030.It's Not Over
アキラの自宅での一日は、規則正しくゆったりと過ぎていく。
もちろん警察に協力するようになっても、某少年のように事件を目撃したり巻き込まれたりすることは無い。
だが、色々と知ってしまった馬原と曽根については、以前と同じ日常を過ごすのは難しくなっていた。
街ですれ違うほんのチョットだけ違和感がある観光客。ニホン語をまるで教科書のように操っているが彼らの正体を2人は知っている。
物見遊山なのに実は命懸け、彼らは他の大陸から来た観光客とは本質が違うのである。
この惑星の食べ物やエンタメは、実はお金を積めばどこの銀河に行っても手に入る。
唯一手に入らないのは、実際にそこで生活して得ることができる経験である。
壮大な歴史的遺物の風景や自然が作り出した光景は、自らの肉眼で体感するのが格別なのであろう。
☆
朝のリビング。
「猟奇殺人事件って、惑星規模では何年かに一度は起きてるじゃないですか?」
曽根の朝食は、すっかり和食が習慣になっている。
ミーナの朝食が和食なので便乗しているのであるが、具材たっぷりの豚汁はユウ直伝であり他におかずが必要無い位に美味なのである。
『最近の検死は、脳の器質的な判定も行いますからね』
ここでSIDが、コミュニケーター経由で会話に参加してくる。
彼女は退屈していたのか、2人の業務に当然のように協力(干渉?)している。
「それって、外惑星からの侵入も想定してるのかな?」
馬原の朝食は、焼き立てのブリオッシュとカフェオレのいつもの組み合わせである。
『ええ。脳に器質的な侵入が起こったケースを、実際に何例か見ていますから。
あり得ないとは言い切れませんね』
「うわっ怖っ!エイリアンとか物体Xみたい!」
『ただしゴーストハックが実際に起きていたら、検死してもわからないでしょうね』
「……それって、脳の中身を乗っ取るってこと?」
『ええ』
「通常なら列記とした侵略行為だから、その、プロヴィデンスというのに阻止されるんじゃないの?」
『わかりません。過去の猟奇殺人のケースに紛れていると、今となっては誰にも分からないかと』
「アキラはどう思う?」
「う〜ん、そういう方々とはお近づきになりたくないですね」
『アキラなら、そういう状態の人物を判別できるのでは?』
「脳をハッキングされた人とは会った事がありませんけど、分かると思いますよ。
どう対処したら良いのかは、不明ですけどね」
☆
翌日。
ここは都内近郊にある、瀟洒な別荘地である。
ノエルがアキラと連れ立って到着したのは、立派な造りのログハウスである。
建物の前には広い駐車スペースがあって、ワコー技研の大型バイクが駐輪されている。
ノエルは空きスペースに無造作に駐車すると、立派な玄関ドアに向かう。
「やぁ、ノエル君いらっしゃい。
お連れの彼も、歓迎するよ!」
「学園の非常勤講師で何度かお見かけしましたけど、こちらでの生活は順調ですか?」
「うん、お陰様でなんとか軌道に乗ってるよ。
グルメ本の出版も順調に進行中で、生活にもハリがあるしね」
業務用マシンでドリップしたエスプレッソを、彼は2人の前に配膳する。
「ノエル君用はルンゴにしたけど、お連れの彼は濃いコーヒーは大丈夫かな?」
「ありがとうございます。コーヒーは種類に関わらず好きなので、喜んで頂戴します」
アキラはフウに教わったイタリアの作法通り、ブラウンシュガーをカップにたくさん投入する。
「とっても美味しいです。
ドリップする人のタンピングで味が変わるって教わりましたけど、本当ですね」
「お連れの彼は、ケイローンとお見受けしたけど。
この惑星に来たのは、一族の中でも初だよね?」
「はい。何か使命を帯びて来たのでは無くて、僕自身も難民みたいなものですから。
ノーナさんが身元を保証してくれなかったら、ここには居られなかったと思います」
「……ノーナさんって、もしかして現在のバステトの女王陛下?」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「ああ、もうこんな時間かぁ。
何か出前を取ろうと思うんだけど、リクエストはあるかな?」
「せっかくアキラが居るので、何か作って貰いましょうよ?」
「ええっ、お客様に料理をしてもらうのは、申し訳ないよ」
「いや全く構いません。料理するのは僕の中では呼吸をするのと同じですから。
新鮮な野菜がたくさんあるみたいで、野菜炒めくらいなら出来そうですよね?」
お読みいただきありがとうございます。