032.Bull Funk
都内のとあるライブハウス。
シンが参加していた公開セッションは、シンが不在であってもコア・メンバーによって続いている。
幼かったマイラもいつの間にか主要なメンバーになり、セッションメンバー関連のレコーディングに頻繁に呼ばれるようになっている。スタジオミュージシャンとしての需要は、彼女の容姿とは無関係で単純にそのプレイが評価されてのものである。
今日もシンは多忙なのであろう、集合時間までに姿を見せていない。公開セッションは突如開催されるので、事前に予定を確保するのが難しいのである。
「マイラ、皆お前のソロアルバムを気に入ってるから、そこからやろうか」
「えっ、タケさん良いの?」
マイラが幼少時から知っているメンバーには、臆せずにあだ名呼びしている。
まるで自分の娘のように可愛がっているだけでは無く、メキメキと実力を付けてきた彼女を皆が認めているのである。
「今日はレコーディングに参加したメンバーが揃ってるからな。
ソロパートは長めね」
「うん、それじゃ行くっよ〜!!」
このセッションは事前打ち合わせが無く、すべて現場で決まる。
曲ももちろん参加プレーヤーの気分次第で、それに容易に対応できる凄腕スタジオ・ミュージシャンが揃っているのである。
ロングトーンから始まるコピンのインプロは、コピンのデビュー・アルバムに含まれている曲である。
彼女の一瞬のアイコンタクトで、リズム隊が前降りなしにスタートする。
ここでステージ袖から、シンが青いストラトを抱えて登場する。残念な事にこれは演出では無く、本当に遅れて到着したのであろう。
地味なカッティングで曲に参加したシンは、マイラの奏でるテーマ旋律に合わせて、ギターのボリュームを上げる。落ち着いた色合いになったメタリックブルーのボディと、飴色になったハードメイプルのネックはまるでヴィンテージギターのようなず太い音色を発している。ナチュラルな歪は、あくまでもシンの手指とヴィンテージのアンプだけで作られているのだろう。
「ねぇ、これで打ち合わせ無しって、ホントかな」
「コピンとシンは付き合いが長いからね」
馬原と曽根に同行していたアンが、ぽつりと呟く。
呼吸が合ったユニゾンメロディが、ライブハウスの中に響く。
参加メンバーは誰もが笑顔になって、プレイを楽しんでいる。
「こういう場所で音楽を聞くのは初めてだけど、なんかアルコールが欲しくなるね」
テーブルチャージにコーラを選んでいた馬原は、追加でビールを頼んでいる。
「アンさん、そのつまみ美味しそうですね」
まるで分厚いポテトフライのような揚げ物を、アンはずっとビールのアテに食べている。
ここでアンがイタズラ子ぽい微笑みを浮かべて、二人にスナック?を勧める。
「なんか鶏皮の味が濃いやつみたいですね」
「これは豚皮を揚げたやつ。
この店はみんなのリクエストで、メキシコ風のツマミも充実してるからね」
「へえっ、身体に悪そうだけど、すごく美味しい」
「東南アジアだと、屋台でも売ってるメジャーなメニューなんだけどね」
「コピンさんのサックスの音色、素人の私が聞いてもなんか艶っぽいですね」
「彼女は容姿を騒がれたり、モデル系の仕事は断ってるからね。
音楽以外を武器にするつもりは、さらさら無いみたい」
☆
同じライブハウス。
打ち上げは、場所を変えずにそのままここで行われている。
馬原と曽根は退出しているが、それ以外のCongoh関係者は打ち上げにそのまま参加している。
「師匠、とっても良かったです!」
「うん、ありがとう。
コピン、セルマーすごい良い音させてるじゃない?」
「もちろん!憧れのサックスというだけじゃなくて、私と相性も良いみたい。
苦労して手に入れてくれてありがとう!最高のプレゼントだよ!」
ここで彼女は謎めいた微笑みを浮かべ、シンの耳元へ囁く。
「あと姉さんに贈ってくれたのと同じ、別のプレゼントも期待してるよ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「へえっ、アキラ君はノエルの同級生?なんだ」
アカデミックなピアノの教育を受けた事が無いノエルは、タケさんに良くアドバイスを受けているのでとても仲が良いのである。
「はい。|師匠《シンさん》とも、料理を教わる間柄で、とってもお世話になっています」
「アキラは腕っこきのスポーツトレーナーで、周りから頼りにされてるんですよ。
タケさん、ちょっと診てもらったらどうですか?」
「えっ……整体師の先生にも見放された自分を、初対面の彼にいきなり診てもらうのは失礼じゃないかな」
「いいえ、もし抵抗が無ければ、診させて下さい。肩こりとか腰痛に関しては、評判は悪くないと思いますよ」
お読みいただきありがとうございます。