014.Walk By Faith
夜半、フウの私室。
フウはプロメテウス大使館の全権大使でありCongohトーキョーのマネージャーも兼務しているが、Tokyoオフィスにある居室に関しては特別扱いはされていない。
膨大な趣味のコレクションを持っているマリーはメンバーの中で唯一ダブルサイズの部屋を使っているが、それ以外のフウを含めたメンバーはCongohの職階や義勇軍の階級にかかわらず全て同一の居室を使っている。
尤もユウの大量のCDコレクションは温度管理された専用倉庫で保管されているし、フウの膨大なワードローブは地階にある専用室に収納されているのだが。
壁面に埋め込まれた大画面スクリーンとカメラを使って、フウは現在カーメリ基地の司令官とビデオ会議を行っている。
「へぇ、お前が手塩を掛けて育てたシンって、そんな人気者になってるんだ。
こっちに荷物をジャンプして運んできても、なんか忙しいって司令官室を素通りだからな」
「そりゃぁ、ゾーイと私が特に親しいって知ってるからな。
できるだけ係わり合いにならないように、警戒してるんだろう」
「そういえば、サラがローテーションのアラスカ行きの時に会ったらしいな。
料理の腕前も中々ですごく可愛いって、褒めちぎってたぞ」
「最近はシン狙いの子が、雫谷学園に編入希望を出すようになったからな。
ちょっと人が集まりすぎのような気がするが」
「レイみたいに、米帝空軍に逃げられるよりは良いんじゃないか?」
「ああ、確かに。
最近はアンキレーのことを含めて、貴重な戦力として奴は手放せない状況だからな。
女だらけの中でも萎縮するような育て方はしてないが、重石があるにしても嫌気が差して逃げ出す事態だけは避けないと」
「まぁ歴史は繰り返されるから……何事もほどほどにしておかないとな。
面倒ばかり押し付けてると、なかなか戻って来なかったレイの二の舞って心配も出てくるし」
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同時刻のCongohトーキョーのリビング。
「ルーはすごくアルコールに強いんだな」
冷酒のグラスを手にしたケイが、感心した様子でルーを見ている。
今日はキャスパーが所用のために屋外バーベキューに来ていなかったので、彼女の護衛任務が無かったケイはTokyoオフィスに残っている。
多忙なユウとはなかなか一緒に飲む機会が無いので、翌日非番でもある今日は絶好のタイミングなのである。
ユウが作ったバーボンのオンザロックをぐいぐい飲んでいるルーは、顔色も変わらず全く酔った様子が無い。
目の前のテーブルには余った焼肉やソーセージ、ちょっと乾き気味の焼きそば等が並んでいるが、それらがつまみとしてルーの胃袋の中にどんどんと消えていく。
数時間前にユウが作ったオードブルで一旦満腹になっていた筈のルーだが、アルコールで胃がまた刺激されたのだろうか。
「ユウは、ハワイには遅れて合流するんだろ?」
「ええ。学園の当番もありますし、連続した滞在は無理ですね。
それにピートもこっちに残りますから、放置もできませんし」
最近のユウはTokyoオフィスに居る時間が短いので、ピートは彼女の姿を見つけると傍から離れようとしない。
今も晩酌をしているユウの膝の上を占領し、頭上を見上げながらウガウガと奇妙な声を出しながら甘えている。
「ああ、休暇が取れるなら私も行きたかったな。
ところで、今回はマリーも同行するんだって?」
ケイは余ったオードブルのソーセージを齧っているが、工房の手作り製品なので冷めていても薄皮がパリッと香ばしく音を立てている。
「ええ、空き時間にシン君との組み合わせで、デブリ除去作業が出来るかどうかテストをするみたいですね。
ドラゴンレディに乗らなくて済むなら、与圧服が不要になって彼女の負担もかなり軽減されますから」
「ユウさん、他に何かつまみが欲しいな」
バーベキューで余った料理をほぼ食べつくしたルーは、ユウにリクエストする。
「ああ、冷蔵庫にまだオードブルの残りがあるから、持ってくるよ」
ルーのリクエストを受けて、ユウがグラスを置いて立ち上がる。
「ルーは、もうすっかりここに馴染んでるな。
また、今度パートタイムで手助けを頼んでも良いかな?」
ユウの後ろ姿を見ながら、ケイはルーに尋ねる。
DDの捜索依頼は減っているが、警察や防衛隊が対応できない雑多な隙間業務は今も入国管理局に多数持ち込まれているのである。
「はい、モチロンOKです。
小遣い稼ぎになりますから」
「思ったより沢山あったけど、食べきれるかな」
