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004.Look At Little Sister

 バステトの少女は、驚くべき速度で日本語を習得した。


 メトセラ用の言語カリキュラムは高い記憶力と並外れた理解力を必要とするが、地球人の年齢なら6~7才にしか見えない彼女は難なくそれらを消化する事が出来たのである。


 すでに日常会話程度なら問題無いだろうとSIDのお墨付きを貰ったので、シン達3名は雫谷学園がテナントとして入っている高層ビルに来ていた。これは最上階の展望台から俯瞰の景色を見て、この街のイメージを掴んで貰おうというトーコからの提案である。


 今日の彼女はフウのトータル・コーディネイトによるお嬢様風ワンピースなので、外見上は並外れて可愛い外国人の少女にしか見えないであろう。


 人通りの疎らな地下の店舗エリアを素通りして、一行は直通の高速エレベーターで展望台へ向かう。

 平日の午前中なので到着した展望台は人が疎らで、大きなガラス窓からの景色を独占しながら一行はゆったりと歩を進めている。

 ここで少女はシンとトーコの正面に向き直り、改まった口調で語りかける。


「シン、トーコ、これからはエイミーと呼んで下さい。

 私の母性での本名は、発音出来ないと思いますので」


「その名前は自分で?」

 ちょっと戸惑ったような口調で、シンが少女に尋ねる。


「いいえ、SIDが選んでくれました。

 私にとても相応しい名前で、シンもきっと気に入ってくれるだろうって」


「そう……じゃぁエイミーちょっと聞いても良い?」

 シンは窓際に設置されている簡単なつくりのベンチに腰掛ながら言った。

 これで目線が彼女とほぼ同じ高さになっている。


「はい、何でも聞いて下さい」

 エイミーはシンの横のベンチに当たり前のように腰掛け、足を宙に浮かせてシンに体重を預けてくる。

 それはまるで幼い妹が、慕っている兄に甘えている仕草のようだ。

 二人を見るトーコの表情が一層険しくなったのは、多分気のせいでは無いだろう。


「お世話をするのは、本当に僕で良いの?」

 トーコが醸し出す不穏な気配を無視して、シンは優しい口調で少女に問い掛ける。


「はい、もちろんです。もしかして……迷惑ですか?」

 不安げな表情で、密着しているシンの腕を更に強く身体に押し付けて彼女は言う。


「頼ってくれるのは嬉しいし迷惑では無いけど、僕はそんなに役に立てないかも。

 見ての通り僕は単なる若造だし、実績も何も無いしね」


「…………」

 数秒の考え込むような沈黙の後、エイミーが口を開く。


「それでもシンに傍に居て欲しいんです。

 駄目でしょうか?」


 小首をかしげて問いかけるその愛らしい仕草は、シンに幼少期の忘れる事が出来ない記憶を思い出させる。

 産まれたての子猫のような危なっかしい足取りで、いつも自分の後を追いかけていた小さくて愛おしい存在。

 小さく手を振ってシンにサヨナラを告げたあの瞬間は、シンの中に決して消えない鮮明な記憶として残っている。


(これは、断るのは僕には無理かな。フウさんはこれを解ってて……)


「まるで熱烈なプロポーズみたいですね」

 トーコが冷静な口調でぽつりと呟くが、その口調とは裏腹に顔は真っ赤である。

 ネットのお陰で耳年増になっている彼女は、過激な発言の割には男女関係には疎い純情な性格なのである。


 その呟きは考え込んでいたシンの耳には届かなかったが、内容を察したエイミーの色白の顔も一瞬にして紅潮している。


 内陸寄りの稜線が見える風景に一瞬目線を移したエイミーは、火照った顔色をごまかすように話を続ける。

「この星は、とても活気に満ちていますね。

 溢れている音と光、その活気がある風景は私の母星とはまったく違います」


 眼下に広がる、自然と人工物が乱立する無秩序とも言える風景。


 高層ビルの合間に拡散している小さなビルと更に小さな木造建築、隙間に見える僅かな緑の空間、遠くにはマウントフジの姿も見える。

 改めて高い位置から見ると、シンにとってもこれは不思議な光景だった。


(普段生活している街だけど、ヨーロッパにはこういう煩雑な景色は無いよなぁ……)


 タイワンや荒廃する以前のベイジンに行けばさらに混沌とした街並みを見る事が出来ただろうが、あいにくニホン以外のアジアに長期滞在した経験の無いシンにそれは分からない。


「トーキョーは、ちょっと変った街だから」

 生まれ育った街についてトーコは、相変わらず不機嫌な口調でエイミーに言い放った。


「いいえ、私はこの街が好きになれそうな気がします。

 もちろんそこに住んでいる全ての人たちも含めて」

 喋りながらも彼女の熱の籠った視線は、しっかりとシンの姿を捉え続けそこから離れることは無い。


「エイミー、ちょっと話を聞いて貰えるかな。

 あとトーコにも一緒に聞いて欲しいんだけど」

 暫く沈黙を続けていたシンが、ボリュームを抑えてはいるがしっかりとした口調で話し出す。


「今、僕の家族と呼べる大事な人はフウさんとトーコだけだけど……昔、事故に遭う前には実の母さんと妹が居たんだ」

 いきなり大事な人と呼ばれたトーコが、今度は下を向いて俯いている。

 どうやら照れ隠しで、緩んだ表情を見られたくないらしい。


「今ここに居られるのは、僕の潜在能力にただ一人気が付いていた母さんのお陰なんだ。

 飛行機事故で機体が空中分解する寸前に、母さんが最後の力を振り絞って僕を機外に放り出してくれた。お陰で僕は、こうして一人だけ生き残ることが出来たんだ」


「当時の僕は、自分の体重ですらコントロールするのがやっとで、母さんや妹を救う事ができなかった。

 二人を救えなかった後悔はもうしたく無いから、僕は自分を鍛え続けている」


「キャスパーさんが危ない目に会うのを何度も見てきたユウさんは、覚悟が無いなら無理をしないようにアドバイスをくれたんだ。

 エイミーはキャスパーさんよりも重要人物みたいだから、もっと危険な事になるかも知れないって」


 エイミーは不安そうな表情のままに、シンの言葉に小さく頷いている。


「でもエイミーがこの惑星に留まる限りは、僕は全力でエイミーを守りたいと思う。

 この惑星で出逢えたのは偶然じゃなくて、巡り会わせてくれた強い力を感じるし。

 それに何より、身近な人を守れなかった後悔はもう絶対にしたくないから」


「でも今の僕の家族を蔑ろには出来ないから、それだけは理解して欲しいな。

 エイミー、それで良い?」


「ええ、勿論です。シンの家族は私にとっても大事な人達ですから」


 エイミーは胸のつかえが無くなって晴々とした表情になっていたが、さらに赤く茹で上がった顔色のトーコは両手で顔を押さえたまま小声で何か呟きベンチから動けない様子だ。

「家族……大事な人……大事な……」


「トーコ??」

「トーコさん、大丈夫ですか?」


どうやらトーコが再起動するには、まだ暫く時間がかかりそうである。

お読みいただきありがとうございます。

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