034.Love In Vain
夜半、アキラ宅のリビング。
女性陣が寝静まった深夜、アキラはリビングで見聞を広げるために様々な学習をしている。
学習と言っても、学園の授業に類するような時事の話題以外にも、芸術や文化などのエンタメも当然含まれる。社会的な常識に乏しい彼としては、必然とも言える内容なのであろう。
そしてここ数日は、タケさんから頂戴したCDをかなり真剣に聴き込んでいるので、興味の対象はかなり広がっている。
「ねぇSID、Congohの音楽ライブラリーって、僕にも自由に閲覧できるのかな?」
SIDに早朝深夜という概念は存在しないが、誰からもリクエストが無い時間は特に熱心に対応してくれるのは(暇なので)当然であろう。
『もちろん。特にCongohの国籍を保有している人が、興味ある分野は充実していますよ』
「古いブルーズ・マンの映像ってあるかな?」
『それはレイが熱心に収集した分野ですから、ネットでは見当たらない16mmフィルムの変換画像も沢山ありますよ』
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「師匠、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「あれっ、珍しいね。アキラから質問してくるなんて」
コミュニケーター越しの会話は、アキラはあまり好きではないようでとても稀なことである。
「リゾネーターってギターは、どこに行けば買えますか?」
「……米帝でもマニア向けの楽器だから、本格的な製品はあんまり売ってないんだよね。
形だけの廉価なものが多くて、逆に本物は所有してる人が滅多に手放さないから。
でもレイさんのアラスカの倉庫に、新品があったような気がする」
以前にアラスカ倉庫探検の経験があるシンは、かすかにナショナルの外箱のマークを覚えいていたようである。
「レイさんに直接、お願いしないといけませんね」
「ちょっと待って、SID、レイさんに連絡が付くかな」
数分後。
『倉庫にかなりの在庫があるみたいで、シンに取りに行って欲しいそうです。
大手のリゾネーターの会社が倒産した時に、まとめて引き取ったブツみたいですよ」
「70年近く放置されてるデッドストックだから、詳しいリペアマンに整備してもらう必要があるかな。
まず僕がアラスカに取りに行ってくるから、アキラもその後に一日時間を取ってくれるかな?」
「了解。お手数おかけしますが、宜しくお願いします」
☆
後日カナガワの某所。
「おおっ、シン来たか!
お連れがお前の料理の弟子か?」
「アキラと言います。
今後とも宜しくお願いします」
「おおっ、販売した時の、元箱まで揃ってるんだ!
どれどれ……これは凄いな。ほんとのデッドストックじゃないか」
脱色してある白いダンボールは経年変化で灰色にくすんでいるが、湿気の影響は無く型崩れしていない。
販売当時に付属したタグやポップも、当時のままの姿である。
「毎度お馴染みの、レイさんのところの在庫ですけど。
状態はどうですか?」
「よほど湿度が低い所で保管されてたんだろうな。メタルボディもまるで新品みたいな状態だ。
一通り整備するから、そこのソファでリラックスして待っててくれるか?」
「演奏するのは、アキラ君かい?
ラウンドネックだから、スライド以外も使うんだろ?」
「はい。セッティングは両用でお任せします」
シンがアキラに変わって、明確に返答する。
アキラの演奏スタイルなど当然見たことが無いので、この返答は当てずっぽう近いのであるが。
シンは壁に備え付けのケースから馴染みのヴィンテージギターを手に取ると、備え付けのクロスを使ってギターを満遍なくクリーニングし始める。フレットも丁寧に磨き上げると、ペグの調子を確かめるようにゆっくりとチューニングを始める。さすがにオリジナルから交換されているGOTOHのペグは、滑らかに動き不安定さを全く感じさせない。
アキラを目の前にして、シンは気負いなく爪弾き始める。
「相変わらずシンが弾くと、ギターが喜んでるなぁ。
俺が触るのとは、音色がぜんぜん違うんだよなぁ」
「あの、すごく良い音色なんですけど、このギターは何か特別なんでしょうか?」
「今日持参した、リゾネーターと同じくらい古いからかな。
この惑星時間で100年近く前に製造された楽器だからね」
「古いものを大事に使い続けるのは、素晴らしいですね」
ここで一通りの整備を終えたリゾネーターを、マツが持ってくる。
「一通り整備したから、シンが弾いてみてくれないか?
アキラ君はまだ初心者なんだろ?
♪〜♪
「うわぁ、音がでっかいしクリアですね!
昔のリゾネーターは良いって聞いてたけど、こんなに違いがあるんだ!」
「ああ、俺もここまで古いリゾネーターは初めて触ったが、こんなに違いがあるとはビックリだよ。
弾き始めでこれだから、楽器が育ってくるともっと良くなるんだろうな」
100年近く前に作られた楽器でも、音を出さない間に楽器が育つことは無い。
シンが爪弾く間にも、音の輪郭がすこしづつ変わっていくように感じさせる。
「アキラ、自分の愛器になるんだから、持ってみなよ」
「あの初心者の自分が言うのも変ですけど、ちょっとチューニングをいじって良いですか?」
「ああ、じゃこれが要るよね」
シンは工房に常備されている。スライドバーとピックをアキラに手渡す。
アキラは迷うこと無く、6弦、5弦、1弦のチューニングを下げていく。
全体のテンションが変わったので、他の弦の音程も微調整する。まるでチューニングメーターを見ながらの作業のようにスムースである。
ここでアキラはピックを使って、ゆっくりとオープンコードをストロークする。
オープンコードの特徴的な響きの中で、ブルージーなメロディが奏でられる。
「アキラは……初心者の筈だよな?」
「ええ、本物のギターを触ったのは今日が初めてかと」
「もしかして、天才ってやつなのか?」
「巷では、アキラに不可能は無いと言われてますから。
数日ブルーズを聴き込んでいたみたいですから、耳だけで完璧にコピーしたのかと」
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