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003.Waiting For Your Love

「キャスパーさん、彼女はPropheta(預言者)候補なんですよね。

 つまり早々に母星からお迎えが来るとか?」


 翌日、朝食の席で箸を器用に使っている少女に驚きながらシンは言う。

 彼女は急遽用意された高さが通常よりある子供用の椅子に腰掛けて、漆塗りのお椀から味噌汁を美味しそうに飲んでいる。


 Propheta(預言者)というのはバステトの事情に詳しいユウから聞いた処、かなり高度な役職みたいなものらしい。

 ヒューマノイドが居住する惑星に常駐して施政者にアドバイスを行う相談役のようなもので、バステトにおける外交官のような位置付けになるそうだ。


「う~ん、こっちから要請を出さない限りはお迎えは来ないね。

 出たきりでぜんぜん帰ってこない同胞は、沢山いるし」

 前日はユウの居室に泊まっていたキャスパーは、ユウが用意した山盛り海鮮丼を蓮華を使って掻き込んでいる。


「母星から前触れ無しに飛ばされる場合は、殆どの場合Practica(プラクティカ)だし。

 現状は報告済みだから、このまま放置プレイじゃない?」


「僕よりキャスパーさんがお世話した方が、彼女も安心できるんじゃないですか?」


「うん……いや、確かにフウさんがああ言ったのはちょっと意外ではあるんだけど。

 ご覧のようにバステトの適応力はとても高いから、小さいけどそれほど手はかからないし心配は要らないと思うよ。

 それに馬に蹴られて死にたくないし」


「そのニホンの(ことわざ)、使い方間違ってませんか?」


「ううん、ばっちり合ってると思うよ。

 まぁ先の事はどうなるか判らないけど、まずは言語の習得かな。

 日本語と米帝語のカリキュラムはSIDにお願いしてあるから、ただ付き添って居てくれれば良いから」


「はぁ……」


「ただし食事に関しては、出来るだけシン君が作ってあげて欲しいな。

 普通の味付けにしてもらえば、食材の制限は特に無いから」


「そういえば、昨夜も漬け丼を美味しそうに食べてましたね。

 ところで、彼女をなんて呼んだら良いんでしょうか?」


「ああ、それはちょっと待ってあげて。

 多分すぐに本人の口から、自己紹介出来るようになるから」


「はい。了解です」


「あっ、そうそう重要な事を言い忘れてたよ。

 夜は絶対にシン君と同じベットで寝かせてね。これは絶対だよ」


「ああ、結果的に昨夜もそうでしたけど。

 おかげで僕は寝不足ですが」

 ソファで寝入ってしまった彼女はシンと離れるのを嫌がり、握り締めたシャツを頑なに離さなかったのである。

 おかげで同じベットで休む事になったが、彼女は抱き枕よろしく懐に入ってくるのでシンは落ち着いて眠る事が出来なかったのである。


「バステトは幼少から雑魚寝するのが普通だから、地球人の習慣とちょっと違うけど大目に見てあげてね。

 あと寝る時くっついてくるのは種族の本能もあるけど、知識や経験の吸収が無意識に出来るから彼女がこの惑星に適応し易くなるんだよね。

 まぁ妹と同じベットに寝てると思えば、そのうち慣れるでしょ?」


「まぁ妹は良く僕の寝床に入り込んで来てましたから、それを思えば……」


「あとね。もう一つ大事な事を。

 彼女の発情期は随分と先だけど、簡単な遺伝子調整をすれば普通に子供も出来るから」


「あの……最後仰った内容については、直ぐに忘れるようにします」


キャスパーの冗談めかした口調ながらデリケートな一言に、戸惑いながらシンは答えたのであった。



               ☆



 朝食後、無線式のHMDヘッドマウントディスプレイ一式を装着した少女はさっそく語学の学習を開始していた。

 装着したヘッドフォンからは早送りするような音声が時折漏れ聞こえてくるが、そばに寄っても内容は全く聞き取れない。


「SID、昼食の支度をしてくるから彼女を宜しく」

 天井備え付けのコミュニケーターに目線を合わせてシンは言う。


「了解です」


「ところで、何人前用意したら良いかな?」


「レイさんはロシアへ出張中ですしマリーさん以外のメンバーも全員外出中ですので、3人で10人前程度で足りるかと思いますが……あっ急遽訂正します、4人で11人分ですね」


