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017.You Found The One

 テキサスのダイナー訪問後、時間的に余裕があった二人はアリゾナベースに立ち寄っていた。


「おおっ、ハナ元気にしてたか?」


「はい。お陰様で」

 ハナの足もとでは、首輪を付けたワイリーがじゃれついている。

 最近アリゾナベースで飼われるようになったこのカイオーテは、以前行軍中に遊んで貰ったハナをしっかりと覚えていたらしい。

 こうして人に慣れているのを見てしまうと、カイオーテをウルフライクな和犬と見分けるのは難しいだろう。


「Tokyoにシンを追いかけていったんだって?」


「はい。無事学園に編入して、シンと一緒にイチャラブで楽しく過ごしています」


「あの~、そのイチャラブというのだけは否定させて下さい。

 今僕がハワイベースにヘリ訓練で滞在中なので、ハナやトーコも一緒に休暇中なんですよ」


「ああ、ゾーイがヘリパイロットとしての適性が高いって、珍しく褒めてたぞ」


「えっ、僕個人としては料理以外に褒められた記憶が無いんですけどね」


「義勇軍には腕っこきのジェットパイロットは大勢居るが、戦闘ヘリを扱える人間は殆ど居ないからな。

 お前も蛇使い(コブラドライバー)になるなら、演習地で行う攻撃訓練が必須になるからな。

 商業ライセンスを取得できたら、此処で直々に鍛えてやるから覚悟しておけよ」


「あれ、リサさんってヘリパイロットだったんですか?」


「ああ、ここは空軍基地では無いが、非常用として戦闘ヘリ(コブラ)も地下ハンガーに隠してあるからな。

 デビスモンサンと事前調整すれば、TOW(対戦車ミサイル)も使えるぞ」


「ええっ、ここにハンガーみたいなのって、ありましたっけ?」

 アラスカベースの昇降式ハンガーを知っているシンではあるが、この周辺にヘリを収納できるような規模の建物は見た記憶が無い。


「ふふふっ、それは訓練で来たときのお楽しみだな」

 


                 ☆



 Tokyoオフィス。


 ピーカンパイのお裾分けという理由でわざわざ太平洋を越えて此処に立ち寄ったのは、ユウに直接伝言を伝える為でもある。


「あれっ、シン君そのピーカンパイってどこで手に入れたの?」

 パイが入ってる白箱は、ユウが見慣れた母親が長年使用しているものと同じである。

 おまけにConogh謹製の脱酸素剤と厚手のビニールで密封する梱包方法も、いつもの母親と同じやり方である。


「とっても美味しかったので、テキサスのダイナーでテイクアウトをお願いしたんですよ。

 あと、アイさんにも偶然?お目にかかりましたよ」


「ええっ、母さんって今テキサスに居るの?」


「なんでもハナが常連だった店のオーナーが、アイさんだったみたいで」


「ええっ、母さんってテキサスでも商売やってたの?ぜんぜん知らなかったよ!

 じゃぁやっぱりそのピーカンパイは、母さんの関係者が作ったものなのかな。

 今度その店に行ってみるから、場所を教えてくれる?」


「はい、それは良いんですが……なんか伝言を頼まれまして」


「伝言って、何だって?」


「確か『カレールウのコリアンダーの配合を見直すように』ですって」


「ああっ、相変わらず味については鋭いなぁ!

