036.Everyday
セッションの打ち上げの席。
「アキラ君、ギターを初めてまだ数週間なんだって?」
すっかりアキラのギター・プレイを気に入ったヌマさんは、とびきりの笑顔を見せている。事前に素人が参加するのは気が進まないという態度だったのに、大きな変化である。
「はい。レイさんの秘蔵ビデオを教材にして、夜半に練習してました」
「……独学であんな演奏を!やっぱり類は友を呼ぶなのかなぁ」
「アキラは何でも器用にこなす、天才タイプみたいだから」
ひさびさの打ち上げ参加であるレイも、満面の笑顔を見せている。
「あのオリジナルみたいな曲、とっても良いし客席の反応も良かったよね」
「コピンもそう思う?僕の担当プロデューサーも、客席で目を爛々とさせてたよ」
「ははは。あの人一旦ロックオンすると、しつこいからなぁ。
アキラも気をつけてね」
「はぁ……気をつけます」
☆
数日後の雫谷学園。
いつものように校長室へ呼び出されたアキラであるが、珍しく不機嫌顔である。
「今日は何の御用ですか?」
「アキラ君、いつも僕が無理難題を押し付けてるみたいな、嫌そうな顔はやめてほしいな」
「いえ、そうでは無くて、校長がいつも勧めてくれる珍しい缶飲料なんですけど」
アキラは校長が彼の目の前に置いた、サイケ調?の飲み物を何時にも増して怪訝な表情で見ている。
「ええっ、こっち?
でもさぁ、世界中の珍しい飲料って、なんかワクワクしない?
色んなフルーツ味って、見てると嬉しくならない?」
「自分にはこの惑星のフルーツの種類もわかりませんし、色んな人からすぐに口を付けては危険だと忠告を受けてますので」
「うっ、傷付くなぁ。
まぁその話は兎も角として、これはアキラのバイトともちょっと絡んでくる話なんだ」
「???」
「アキラの健康トレーナーとしての腕前は、周りからも評価されているよね?
その腕前を見込んで、巡回健康診断をやって欲しいんだ」
「でもメトセラは体調維持機能がとんでも無く高いですから、肩こりとか腰痛とかとは無縁ですよね?」
「いやアラスカに長期滞在している研究者には、非メトセラも大勢居るからね。
ナナにも定期的に検診して貰ってるけど、彼女にスポーツトレーナー的な手腕を要求するのは無理があるから」
「なるほど」
「それでナナと僕のお墨付きである、アキラを派遣したいという事なんだよね。
今回は二週間ほど出張扱いで、アラスカベースに行って欲しいんだ」
「はぁ、でも二週間は長いですね。
ジムを不在にするのはミーナが居るから可能ですけど、気が進まないなぁ」
「緊急事態には、シンに運んで貰って戻れるから、そんなに心配は要らないと思うけど。
ジムの会長には、すでに電話で了承して貰ってるから」
☆
ナリタのプライベートエリアの駐機場。
「ねぇアンさん、なんで自分がコパイシートに座ってるんですか?」
文句を言いながらも、アキラは離陸前の事前チェックシートをしっかりと消化している。
「これからもワコージェットを操縦する機会が多くなりそうでしょ?
滞空時間を稼いでいた方が、機種別ライセンスを取得する時に有利だよ」
「今日は乗客が居ないのに、これを飛ばすのは勿体ない気がしますね」
「生憎とニホン国内に、義勇軍のF−16は存在しないからね。
一旦オワフを経由すれば可能だけど、この機体で直行したほうが早いからさ」
「離陸準備完了。
あとは管制の指示待ちです」
「それじゃ出来るだけアキラに任せちゃおうかな」
「了解、離陸します」
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「司令、着任挨拶に伺いました」
「おおっ、初々しいね。
Tokyoオフィスのメンバーは、誰も挨拶に来なくなっちゃったからなぁ」
「シンとノエルはあまりにも頻繁に来るから、挨拶不要と仰ったのは司令ご本人では?」
挨拶に同行したアンが、事実を指摘する。
「一時期は、毎日『お使い』に来てたからなぁ。
フウが激怒して小間使禁止にするまで、あの二人は大変だったみたいだし」
「シンはここに長期滞在した経験がありますから、食べ物の娯楽がいかに大切なのか理解してますからね」
「おかげで今のアラスカのフードコートは、ほとんど苦情がはいらなくなって順調に運営できてるからね」
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「今総務の担当者が希望者を割り出してるから、すぐに名簿が届くと思うよ」
「重篤な症状の方は、居るんでしょうか?」
「いや慢性的な症状の人が多くて、ほとんどが生活習慣に起因するんじゃないかな」
「だから2週間という期間が設定されたんですね」
「そういうこと」
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