022.Five Friendly Aliens
「お前、こんなに穏やかな顔をするようになったんだな。
海兵隊に居た時は、いつも辛そうな顔をしていたのに」
IPAビールを片手に談笑しているベックを見て、馬原は感無量といった表情である。
レイド・バックした雰囲気は、彼女が過去に見たベックとは全く違っている。
「自分は義勇軍で落ちこぼれて、なんとか一人前になろうとして海兵隊に修行に来てたから。
後がないから、本当に必死だったんだ」
「そうは言っても、お前のことを落ちこぼれなんて思ってる教官も隊員も、居なかったと思うぞ。
スナイパースクールの成績も、そんなに悪くなかったろ?」
「生憎と自分の周囲はグランド・マスターばかりだから。成績上位者というだけじゃ『学園寮の寮母さん』にも敵わないからさ」
「???」
さすがにこの寮母さん発言は馬原には理解できていない。寮母さんが元米帝政府の要人であり、しかも海兵隊OBであるなど想像するのは不可能であろう。もちろん同席しているユウだけは、飲んでいるビールを吹き出しそうな表情になっていたが。
「プロメテウスの兵隊は、みんな優秀で余裕綽々だと思ってましたよ」
曽根はプロメテウス兵の最強伝説は知っていたらしく、控え目な感想を口にする。
「海兵隊とか傭兵の世界で修行してる兵隊は今だに多いし、エリートが多いんじゃなくて、生き残るのに必要な技術を懸命に蓄えているのが本音かな」
プロメテウスから距離を置いて育ったユウであるが、修羅場をくぐって来た経験は半端では無い。その身体に染み付いた硝煙の香りが、彼女が言う一言に説得力を持たせている。
「でもプロメテウスの領土が、中東みたいにいつでも紛争地帯になってる訳じゃないですよね?」
「あんまり知られていない事だけど、プロメテウスの領土はモナコくらい小さくて欧州の地図にも載っていない場合も多いんだ」
「そういえば、自分も地図上で見た記憶がありませんね」
「プロメテウスが最も大切にしているのが、国籍を保持している国民の安寧だからね。
自分たちの国土を何としても死守するスイスとは、その成り立ちが大きく違うかな」
☆
翌朝、アキラの自宅のリビング。
「あれっ、彼が居ない。
ミーナちゃん、アキラはどうしたの?」
短期間でアキラの自宅に馴染んだ馬原は、自分がゲストである事を忘却しているようである。
「アキラは……今日はちょっと出張です。
大切な友人に、会いにいってます」
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都内近郊の某施設。
馬装を外した後、アキラは足元の水洗いをしている。
ブラシで馬蹄を綺麗にした後、彼はブラシがけの準備をしている。
「アキラさん、そのままブラッシングお願い出来ますか?」
「了解」
「ヤツはアキラさんにブラッシングされてると、この表情ですよ」
耳を横に向け黒目がちの目を細めて、うっとりとしている?かのような表情である。
「毛艶も良いし、健康状態はよさそうですね」
「アキラさんが訪ねてくれるようになって、こいつすごく元気になって」
「牧場長は、この子とは出産時からの付き合いになるんですよね?」
「ええ。自分にとっても思い入れが強い子なので、手元に置いてたんです。この子の前オーナーが繋養には関心が無い人だったので、アキラさんとご縁があって本当に良かったです」
アキラがこの馬を譲り受けたのは、実は牧場長や前オーナーとの関係性では無い。
強いて言えば、知り合いになったアキラとこの馬との約束の所以なのである。
ここでどこからか、ノエルが大きな麻袋を抱えて現れる。
牧場長とは面識がある彼は、会釈した後にブラッシングを続けているアキラに声を掛ける。
「アキラ、親友の調子はどう?」
「ずいぶんと忙しそうだったのに、来てくれたんだ」
「ああ、Tokyoオフィスに配送された、これも早く届けたかったし」
「ああ、重いのを担いで来てくれてありがとう。
牧場長、これをお納め下さい。
特別に糖度が高いみたいですけど、厩舎の皆の口に合うと良いんですが」
麻袋から取り出した一本をブラッシングを終えた子の口元に持っていくと、凄い勢いで食べ始める。
ニンジンの甘い香りが漂い、近場に居た馬もその強い匂いに反応している。
「すごい甘い匂いがしますね。
グルメのこの子の口に合うなら、逆に食べすぎを心配しないといけないかも」
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