031.Help My Unbelief
アキラは初めて使うキッチンで、炒麺を調理していた。
ニホンのスーパーで売られているお得用生麺には粉末ソースが付属しているが、さすがに単純なウースター味のそれは使っていない。だがこのキッチンにはシンが選んだ調味料一式が揃っているので、何の問題も無い。
「美味い!
これって、冷蔵庫に入っていた粉末ソース付きの生麺だよね?
なんか近所の中華料理店で食べるものよりも、格段に美味しいんだけど」
細麺であるのを除けば、台北の屋台で見かける炒麺と見かけは全く変わらない。
たっぷり使われた野菜と豚肉は少量のとろみ醤油で炒められていて、実に食欲をそそる香りである。
「味付けは粉末ソースは使っていませんけど、台所にあった野菜と豚肉がすごく美味しいので、その所為では?どちらも、地元産の採れたてですよね」
「いや、僕が炒めてもこんな味にはならないんじゃないかな。
アキラ君の料理技術は、まるで魔法みたいだね」
「あはは。あのユウさんもそう言ってるから、たしかにアキラの持ってる特殊能力なのかも」
「師匠の教え通りに、基本に忠実に料理してるだけなんですけどね」
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食後の番茶を飲みながら、3人はノエルが手土産で持参した柏餅をつまんでいる。
商店街で手に入れたこの朝生菓子は、アラスカ・ベースでも愛好家が多い一品である。
「入国管理局が警察に積極的に協力する事になって、このアキラの自宅に女性警部補が2人来てるんだけどそれについてはどう思う?」
近郊の外惑星出身を訪問したのは、忌憚なき意見を聞くためである。
特に彼は聡明であり、意見も参考になると思ったのである。
「警察に厄介にならないのが一番ですけど、何か事件や事故に巻き込まれたりする事もあるかも知れません。そういう時に110を使うのも、躊躇いがありますよね。今は学園の方々や、Tokyoオフィスに知り合いが大勢居て心強いですけど」
「実情を理解しているか、あとオーラベッシュを使える人材が必要なのかなぁ。
アキラは当然オーラベッシュはペラペラだよね」
「結構方言があるので大変ですけど、ほとんどのヒューマノイドとはコミュニケーション出来ると思います」
「アキラの場合は、殆どのヒューマノイドじゃなくて、ほとんどの生物だからなぁ」
☆
数日後。
なぜかアキラの自宅に呼び出されたマイラが、困惑した表情をしている。
実は警察から出向?している2人に、オーラベッシュを手ほどきする教師役として呼ばれたのである。
「アキラ、私はオーラベッシュは使えるけど、人に教えた経験はないよ?」
「カリキュラムはSIDが映像変換したものがあるから、心配しなくても大丈夫」
「そういうお目付け役なら、アキラ本人がやっても大丈夫なんじゃない?
私よりも、オーラベッシュは使えるよね?」
『マイラ、アキラは現時点でも忙しすぎるんですよ。
Congohの短期育成プログラムでも、新言語習得は数ヶ月かかりますし』
ここでSIDが会話に参加してくる。
「それなら必要になったら、オーラベッシュの通訳として誰か呼べば良いんじゃない?
Tokyoオフィスとか、ノエルの姉さんとか身近にも居るじゃない」
「それは、あんまり良くないかも。
たらい回しってニホンゴがあるけど、自分が言葉がうまく通じなくて、厄介者扱いされたらどう感じるかな?」
「……」
「難しいお話は済んだ?」
いつの間にかマイラの腰のあたりに、コピンがぴったりと張り付いている。
「あれっ、コピンってこんなに甘えっ子だっけ?」
マイラが自分の幼少時を思い出したのか、表情が一転して柔らかくなっている。
「だってマイラ姉ちゃんに、久しぶりに会えたんだもん!」
その姿は久しぶりに再会できた、美少女姉妹そのものである。
同席している曽根は、2人の様子を見ていて涎をたらしそうな表情で呟く。
「う、麗しい!写真に撮りたい!」
『曽根さん、盗撮はいけません、通報しますよ』
スマホを持ち上げかけた彼女を、SIDが冗談では無く真面目な声で警告する。
☆
夕食時。
「最近シンも忙しくて夕食時にも会えないけど、やっぱり台湾料理って美味しいな」
「アキラの中華料理は、シン直伝だから!」
夕食を摂りに来たノエルは、自らが褒められたように嬉しそうである。
「コピンにも会えるし、教師役も悪くないかも」
「マイラさん、別に用事が無くてもいつでも来てくださいね。
誰かしら食事を摂りに来てますから、いつでも大歓迎ですよ」
「ねぇミーナちゃん。
この鶏牛蒡ご飯って、凄く美味しいんだけど?」
普段は単純に美味しいしか言わない馬原が、料理に対してコメントするのは珍しい。
「それはミーナの母君からの直伝で、彼女が炊いたんですよ。
凄く美味しいでしょ?」
アキラが自慢気に発言するが、ミーナは顔を赤らめて沈黙している。
「ミーナの作るご飯も、ぜんぶ大好き!」
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