 シン君、わざわざの伝言ありがとう。

 メールで伝えてくれても良かったのに」


「それって、例の委託製造して貰ってるカレールウの事ですよね?」


「うん。母さんは味に気に入らない部分があるみたいで、それで伝言したんでしょ。

 とにかく料理の事になると、偏執的(マニアック)に煩いからね。

 犬塚の総料理長さんもかなり気難しいんで要望が通るかは微妙なんだけど、まぁ交渉してみようかな」


「ええと、ブートキャンプやハワイベースでも何度か食べてますけど、評判も良いし味に直す部分なんてあるんですかね?」


「シン君はニホン料理の味付けにも精通してるから多分気がつかないと思うけど、特定の香辛料の癖って欧米の人が気になる部分みたいなんだよね。

 海外拠点に出荷する量も増えてるから、味の微調整はやっぱり必要だと思うよ」


「ユウさんのお母さんって、なんか凄い人なんですね」


「……うん。できれば会ったときには大人しくして、あんまり逆らわないようにした方が良いよ。

 機嫌が悪い時にスパーリングでも仕掛けられると、私でもボコボコにされちゃうからね」


 『凄い』の意味が違うような気がするが、数時間前に体感した経験があるのでシンは素直に同意する。


「ええ、背後から声を掛けられた時に、失礼かも知れませんが生命の危険を感じましたよ。

 空腹で気が立ったライオンの檻に、素手で放り出された感じですね」


「そうそう。

 人前では殺気を出さないようにしてるって本人は言ってるんだけどね……まぁ私の知る限り人類最強だからなぁ」


「私もお会いしましたけど、とっても綺麗で怖そうな方には見えませんでしたけど?」


「「…………」」

 同行していたハナの素直な感想に、言葉を返せなかったユウとシンなのであった。



                 ☆



「地球を半周したのに、まるで近所をドライブしているように楽な一日でした」

 ハワイ・ベースのリビングで小休止しているハナは、まるで疲れた様子が無く元気である。


「まぁあんまり移動ばかりしてると、時間感覚がおかしくなりそうだから程々にしてるんだけどね」

 ユウも言っていたが、時差がある場所との往来を繰り返すと体内時計の誤差も蓄積されるのである。

 普段目覚ましを使わないでも目が覚めるシンでも、まったく見当違いの時間に起床してしまったりと確かに弊害は存在するのである。


「この惑星も狭いというか……あの店のオーナーがユウさんのお母様だったなんて。

 掌の上で踊らされてるっていうのは、こういう感覚なんですかね」


「いやそれはちょっと違うと思うな。

 テキサスはそれほど治安が良くない街だから、やっぱり見守られていたというのが正しい認識じゃないかな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 夕食の時間。

 今日のメニューも、自分で好きな組み合わせを選べるバイキング形式になっている。

 定番メニューであるカレーは勿論だが、卵で煮閉じたカツ丼の(かしら)や、餅粉チキン等のバリエーションに富んだメニューが並んでいる。

 シンの作る夕食を堪能できるので、エリーは毎日この時間になるとご機嫌だ。

 今日もビーチでシリウスと一緒に過ごしていたトーコは、日焼けが進行して現地民であるエリーとほとんど同じ肌色になっている。


 元気一杯の休暇組とは対照的に、リコは口数も少なく食事を口に運ぶのも辛そうである。

 ここまで順調すぎるペースで飛行訓練を消化してきた彼女だが、やはり戦闘機乗りとしての体力がまだ不足しているという事なのだろう。

 ちなみに教官役のレイと補佐しているアンはリビングには居ないので、まだヒッカム基地から帰還していないのかも知れない。

 

「でルー、初級ジェットの講習はどうなってるの?」

 シンは教官役の二人が居ないので、かなりストレートな尋ね方をする。


「一日中鬼ごっこで、終わるとバタンキュー」

 ルーは餅粉チキンに甘辛いソースをかけた、山盛りごはんを頬張っている。

 初めてカフェテリアで食べて以来、このメニューはルーのお気に入りの一つになっている。


「何それ?」


「早々と操縦が楽なF-16に乗り換えられたのは良かったけど、朝から燃料を入れて模擬空戦をして、燃料を入れて模擬空戦をして、燃料を入れて模擬空戦をして……これがエンドレスに続くんだよ。

 対空時間が稼げるのは嬉しいけど体力的にきつくて、リコなんか滑走路で倒れてそのまま寝ちゃいそうになってるからね」


「でも教官のレイさんとアンは、同じ条件で飛行してるんでしょ?」


「あのアンさんは、やっぱり初級ジェット講習で全く同じ経験をしてるんだって。

 どうも義勇軍の伝統的な訓練みたいで、リコの体力が持つかどうか心配だなぁ……」


 リコは早々に食卓を後にして、自室に戻ってしまっている。

 多分今頃は、ベットに倒れて熟睡しているのであろう。


(教官役のレイさんが過剰なヘルプをすると訓練の意味が無くなるし、ユウさんも居ないから自分しかフォロー出来る人間が居ないか……)


「あのシン……大丈夫ですか?」

 深刻な表情をしているシンに、エイミーが心配そうに声を掛けてくる。


「ああ、うん。問題無いよ。

 ねぇマリー、ちょっとお願いがあるんだけど?」


「???」

 いきなりのシンからのお願いに、食事で頬を膨らませていたマリーがコクリと首を傾げた。

 


 翌朝。


 ヒッカム基地に出発する移動車を前にして、シンがリコを呼び止める。

 リコは後席ドアの窓を開けて、不思議そうにシンを見ている。


「リコ、まずこれを飲んで」


「ん、何?」

 リコは顎のラインがかなりすっきりとして美少女度がアップしているが、その代わり普段から感じられる溌剌とした感じが無くなっている。

 このまま訓練を強行すると体力の消耗に耐えられず、飛行中に大きなミスが起こるかも知れない。


「マリーから譲って貰った栄養ゼリー。

 これ一本飲めば他に何も食べなくても、とりあえず2、3日は体が動くから」

 このゼリーは犬塚製薬の特注品なので、小さなパウチパック1本でも数万円もする高コスト品である。

 デブリ処理作業がある場合このゼリーはマリーの命綱的な意味があるので、マリー本人が在庫を管理しているのである。


「えっ、それって美味しくないんでしょ?

