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011.Brand New Face

 雫谷学園体育(格闘技)の授業。

 

 先週まで午後に行われていたユウの担当する格闘技の授業は、今日から昼休憩前の午前中に移動になっていた。

 この変更は生徒の習熟度が上がって、授業の内容が激しくなるのを見越してのものである。

 この日は昼食時のカフェテリア調理もユウが担当することになっているので、彼女は早朝から仕込みを含めて大忙しである。


「へえっ、体術は素人っぽいのに回避するのが上手だね。

 ハナはもしかして、バレエを本格的にやってたのかな?」


 授業に初めて参加したハナの力量を見るために、ユウは彼女と軽くスパーリングをしている。

 ユウの攻撃は全て寸止めだが、ハナは柔軟な体の動きで器用に攻撃を捌いている。


「はい。成長期に減量が辛くて辞めちゃいましたけど」

 メトセラは体の調整能力が高いので、暴飲暴食を繰り返しても理想体重を超過する事が無い。

 ただしバレリーナのように標準体重よりも痩せている必要がある場合には、調整能力がアダになって減量するのが難しいのである。


「だから体のコントロールが上手なんだね。

 歩兵として活躍する機会はなさそうだから、軍隊用の格闘術よりも護身術の手ほどきをした方が良いかな?」


「はい。それでお願いします」


                 ☆


 昼食時のカフェテリア。


「ハナ、急がなくてもゆっくり食べて大丈夫だよ。

 ここは昼休憩の時間が120分あるから」

 

「はい。ブートキャンプ以来、久々に体を動かしたので食事が美味しいです。

 この味が付いたライスですけど、これってニホン料理なんですか?」

 箸はまだ苦手な彼女は、スプーンを使って山盛りにしたライスを口に運んでいる。


「うん。これは鶏牛蒡の炊き込み御飯だね。

 今日はお昼もユウさんが担当だから、いつもとちょっと違うメニューなんだろうね」


 エイミーはもち米が入ったおこわ風の混ぜご飯が気に入ったようで、お代わりをしてバクバクと食べている。

 箸を使ってかきこむ様な無作法はしていないが、食べるスピードは決して遅くは無い。

 久々にカフェテリアに来たトーコも、食べなれた和食でしかも嫌いなメニューが無いので食が進んでいるようである。


「この大きな白身魚の揚げ物も、クリスピーで美味しいですね。

 タルタルソースとも良く合います」

 ユウが今日の定食メニューの主菜として選んだのは天麩羅だが、衣はフリッター寄りにしてニホン食に馴染みが無い生徒も食べやすいように工夫されている。

 かなり甘く作った天つゆ以外にもタルタルソースとケチャップが添えられているのは、ニホン食に慣れていない生徒に対するユウならではの気遣いなのであろう。

 ちなみにナイフとフォークを使って天麩羅を食べているのは、ここのカフェテリアでは特別珍しい光景では無い。


真穴子(マアナゴ)なんて、生まれて初めて食べたんじゃない?」


「マアナゴ……ですか?」

 

「ニホン料理では開いてから使うから、ぶつ切りで食べる他の国の料理と違って見かけの抵抗が少ないんだろうね」

 自分が食べている『大きな白身魚』がウナギのような形状をしているとは、食べているハナは想像もしていないのだろう。


「……ところで、シンはユウさんみたいな、年上の女性がタイプなんですか?」

 雑談の和やかな雰囲気の中ではあるが、ハナの表情が少しだけ真剣なものに変わっている。


「ユウさんは年下の僕から見ても素敵だけど、それを口に出すとキャスパーさんが怖いからなぁ。

 どちらかと言えば、自分よりも年下の妹キャラの方が好みなのかも」

 シンはあくまでも軽い口調で、エイミーを見ながら答える。


 エイミーはにっこりと笑顔を浮かべながら、シンに視線を返している。


「エイミーは妹キャラじゃなくて、此処では妹でしょ?」

 口を挟まずに黙って話を聞いていたトーコが、エイミーに容赦ない突っ込みを入れる。


「あっ、そうでした。てへっ!」

 最近のエイミーは喜怒哀楽をはっきりとニホン語で表明できるようになったが、どうも周囲の悪い影響を受けすぎているような気がする。


「今日はこれから、プログラミングの授業があるって聞いてるけど?」


「はい。午後からはTokyoオフィスに行きます」


「僕とエイミーもフウさんにちょっと用事があるから、トーコも居るし一緒に行こうか」


「ええ、お願いします」

 シンの一言に、嬉しそうにハナは微笑んだのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「おおっ!ハナちゃん、綺麗に育ったね。お母さんと雰囲気がそっくりだ」