手で持てない数枚の冷めたピッザや、焼き餃子が並んだ大皿をワゴンに乗せてユウが戻ってくる。
「ここのキッチンで焼いたピッザなら、冷めても美味しいからな」
ケイが発した一言に、ユウが意外そうに首を傾げる。
「あれっ、ケイさんはピッザも好物でしたっけ?」
「お前と行くのは角打ちや居酒屋ばっかりだから、ここみたいな本格的なピッザは頼めないだろ?」
「ははは、なるほど」
「あっ良いなぁ……ユウさん、今度私も連れてってよ。
ニホンで外飲みをした経験が無いから、居酒屋とか興味があるんだよね」
「じゃぁマリーが一緒に行く時には、ルーにも声を掛けるよ。
商店街の馴染みの店なら、料理も美味しいし年齢制限で煩い事も言われないしね」
「うん、楽しみに待ってる!」
「それで結局シン君は、オワフでも食事当番で忙しいんだな」
「エリーのオネダリがあるんで断れないですし、私もスポットで手伝いますけどマリーの食欲を満たす調理は大変ですからね」
☆
操縦講習開始の前日。
ナリタの滑走路でスタンバイしているワコージェットの客室はマリーを含めたメンバーで満員であり、コックピット内のレイとアンも飛行前のチェックで忙しい。
ユウは空き時間にジャンプで来ることになっているので機内には姿が見えないが、客室でご機嫌のリコの膝の上にはしっかりとシリウスの姿が見える。
シンとジャンプで同行する一名を決める争奪戦はエイミーの貫録勝ちだが、特典はもちろん他のメンバーが空路で到着するまでの二人きりで過ごせる時間である。
「ワコージェットに乗るよりも、シンとの移動の方が短時間なので楽ちんですね」
「まぁ一度に運べるのは、一人だけだからね」
早朝に寮からジャンプしたシンとエイミーは既にハワイベースに到着して、午後の予定を検討していた。
「昼はワイナケアに行って何か食べてから、ユウさんお勧めの例の山頂に行ってみませんか?」
「そうだね。良いタイミングだから、夕暮れの景色を見に行こうか」
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ハワイ本島マウナケア山の頂上付近には、各国の公立機関が建設した天文台が点在している。
天体の地上観測に最適であるこの場所は、肉眼で見える眺望も実に素晴らしいユウのお勧めスポットである。
「うわぁ、ユウさん一押しの場所だけはありますね」
観光客のバスツアーから離れた場所に、シンとエイミーは出現する。
ツアー客は辺鄙な場所にバス以外の手段で訪れている二人に、当然ながら全く気が付かない。
澄んだ大気の中で、視界一杯に蒼い空が広がっている。
「エイミー、標高が4,000メートルもあるから、僕の傍から離れないでね。
気圧調整が効かなくなると、いきなり高山病になり兼ねないから」
「ふふふ、シンとくっついていられるこの機会を逃すもんですか。
ねぇシン、ここ数日のハナさんの様子はどうですか?」
エイミーは目前に広がる美しい日没の光景を眺めながら、シンの耳元に囁く。
「缶詰になってるからあまり話す機会が無いけど、特に問題無く元気にやってるような気がするけどね」
「ヒューマノイドの心は自分自身を癒す力を持っていますが、それには兎に角時間がかかります。
シンやユウさんの治療は私がお手伝いできましたけど、ハナさんの心を癒すのは今のシンの役目ですよ」
「えっ、そんなに問題がありそうには感じなかったけどね?」
「どうして彼女が此処まで来たのか考えてみて下さい。
シンは亡くなったお母様やフウさんから深い愛情を受けて育ちましたけど、彼女にはその経験がありません。
何かのきっかけで精神状態が不安定にならないように、友人として家族としてトーコさんやルーさんと同じ様に見守ってあげる必要があると思いませんか?」
「ああ、エイミーの言う通りだね。
僕はトーコの世話をすることで、自分自身が救われた部分も確かにあるから。
それにハナは、初対面から他人という感じがしなかったからなぁ」
「それは当たり前ですよ。彼女はレイさんの実娘ですもん」
「ああ、なるほどね……ええっ!!」
「シンが考えているより、実は近しい親戚さんはたくさん居るようですよ」
エイミーは、普段は見せない悪戯をしているような表情でにっこりと笑ったのであった。
☆
初級ジェット講習のメンバーとはスケジュールが重ならないので、シンは今回の滞在では殆ど単独行動である。
教官はレイでは無いとフウから告げられただけで、シンにはいつものように詳細については何の説明も無かったのである。
