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005.Workin' For A Lovin'

 Tokyoオフィスのリビング。


「この2週間、大変だったでしょ?」

 カプセルマシンでドリップした浅煎りのブラックコーヒーを、シンの目の前に置きながらユウが尋ねる。

 シンの不在時にエイミーの世話に専念していたユウは、シンの慌しさと間逆の静かな日々を過ごしていたのである。


「ええ、ノーナさんに同行してパリとニューヨークには観光も含めて泊まりで行って。

 でも最後のイヴェントが最も大変でしたよ」

 久しぶりのコーヒーなのか、シンはカップを両手で抱え実に美味しそうに味わっている。


「最後って、何があったの?」

 一週間で終わる筈の護衛任務の後、さらにシンとは一週間連絡が取れなかった。

 エイミーとキャスパーは行方を把握していた様だが、ユウが2人に直接聞いても明確な返答は得られなかったのである。


「それがですね……」


                 ☆



 一週間の美術館巡りの最終日、高層タワーマンションのリビングでシンとノーナは寛いでいた。

 マンツーマンの護衛は通常ならばストレスが溜まる辛い業務なのだが、シンには長年培った強いメンタルがあるので特に苦痛を感じていない。

 さらに命令するのに慣れているノーナはかなり高圧的なタイプなので、幼少時から女系家族の中で虐げられながらも逞しく育ってきたシンとの相性は実はとても良いのである。


 二人が滞在中のこのマンションはソラのアヴァターラボディの持ち主が所有していたもので、不動産としてもかなり高額な物件である。

 処分せずに拠点の一つとしてCongohが利用しているのはNYの中央部という便利な場所であるのも理由の一つであるが、何より窓から眺める夜景が抜群だからに他ならない。


「えっ、母星までジャンプって……そんなことが可能なんですか?」

 美しい街の夜景を眺めながら、シンは近所のスーパーで買ってきたバーゲン品のバドワイザーをちびちびと飲んでいる。

 さすがに護衛任務中に、強いアルコールを飲んで酔っ払う訳にはいかないからだ。


「当然。だってシン君が使っているそのユニットは、本来は惑星間移動のためのユニットだもの」

 ノーナはユウが愛飲しているオールドフォレスターが気に入ったようで、今は限定生産のバースデー・ボトルをオンザロックでぐいぐいと飲んでいる。

 このボトルはハワイの食料倉庫の片隅に埋もれていたのをシンが発掘したもので、ユウはたぶん在庫していた事すら気がついていないであろう。


「でもそんな事できるなんて、想像もしてなかったですよ」


「そう?じゃぁメトセラがどうやって、母星から来たと思う?」


「そりゃぁやっぱり宇宙船に乗って?」


「その宇宙船はいま何処に?

 何千年も秘匿されてるならわかるけど、そんな伝説は残ってないでしょ?」


「確かにそれは誰も言ってないですね。

 かなり詳細に歴史が残っている割には、それが不思議だったんですよね」


「それにプロヴィデンスが、そんな恒星間航行ができる巨大な宇宙船を見逃すと思う?

