ別なの?」
「ルーは、ボナさんとマリーと3人で4人部屋です。
この部屋だけは、食料満載の冷蔵庫とキッチン完備です」
「残りのメンバー、私とフウさん、ユウさんは通常の4人部屋になります」
「夕食は同じフロアの小宴会場で6時スタートですので、忘れずに集合して下さいね。
明日の朝食はバイキング形式で、バスのスタートは午前10時ですわ」
「ねぇアン、まるでツアコンみたいだよね」
「シン、やかましいっ!」
アンの最後の一言は、お嬢様言葉のボキャブラリーに無いのでやはり米帝語なのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「うわぁ、気持ち良いなぁ~」
「大きなお風呂は良いですね」
早速家族風呂に向かったシンとエイミーは、温泉を満喫していた。
タオルで隠すこともなく、全裸でシンとトーコは寄り添うように湯船に浸かっている。
家族風呂は小さな脱衣所を介して部屋に繋がっているので、24時間いつでも人目を気にせず利用できる様になっている。
「シンは恥ずかしがらないですね」
湯船の横で掛け湯をしているハナは温泉の基本的なマナーを知っているようで、タオルで身体を隠したりはしていないが顔はほんのりと赤身がかっている。
ただしその原因は、シンが湯船に浸かっている姿を彼女が横目でチラチラと見ているのが原因なのであるが。
最近の激務でスリムになったハナは、バランスの良い学園寮の食事のおかげで見事なプロポーションをキープ出来ている。
「だってエイミーとはルームメイトだし、妹の世話は0歳児からやってたからね。
それにフウさんと長い間二人暮らしだったから、女性の裸を見ても特に興奮したりはしないかな」
至近距離で全裸のハナと目線を合わせないように、シンはいつもの調子で応える。
「シン、それは私に対して失礼ですよ!
ほらほら、胸もだいぶ成長してきたんですよ」
「はいはい。発情期はまだ大分先みたいだから。
胸を押し付けるアピールは、その時まで取っておこうね」
「……シン、それまでは無理に我慢しなくても良いんですよ。
周りにはハナさんとか綺麗どころが大勢揃ってるんですから」
エイミーは同性の気安さもあって、全裸のハナの見事な肢体を眺めながらシンに応える。
大きく柔らかそうな胸は小さな乳輪を揺らしているし、ウエストはしっかりとくびれていてグラビアアイドルも顔負けなプロポーションである。
「みんな僕にとっては、大切な家族だからね。
成り行きでそういう関係になるのは構わないけど、実際に子供が出来たら育児がちょっと大変かな」
湯船に首まで浸かったハナに、やっと視線を合わせたシンがつぶやく。
単純泉でお湯の色は薄いが、湯船の中は薄暗い照明もあってほとんど見えない状態である。
「ずいぶんと余裕がある発言ですね?」
言葉を発したハナは、湯船から見えているシンの上半身を今や遠慮無く凝視している。
お湯にのぼせた訳ではないが、顔の赤みがますます強くなってきたのは気のせいでは無いだろう。
「そりゃぁ、0歳児から母親の代わりに妹を育てた経験があるからね。
僕くらい育児経験がある学生は、そう居ないという事だけは断言できるよ」
「シンが育児をやるのが前提みたいな発言ですよね」
エイミーは先ほどからシンに密着した状態のままで、見上げるようにシンに言葉を返す。
「まぁね。でも家族が離散してしまうのだけは嫌だから、今の時点で子供が出来たらそうなるんじゃないかな」
「うわぁ、気持ち良さそうだね」
タオルで前を隠すこともなく、全裸で堂々としたルーが浴室にいきなり乱入してきた。
綺麗なお椀型の胸がはじけるように揺れていて、シンは見つめていた視線を隣のエイミーの方へ意識しながら移動する。
ルーは温泉のマナーは兎も角、自分の裸に対して恥ずかしさなど微塵も感じていないようだ。
「あれっ、ルーは大浴場に行ったんじゃないの?」
シンは温泉の中で、凝視してはいけないエリアが増えたので目の置き場に苦労している。
「だって、こっちの方が気楽で良いじゃない。
知ってる人しか居ないし。それになによりシンの全裸も拝めるしね!」
勢いよく掛け湯をしたルーが、湯船に入っていきなりシンの隣に近づいてくる。
もはやシンに対する興味を、少しも隠すつもり無いようである。
「見せるほど立派なものは、残念ながら持っていません」
「えっ、そんな事もないような……。
筋肉の付き方もほど良いし、お肌もつるつるじゃん!」
「こらっルー、湯船の中でお触りは禁止です!」
「ふふふ、今の一言を聞いてたらまたトーコさんが鼻血を出してるかも知れませんね」
視線の位置に気を使っているシンを好ましそうに見ながら、エイミーが呟く。
「こらっルー、レディがそんな所に手を延ばすんじゃありません!」
「ふふふ、うい奴よのぉ、よいではないか!」
湯船でシンに身体を密着させたルーが、テレビの時代劇で覚えたセリフを言いながら何やら悪戯を仕掛けている。
今やエイミーとルーに密着されたシンは、湯船の中で両手に花の状態である。
「う、羨ましい……」
「ハナさん、何か仰いました?」
「い、いや、何も」
リラックスした家族風呂の時間は、ゆったりと過ぎていくのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。




