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008.Don't Give It Up

 ある日のアリゾナベース司令官室。


「ブルウィップを教えて欲しい?」


「はい。メトセラで使えるのは生粋のカウガールのリサさんだけだと聞きまして」


「今の一言は、フウからそう言えって教わったんだろう?」


「……はい」

 エイミーは恥ずかしそうに俯くが、横でリサの視線を受けたシンは肩をすくめてフウの毎度の悪戯にはお手上げという表情である。


「教えるのは良いんだけど、実用的とは言えないウィップの技を覚えてどうするんだい?

 おいシン、不埒なことを妹に教えるつもりじゃないだろうな」


 シンは弁解するように、無言でふるふると首を横に振る。


「なんでも私が護身用に使う武器の習熟には、ウィップの基本的な動作が必須なのだそうです」

 エイミーは懸命に首を振るシンを笑顔で見つめながら、改まった口調でリサの質問に答える。


「まぁそんなに多彩な技は無いからせいぜい数回で覚えられると思うが、シンに毎回ここまで送って貰えるのかい?」


「はい。それは大丈夫です」

 頷くシンを横目で見ながら、エイミーは微笑む。


「それじゃぁ早速4フィートの短いウイップから始めてみようか」

 実は事前に用意してあったのか、引き出しから玩具のような短い鞭を取り出しながらリサは言った。



                 ☆



 数日前のTokyoオフィス。


「エイミーに武器を持たせるって、そんな必要があるんですか?」


「ああ。格闘技を教えてるユウからも進言があったが、キャスパーも何度か誘拐されそうになった経験もあるし必要だな。

 ユウに体術を本気で習い始めたし、丁度よいタイミングだと思うけどな」


「あの小さい身体にしては腕力はありますけど、メトセラで無いエイミーにはケラウノスは使えないですよね?

