020.Celebrate Me Home
Tokyoオフィスリビングルーム。
アラスカでの報告をフウに済ませたシンとエイミーは、Tokyoオフィスで寛いでいた。
エイミーはお茶請けに出されたたい焼きを、美味しそうに頬張っている。
「プロメテウスの本拠地を見てみたいって?」
「ええ。欧州はまだどこにも行ったことが無いんで、是非訪れてみたいです。
シンは本拠地に行ったことがあるんですか?」
エイミーは口の端に粒餡の大きな欠片をつけたままで、返答する。
「地上部分なら、行ったことがあるよ。
石畳の萎びたゴーストタウンを、散策した程度だけどね」
シンは横に座っているエイミーの口から粒餡の欠片を摘み取ると、黙って自分の口に入れてしまう。
エイミーは何をされたのか良く分からないという顔だが、離れたソファに座っているアンがシンを見て呆れたような表情をしている。
「実際の本拠地は、地下にあるんですか?」
「うん。今はアラスカ基地みたいに、広い地下都市になってるみたい。
昔は精錬の仕事場が地下にあったのを、更に改修して別の用途に転用したって聞いているよ。
でもリスク分散で、国家の運営に直接関係している部分は何も無いって話だけどね」
「ヨーロッパの地下都市ですか。
なんか歴史ロマンの香りを感じますね」
「フウさん、今の僕のセキュリティレベルで内部に入る事はできますか?」
「現状で准士官待遇だから、お前は問題無いだろうな。
だがエイミーの場合は、正規のルートで申請しないと無理だろう」
「申請をお願いして良いですか?」
「う~ん、ちょっと時間が掛かるぞ。
お役所仕事とは無縁のプロメテウスだが、これはなかなか捕まらない現地の司令官の承認が必要な案件になるからな」
「ええ。エイミーはそれで良いかな?」
「はい。別に急いではいませんので」
「ただし……見る価値があるかどうかは微妙な所だけどな。
司令官も、かなりユニークだからなぁ……ナナほど危険度は高くないけど。
エイミーには悪いが『歴史ロマンの香り』は、絶対にしないとだけ言っておこうかな」
「えっと、どういう事なんでしょう?」
「内部の事に関しては、秘匿義務があってな。
訪問した事が無い人間には、詳細は話せないんだ」
笑いを堪えようとするフウの表情は、シンにとっては見慣れた光景である。
彼女がこの顔をしている場合には、ほぼ100%の確率でシンは酷い目にあっているのである。
「でシン、結局行くことにしましたの?」
シンの近くのソファに座りなおしたアンは、細かい話は聞いて居なかったようで話が振り出しに戻っている。
「あれっ、アンまで警告するみたいな言い方をするんだ。
やっぱり、なにか相当に不味いことがあるとか?」
「不味いことはありませんけど、美味しい思いは出来ないと思いますわよ」
「何それ?」
「秘匿義務があるから話せませんけど、行ってみればすぐに理由はわかると思いますわ。
私が前回訪問したときには、足止めを食らってなかなか帰して貰えませんでしたし」
フウはアンの最後の一言がツボに入ったのか、背中を揺らして笑いを堪えている。
「?」
「でもエイミーちゃんを同行するのは、良いアイデアだと思いますわ」
いつの間にかアンは離れて座っていたエイミーを膝の上にのせて、大きな縫いぐるみにするように体に手をまわして抱きついている。
最近はユウの料理や格闘技の弟子として顔を合わせる機会も増えているので、アンのエイミーに対する評価は鰻登りである。
何よりその愛らしい保護欲を刺激される姿は、Tokyoオフィスでは最年少に当たるアンにとっては膝の上にのせて愛でたい貴重な存在なのだろう。
「??」
ますます状況が混沌としていて訳が分からない状態ではあるが、シンはエイミーの要望を無碍には出来ない。
地雷を踏むのはいったい何回目だろうかと、思わず悟りの境地に至るシンなのであった。
☆
プロメテウス訪問の当日。
シンの亜空間ジャンプは、現在では世界中の何処でも一時間も掛からずに到着する事が出来る。