 普段からプログラミングの授業で使っているトーキョーオフィスの会議室に入ると、レイが挨拶もそこそこにハナに声を掛ける。

 日常生活では常に冷静沈着であるレイにしては、何とも不自然な接し方である。


「あの……レイさん?以前お会いしたことがありましたっけ?」

 いつもはトーコとマンツーマンで行われていたプログラミングの授業だが、今日からハナがメンバーに加わる。

 トーコはハナと視線を合わすことも無く、俯いたまま無言でラップトップのキーボードを叩き続けている。


「ああ、御免。

 ほら僕もテキサスで生まれ育ったから、君の母上とは昔から付き合いがあってね。

 ハナちゃんが物心が付く前に何度か、会ったことがあるんだ」


「そうだったんですか。

 でも私は髪や目の色は母親と違ってブラウンなので、あまり似てるって言われたことが無いんですけどね」


「ああ……これがリクエストがあったハナちゃん専用のラップトップね。

 まだ箱から出してないから、寮に帰ったら初期設定は自分でやってみて。

 あと今日はトーコには申し訳ないけど、ちょっとオリエンテーションにしようかな」

 話の腰を折るように、レイが話題を突如切り替える。

 普段の余裕がある態度と全く違うのは、何か含む処があるのだろうか?


「私は仕事が溜まってますので、ここでコーディングをさせて貰います。

 気にせずに進行して下さい」

 トーコは目線すら合わせずに、キーボードを叩きながらレイに向けて答える。

 ぶっきら棒なのはいつもの彼女だが、特にハナに対しては彼女が寮に来て以来ずっとこの調子である。


「ああ、有難う。

 それじゃぁTokyoオフィスの中をまず案内しようか」



                 ☆



「明日は休日だけど、特に行きたい場所ってある?」

 寮でシンの作った夕食を囲んだ後、シンはハナに尋ねてみる。

 シンが彼女を特別扱いしている訳ではないが、先日の襲撃事件が尾を引いてセキュリティに関して神経質になっているのは事実なのであろう。


「観光地は殆ど知らないので。ただ、アキハバラには行ってみたいですね」


「アキバなら、トーコが案内してくれる?」


「締切がひと段落したのでシンの頼みなら案内しますが、あまり気が進みませんね」


「裏道とか、ジャンク絡みはトーコが一番詳しいでしょ?

 もしフィギュアとか、薄い本を探してるならマリーに同行を頼むけど?」


「そちらもお願いしたいところですが、一度に欲張っても回り切れないと思いますので」



                 ☆



 翌日。

 Congoh社用車をアキハバラ駅前の駐車場に留めて、一同は中央通りに向けて歩いていく。

 ハナは周囲の景色を見ることも無く、ずんずんと細い道を通ってショートカットしていく。

 行き止まりの細い路地もあるので、土地勘が無いとこの歩き方は難しいだろう。


「あなたアキバに来たの初めてなんて、嘘でしょ?」

 トーコも裏道には詳しいが、ラーメン屋の軒先や倉庫の入り口付近など通った事が無いような経路も多い。


「いいえ、本当ですよ。ですが通販でお世話になっていた店も沢山ありますので、実店舗を訪ねるのがホントに楽しみで。

 トーコ、まずここに入りましょう」


 まだ午前10時と早い時間だが、法人相手の取引が多いリースアップ業者は開店が早い。

 店内には一般的な個人向けのパソコンは見当たらず、ラックマウントサーバーやワークステーションが多数並んでいる。


「店長さん、居ますか?」

 カウンターになっているウインドウの中を熱心に眺めながら、ハナが店員に尋ねる。


「はい。私が店長ですが……」


「いつも通販でお世話になっています。テキサスのハナです」


「テキサスのハナ……Hanna……あっ!ハンナさんですか!

 いつも高額な注文をいただいて、有難うございます。

 ニホンに来られるなら、事前にメールで言っていただければ良かったのに!」


「すいません。突然お邪魔して。

 ニホンに来るのも突然決まったので、連絡する時間が無くて」


「いやぁ、こんなに二ホン語がお上手だとは……驚きましたよ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「ハナは、私よりぜんぜんマニア度が高いですね。

 それにハードウエアが心底好きなんですね」

 ジャンクとしか見えない部品の山の中で目を輝かせているハナを横目で眺めながら、トーコがシンにぽつりと呟く。

 同行しているエイミーは、まったく見たことがない部品の山とアキバ独自の雰囲気に圧倒されているようだ。


 数件のハナが付き合いがある店を訪問し、ハナの両手はもちろん荷物持ちのシンも大量の荷物を抱えていた。

 通販では購入できない保守部品や一点物のロジックボードを大量に入手出来たので、ハナはかなりご機嫌のようだ。


「ちょっと休憩しようか。

 ハナはニホンのデ●ーズに入ったことはないよね?」

 電気街の通りを隔てた場所にある、大きなデ●ーズの看板が一行にははっきりと見える。


「デ●ーズですか……」


「まぁ何事も経験だからね」

 あまり気が進まない態度のハナの背中を押して、シンは店内に入っていく。

 幸いにも待ち人数はゼロで、一行は直ぐに大きなボックスシートに案内された。


「うわぁ、店内が明るいですね」


「ニホンの飲食店は、基本的に中が明るいんだよ。

 僕も初めてニホンに来た時には、ビックリしたけど」


「メニューは……ここ本当にデ●ーズですか?

