004.I Promise I Will Try
Tokyoオフィスの夕方。
身内だけの歓迎会は、ノーナのリクエストによって雑多なメニューが用意されていた。
鍋やおでんも並んでいるので、全体的な印象としては『ちゃんこの日』に近い混沌とした様子だが、積み重なった大量の握り桶には『ちゃんこの日』には用意されない握り寿司が並んでいる。
ノーナは特大ビアジョッキを片手に、握り寿司を中心に色々なメニューを摘んでいる。
傍らでユウが付きっきりで料理の説明をしているが、いつもならユウにべったりのキャスパーが微妙に離れた場所に居るのがとても不思議な光景だ。
ケイやパピは珍しいのか、仕事を忘れて具材が盛り沢山のちゃんこ鍋を堪能しているようだ。マリーは普段の食事と同じペースで、身近にある揚げ物の大皿や寿司桶を次々と空にしている。
「シン、何か変なことを言われませんでしたか?」
マグロの握り各種が並んだ寿司桶を前にして、エイミーは箸を止めずにシンに問いかける。
赤身、中トロ、大トロ、鉄火巻と、休むことなく口はもぐもぐと動いているが、表情は何時もに増して真剣そのものである。
「いや、特には。
それよりエイミー、コミュニケーターで画像を見てたんじゃないの?」
「はい、見てましたが移動中は通信途絶になりますから」
「あの人って、キャスパーさんとエイミーの母星の偉い人なんだよね?」
シンは美術館を出てから立ち寄ったホットドック専門店のおかげでまだ空腹にほど遠い状態なので、寿司桶の端にある自家製のガリを摘まんで口に入れている。
ユウの好物のホットドックをテイクアウトするために寄った店で、ノーナの美味しそうだから食べていこうの一言に付き合った結果である。
「はい。ニホン語で言うところの女王様ですね」
「この惑星だとそういう人には、お付きの人とか護衛を大勢引き連れて来るよね?
あの人は一人で来ているように見えるんだけど」
「それは……とても説明が難しいのですが。
簡単に言うと、必要ないからだと思います」
「?」
「シンに護衛を頼んだのは必要があるからですが、裏を返すとシン一人さえ居れば大丈夫という事なのでしょう」
「エイミーもキャスパーさんも、あの人の事を避けているように見えるんだけど。
僕の考え過ぎなのかな?」
「同族であの方を敬愛していない人は居ないと思いますが、同じくらい畏怖される対象なのです。
『テュケー』という彼女の通り名は、運命をねじ曲げるという彼女の生まれ持っての能力を示しています」
「……」
「シンがあの人に気に入られているのは、自分で運命を切り開く力があると彼女が認めているからでしょう」
「???」
「あの人のユグドラシルを見る能力は強力で、かなり深い部分まで人物の由来や構成要素つまり今までの人生を俯瞰する事が出来ます。
彼女がシンを評価してくれるのは私にも嬉しいことですが、変な横槍が入らないかどうかそれだけが心配です」
ここでレイの座学を終えて疲れた表情のルーとリコが、シンの視界に入ってくる。
ルーはシンとコンビで護衛任務に参加する予定だったのだが、初日からシンが単独で動いてしまったので任務を外れ通常の操縦カリキュラムを受講していたようだ。
「お疲れ様!」
シンがジョッキの生ビールをルーに手渡すと、目を輝かせたルーがジョッキを勢いよく飲み干していく。
リコにはジョッキではなく大き目のビアグラスだが、彼女もおいしそうに泡を口元につけて生ビールを味わっている。
