021.Something Tells Me
「君たち兄妹は、素晴らしい!
ここに移籍しないか?」
シンとエイミーが急遽用意した米飯中心の食事を、ボナは絶賛していた。
特に彼女が食べ慣れていない筈のカツカレーや丼物の味が気に入ったようで、蓮華代わりの大きなスプーンを使って凄い勢いで掻きこんでいる。
和光技研のスタッフも、久々に食べたまともなニホン食におかわりを繰り返し箸が止まらない様だ。
Congohの拠点では調理器具や定期配送される食材がほぼ共通なので、いきなり入ったキッチンでも使いこなせるのが得難いメリットなのである。
「料理の腕前だけで移籍しないかと言われたのは、初めてですね。
それにしても、初めて食べた料理なのにお口に合いますか?」
「カツカレーはアイの娘が作ってアラスカで評判になってるって聞いてたけど、このカルビ丼も旨いね。
最初牛脂の味が強すぎる気がしたけど、食べ続けるとソースの甘辛い味と調和して食欲が刺激されるんだな。
じゃぁパートタイムの炊事担当なんてどう?」
「さっきのセキュリティの話と矛盾してませんか?」
「ああ、だって君ならジャンプで出入りできるから、拘束不可能でしょ?
だったら規則の例外を作るよ。私がここの司令官だからな!」
「えーと……わざわざ規則を変えるよりも、在籍してる皆さんが料理を覚えるっていうのはどうですか?
ユウさんのカレーソースも定期配送されてるんですから、せめてご飯の炊き方だけでも覚えましょうよ。
カレーが食卓に登るだけでも、食生活はずいぶんと改善されると思いますよ」
「それじゃぁ、和光技研のスタッフ連中に料理の手ほどきしてくれないかな?」
「お安い御用ですよ。
几帳面なエンジニアの方にとっては、炊飯はちゃんと計量してIHジャーを使えば失敗する筈がありませんから」
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カレーソースの扱いも含めて簡単な料理教室を終えたシンは、生徒の輪に加わらず隅で傍観していたボナに声を掛ける。
「あのボナさん、ちょっと良いですか?」
「ん、何かな?」
「あの、もしかして、ボナさんって実は料理がかなりお上手なんじゃないですか?」
「なんでそう思うんだい?」
「ここのキッチンの管理の仕方で、わかりますよ。
原材料はちゃんと先入れ先出しに並んでいるし、賞味期限が切れた食材も見当たらないし。
かなり料理に習熟した人じゃないと、これだけキッチンを綺麗な状態にキープするのは難しいと思いますけど」
「……」
「何か料理をしない理由とか、あるんですか?」
「シン君の料理っていうのは、家族に美味しい食事を食べさせて喜んで貰うためのものだろう?」
「はい」
「私には近しい家族はもう長い間居ないし、自分の為だけに作る料理はもうやりたくないんだ。
それに私が作る料理はフランスの昔ながらの田舎料理だから、わざわざニホンから出張してくれている和光技研の人たちの口には合わないだろうしね」
「なぜこの場所には、ボナさん以外にメトセラが居ないんですか?」
「ここは既に重要な拠点では無くなっているし、墓守が一人いれば十分だからね」
「墓守ですか?」
「……よし、ご褒美に本来ならば許可が無ければ見れないものを特別に披露してやろう。
エイミーちゃんも付いてきてくれるかな?」
地下施設が並んでいる空間の中央部にある部屋は、厳重なセキュリティ装置の分厚いドアが付いている。
複数の生体認証装置を通過してドアのロックが解けると、ドアの中へボナは二人を招き入れる。
「これがメトセラが最低一人は、ここに常駐しなければならない理由なんだ」
「……シン」
「どうした?圧迫感で気分でも悪くなった?」
目の前の漆黒の直方体を見たエイミーは、顔面蒼白で小さく震えている。
「こんなモノを視たのは、生まれて初めてです。
目の前に物質として存在するのに、由来が全く視えてきません!」
「ああ、以前会ったバステトも、同じ事を言っていたような気がするな」
「これはあの名作映画に出てきたMonolithみたいですね。
名称はあるんですか?」
「MIFAと昔から呼ばれてるみたいだな。
正面に立って、呼びかけてごらん」
「呼びかける?