「お気遣いありがとう、SID」

 リビングに登場した少女が、天井のコミュニケーターを一瞥しながら言う。


 スリムなジーンズ姿だが、セミロングの艶やかな黒髪と整い過ぎて冷たい印象を与える容姿。

 このTokyoオフィスではとても珍しい、ニホン人形の様な美少女である。


「あれっトーコ、レイさんは出張中みたいだけど?」


「今日はカリキュラムでは無くて、シンが寮に帰ってこないので様子を見に来ただけです。

 あと、あ、貴方(あなた)が居ないと寮での私の夕食が困りますから」

 ソファで学習中の少女を一瞥しながら、トーコは言った。


「ああ、ゴメンね。

 暫くここから離れられないみたいだから、夕食は学校のカフェテリアを利用しててよ。

 寮に帰ったら、その分の埋め合わせをたっぷりするからさ」


「当分寮に帰らないのですか?」

 険しさの増した表情と口調で、トーコはシンから目を逸らしてソファに腰掛ける小さな少女を凝視する。


「うん、フウさんの指示」


「それでは私も、暫くここから通学することにします。

 私もフウさんから、彼女のお世話を手伝うように連絡がありましたし。

 SID、今空いている部屋はありますか?」


「今ダブルの部屋はお二人が使用中ですから、シングルの部屋なら沢山空いています」


「お二人が使用中って、シンはあの子と同じ部屋で寝泊まりしてるんですか!?」


「うん。だって一人じゃ心細いだろうし、昨日も同じベットで寝てたけどね」


「シン、貴方にそういう趣味があったとは……通報して良いですか?」

 強い口調だがトーコの顔は真っ赤で、何か余計な想像を巡らしているのだろう。


「だって、保護者のキャスパーさんの指示でもあるんだよ。

 僕も妹の世話を長年してたから、一緒のベットで寝るのも特に抵抗も無いしね」


「……」


「それじゃぁ、僕はキッチンに居るから後は宜しく」

 シンはトーコとの会話を打ち切って、昼食の準備のためにキッチンに向かう。


 シンは頻繁に此処で調理をしているので、食材の保管場所や調理器具の使用方法に戸惑う事は無い。


 普段はフォン・ド・ヴォーの仕込みにしか使わない中型の寸胴にお湯を張ると、業務用コンロで再加熱する。手の平一杯分の天然塩を寸胴に放り込むと、火力が強いのでお湯が一気に沸騰する。

 すかさずディ・チェコの大袋を全て鍋に放り込み、キッチンタイマーをスタートさせる。


 パスタを茹でている間に冷蔵庫から使えそうなシーフードを見繕い、イタリア産水煮のトマト缶とニンニクとアンチョビを使ってソースを作る。

 普段レストランの厨房でも見かけない様な大きなアルミフライパンを3枚交互に使って、固めに茹でたパスタを鮮やかな手並みでソースに絡めていく。

 手早くパスタを完成させたシンは、通常サイズの平皿3枚とパエリア鍋サイズの大皿にパスタをしっかりと盛り付けていく。

 リビングに運んでいくワゴンには、パスタを茹でる合間に手早く作ったトマトとクレソンのサラダと、白ワインのマグナムボトル等の飲み物も載っている。


 リビングに戻ると、テーブルには既にマリーが座ってパスタが運ばれるのを目を輝かせて待っていた。彼女の中でシンの存在は、時々遊びに来て美味しい料理を作ってくれるユウの弟子という認識らしい。


 苦笑いしたシンはかなりの重量感の大皿を両手でマリーの目の前に置くと、おろし立てのパルメザンチーズを大量にパスタの上に振り掛け焦れているマリーにフォークを手渡す。

 大きなデュラレックスのグラスに白ワインを注ぐ間もなく、マリーは一心不乱にパスタ(の山)を食べ始めた。


 ヘッドセットを外して休憩中の少女を呼んでから、トーコを囲んでシン達もパスタを食べ始める。

 フォークを使ってパスタを器用に食べている彼女は、食事の合間にもシンに輝くような笑顔を向けてくれる。


(地球の食事は、口に合ってるみたいだね)

 安心感から笑顔を返したシンを、トーコが何か言いたげな複雑な表情で見ているがシンはそれに気がつかない。

 マリーが大皿を綺麗にするのとほぼ同時に、シン達3人もパスタを食べ終えた。


 まだ食べ足りない様子のマリーが、食後のデザートであるバナナのジェラートを大きなバルクからスプーンで直接食べ始めた。

 Congohトーキョーのハウス冷凍庫には、アンが経営するジェラートショップの試作品が訳あって大量にストックされているのである。


 さすがにバステトの少女は自分のジェラートを食べ始めた手を止めて、マリーの食べる姿に驚いた表情をしている。

 このままだと地球人の食事量について誤解されそうなので、シンは少女に伝わらないにしてもひとこと言っておくことにした。


「彼女はマリー、沢山食べているけどいつもの事だから驚かないでね」


「う・ん、だ・い・じ・よ・う・ぶ」

 たどたどしい発音ながらも、シンに向き直り彼女はニホン語で答えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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