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010.Hear No Evil

「これ凄い野戦服ですね。まるで忍者みたいだ」


 急遽決まった掃討作戦の支援で、シンはTokyoオフィスに来ていた。

 大陸からの不法入国者の逮捕や追跡は警察の仕事だが、義勇軍が依頼されたのは中華連合残党の拠点になっている建物を排除するという単純ながら非合法な作業である。

 作戦自体はマリーが一瞬で達成可能だが、人目の問題があるので作戦開始時刻はほぼ深夜に設定されている。


「にんにん」

 マリーは目出し帽も装着して、両手で印を結ぶポーズでご機嫌である。

 エイミーなら確実に寝落ちしてしまう時間帯だが、彼女は夜型なので普段よりも溌剌としているように見える。


「米帝特殊部隊の夜間作戦用だからな。

 ターゲットはさっき説明した2箇所だ。

 既にパピが、ライフラインの切り離しを完了している。

 何か質問は?」


「夜間は間違いなく無人なんですか?」


「ああ、衛星と監視カメラの赤外線画像で確認しているが、まぁ建物に隠れていた場合には『素晴らしい異世界』へようこそだな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「マリー、行くよ」

 屋上に上がったシンは体に密着する背嚢にパウチ飲料を詰め込み、同行しているマリーを横抱きする。


了解(ラジャ)

 マリーは何度かこの体勢で運ばれているので、慣れているのか敬礼をしながらも余裕の表情だ。


 二人の姿は一瞬にして、プロメテウス大使館の屋上から消えたのであった。



                 ☆



 ネオンがある繁華街や高層ビルを避けながら、シンは目的地へ最短距離で接近していく。

 ビルや障害物に関しては亜空間を飛行しているので衝突回避の必要は無いのであるが、迂回しているのはあくまでも気分的な問題である。


「シン?」

 ケラウノスの亜空間飛行はもちろん、飛行中でも外の景色がしっかりと見えるし会話も可能である。


「ん、どうかした?」

 数秒でターゲットの上空に到着したシンは、加速を解いてゆっくりと近づいていく。

 シンは衛星画像マップを繰り返し見て場所をしっかりと把握しているので、ターゲットの位置を迷ったりはしない。


「これでオワフの、衛星デブリ除去も出来るのでは?」


「ああ、そうだね。1万メートル以上の高度は試してないけど、もしかしたらドラゴンレディよりも簡単に衛星に接近できるかも知れないね」


「あの窮屈な与圧服を着ないで済むなら、こっちの方が快適」


「うん、今度テストしてみよう。

 マリー一軒目はあれだね。両隣が更地だから、判別し易くて良かったな」


「位置確認!」


「おおっ、綺麗な更地になった!」

 パピが事前にライフラインを切り離しておいてくれたので、懸念された問題は何も発生していない。

 もし事前準備無しに建物を消滅(エフリクト)させた場合、ガス爆発や水道管の破裂などの事態が引き起こされるのは確実であろう。


「シン、次へ行こう」

 マリーは横抱きされたまま手を伸ばし、シンの背嚢からパウチ飲料を取り出し口に含む。

 これはマリーがアノマリアを行使した後にだけに飲料する犬塚製薬製の特注ゼリー飲料で、激マズだが一袋で数万キロカロリーがあるという恐ろしい栄養補助食品である。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「作戦終了しました」

 Tokyoオフィスのリビングで待機していたフウに、屋上から帰還したシンが直接報告を行う。

 

「おいおい、まだ30分しか経過してないぞ」


「地上に降りずに、飛行中にマリーが能力を使いましたからね。

 パピさんの事前準備も、完璧でしたし」


 マリーは残りのパウチ飲料数袋を空にすると、あらかじめユウに用意してもらっていた稲荷ずしを口直しに食べ始める。

 シンはエスプレッソマシンのお湯だし口から急須にお湯を注ぐと、濃い目の緑茶を湯のみに注いでマリーの前にそっと置く。

 隣にはカプセルタイプのドリップマシンがあるのだが、誰も飲まないのか緑茶のカートリッジは全く減っていないのである。


「ということは、静止軌道上のデブリ処理も飛びながらできるな」


「ええ、さっきマリーからも提案がありましたが、試す価値はあると思います。

 護衛機やコストが掛かるドラゴンレディの準備が、全て不要になりますからね」

 


                 ☆



 翌朝の寮のリビング。


「シンさん、ご無沙汰しています!」

 寮のキッチンでシンが朝食の支度をしていると、ガラガラとスーツケースを転がす音と共に元気な米帝語の挨拶が耳に入る。


「ああ、ハナちゃん。久しぶりだね。

 もしかして転入願を出してたのは、君なの?」

 大皿に手際よくサンドイッチを並べながら、シンが返答する。


「はい。希望者は沢山居るみたいですが、まだニホン語の試験をパスできたのは私だけみたいで。

 今日から私もここで暮らしますので、宜しくお願いします」

 大きなスーツケースを持ち上げながら、ハナが笑顔で返答する。


「えっ、もしかして編入試験にニホン語があるの?