エイミー達がハワイ・ベースの敷地内のプライベートビーチに向かったのを見届けたシンは、ジャンプで待ち合わせのヒッカム基地へ向かう。
シンが待ち合わせ場所である正面ゲート前で待っていると、見覚えがあるGスーツ姿の女性が基地の敷地の中からやってくる。
体にぴったりとフィットしたツナギは、彼女の起伏が大きいボディラインをしっかりと強調している。
歩哨の若い兵士が横目でちらちらと彼女を見ているが、それは警備上の理由ではなく彼女が目を離せない魅力的な容姿をしているからに他ならない。
遠目で見るとフウと見間違えそうだが、髪色が明るく若干肩幅が広いのをシンはしっかりと見分けることが出来る。
「カーメリの司令官殿が、教官役でありますか?」
シンは義勇軍の規定通りに敬礼しながらも、堅い口調で尋ねる。
もちろんここは米帝の空軍基地なので、米帝語を使っている。
「回転翼の教官資格を持っているのは、カーメリにも殆ど居ないんだよ。
レイから是非にと頼まれて断れなかったから、休暇がてらにここに来ているって訳だ。
今のヒッカムの司令官とも、顔見知りだしね」
「……」
「もしかして教官が私だって、フウは黙ってたんだろ?」
「はい。いつもの事なので……」
数分後、ヘリが格納されているハンガーでシンは今日二度目の困惑の声を上げる。
「何で自分までGスーツに着替えて、ヘルメットまで用意する必要があるんですか?」
ジェットの講習ならば必須であるGスーツは、初級の回転翼講習には不必要だ。
ラダーペダルをきちんと踏めるならば、水着とビーチサンダルでも何の支障も無い筈である。
「そりゃぁ当然平服じゃ操縦出来ないからさ。
生憎といつも講習で使うロビンソンR22が修理中でね、ジョンに頼んで練習用に使える複座の機体を地下ハンガーから出してもらったんだ。
さっきハワイベースからここまで試験飛行したけど、調子はバッチリだね」
「ちょっ……これってAH-1じゃないですか?
戦闘ヘリで初級講習をやるなんて、聞いた事ありませんよ!」
シンはフウに育てられた環境の所為で、世界中の軍隊の装備や兵器に関する知識が豊富である。
米帝の海兵隊以外では殆ど退役している一世代前の兵器であっても、迷わずに機種名を指摘できるのはシンにとっては当たり前の事である。
「大丈夫。私はこの機種の教官資格も持ってるし、ジョンが完璧に整備してくれてるから。
何せこの機体は重量もFAAの規定範囲内だから、自家用ライセンスの範疇にしっかりと入るからね。
それに義勇軍にはレストアされた乗り手が無いAH-1が余ってるから、最初からこの機種で操縦を覚えた方が合理的だろ」
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ヒッカム基地内ヘリ専用トレーニングコース。
「おい、ホントにヘリの操縦は初めてか?」
前席のガンナー・シートに収まっているゾーイから、インカムでシンに声が届く。
フウはいつでも操縦をオーバーライドできるように準備しているが、手を出す必要は全く無い。
低空のホヴァリングから短いコースで周回を繰り返す最初のカリキュラムを、シンは異様とも言えるスムースさでこなしている。
まるで歴戦のヘリパイロットのような操縦に、ゾーイは思わず声を上げてしまった様だ。
「はい?」
「操縦が難しいこの機体でホヴァリングをこんなに完璧にできるなんて、お前操縦の適正があるんだな」
「えっ、そうなんですか?
普段から自前の能力で飛んでるんで、空中で静止するのは感覚的に同じなんですよ」
「おおっ、なるほど!
これなら自家用から事業用へのアップグレードも、座学次第でかなり早く済みそうだな」
「はい。教官殿を失望させないように頑張ります」
操縦を続けながら、気負いも無く平坦な口調でシンは応えた。
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「それじゃぁ、お疲れさまでした」
トーバートラックで指定された整備ハンガーに機体が収まったのを確認したシンは、傍に居るゾーイに挨拶する。
トレーニングコースの借用と、機体の整備についてはヒッカム基地に業務委託しているので、シンの今日のカリキュラムはここで終了である。
「おいおい、私もハワイベースに滞在してるのに、送ってくれないのか?」
一緒に正面ゲートに向けて歩きながら、平服のジーンズ姿に着替えたゾーイは口を膨らませて不満を表明する。
こういう年齢不相応?の仕草を見せられると、軍服姿とのギャップで可愛らしく見えてしまうのは仕方が無い事なのだろうか?