 大丈夫。後で飲むから……」

 パウチパックを受け取ったリコはドアを閉めようとするが、シンがドアガラスに手を掛けて制止する。


「リコ!駄目だよ、今僕が見てる前で飲んで!

 そんな状態だと、ドクターストップが掛かっちゃうよ!」

 普段の穏やかなシンからは考えられない強い口調で、叱りつけるようにシンが言う。

 リコに向けられた視線は、瞬きもせずに真剣そのものである。


「自分でコンディションを整えられないなんて、パイロット失格だよ。

 ここは自動車教習じゃないんだから、飛行中にアドレナリンが切れたらどうなるか分かるでしょ?」


 シンの剣幕に押されたのか、リコはおとなしくゼリー飲料のパックを口に運び時間をかけて飲み干す。

 特に不味そうな表情も見せていないので、味覚に関しても疲労の所為かダメージがあるのかも知れない。

 飲み終えたのを見届けると、シンはドライバーシートで待っていたレイに目配せで合図をする。


 レイは笑顔でシンにウインクを返すと、一同を乗せた車をゆっくりとスタートさせた。


                 ☆



「ゾーイさん、申し訳ないですけど今日はジャンプでの送迎が出来ません」

 シンは飛行時間を稼ぐための慣熟フライトを終了すると、ゾーイに向けて終了の挨拶をする。


「ん、何か事情がありそうだね?」


「ええ、ジェット講習を受けているリコがグロッキー状態なので、ちょっとやる事がありまして」


「ああ、定例の最終訓練か。

 そういう事なら了解したよ。で、私が何か手伝える事があるかな?」


「それじゃぁ、お言葉に甘えて一つだけお願いしたいことが……」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 ハワイ・ベースの夕食の時間。

 今日のメニューも定例になったバイキング形式で、様々なメニューが組み合わせて食べられるようになっている。

 定番メニューであるカレーは勿論だが、甘辛い味付けのカルビ焼肉や、卵で煮閉じた親子丼の(かしら)など、日替わりでバリエーションに富んだメニューが並んでいる。

 メンバーが多いので食材の無駄が心配なメニューだが、現在マリーが滞在中なので心配には及ばないのだろう。


「駄目、やっぱり口に入っていかない……御免なさい」

 小さく盛られたカツカレーを前にして、リコが早々にスプーンを止める。


「じゃぁこれはどうかな?」

 キッチンからシンが、大きなトレイを抱えてリビングに入ってくる。


「チリ・ドック!」


「次はこれね?」


「マルゲリータ!」


「あと、これも」


「これはストロベリーヨーグルトシェイク!」


「全部、リコの大好物だって聞いてるけど」


「……」

リコは無言で頷く。


「ピッザは、ゾーイさんがわざわざキッチンに入って焼いてくれたんだよ」


「最後の模擬空戦は大変だけど、これは君の母上も体験した通過儀礼だからね。

 この試練があるから、義勇軍のパイロットの生存率は群を抜いて高いと私は信じているんだ」


「……」


「君の母上も食が細くて、食べれなくて苦労してるのを見た記憶があるよ。

 月並みな言葉だけど、頑張れ!今はそれだけかな」


 母親との集合写真でいつも隣に写っていたゾーイの存在は、挨拶だけしかしていないリコもしっかりと認識していた。

 自分の母親から頑張れなどという優しい励ましは絶対に聞けそうにないが、母親の親しい同僚からの心が篭った激励はリコの胸に深く響いたのである。


「ありがとうございます。

 ……ん、美味しい!」

 ヨーグルトシェイクで久しぶりに胃袋が動いたのか、リコはゆっくりとチリドックを手にとって口に運ぶ。

 ぎこちなく咀嚼を繰り返すと食べ慣れたチリの香辛料で胃が刺激されたのだろうか、食べる勢いが増していく。

 チリドックを食べ終えて薄いクラストのピッザに取り掛かるが、大きくカットしたマルゲリータはあっという間にリコの胃袋に収まったのであった。


「あのシン、お代わりがあるならチリドックがもっと欲しいです」


「シン、私もチリドックが食べたい!」


「了解。大切なゼリーを分けて貰ったから、もちろんマリーの分も用意してあるよ」


「YEP!!」


(良かった!この調子であと何日か凌げれば大丈夫かな)

 シンは安堵の表情を浮かべながら、追加のチリドックを用意するためにキッチンへ向かったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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