「さぁ、ユウさんの作ったご飯を堪能するぞ!」
この歓迎会の趣旨を少しも理解していないだろうルーの一言にマリーだけが頷き、他の参加者全員が苦笑を浮かべていたのはここだけの話である。
☆
夜半。
Tokyoオフィスのリビングに残り、シンはヘリコプターに関する操縦教本を読んでいた。
宴会用のソファやテーブルは片づけられ、いつもの巨大なダイニングテーブルにはシンがぽつりと一人だけである。
護衛任務中はTokyoオフィスに滞在する事になっているので、気疲れしたエイミーはいつも使用している家族向けの部屋で既に熟睡中である。
今回は急ぎの仕事中のトーコとその護衛にシリウスは寮に残しているので、黒猫のピートはシンの足元でリラックスしている。
普段はシリウスのせいでシンに近寄って来ないが、何度か手作りご飯を手づから与えたのでシンの印象は悪くないようだ。
「あれっ、こんな時間も勉強してるんだ。君はほんとに真面目な子だねぇ」
ノーナがパジャマ替わりのトレーニングウエア姿で、リビングに入ってきた。
「どんな技能でも身に付けられる環境にあるなら、手にしておきたいですからね。
自分が恵まれた環境にあるのも、自覚していますし」
「私も何か飲みたいな」
シンの手元にビアグラスがあるのを見て、ノーナがシンにリクエストする。
「アルコール類なら何でもありますよ。
蒸留酒が良いですか?それともビール?」
「ビールはさっき大量に飲んだから、ユウ君が好きなバーボンが良いかな」
ソファに腰かけたノーナの膝の上に、いつの間にかピートが乗っかっている。
ピートの首筋や頭を彼女が慣れた手つきでマッサージすると、ピートはシンが聞いた事がないような声を出して彼女に甘えている。
「はい、今持ってきますから少しお待ち下さい」
シンは勝手知ったキッチンでまずロックアイスを用意して、食糧庫の棚からオールドフォレスターを一本拝借する。
「これ、私の母星で注文すると凄い値段になるんだよね」
「こんなローカルな惑星の酒が、輸入されてるんですか?」
「うん。酒の醸造技術はテクノロジーが進歩した惑星では廃れたところが多くてね。
合成酒は不味くはないんだけど、こういう芳醇な味の酒はやっぱり樽で熟成させたものにはかなわないから」
氷だけを浮かべたバーボンを、彼女は深く味わうように少しづつ口に含んでいく。
「明日は雫谷学園に行ってみたいんだけど、どうかな?」
「ちょっと待ってください……SID、校長先生は今カフェテリアに居るかな?」
「はい。音声通話を繋ぎますか?」
「うん。……シンです。今お話して大丈夫ですか?」
「あれっ、珍しいね。どうかしたの?」
「今Tokyoオフィスに来ているゲストが、学園を見学したいと希望が出てるんですが?」
「ああ、校内見学の申請はフウ君から既に出てるから、明日登校したら事務室でIDカードを受け取ってね」
「あれれ、手回しが良いですね」
「ははは、もしかしてノーナがそこに居るのかな?」
「ご無沙汰です。おじーちゃん」
「俺より年上のくせに、おじいちゃん言うな!」
「ははは。明日お邪魔しますので宜しく」
「はい、待ってるよ」
「あれっ、校長先生ともお知り合いなんですか?」
「うん。でもこの惑星での知り合いは、キャスパーとエイミーそれに君達だけだからね。
もっと多くの人と知り合いたいけど、まぁ定食屋のおばちゃん以外はちょっと難しいかな」
「???」
「エイミーから聞いてない?