「……はい。喜んで教官殿」
ゲートから出て歩哨の見えない位置で、シンは事務的に返答する。
両手を広げて待ち構えているゾーイを横抱きにすると、彼女は微笑みを浮かべながらシンの首に回した腕をぎゅっと密着させる。
「今日は久しぶりに刺身が食べたいな」
耳元に囁く甘えるような口調は、メトセラの年長者を良く知らない人間にとっては美女の魅惑のオネダリに聞こえるだろう。
生憎と日頃から周囲のセクハラ攻撃に鍛えられているシンには、全く効果が無いのであるが。
「自分はユウさんみたいな、凄い包丁の腕前を持ってませんよ」
からかわれているのは明白なので、シンは事務的に言葉を返す。
「それでも、ユウから色々と習ってるって聞いてるよ。
ユウは移籍の話には乗り気じゃないから、次のターゲットはシン君かな」
「自分はジェットパイロットじゃありませんけど」
「いや、攻撃ヘリのパイロットも不足していてね。
この講習を無事終了できたら、君も立派なターゲットなのさ」
「……それじゃ、行きますよ」
二人の姿は、ゲート前から一瞬にして消えたのであった。
☆
「随分と色々な料理が並んでいるね」
またしてもシンに夕食当番を押し付ける事になったジョンが、恐縮しながらもシンに尋ねる。
リビングには複数の保温鍋と揚げたてのチキンやカツが並び、まるでホテルのビュッフェスタイルのような光景である。
テーブルでは既にマリーが平皿に大量のご飯を盛り付けて、モリモリと食べ始めている。
彼女はビーチへは行かずに、ジョンの案内で普段食べれないオワフの甘味を堪能していたようである。
マリーの横ではジョンの娘のエリーが、普段の父親が作るマンネリの食事とは違うバリエーションの多いメニューを前にご機嫌である。
薄らと日焼けしているエイミーとトーコ、ハナは、3升の大型ジャーからご飯を盛り付けて何を食べようか迷っているようだ。
ビーチで一日すごしたシリウスは元気一杯で、シンの作った手作りご飯をバクバクと食べている。
思ったより大人数になったので、キッチンではすでに追加の大型炊飯ジャーが稼働中である。
「そんな大袈裟なものじゃないですけど、白ご飯にポキと餅子チキンとロコモコを自分で選べるようにしてみました。
ポキはご飯にのせなくてもサラダとしても食べれますし、餅粉チキンの場合はこのチリソースを、ロコモコはグレービィーソースとカレーを選べますよ。
揚げたてのカツもあるので定番のカツカレーはもちろん、組み合わせによってはモチコ・チキンカレーとか、ハンバーグカレーも作れますよ」
「これはブートキャンプを切り盛りした経験がある、シン君ならではメニューだね」
「あれっ、ユウさんいつ来たんですか?」
「ああ、フウさんから言われてマリー用のお米を追加で運んで来たんだ。
ハワイ・ベースには、そんなに大量にブランド米は常備してないでしょ」
「ああ、すいません。助かります」
「じゃぁ、ゾーイさんに声を掛けられる前にこそっと退散するよ。また来るね!」
ゾーイは、シンがポキを調理する際に一緒に用意した刺身の盛り合わせを、大きなビアグラスを片手に満足そうに食べている。
もちろん飾り包丁の高度な技術など持っていないシンであるが、日頃からユウの薫陶を受けているのは伊達では無い。
切り口が鮮やかに揃った刺身の折り合わせは、ユウが味見したとしても合格点が出るだろう丁寧な仕事である。
「ただいま!うわぁ、美味しそうなのが並んでるね!」
シンと別行動だったルーとリコが、訓練を終えてキッチンへ入ってくる。
「おつかれ! 追加のご飯も今キッチンで炊いてるから、一杯食べてね!」
シンが、疲れた様子も無い二人に声を掛ける。
「大丈夫。ルーが無理に食べなくても私が居るから」
「姉さんに全部食べられないように、頑張らなくちゃ!」
「シン君、私にもご飯物を用意してくれ!
一杯目はカツカレーが良いな」
ビールを飲んでいるゾーイから、催促の声がシンに飛んでくる。
こうしてハワイベースの夕餉の時間は、賑やかに過ぎていくのであった。
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