 ましてやハンドガンとか刃物は持たせたくないし」


「銃弾の防御に関しては、お前かシリウスが居れば大丈夫だろうが、誘拐されそうになった場合にはもうちょっと攻撃的な手段が必要だと思わないか?」


「それは、まぁ必要無いとは言えないですね」



「これは……ミニサイズのマグライトみたいに見えますけど?」


「外見は持ち歩いても不審がられないように偽装してあるからな。

 中身に関しては、実はこの間の多脚ロボットに内蔵されていたワイヤー射出装置を利用しているんだ」


「そんなハイテクな兵器、エイミーに持たせて大丈夫なんですかね?」


「全くハイテクに見えないから、まぁ問題は無いだろ。

 使いこなせるまで習熟できるかは、エイミー次第だけどな」



                 ☆



 ブルウイップのレッスン終了後。

 エイミーは全く疲れていないとの事なので、直帰せずにちょっと寄り道をしている。


「ここが、ユウさんが言ってた修行先のお店なんだ。

 さりげなく盛り塩もしてるし、ここがアリゾナだって忘れそうな立派な(たたず)まいだね」


「店の外まで、すごく良い出汁の匂いがしてますね」


「この出汁の匂いは北米だと苦手な人も居るから、難しいんだけどね。

 エイミーは味覚がニホンナイズされてきたのかも」


「いらっしゃいませ!」

 米帝では珍しい手動の引き戸を開けると、店員さんの威勢の良いニホン語の挨拶の声が掛けられる。

 店内はランチタイムが終わりそうな中途半端な時間帯なので、お客さんも疎らである。


「シン、すごい分厚いメニューですね」

 4人掛けのテーブルに腰かけた二人は、日本語と英語両方で書かれたメニューの豊富さにまず吃驚する。


「ああ、これがユウさんのレパートリーが多い所以(ゆえん)なんだろうね。

 折角だから、普段食べれないメニューを中心に選ぼうか」


「はい!」


 卓袱料理(しっぽくりょうり)の豚角煮や、魚の煮つけを、四人前の寿司の盛り合わせと一緒に注文した二人は旺盛な食欲で食べ始める。

 寿司に関しては全てのネタに細かく手が入っていて、シンがトーキョーの食べ歩きでも滅多に味わったことがない江戸前の技法がさりげなく使われている。

 ネタの鮮度を補って余るほどの握り寿司は、やはりユウが作るものより数段上のレヴェルにあるのだろう。

 米帝の形ばかりの鮨モドキにいつも辟易していたシンにとっては、ここがアリゾナとは忘れてしまいそうな美味しさである。


「ご馳走様でした。お会計をお願いします」

 綺麗に食べ終えた空き皿が並んだテーブルに、チップの20ドル札を置いて立ち上がったシンは、レジカウンターの前で声を掛ける。


「もしかして、あなた達はユウちゃんのお友達?」

 ニホン語で尋ねてきたのは、ユウの話で聞いていたオーナーの奥さんだろう。


「はい。ユウさんには兄妹共々いつもお世話になっています」

 ニホン語で流暢に返したシンだが、慣れない敬語が上手く使えているか今ひとつ自信が無い。


「ああ、やっぱり。

 弟と妹みたいなのが、そのうち尋ねてくると思うから宜しくってユウちゃんから聞いてたのよ」

 ざっくばらんな口調に変わった女性は、ユウから聞いていた年齢よりもかなり若々しく見える。


「どの料理も、すごく美味しかったです。

 また食べに寄らせて貰いますので、ユウさんのお師匠さんに宜しくお伝え下さい。

 それじゃあ、失礼します」

 会計を済ませたユウはニホン式にお辞儀をすると、エイミーもそれに倣ってペコリと頭を下げたのであった。



                 ☆



 週に2回のユウの格闘技の授業に加えて、新しいデバイスの習得練習によって最近のエイミーはいつも傷だらけである。

 骨折こそしていないが手指には絆創膏が巻き付けられ上腕や二の腕にも傷修復パットが多数貼られているが、彼女は泣き言一つ漏らしたことが無い。

 身長もかなり伸びて日増しに女性らしい体型に成長しているエイミーは、外見だけではなくその内面も大きく成長しているようだ。

 この惑星に来たばかりの頃のあどけない幼女の面影は、凛々しい美少女に順調にクラスチェンジしている今のエイミーには全く見ることが出来ないだろう。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「どう、リサに習ったのは役に立ってるかい?」


 Congohトーキョーの広いトレーニングルームの片隅で、アンが居合に使うターゲットに正対してエイミーは試行錯誤を繰り返していた。

 寮のトレーニングルームは天井が低いので、エイミーの新しいデバイスの訓練はここまで足を運んで行っているのである。


「残念ながら、ほとんど役に立ってないですね。

 これはウイップというよりも、殆どリーチャーとかマニュピレーターの(たぐい)ですよね」


 フウに返答しながらエイミーが手首を返すと、床にだらりと垂れさがっていた細いケーブルが生き物のように巻藁に絡みつく。

 再度エイミーが手首を動かすと、今度は巻藁がバラバラに切断されて床に転がり落ちる。


「ああ、基本は打撃による破壊だが、熟練すれば繊細な動きも可能になるかも知れないな」


「せめてこれに熟練した方のアドバイスでもいただければ、習得も楽だと思うのですが。

 現状ではお手本が何も無いので、●パイダーマンの映画を見ながら研究しないといけません」


「同じデバイスは、この惑星上には予備のもう一つしかないからな。

 似たような武器の使い手のメトセラは、所在不明で連絡がつかないし」


「その方の記録映像とかは、無いんですか?」


「SID、画像ライブラリを確認してくれ。鋼糸(ストリングス)のデモ映像が確かあったと思うが」


「ここの小さなモニタに出します」



「これは……すごいですね!」


「ああ、子供の頃見た記憶があったが、こんなに凄いことをやってたんだな」

 アナログのビデオ映像を変換したその動画は、画面が荒いがその斬新な技の凄さがしっかりと伝わってくる。


「これはコンダクターメタルで制御してるんですか?」


「ああ、これ用のメタルの製法は引き継がれているが、使い手がいないからお蔵入りしてるんだろうな。

 これほどまでに自由度が高い事ができるとは思えないが、強度はそのデバイスのワイヤーの方が数十倍高いから違う系統の技も出来る筈だな」


「SID、この動画また見れるようにしておいて下さい。

 なんかこれを見たら俄然やる気が出てきました!」



                 ☆



「居合のコツ?」


「ええ、BLADE(ブレード)の達人のアンさんならご存知かと思いまして」

 Tokyoオフィスのリビングで、エイミーはアンにケーキをご馳走になっている。

 シンが甘味が苦手という訳では無いが、賞味期限の関係で寮の冷蔵庫にはスイーツが入っていることは殆ど無い。

 