私と親しくしていると、いろいろと問題があるって」
「ええ、でも自分はもう知り合ってしまったので、今更どうしようも無いと思いますが」
「ははは、その通り。
でも君は逆境を跳ね返す強い運勢を持っているから、心配要らないんじゃない」
「そうですか?運命に翻弄されて、かろうじて生きているだけだと思いますけど」
「君の境遇で、無事に生き延びているだけでも大したものだと思うよ」
「……」
「ああ、良い機会だからちょっとエイミーの話をしようか?」
彼女の手にしているロックグラスから、氷がカランと転がる音が響く。
「はい?」
「この数ヶ月エイミーと暮らしてみてどうだった?」
「すでに彼女が居る生活が、当たり前になっていますね」
「ストレートに聞いて申し訳ないけど……
君がエイミーを受け入れたのは妹さんを守れなかった後悔や、喪失感があったからなのかな?」
余人には聞きにくいだろう質問を、水割りで喉を潤しながらストレートにノーナは聞いてくる。
「ええ、多分そうだと思います。でも今となってはエイミーは僕にとって妹の代わりというよりも、妹そのものに思えるんです。違う惑星で生まれ育ったのに、これって変ですよね」
シンは一瞬だけ考える仕草を見せたが、躊躇せずにしっかりとした口調で彼女の目を見ながら返答する。
「いや、私はその一言を聞きたかったんだ。
私たちバステトの寿命は、君たちメトセラと同じ位長いからね。
義務感とか軽い口約束だけの護士に、彼女を任せるのは無理があるからね」
彼女は手にしたグラスを乾杯するように掲げると、中身を一気に飲み干した。
「……」
「彼女がなぜ君の前に現れたのか、それは追々明らかになっていくと思うから今は説明しないけど、大きな理由があると思っていて欲しいんだ」
シンは彼女の予言に近い台詞に、無言ながらもしっかりと意志を示すように頷く。
「ああ、これでこの惑星を訪問した理由の一つは片付いたね。
これで心おきなく世界中を見物できるから、明後日からこき使わせて貰おうかな」
氷だけになったグラスにボトルからバーボンを注ぎながら、ノーナは明るい口調で宣言する。
「ははは、お手柔らかにお願いしますね」
シンは手元のビアグラスを一気に煽って飲み干すと、ノーナ用のつまみを取りにキッチンへ向かったのであった。
☆
翌日の朝食の食卓。
「食べる量は、マリーに匹敵してるな」
「炊飯量はいつもの倍にしたんですけど、正解でしたね」
朝食の支度を担当したユウが呟く。
ユウは護衛任務には直接参加していないが、Tokyoオフィスに滞在中の彼女の食事はすべて担当することになっているようだ。
エイミーとノーナが食卓で並んでいる姿は、朝食にも関わらずまるでフードファイターの決勝戦のような様相を呈している。
空の丼を積み重ねて数を競うことは流石にしないが、マリー専用のお櫃以外に用意した同サイズのお櫃もどんどん中身が減っていく。
ノーナはユウが手作りした納豆が特に気に入ったらしく、出来立ての納豆の追加を繰り返しユウにリクエストしている。
マリーは納豆以外にも、とろろや漬物をバランス良く食べて味を頻繁に変えてご飯のお代わりを繰り返している。
「ここのお米って、どこ産?お土産で持って帰りたいなぁ」
数杯目の大盛り丼を空にして、やっと満足したのかノーナがユウに質問をする。
「産地は頻繁に変わりますけど、持ち帰る手段があるならここにある在庫を持って帰りますか?」
「あっ良いの?嬉しいなぁ。それにこの納豆も風味が独特ですごく美味しい!」
「それはうちの母のオリジナル納豆菌を使った自家製なので……これもお持ち帰りになりますか?」
「アイちゃんがOKくれるなら、できれば乾燥した納豆菌の方が欲しいな。連絡して許可を取ってくれるかな?」
☆
学園のユウが担当する格闘技の授業。
校内見学のはずが、いつの間にかトレーニングウエアとプロテクターを付けたノーナがシンの目の前に立っている。
立ち姿はあくまでも自然で、バランスの取れた歩き方はまるでトレーニングを積んだバレエダンサーの様である。
「ユウちゃん、ちょっとシン君を借りるね。
さぁ、シン君、どこからでも掛かってきなさい!」
「本気ですか?」
初見から彼女の運動能力を看過したシンではあるが、さすがに相手の身分を考えると躊躇してしまう。
