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007.Ordinary Day

 アリゾナベースの特設レンジ。


「どう?簡単でしょ?」

 シンが用意したビニールボールと林檎を組み合わせた簡易ターゲットを、ルーは難なく消化していく。

 ビニールボールは彼女のアノマリアで一瞬にして消失するが、林檎にミスヒットすることは一度も無い。

 

「うん。これなら難しくは無いかな」


「配置と距離を変えて繰り返せば、少しづつでも自信が付くんじゃない?」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「これ、甘ったるい味付けなんだけどなんだか癖になるね」

 休憩中に初めて稲荷ずしを口にしたルーは、見かけはともかく味は気に入った様だ。

 今朝大量に仕込んだ残りの稲荷ずしは、寮で留守番しているエイミーとトーコに残してきてある。

 エイミーは料理の腕前を上げているので、足りない分は冷蔵庫の中身で何か用意するだろう。


「ははは、稲荷ずしはマリーの大好物だからね。

 作り方は、ユウさん直伝だよ」


「あれっ、でもこれってユウさんの寿司の日には出てなかったよね?」


「これはニホンでは寿司と名前が付くけど、スナックに近い位置づけになるみたい。

 こういう暑い場所にサンドイッチを持ってくると痛み易いから、こっちの方が向いてるんだよね」



「ねぇルー、答えたくなければ良いんだけど」

 稲荷をつまみながら、シンはルーに真剣な顔で問いかける。


「?」

 ルーは甘酢で漬け込んだ自家製のガリを齧りながら、首を傾げている。


「リミッターを外した場合、ルーのアノマリーで対象物はどういう状態になるの?」


「ああ、金属とかの無機物は、質量に応じて砂状になるかな。

 あと……有機物で水分が多いのは、跡形も残らないで消えちゃうね」


「それって、物質を分解してるってこと?」


「いや、そうではないみたい。何でも対象物の時間軸が、変更されるってことみたい」


「ああ、物質崩壊って能力はそういう事なのか。

 レイさんのアノマリーと同じ時間軸に干渉する能力なんだね」


 シンはキュウシュウ遠征時の、ルーのパニックを起こした様子を思い出していた。

 シリコン生命体?が崩壊した瞬間、その様子を見て狼狽していたルーは何か深刻なトラウマを想起してしまったのであろう。


                 ☆



「エイミー、最近なんか格闘技の映像がお気に入りだね」

 ターゲットに使われなかった大量のリンゴをお土産に帰宅したシンは、リビングダイニングで記録映像を熱心に観賞中のエイミーを見つける。

 大量のアリゾナ産の青リンゴは生で食べても美味しくないので、久しぶりにアップルパイでも作ろうかとシンは思案中である。


 ダイニングテーブルではトーコが仕事に煮詰まっているのか、ラップトップとメモ帳を広げて真剣な表情で考え事をしている。


「ええ、とってもおもしろいです。それにとっても参考になります」


「なんか見たことがないような格闘技だけど、参考って?」


「ユウさんから教えて貰ってる格闘技は、こういう世界の珍しい格闘技由来の技が沢山あるんです。

 ユウさん自身はそのルーツを知らないで、お母様から引き継いだらしいんですが」


「ああ、成程!」

 未だにスパーリングで一度も勝てないユウの強さは、力押しだけでは無く予想できないトリッキーな動きがその一因である。

 彼女の多彩な動きは、母親から引き継いだ引き出しの多さにあるのかも知れないと、認識を新たにするシンなのであった。



                 ☆



 多忙な状況の中でも自由な時間を捻出できないのでは、生活にゆとりや潤いが無くなってしまう。

 シンはメトセラとしてそのことをしっかりと理解しているので、学業や業務以外にも時間を有意義に使うための努力は惜しまない。


 今日久々にカナガワの楽器工房を訪れているのは、アラスカでレイから譲り受けたアコースティックギターの調整を依頼するためである。

 ギターとお土産に用意した自作のアップルパイがあるので、今日はジャンプでは無くCongoh社用車をシンが運転して来ている。

 