なんかいきなり宇宙空間に飛ばされそうな雰囲気がありますよね。
……MIFA?」
『Who Are You?』
脳に直接響くような、不思議な音声がシンには聞こえてくる。
「えっ、これってAIなんですか?」
思わず振り返ったシンは、ボナの小さく頷く姿を視界に捉える。
隣に立っているエイミーは、身動ぎもせずにMIFAをじっと見ている。
『Who Are You?』
繰り返される問いかけは滑らかな米帝語ではあるが、その声色はあくまで人工的である。
「まずMIFAの筐体に、体の一部を触れてごらん」
ボナの声に躊躇いながら右手を伸ばしたシンは、光沢の無い滑らかな表面にそっと触れる。
『DNA抽出XXXX-XXXX-XXXX-XXXX-XXXX-XXXX。
拡張ユニットタイプ2装備、第6世代メトセラを確認、DNA登録完了。
あなたのお名前は?』
「シン」
『個体名をシンで登録。
シン、何か御用ですか?』
ここでシンは再度振り返って、ボナに続けて質問する。
「このAIの由来は?」
「伝承では、MIFAは始祖であるメトセラ一群と一緒にここに現れたと言われているね。
研究者によれば、MIFAはこの地上で起きた出来事とメトセラの遺伝子を記憶する機能を持っている、単機能のAIだと結論付けられているよ。
何世代ものメトセラのDNAと過去の出来事を保管しているから、私達は墓石と呼んでいるんだ」
「それってEOPの記録と同じようなものですか?」
「ん~、娯楽目的で記憶してるEOPと比較すると……まぁ目的としては大して違わないのかも知れないな。
あとノーナによると、メトセラが存在する惑星には大概『これ』が存在するみたいなんだよね」
「ノーナさんと言えば、拡張ユニットについてもっと詳細を聞いておけば良かったと後悔してますよ」
「それなら墓石に聞いても問題ないぞ。
なんせこいつは、メトセラの創造者が作ったものだと言われているからな」
「それなら……MIFA、拡張ユニットとは何か?」
『惑星間の長距離移動と装着者の安全を確保するためのユニット』
「今この惑星で稼動中のユニットは幾つある?」
『アクティブ3、非アクティブX』
「操作方法についての情報を持っているか?」
『操作は不必要。個体識別名シン装着ユニットは初期モードで動作中』
「初期モードとは何?」
『通常使用時、特別な操作が不要なモード』
「それ以外のモードは?」
『必要時に自動的に起動展開』
「必要時とは?」
『装着者の安全確保が困難な時』
「強制的にモードを変更するのは可能か?」
『不可能』
(この辺りは、この間ハナの母上から貰った情報と合致してるよね。
やっぱりあの人は、こういうオーパーツとかの研究者なのかも)
「この惑星の絶対座標は?」
「XXXXXXXX-XXXXXXXX-XX」
「バステトの本星の絶対座標は?」
「XXXXXXX-XXXXXXX-XX」
(ああ、正確な情報を持ってるんだ。
という事は、他の惑星の絶対座標の情報もこのユニットは保持してるのかも)
「ボナさん、ありがとうございました。
だいぶ参考になる情報が得られましたので、ここに来た甲斐がありましたよ」
「もしかしてMIFAがここに在るのを知っていて、訪問して来たのかな?」
「いいえ。でも訪問を主張したのは、僕の幸運の女神ですから」
エイミーの肩に手を置きながら、シンは小さくウインクをしながら呟いたのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「あの……ボナさん、厚かましいかも知れませんが最後にお願いが一つあるんです」
地上までわざわざ見送りに出てくれたボナに、去り際の挨拶と共にシンは一言を追加する。
「ん、何かな?」
「マリーに、ぜひボナさんが作る料理を振舞っていただけないでしょうか?
彼女はフランスの田舎料理を食べて育った筈なんですが、記憶を無くしているのでお袋の味っていうものに触れた事が無いんです」
「Tokyoにだって美味しいビストロは沢山あるだろう?
なんで態々私が作る料理を食べさせたいのかな」
「勿論料理は口実で、あなたと瓜二つの彼女に会って貰いたいというのが本音です。
最近は妹分も出来て元気ですけど、彼女の人生には母親という存在が欠落していますから」
「ふぅ~ん……君はレイの若い頃と外見は瓜二つだけど、中身がぜんぜん違うね。
フウの育て方が良かったのかなぁ」
シンをじっと見ながら、彼女は感心したように呟く。
多分昔のレイについて、余程悪い印象を持っているのだろう。
「まぁ、マリーの容姿が私にそっくりなのは、実際に自分で撒いた種の所為だからね。
無視は出来ないし、一度会いに行ってみようかな」
「ええ、都合の良い時にお迎えに上がりますので、宜しくお願いします。
Tokyoまでは1時間で着きますので」
「おおっ、噂の亜空間ジャンプの移動を楽しみにしてるよ!
あとTokyoオフィスで料理するときには、助手を頼んだよ」
「はい、喜んで!」
☆
「随分プロメテウスで時間を食っちゃったね」
「はい。でもそれに見合う収穫が、沢山ありましたね!」
「じゃぁアンに教えてもらったジェラテリアを回ってから帰ろうか」
「小腹が空いちゃったので、ミラノ風ピッザの店を先にしませんか?」
「じゃぁ、ピッザを先にしてお土産も一緒に調達しようか。
アンの分をテイクアウトしないと、何を言われるか分からないからね」
「はい。それじゃ急ぎましょう!」
シンが横抱きにしたエイミーは、成長著しいとはいえまだまだ小さくそして軽い。
だが守るべき存在だった彼女はいつの間にかシンの手放せないパートナーになり、今や守られているのはシンの方かも知れない。
「シン、どうかしましたか?」
横抱きにした彼女の顔をじっと見つめているシンに、エイミーが言葉を返す。
「ううん、ちょっと見惚れていただけ」
シンの一言に、エイミーは無言で向日葵のような笑顔を返したのであった。
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