 ベーコンを使った脂っぽいメニューが全くありませんね!」

 綺麗にラミネート印刷されたメニューを見て、ハナが驚きの声を上げる。


「ああ、米帝のデ●ーズとメニューが全く違うでしょ?

 同じなのはロゴマークと名前だけで、別の店だと思った方が良いよ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「デコレーションも綺麗だし、味もなんか繊細ですね。

 このブラウニーも、苦味が上品で高級なチョコレートの味がします」

 注文したDEVIL’Sブラウニーサンデーを食べながら、ハナはそのデザートのレヴェルの高さに感心している。

 全く別の店だというシンの一言に、彼女自身も深く頷ける上品な味なのである。


 エイミーは普段食べられない、3段重ねの分厚いパンケーキを夢中で食べている。

 身近でパンケーキを食べる習慣があるのはレイだけなので、クリームやフルーツのトッピングが満載のパンケーキは甘党であるエイミーには堪らなく魅力的なのだろう。


「ハナは古いハードウエアのコレクターなんですか?」

 トーコは渋めのクリームあんみつを食べながら、小さな声で尋ねる。

 アキバに同行する前と比べると、彼女の険しかった態度がかなり軟化しているように見える。


「SGIとか68040のMacとか、Sparcstationとかのワークステーションが特に好きですね。

 今はアラスカベースに倉庫を借りてそこに詰め込んでいますけど、将来的には動態保存して展示できる場所を作るという構想があります」


「それでNVRAMとか、珍しい保守部品も大量に買ってるんですね」


「パソコンの博物館は既に世界中にありますけど、ワークステーションやサーバーの系統立った展示施設は無いじゃないですか。

 完成度の高いちょっと昔のハードウエアは、展示に足りるものだと思いませんか?

 合理的でしかも美しい多層基板のレイアウトや、ドライバーが不要なモジュール化された完成度の高い筐体。

 O2のあの愛らしい筐体も、Indyのあのシャープなラインも、見ているだけで飽きないですよね!」


 シンはハナの熱いGEEKトークに引き気味だが、トーコは無言でこくこくと首を縦に振って同意を示している。

 彼女も筋金入りのコンピュータGEEKであり、完成されたハードウエアの魅力を理解できる一人だからである。


「コレクター気質の人も、周りには沢山居るからなぁ。

 レイさんもアラスカベースに、楽器専用の倉庫を持ってるみたいだしね」

 コレクター気質とはほど遠い物に執着が無いタイプのシンではあるが、フォローするようにポツリと呟いたのであった。



                 ☆



 何故かいつもより早い時間帯の寮の夕食。


「うわぁ、これブートキャンプでも出たカツカレーですね!

 でもいつもよりも夕食の時間が早くありませんか?」


「今日はちょっと訳があって調理の時間が取れなかったから、手抜きなんだ」


「手抜き?」


「うん。このカレーソースは、Congohがユウさんのレシピで食品会社に委託製造してもらってる既製品だから。

 ご飯やカツは出来立てだから、勘弁して欲しいな」


「で、マリー今日はどうしたの?

 SIDから急いでマリーの食事を用意してなんて言われるからビックリしたよ」


 寮に用意されている一番大きな平皿に盛られた超大盛りカツカレーを、食べ終えて一息ついているマリーにシンが尋ねる。

 シンの記憶では、この場所をマリーが尋ねてきたのは始めての筈である。


「ユウが学園から帰ってこないし夕飯を作ってくれる人が誰も居なかったので、外に出たら須田食堂もラーメン屋も、ビストロも弁当屋さんまでみんな臨時休業だった。

 コンビニも弁当が売り切れだし、行き倒れそうになってたら、SIDがここに来るように言ってくれた」


「商店街で誰か不幸でもあったのかな。

 今追加でご飯を炊いてるから、それを食べ終えたらちょっと待っててね」

 寮の食堂では普段は1升炊きのIH炊飯ジャーを使っているのだが、今は普段は使わない3升炊きの業務用炊飯器がキッチンで湯気を立てている。


「一息ついたから、大丈夫」


「レイさんも居なかったの?」


「レイは、ルーとリコを連れてどっかの基地のフレンドシップデーに見学に行っている。

 二人とも米帝の戦闘機の実物を見たいらしい」


「商店街も皆休みなんて、運が悪かったね」


「でもこれからはシンに連絡すれば、ご飯が食べれるのが判ったのは大きな収穫。

 Every Cloud has a silver lining!」


「ははは……」

 引き攣った笑いを浮かべるシンの周辺は、やっぱり今日も平和なのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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