以前はパスポートを持参していた事もあったが現実的には税関を通らずに行き来しているので、シェンゲン協定が有効な地域以外では全くの無意味である。
もともとシンはメトセラ特有の無国籍な風貌の上に語学が堪能なので、現地の警察官や警備の人間に不審がられた経験は皆無なのである。
プロメテウスの国境に到着したシンとエイミーは、イタリア側に隣接している無人のセキュリティ・ゲートの前に立っていた。
これはフウからジャンプでいきなり領地内に降りるのでは無く、ゲートを通過して入国するように強く念を押されていたからである。
パラシュートの侵入者に対するセキュリティ装置が作動した場合、何が起こるか分からないとフウは真面目な表情で説明していたのであった。
現実のプロメテウスの領地は頑丈な高い塀と有刺鉄線で囲まれていて、まるで刑務所のような趣である。
観光資源が存在しないこの国では外来者が入国することはあり得ないので、体裁が悪くても問題が無いのだろう。
またプロメテウスを表す標識の類も一切無いので、この敷地が別の国の領土であると認識するのも困難なのである。
シンは周囲の塀とは雰囲気が違う、そこだけ妙にハイテクなゲートのカードリーダーにIDカードを翳す。
電話ボックスサイズのゲートは分厚い防弾ガラスで出来ていて、一旦ボックスの中で入国者が留め置かれる間にスキャナーが作動しチェックを行うシステムになっている。
これはプロメテウスの拠点にあるセキュリティチェックとはレヴェルが違う、爆発物や火器類も検知できるかなり厳重なものである。
ボックスの中でスキャンが終わると、シンは領地側に開いたドアを通過しやっと入国が許可される。
ゲートの詰め所は敷地の内側の死角に立っているが、窓にはカーテンが引かれていて人影は見えない。
また遠くに昔訪れた街並みが小さく見えるが、目をこらしてもそこには人の気配が全く感じられない。
シンと同じ手順でゲートを通過したエイミーは、石畳が広がる景色を無言で眺めている。
「まるで、休日の映画セットみたいですね」
「そうだね。子供の頃訪問した時も、こんな感じだったな」
舗道は整備され、ゴミ一つ落ちていないのが逆に違和感を増幅させる。
まるで遊園地のアトラクション施設のように、現実感が欠如している空間を二人は歩いていく。
「プロメテウス発祥の地へようこそ!」
背後からいきなり声を掛けられた二人は、振り返るがそこには良く見知った顔をした人物が立っていた。
「えっ、マリー?……いや違う、あの何方でしょうか?」
マリーと同じ顔をしたその女性は髪色も含めて彼女にそっくりだが、体形がかなり違う。
身長が頭一つ分高く、グラマラスでは無いがメリハリがある体形にカジュアルな服装をしている。
「やっぱりマリーちゃんと似てる?最近は初対面の人に、良く言われるんだよね。
それじゃあ、ご希望の地下に案内するから付いてきてくれる?」
「はい。わざわざお出迎え頂いてありがとうございます」
「固いなぁ、私のことはボナって呼んでくれる?」
「はい、了解しました。ボナさん」
映画セットのような街並みの路地を通って、彼女はすいすいと先に進んでいく。
迷路のような細い道を通過すると、一軒の民家のドアを開ける。
「地下に行くエレベーターは複数あるけど、土地勘が無い人にはほとんど発見できない場所にあってね。
構造的には、『ネズミーランド』のアトラクションとかの様式を参考にしてるんだ」
建物の外見と比較すると大きな違和感があるステンレスドアのエレベーターに乗ると、デジタルの階数表示が高速で変わっていく。
「じゃぁこの街並みはセットなんですか?」
「いや、実際にヨーロッパの寒村で使われてた家屋を村ごと移築したんだよ。
作り物だと、リアリティに欠けるからね。
残念ながら元々建っていた古い町並みは、前の大戦で破壊され尽くしたから釘一本も残っていないんだよね」
「はぁ……それは残念ですね」
エレベーターが静かに停止すると、ドアがスムースに開く。
地下の内装はシンにはお馴染みの各拠点のものと同じであり、ここが本国の地下であるのを忘れてしまいそうである。