 校長先生、希望者が多いからハードルを上げたんだな」

 シンは封をしてあったパンドゥミの袋に手を延ばして、出来上がった大皿とは別に追加でサンドイッチを作り始める。


「はい。日常会話と読み書きがあって、結構難しかったです。

 うわぁ~、可愛い子ですね!」

 リビングで伏せをしていたシリウスは、シンと会話をしている初対面のハナをつぶらな瞳でじっと見ている。


「シリウスって言うんだ」


 初対面の相手なので警戒気味だったシリウスだが、カイオーテですら短時間で手懐けてしまうハナにかかってはイチコロである。

 全身を撫で回された後に床に転がってお腹を見せ、あっというまに降参状態になっている。


「これから朝食なんだけど、ハナも一緒に食べようよ。

 サンドイッチなら大丈夫でしょ?」


「はい。機内食が不味くて殆ど食べれなかったので、喜んでご馳走になります!」

 シリウスに抱きついて喜色満面のハナは、元気にシンに返答したのであった。



                 ☆



 入寮の後にそのまま学校に向かったハナと分かれて、シンとエイミーはTokyoオフィスに来ていた。

 昨夜の作戦について、フウから経過報告を受ける為である。


「シン、彼女は今まで出会ったことが無いタイプですね」

 エイミーが初対面のハナについて、冷静なコメントをする。


「うん。あれだけおっとりしてるのは珍しいよね。

 軍隊向きじゃないから、ブートキャンプの時は危なっかしくて目を離せなかったけどね」


「ああ、ハナがようやく寮に入ったか。

 シン、ちゃんと面倒をみてやってくれよ」


「なんかメトセラの女性としては、すごく緩い感じがする珍しいタイプですよね」


「ああ、そうだな。

 だが彼女のIQは、過去のメトセラの中でも群を抜いているからな。

 メトセラの中にも稀にいる超天才(スーパージーニアス)っていうやつなんだろうな」


「なるほど」


「本来ならブートキャンプに参加する必要も無かったし、飛び級で好きな大学に入れるのにわざわざニホンまで来るなんてな。

 ニホン語の編入試験は、たった数日の自習だけでパスしたらしいが」


「専門とか、興味のある分野があるんですか?」


「レイのプログラミングの受講以外は、まったく未定だな。

 既に複数分野でph.D.(博士号)を取得済みだから、ジーはどちらかといえば教師枠で採用したかったらしいが」


「ちょっと浮世離れした子だがら、授業で接点がありそうなトーコと仲良くできると良いですね」


「……まぁ、出来ればの話だがな」


 突き放した感じのフウだが、トーコを良く知るシンにとっては納得の行く一言である。

 トーコは気が強い上に人の好き嫌いが激しいので、校内でも友人が少ない。

 根気よく付き合って家族同様に思っているシン以外には、心を許しているのはシリウスだけであろう。


「ブートキャンプで見てた限りでは、意外と相性が良さそうな感じがするんですけどね」



                 ☆



 夕方の寮のリビング。


「シリウスはシンの愛犬だと聞いていましたけど?」


「私はシリウスの親友ですから、仲良くしていても不自然じゃありませんから」


「独り占めはずるいです。私にもモフモフさせて下さい!」


「シリウスが嫌がってるじゃないですか?」


 黒髪で小柄なトーコと中肉中背でグラマラスなハナとは見かけも対照的だが、隣り合わせの部屋になった二人は早速バトルをしている。

 短期間でトーコとニホン語で言い争いができるようになっているのは驚きだが、ハナが短時間?でニホン語をマスターしたのをトーコは知らない。

 二人の間に立って言い争いを聞いているシリウスは、困ったような表情で首を傾げている。


「シリウス、ブラッシングしようか?」

 エイミーが声を掛けると、シリウスは尻尾を大きく振りながらエイミーと一緒にシンの部屋に入って行った。


 キッチンで調理をしながらシンは二人を視界に入れているが、もちろん言い争いに口を挟んだりしない。

 トーコは興味が無い相手は徹底的に無視するタイプなので、案外相性が良いのかも知れないとシンは考えていた。




 夕食時。


「冷蔵庫に牛肉が余ってたから、昔母さんに教わったのを思い出して作ってみたんだけどどうかな?