「マツさん、ご無沙汰してます」


「おおっ、レイさんから連絡があったけど、デットストックのアコギがあるんだって?」


「ええ。音は気に入ってるんですが、弦高がちょっと辛いので調整して欲しいんですが。

 あとこれはお土産に持ってきた、僕が作ったアップルパイです」


「おお、いつも気を遣わせてすまないな。

 へえ~綺麗なL-00だなぁ。うちで飾ってるあれよりは、かなり年代が新しいみたいだな。

 暫く預かって良いか?」


「はい。宜しくお願いします。あとストラトはどうなってますか?」


「ああ、ネックは素晴らしいのが出来たんだけどボディがまだなんだ。

 マッチングが良さそうな素材が見つからなくてな。

 色まで先に決めさせておいて、申し訳ないんだが」


「いいえ、長く使う相棒なんで急いでいませんから。

 ところでマツさん、隣の木材倉庫なんですが」


「ああ、見学したいって奇特なやつが居るんだって?」


「ええ、僕の妹がぜひ見たいと言ってまして」


「エイミーです。兄がいつもお世話になっています」

 シンの後ろで工房の内部を興味深そうに眺めていたエイミーが、流暢なニホン語でペコリと挨拶をする。


「ふえ~、シンの妹だけあってすごい美人さんだな。

 それでエイミーは、なんで木材のストックなんて見てみたいんだ?」


「妹はちょっと特殊な能力がありまして、僕たちが見えないものがわかるみたいなんですよ。

 それで古い美術品や、由来のある年代物の建物とかが特に好きみたいで」


「ああ、なるほどな……」

 さすがにレイと長年の付き合いがあるだけに、それ以上の疑問を挟まずにマツは二人を倉庫へ案内する。

 別に超常現象を信じている訳では無いが、古い木材や楽器を扱っていると日常的におかしな現象に立ち会う事が多いので免疫があるのだろう。

 シンとエイミーが倉庫の入り口に足を踏み入れると、そこには冷凍倉庫のようなもう一枚の扉があった。


「温度と湿度管理のために、ここは2重構造なんだ。

 後ろのドアをしっかりと閉めてくれるか」


 内扉の横にある空調のコントロール装置は、半導体のウエハース工場にあるようなかなり大規模なものである。

 