「実戦で硬いものを切るときには、斬線をちゃんと意識しないと駄目ですわね。

 車のエンジンブロックとかを切るのはかなり難しいですから、そういう時にはシャーシの柔らかい部分を狙うとか」

 アンは大きなフルーツタルトにフォークで切り目を入れながら説明する。


「なるほど」


「あと銃火器の場合は、バレルのあるところを狙わなくても機関部を壊せば一瞬にして無力化できますから。

 構造をある程度頭に入れておくと、効率的だと思いますわよ」


「とっても参考になります!」



                 ☆



「こういう襲撃は初めてですね」

 イケブクロの外れにある年期が入った大衆食堂から出たシンとエイミーは、人気の少ない通りで回りを囲まれていた。

 普段は通らない人通りの少ない場所なので、待ち伏せ出来る隙を与えてしまったようだ。


「ああ、アジア系の顔立ちだから中華連合の残党かな。

 誘拐が好きな連中だから、やることは昔から変わらないな」


「SID、監視カメラで画像を撮れてる?」


「はい。複数カメラで鮮明に捉えています。

 最寄り警察には緊急連絡済みです」


「エイミー、僕の傍から離れないでね。

 逃げるのは簡単だけど、ちょっと数を減らしておきたいから」


「はい」


 シンがエイミーから目を離した瞬間、集団が持っていたハンドガンやサブマシンガンが硬質な音を立てて地面に落ちていく。

 すでに機関部が壊されているのか、地面に落下しても暴発を起こしたものは無い。

 銃火器を取り落したメンバー全員が苦悶の表情を浮かべて蹲っているが、もちろん路面には一滴の血も流れていない。

 全員の首を一瞬にしてねじ切ってしまう方がシンには簡単だが、フウから必要以上の殺生はしないように言い含められているからだ。


「Go ahead,Make My Day!」


 シンの格好つけた英語の台詞を理解できないのか、苦痛に呻きながら左手でコンバットナイフを取り出した男がシンの背後に接近する。

 足を引き摺りながらも左手のナイフでシンに反撃するつもりのようだが、エイミーが右手を一閃すると握っていたナイフが一瞬にして消失する。

 空間が切られたような目に見えない速度で地面に叩き付けられたナイフは、鈍い音を立てながらバウンドをして刀身がボール紙のようにひしゃげている。


「ああ、エイミーありがとう。気が付かなかったよ」


「ふふっシン、嘘はいけませんよ」

 右手にマグライトのような物を握っていたエイミーは、腰のホルダーにそれを収納する。


 警察車両がサイレンを鳴らしながら到着したのは、その直後である。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 イケブクロ警察の取り調べ室。


「それで学校帰りに怪しい連中に囲まれたが、気が付いたら全員倒れていたと?」


「はい。今時のチャイニーズ・ギャングは、武装していて怖いですね。

 わずか数分で駆けつけてくれるなんて、ニホンの警察は素晴らしいです」

 しらっとした表情で、シンは巡査部長の質問に応える。


「何もしていないというのは、本当なのかな。

 あの連中全員が、右手と右足の同じ箇所を骨折しているんだが」


「はい。手を触れてもいませんよ。

 そんなに簡単に骨が折れるということは、あの方々はきっとカルシウム不足なんでしょうね」


「持っていた武器も酷く壊されていてね、どうしたらこんな状態になるのか……」


「落とした衝撃で壊れたのでは?

 大陸の密造兵器は、作りが粗雑だと大藪先生の小説で読んだことがありますよ」


「妹さんは、何か気が付いたことがあるかな?」


「……」

 エイミーは不安そうな表情で、無言で首を横に振る。


「それであの方々は、どういう目的があったんですかね?」


「捜査中なので、それはノーコメントです」


「え~、僕たちは被害者なのに、教えてくれないと困りますよ。

 大使館から外務省を通して、正式に抗議させて貰いますけど良いですか?」


「……それにしても、君は日系人でも無いのに何でそんなにニホン語が上手なんだ?」


「えっ、だって学校の規則で普段はニホン語だけで生活してますから。

 それに、ニホン語が出来ないと食べ歩きするときに不便ですよね?

 今日も初めて入った定食屋さんから出た途端に、酷い目に会いましたし」


「……」


「ああ、時間が経ったんでお腹がすいちゃったなぁ。

 刑事さん、カツ丼を出前して貰って良いですか?あっ、妹の分は大盛りでお願いします」

 シンは財布から千円札を数枚取り出して、笑顔で呟いたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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