 今この惑星に来ている観光目的の宇宙船だって、必要最低限のサイズで目立たないようにしてるんだから」


「じゃぁ他の惑星では、このアンキレーみたいなユニットが普及してるんですか?」


「残念ながらユニット自体がロストテクノロジーで、新規にユニットは作成できないらしいわ」



                 ☆



「それで一週間向こうで過ごしたって、それは凄いね」


「ええ、何か彼女から教えて貰った暗号みたいなのを唱えると、絶対座標が入力出来て移動は一瞬でしたね」


「その絶対座標の入力って、私にも使えるのかな?」


「ああ、使えるみたいな事をノーナさんは言ってましたね。

 でもユウさんの場合は、僕以上に知らない方が良いかもしれませんけど」


「……それで、直ぐに戻って来れたんでしょう?」


「それがアンキレーの制限事項で超長距離ジャンプを一回行うと、暫くは使えなくなるみたいですね。

 それで一週間の間は、ひたすら現地の方々に料理教室です」


「へっ?何でそんな事に?」


「この惑星産の食材も徐々に輸入されてるみたいで、正しい調理方法を知りたいそうで。

 基本的なお米の炊き方から、出汁のとり方とか……ユウさんに基本をしっかり教わっておいて良かったですよ」


「現地での食事はどうだったの?」


「ん~、最初にどのヒューマノイドでも適正な栄養が取れるというオートミールみたいな食事をご馳走になったんですが、これが実に不思議な味で。

 エイミーが此処に来てから、何を食べても美味しいって言ってた意味が初めて理解できましたよ」


「毎食それじゃ、大変だったでしょ?」


「いえ、初日以外はほとんど自分で作った食事を食べてましたから、問題は無かったですね。

 あっ、唯一美味しかったものがありましたよ!」


「?」


「キャスパーさんの好物らしいXXXXXX(きどもらじく)という大型の魚類みたいなやつで、鯨ベーコンを濃厚にしたみたいな味であれだけは美味しかったなぁ」


「それで最後に宮殿で式典があって、このブレスレットを貰って帰ってきたという訳です。

 やっと戻ってきたら、エイミーに大泣きされてもう大変でしたけど」


「それでその曰くありげなブレスレットは、どういう意味があるの?」


「『護士ガーディアン』の身分証明みたいなもので、いつでも自由に母星を訪問できる通行証も兼ねているらしいですよ」


「それって……もしかして?」


「ええ、ご想像の通りです。

 どういう経路で来てるかわからないんですが、戻ってきてからノーナさんから頻繁にメールが来るようになって。

 どうやら定期的に、手土産を持って訪問しないといけないみたいですね」


「シン君、私もキャスパー絡みで同じような境遇にならないように、気をつけることにするよ」


「ははは、やっぱり!」


「それでこっちもシン君が外出している間に色々あってね」


「はい?」


                 ☆



「格闘技を教えて欲しいって?」

 シンが所在不明になってからエイミーのお世話に専念しているユウは、意外なリクエストに首を傾げている。


「はい。体も大分出来てきたとドクターにも言われてますので、多少ハードな訓練でも大丈夫です」

 

「料理も順調に上達しているし、語学だってニホン語以外にも沢山習得してるよね?

 その上、授業以外にも格闘技もやりたいって……ノーナさんから刺激を受けちゃったかな?」


「はい。確かにそれはありますが、シンの後ろに付いていくだけじゃなくて横に並び立てるパートナーになるのが目標ですから」


 米帝生まれでセルフディフェンスの精神を良く理解しているユウは、幼少時にキャスパーが誘拐されそうになった現場に居合わせた事もありエイミーの一言に反論出来ない。


「エイミー、将来的にはノーナさんを目指すにしてもそれまでセルフディフェンスの技術は必要だと思うんだ」


「はい。でもニホンは銃刀法が厳しいと聞いていますけど」


「そうだね。ハンドガンを撃てるだけの腕力はあると思うけど、そんな理由で警察に拘束されたら大変だからね。

 ケラウノス以外になにか相応しいものを探してみるから、まずはエイミーの希望通りに体を鍛えるのが先かな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 寮のエイミーの自室からトレーニングルームに移動した二人は、ユウの指導でまずストレッチを入念に行う。

 この部屋はトレッドミルが5台だけでは無く、筋トレの機器やマットが敷き詰められた簡易リングもある本格的なトレーニング専用の施設である。


「それじゃぁ、まず筋力のチェックからやろうか」


「はい」


「エイミー、私と同じようにやってみてくれる?」

 ユウはマットの上で、腕立て伏せをゆっくりとしたスピードで行う。

 スローモーションの腕立て伏せは反動が付けられないので相当な筋力が必要なのだが、エイミーは予想に反して苦も無く同じ動きをする。


「それじゃぁ、その動きを繰り返して」

 20セット同じ動きを繰り返すが、エイミーは特に苦しがる様子も無く淡々と腕立てを繰り返している。


(キャスパーも、こんなに筋力が高かったっけ?)

 ユウは腕立てを終了すると、今度は壁際に近寄ってその場で逆立ちをする。

 エイミーも両手を地面について逆立ちをするが、特に教えたわけでも無いのに伸びた両足で微妙にバランスを取っているのは見事である。

 

 逆立ち以外にも、床体操に近いかなり厳しい動作をユウは繰り返すが、エイミーはそのいずれも問題なく再現する事が出来た。

 エイミーの身体能力は年齢を考慮すれば鍛え上げたユウとほぼ同等であり、バステトの高い能力の一端をユウは思い知らされる結果になったのである。


「体をコントロールする能力が凄いね。

 ノーナさんの動きは、これがあるから可能になるんだろうな」

 一連の動作を終了したユウは、エイミーの予想外の運動能力に感心している。


「特に筋力は不足してないから、これからは基本的な動きからやっていこうか」


「はい!」



                 ☆



 シンが無事に帰還した数日後。


「あれっ、起こしちゃったかな?」

 静かにトレーニングウエアに着替えていたシンは、エイミーがベットから起き上がっているのに気が付く。


「いえ。私も毎朝走ることにしましたので」


「いきなり距離を走りすぎて、膝とかを痛めると悪いから気を付けてね」


「はい。勿論です!」


 トレーニングルームのトレッド・ミルで、二人と一匹が軽快に走り出す。

 エイミーのマシンの設定は中速にしているが、軽快なフォームで走っている様子はまるでオリンピック代表のランナーの様だ。


(誰に教わった訳でもないのに、すごいな)