 この寮では歓迎会を開く習慣がないから、これはその代わりと思ってくれれば」


「これ寮のカフェテリアでも食べましたけど、やっぱり美味しいですね!」

 エイミーは旺盛な食欲で、白くて粘度があるソースが掛かったステーキを平らげていく。


「私も久々ですけど、衣がカリカリして香ばしいですね。

 地元で食べるより遥かに良くできていると思います」


「割とトーコ好みの料理だと思うけど、どうかな?」


「……くやしいけど、とっても美味しいです」


「初めて食べたけど、この白いソースも美味しい!シン、これってどこの料理なの?」

 ルーの一回り大きな平皿には、あらかじめステーキや付け合わせのマッシュポテトも2人前乗っている。

 メキシコ料理には詳しいルーも、米帝のソウルフードは初めて食べた様だ。


「ハナの出身地テキサスの名物料理。チキンフライドステーキって言うんだ」


「牛肉なのに?」


「フライドチキンと同じ小麦粉の衣をつけたステーキだから、そう呼ぶみたいだね」


「シンさんはいつも、こんな人数分の食事を作ってるんですか?」

 炊飯器で作ったピラフも口に合ったのか、スプーンでモリモリと食べながらハナが尋ねてくる。

 彼女は食べるのはゆっくりだが、量はかなり食べられるタイプの様だ。


「ああ、ブートキャンプに比べればこんなのは片手間でも何とかなるよ。

 それに最近は手助けしてくれるエイミーの腕前も上がってるから、メニューのバラエティも増えてるしね」


「えっへん」


「ハナはトーコと一緒に、レイさんの授業を受けるんだよね?」


「はい。授業を一緒に受けるのが楽しみです!」


「……彼女に対しては、随分と親切なんですね!」

 ステーキを食べ始めていたトーコだが、胃が小さい彼女は半分に切ったステーキを殆ど食べ終えていたハナの皿に載せてしまう。

 ハナは驚いた顔でトーコを見るが、一転して笑顔になってトーコに小さく有難うと囁く。


「これからはTokyoオフィスで食事をご馳走になる機会も多くなると思うけど、ユウさんが作るニホン料理は絶品なんだよね」


「ニホン料理って、生の魚とか出てくるんですよね?

 私はテキサスの田舎で育ったので、スシとか殆ど食べたことが無くって」


「ああ、ピッザとかパスタが特に好きだって言ってたよね。

 でも世界中の拠点からユウさんの寿司を食べにくるファンが居るから、一回試してみれば?

 それに二ホンは物流が発達して飲食店のモラルが高いから、生魚の料理でも安心して食べれる国だからね」



                 ☆



「シンさん、いつもこんな時間まで起きてるんですか?」


「僕のことは、シンって呼び捨てにして良いよ。たしか年も殆ど変らないし。

 今度ハワイでヘリのライセンス取得を予定してるから、余裕がある内に予習してるんだ」

 リビングダイニングのテーブルでテキストを眺めていたシンは、喉が渇いたらしいハナが冷蔵庫を開けるのを見ている。


「授業も、義勇軍の業務も、寮の食事の支度もすべて手抜き無しなんですね。

 なんか密度の濃い生活を送っているようで羨ましいです」

 ハナはハンディ浄水器を通した水をグラスに入れて、シンの対面のテーブルに腰掛ける。

 オーバーサイズのTシャツの下には何も着ていないようで、豊満な胸の柔らかいラインが薄い生地を通してしっかりと見えている。


「ああっ、何か二人きりで良い雰囲気じゃん。お邪魔しちゃおうかな」

 静かな会話に割り込んで来たのは、宵っ張りのルーである。

 彼女がこの時間にリビングダイニング現れるのは、当然飲み放題であるビールサーバーが目当てである。


「ルーが来たから、皆でビールでも飲もうか。ハナも確かアルコールは大丈夫だったよね?」


「えっ、何で知ってるんですか?」


「ブートキャンプで、参加者のアレルギーや好き嫌いを聞き取りした一覧表を見てたからね」

 シンはビールサーバーから大きめのビアグラスにビールを注ぐと、ルーとハナに配っていく。

 次に冷蔵庫からつまみになりそうな余り物を、大きな平皿に次々と並べていく。


「ねぇ、これ深夜のつまみとしてはかなりヘヴィーじゃない?」

 大食漢であるルーでも、夜半に食べるカロリーには気を使っている様だ。

 お馴染みのシンの手作りジャーキー以外にも、少量だけエイミーが試作したスモークチーズやパンケーキ、冷たくなった鳥のから揚げやフライドポテトなど、確かにカロリーが高そうな物が並んでいる。


「ああ、大丈夫。もうすぐ小腹が空いた人が、部屋から出てくるから」

 シンが声を上げると同時に、リヴィングにお腹を押さえたトーコが現れる。


「シン、何か食べるもの……なんで皆笑ってるんですか?」


 雫谷学園の学生寮は、今日もいつも通り平和なのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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