「まるで……そう森の中に居るみたいですね」

 薄暗いLED照明の下で、漂っている木材の香りを全身に感じながらエイミーがポツリと呟く。

 埃っぽい倉庫を想像していたシンは、室内の清浄な空気に驚いていた。たしかにエイミーの言う通り、森林浴をしているような錯覚が起きそうである。


「せっかくだから、ちょっとボディの材料を見ていこうか。

 この辺が、ストラトのボディに使うアルダーとかアッシュだな」


「これって、ボディサイズに小さく製材してないんですね」

 シンは以前音楽雑誌で見た、楽器工房の資材置き場の様子を思い出していた。


「おおっ、良い処に気が付いたな。

 どれも100年以上前の古い材料だから製材しておいても変形は小さいんだが、それでも無駄は出てくるからな。

 端材が出ないように、できる限り必要なサイズの木取りをするんだよ」


「これは?」

 エイミーは整然と積み重なった木材の横の、小さなパレットに乗せられている一枚の木材を見ている。

 手が触れる距離まで近寄った彼女は、その大雑把に製材されている木材に触れながら何か別のものを見ているようだ。


「ああ、これは帳簿に載ってないから横にのけてあるんだが、産地とか出所が不明なんだよ」


「?」


「他の木材に紛れて搬入されたと思うんだが、大学の研究室の鑑定だと樹齢200年ほどの広葉樹らしいんだが。

 比重や密度もエレクトリックギターのボディにぴったりなんだが、どうも使いそびれてね」


「エイミー、この木材が気になるの?」


「……はい」


「マツさん、ボディ材としてこれを自分のギターに使えそうですか?」


「ああ、潰しのラッカー塗装だからマッチングもこれなら良いかも知れないなぁ。

 よしエイミーのお勧めの、これを使ってみようか!」



                 ☆



 工房からの帰りの車中。


「シンと車でドライブするのも、久しぶりですね」


「ああ、さすがにギターとかの大荷物があるとジャンプじゃ無理だからね。

 ねぇエイミー、さっき倉庫の中で何か見えたのかな?」


「はい。あの木材を触ったら、シンが綺麗な青いギターを弾いてる姿がはっきりと見えました」

 前回の工房訪問はシン一人で来ているので、打合せで決まったブルーメタリックという色については彼女は当然知らない筈である。


「ああ、なるほど。

 エイミーに同行して貰って、結果的には良かったみたいだね。

 せっかく外出したから、何か食べてから帰ろうか?」


「それなら、シンが寮で作ったことが無い料理が良いですね」


「ああ、じゃぁアラスカベースでエイミーが気に入ってたタコスなんてどうかな?」


「はい!メキシコ料理は食べてみたいと思っていました!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 シンは米帝で良く利用していたタコスのチェーン店がある、シブヤの繁華街へと向かう。

 個人経営のメキシコ料理店はランチタイム営業をしている店が少ないので、チェーン店なら確実に開いているからである。


 黄色い看板の有料駐車場へ車を停めると、平日で人気の少ない繁華街を二人は手を繋いで歩いていく。


 目的の店はかなりの裏通りにあるが、日本にはまだ支店が少ないので立地が不便でもお客が絶えることが無い。

 カウンターで大量に注文しトレイ一杯の商品を受け取ったシンは、エイミーを伴って地階のフロアの客席に腰掛ける。


「タコス以外にも、いろんなメニューがあるんですね」


「タコスはテキサス風のハードシェルもあるんだけど、今回は食べやすい小麦粉のトルティーヤだけにしてあるよ。

 タコス以外も具は牛肉、豚肉、鶏肉と組み合わせを変えてみたから、どんどん食べてみて」


「このブリトーにはお米も入ってるんですね」


「コリアンダーの風味がしつこくないかな?」


「大丈夫です。この香草は爽やかな感じがして美味しいですね。

 この大きな皮で包んだのは、すごい食べ応えがありますね」


「ああ、これは一般的なメキシコ料理じゃなくて、ここだけのメニューみたいだね」


 結局エイミーがシンの倍ほどの量を食べたので、満杯のトレーの上はあっというまに綺麗に片付いた。

 ドリンクバーでわざわざドクター●ッパーを選んでいるということは、エイミーもかなりファーストフードに慣れてきたという事なのだろう。


「とっても美味しかったです!

 でも、ずいぶんと沢山お土産を買ったんですね」


「ああ、トーコは辛いのが苦手だけど、ルーが好きそうだから。

 もし二人が居なかったら、Tokyoオフィスに持っていけばマリーが居るしね」



                 ☆



 寮のリビングダイニング。


「タコスですか?私が辛いのが苦手なのをシンは知ってると思いましたが」

 お土産の袋を広げたシンに、トーコが遠慮なくクレームを入れてくる。


「ちゃんとトーコ用には、辛くないタコライスを買ってきたよ」


「それなら食べてあげます」


「ルーは気に入ってるみたいだね」


「うん。メキシコに居たころに毎日食べてたから、懐かしい味だよ」

 今日もビールサーバーから注いだ生ビールを片手に、ルーは絶好調である。


 お土産が無いと最近は臍を曲げてしまうシリウスのために、ソース無しでオーダーしたクランチラップを彼女は美味しそうに食べている。

 あらかじめ包丁で切り目を入れてから皿に置いたのだが、食べにくいトルティーヤを避けることなく万遍なく食べているのは好き嫌いが無いシリウスならではであろう。


「ルーにはこれだけじゃ足りないだろうから、何か作ろうか。

 エイミーは何かリクエストがある?」


「私はオムライスが食べたいです!」


「ルーもオムライスで良いかな?」


「特盛で!」


「トーコは小盛で良いかな?」


「シンの作るオムライスなら、普通盛で大丈夫です」


「ははは。了解」


 こうして寮の夕食は、いつもと同じ穏やかな時間が流れていくのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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