「おっ、やる気が無いならこっちから行くよ!」
彼女はまるでカポエラの達人のような素早いローキックをシンに連続して繰り出す。
プロテクターを付けている拳や肘の打撃も合間に使い、まるでカンフー映画のような流麗な攻撃の応酬である。
一見打撃は軽そうに見えるが、シンのプロテクターが立てている衝撃音は鈍く大きい。
もしプロテクターが無ければ、一撃で骨折してしまいそうな威力が攻防を眺めているユウには感じられる。
「いったいあの人何者? あんなに強かったら護衛なんて要らないんじゃない?」
ルーは二人の組手をしっかりと観察しながら、ユウに呟く。
シンは打撃に対して防戦一方だが、身に着けているプロテクターのお蔭でなんとかダウンは取られていない。
だが攻め続けているノーナは息を切らした様子も無く、その動きは徐々に速くなっているように見える。
「いや、実際にお付の人は誰も同行してないからね」
「うわっ、シンと互角以上だよ。運動能力が高いし、体力も凄いな。
もしかして、同郷のキャスパーさんもあの位強いの?」
「いやキャスパーの話によれば、あの人はなんか特別というか別格みたいだね。
エイミーも、体が大きくなったらあれ位の技量は身につけられると良いね」
「はい。先は長いですけど、自分の身は自分で守れるように努力したいと思います」
二人の様子を見学していたエイミーは、ここで決意を込めた表情で頷いたのであった。
☆
場所は変わってランチタイムのカフェテリア。
格闘技の授業を終了したシン一行は、全員で昼休憩に来ていた。
ただしユウだけは一足先に厨房に入っているので、カフェテリアの席には着席して居ない。
「あいかわらず変な格好が好きなんだね!おじーちゃん」
いつものサイケ調のTシャツを着たジーを目にしたノーナは、そのユニークな服装に遠慮の無い突っ込みを入れる。
彼がこの学校の総責任者で無ければ、年齢不詳でロングヘアーである彼にはとても似合っている服装なのであるが。
「ほっとけ!お前学園に来てまでその食事量は何なんだよ!」
腰かけたノーナのトレイには、餅粉チキンやサラダと一緒にピラフが山盛りされている。
今日のランチメニューのピラフは盛り放題だが、さすがに在校生でこれだけの量を食べれるのはルーだけであろう。
「だって、今日のカフェテリアはユウが担当なんでしょ?
そりゃぁあんたがカフェテリアで作るメニューより、百万倍も美味しいに決まってるじゃない」
厨房で忙しそうに作業をしているユウを横目で見ながら、ノーナはかなり意地悪な一言をジーに返す。
席についている教職員や生徒は普段の穏やかなジーしか知らないだけに、ノーナとの激しい日本語のやり取りに驚いた表情をしている。
「ほっとけ!あいかわらず口が減らない奴だな!
ああ、なんか偉い人達がお前に面会希望を出してるみたいだけど、どうする?」
「今回はプライベートだから、全部駄目。
緊急の案件なら、キャスパーに処理させてくれる?」
「了解。あいかわらず唯我独尊のやつだな」
「エイミー、午後からシン君を借りるわよ」
ピラフをすごい勢いで頬張りながらも、ノーナはエイミーに言付ける。
「……はい」
「ルー、授業が終わったらエイミーを寮まで送ってくれる?
夕飯の支度までには帰るから」
シンがノーナに負けない量のピラフをかきこんでいるルーに声をかける。
「モゴモホ(了解)」
数分後。
カフェテリアを出たシンとノーナは、直通エレベーターを使って最上階に来ていた。
屋上展望台で念のために周囲に人影が無いのを確認すると、逢瀬に来た恋人同士のように二人は接近する。
「じゃぁシン君、早速クラシキまでお願い」
茶目っ気があるノーナは、演技と分かる色っぽい声でシンの耳元に囁く。
「クラシキということは、オオハラ美術館ですね」
あらかじめ国内の美術館は下調べしてあったらしく、シンはノーナを軽々と横抱きしながら即答する。
「うん。日帰りでヨーロッパの美術館を見るのは無理だから、とりあえずニホン国内の有名所かな。
その次はやっぱりルーブルとメトロボリタンだね」
「……それじゃ行きますよ」
人気の無い展望台から、二人の姿は陽炎のように消失したのであった。
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