 高速の設定で走り続けるシンとシリウスの横で、シンが設定していた距離に到達してエイミーのマシンが減速する。

 エイミーが首を傾げた仕草でシンに目線を投げるが、シンとの無理をしないという約束を思い出し彼女はこれでランニングを終了する事にする。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「朝から一緒にシャワーだなんて……不謹慎な」

 朝食のサンドイッチの大皿を囲みながら、トーコが不機嫌な声を上げる。

 

「トーコさんもご一緒にどうですか?私は構いませんけど」


「う……遠慮しておきます」

 顔を真っ赤にしたトーコは、エイミーに何も言い返せない。


 シンは危険な会話に加わらずに、2週間ほったらかしだったシリウスに手ずからサンドイッチを与えている。

 ブートキャンプの反省を込めて、寮に短時間でも戻った時には声を掛けていたので、臍を曲げている心配は無いのだが。



 朝食後、トーコは業務のために自室に篭っているが、シンとエイミーはリビングで二人して寛いでいる。

 シリウスはシンに引き続き甘えたい素振りで尻尾を振っていたが、トーコに連行されて彼女の自室に軟禁状態になっている。

 ルーは自室にも居ないので、Tokyoオフィスのマリーの部屋に泊まったのだろう。


「シン、今日は午後からユウさんが来てくれる日です」


「週一回授業とは別に、ユウさん自ら寮まで来てくれるんだ」


「はい。ユウさんは私と同じ位の体格の時から訓練をしているそうなので、最適任だとキャスパーさんも言ってました。

 シンとルーさんは、手が空いている時にはお手伝いをして欲しいとの事です」


「ああ、ルーから昼食までには寮に戻るって連絡があったよ。

 ルーとのスパーリングもここで出来るし、僕は毎週参加で構わないけどね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 午後、寮のトレーニングルーム。


 ユウとエイミーとのトレーニングは、シンの想像を遥かに超えたハードなものだった。

 いきなり始まった組手で、ユウは打撃技をほとんど使わずにエイミーをダウンさせると流れるような動作で関節を極めていく。

 エイミーがたまらずに床をタップするが、再開後も繰り返しダウンを取られそれが延々と続いていく。


 エイミーの表情は普段の笑みを浮かべたものとは全く別物の、険しい目つきの真剣なものに変わっている。

 数か月に渡って彼女と暮らしてきたシンにしても、こんなエイミーの表情を見たことが無い。


 たぶんシンが留守中に、ユウとエイミーの間には強固な信頼関係が出来たのであろう。

 これだけハードな組手は、相手の気心がわからない同士ではトレーニングでは無く遺恨を残す私闘になってしまうからである。


 トレーニング終了後、荒い呼吸で身動きができないエイミーを気遣いながら、シンはユウにポツリと尋ねてみる。


「ユウさんのお母さんとのスパーリングも、こんな感じだったんですか?」


「いやぁエイミーほどの身体能力が無かったから、もう毎日ボロボロだったよ。

 最初の数年は打ち身や痣だらけで、無傷な時は殆ど無かったからね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 トレーニング終了後の夜半。


 寮の共有部分であるリビングダイニングで、シンは航空法の教本を読んでいる。

 目の前にはいつものビールでは無く、濃いめのウオッカのオレンジジュース割りが置いてある。

 普段は飲まないカクテルモドキを作ったのは、開封されて時間が経っていたフィンランディアが冷蔵庫にあるのを発見したからである。


「ふ~喉が乾いちゃいました」

 ユウとのハードな組手で疲れ切っていたエイミーは食事も取れずに早々に就寝していたのだが、喉の渇きで目が覚めてしまったようだ。


「あっ、エイミーそれ駄目っ……ああっ、全部飲んじゃった!」


「ふふふ、おいしいれすね……このじゅーす!」

 フィンランディアは癖が無いウオッカなので、かなり濃い目でもオレンジの苦味で中和されてアルコールの味が殆どしない。

 アルコール度数が30パーセント近いカクテルを、それと知らないエイミーは胃袋が空っぽの状態で一気に飲み干してしまったのである。


「あちゃぁ……SID、大丈夫かな?」


「グラス一杯ですから、急性アルコール中毒になるほどの量ではありませんよ」


「うふふっ、しんしん!ふふふっ」


「ここがいちばんあんしんするのれす。すりすり……」

 エイミーはソファに座っているシンの膝に頭を乗せると、あっという間に寝息を立て始める。


「ああっ、寝ちゃったよ。よいしょっと」


 彼女はほんのりと赤い顔色だが静かに寝息を立てているので、アルコール中毒の心配は無さそうである。彼女を慣れた様子で横抱きにしたシンは、自分の部屋へ向かって歩いていく。

 最近はジャンプの移動時に横抱きしているので、彼女の日々の成長がなんとなく分かるようになったシンなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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