「いや君も分かっているように、プロメテウスは領地とか資産に縛られない国だから。
人間がちゃんと生き残っていれば、何の問題もないんだよね。
尤も歴史的な価値があるものは、ちゃんと地下に残っているしね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「すごいスパコンですね。ラックは幾つあるんですか?」
「いや、この部屋は500ラックだから、規模としては小さいね」
「お金が掛かってますね」
「いや、Congohで購入するスパコンは全て中古だからね」
「はぁ?中古……ですか?」
「廃棄予定でもリユースできそうなスパコンは、SIDが見つけてきて二束三文で手に入るからね。
移設にお金がかかるけど、まぁ新規開発する予算に比べたら微々たるものだよ」
「廃棄前だと備蓄されてた保守パーツも丸ごと手に入るから、尚更安く上がる場合もあるから。
まぁ液体窒素を使って運用する大飯喰らいのスパコンは、そもそもSIDの好みでは無いしね」
「水冷システムに使う冷却水は潤沢にあるし、電力も隣接している国の余剰電力が安く手に入るし。
ニホンみたいなインフラにお金がかかる国よりは、ここだとコンパクトに運用できるんだよ」
「それにしても和光技研のエンジニアさんまで常駐してるとは……」
「うん。プロメテウスの人間は、ここでは私だけだから。
和光技研の人たちは、Congoh用のアイザックの開発スタッフだけど、スパコンの面倒も一部見てくれてるんだ
スパコンのメンテナンスもどんどんアイザックが出来るように、動作や機能を改善してるしね」
「という訳で、今現在この本拠地ではプロメテウスの国家機能は全く残っていないんだ。
まぁ研究用の施設だと思ってくれて良いかな」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「厨房もCongoh標準設備と同じですね」
「食糧庫の備蓄も満杯だね……なんでこれで『美味しい思いは出来ない』なんて台詞が出てくるのかな?」
常温保管庫には使っていない食材が溢れている。
ただしトーキョーオフィスには全く在庫していない、カップ麺やレトルトご飯などのインスタント食品の在庫がやたらと多い。
冷蔵庫、冷凍庫にも加工食品が満杯であり、備蓄の状況はトーキョーオフィスと何ら変わりがない。
「ふふふ、お答えしよう。その理由は、設備や材料があっても料理できる人間がここには居ないからなのだよ!」
腰に手を当てて、二人の背後に居たボナが大袈裟に宣言する。
「そんなドリフのコントみたいな台詞……そんなの外部から雇えば良いじゃないですか?」
「Congohの施設の中でも、最もセキュリティレベルの厳しいこの場所に、料理人を簡単に連れてこれると思うのかね?
和光技研側からも何人か料理人が派遣されて来たんだが、みんなここの生活に飽きてしまって早々に逃げ出してしまうんだよ」
「ええっ、イタリアにも歩いて行けるし、娯楽なんていくらでもありそうじゃないですか?」
「ここの職員はセキュリティ上の理由から、外部との接触は一切禁止なんだよ。
だから休日でも、国外への外出は一切禁止されてるんだ」
「それは厳しいですね……それで僕に何を期待されてるんでしょうか?」
「それはもちろん、美味しい食事を作って欲しいんだよ!
ここ数か月インスタント食品しか食べてないから、モウオカシクナリソウダ!」
最後のセリフは、なぜかニホン語の絶叫である。
「えっ、観光に来てまで料理ですか?」
ボナはどこで学習したのか、マリーが空腹時に見せる切ない表情の真似をする。
ご丁寧に人差し指を唇に押し当てて、上目遣いにシンをじっと見るのである。
「ああっ、もう分かりました!
料理はしますけど、長逗留は出来ないんで今日だけですよ」
「ウン、オニイチャンアリガトウ!」
彼女のあざとい態度を見ながら、やはりメトセラの年長者は要注意であると再認識するシンなのであった。
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