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002.Just Like You

 ハナの捜索完了後、シンは直ちに司令官室に来ていた。


「訓練生一名を確保し、只今帰等しました」

 シンは敬礼とともに、簡潔に報告を行う。


「ご苦労さん!

 ここは余人がいないから、堅苦しい口調は無しで行こうか。

 噂には聞いていたが、シンの特殊能力は素晴らしいな。

 料理の腕前も申し分ないし、さすがフウの秘蔵っ子だ!」

 リサはデスクから立ち上がり、直立不動のシンの傍まで来て話しかける。


「料理の腕前ならば、自分はユウさんに到底適いません。

 彼女ならば、数段グレードの高いニホン料理を提供できたと思います」


「このブートキャンプでは、さまざまな地域の出身者が参加するからな。

 ニホン料理の達人のあの子でも、食事の世話をするのは簡単じゃないだろう。

 特に参加者の好みや体調に合わせて、メニューを変更できる柔軟性が必要だしな。

 今回はハラル料理の必要は無かったが、君のメニューの工夫や気配りは必要十分だったと思うよ」


「お褒めの言葉、光栄です」


「いや本音としては、この一週間美味しい食事を毎日ご馳走になれたのが何より嬉しかったな。

 次の機会もぜひシンに炊事当番をやって貰いたいが、売れっ子になりつつある君のスケジュールを確保するのは大変そうだ」


 他人の目が無い所為か、上背のあるリサは笑顔でシンの頭に手を延ばし子供にするように髪をくしゃっと撫でまわす。

 他国の軍隊ならばセクハラと紙一重の行為だが、彼女のてのひらの感触でシンの幼少時の記憶が突然蘇る。


「できる限り善処します」

 シンは潤んできた瞳を隠すように、おどけた口調でリサに返答する。

 シンの母親が彼を褒める時に、良く頭を撫でてくれたのをその感触から思い出したからだ。

 もしかしてリサは、アラスカの基地司令と同じくシンの母親の昔の知己なのかも知れない。


 街灯すら無い漆黒の屋外では、何かの動物の遠吠えの声が微かに聞こえている。


「ははは、生意気な奴め!

 下がってよし(Dismiss)!」

 口調と違って満面の笑みを浮かべたリサは、シンに退出の許可を与える。


 シンのアリゾナ最終日の夜は、こうして更けていったのであった。



                 ☆


 翌朝。


 本日はブートキャンプの最終日だが、特に祝賀会のようなモノが開かれる予定は無い。

 朝の点呼後に新しい階級章が参加者に手渡され、その場で解散しチャーターバスで空港へ向かう手筈になっている。


 ただし最後の朝食は食材を使い切る為に多くの品数が並んでいるので、ビュッフェスタイルにも関わらずかなり豪華な雰囲気になっている。

 シンは深夜に近い時間から厨房に入り日持ちのしない食材を使い切っていたので、訓練生と一緒に朝食を採りながら談笑していた。

 訓練生の女の子達はシンに興味津々のようで、食事をしながらも彼に次々と質問が投げ掛けられる。


「シンさんは、私達と一緒にバスで帰るんですか?」


「いや、撤収前のキッチンの片づけがあるから、まだ暫くは帰れないかな」


「並んでいる食事、持って帰って良いですか?」


「ああ、国内便に乗る人は大丈夫だけど、税関を通る人は注意してね。

 頭の固い係員に当たると厄介だから」

 シンはあらかじめ用意してあった、スチロール製のテイクアウト容器を指し示す。


「義勇軍の食事って、どこでもこんなに美味しいんですか?」


「いや、僕もほとんど新兵だからわからないけど、行ったことがある基地はどこでも食事で苦労したことは無かったね」


「シンが居るTokyoには、ニホン料理の達人が居るからな。『寿司の日』には今度顔をだそうかと思ってるが」

 一緒に朝食を採っていたリサが、訓練が無事に終了した安堵感なのか気さくな雰囲気で話しかけてくる。


「司令、忘れてませんか?僕は一人までなら、跳んで一緒に運べるんですよ。

 パスポートもチャーター便も不要のTokyo直行便です」

 司令官は笑顔で頷くが、ハナ以外の訓練生達は意味がわからずキョトンとした表情をしている。


「シンさんって、Tokyoなんですね。今度遊びに行って良いですか?」


「うん。歓迎するよ」


 単なる社交辞令かと思っていたシンだったが、この不用意な自分の一言をTokyoに戻ってから激しく後悔する羽目になるのであった。




                 ☆




「じゃあ、そろそろお暇しますね」

 厨房の片づけと清掃を済ませたシンは、見送りに出てくれたリサに挨拶をする。


「ちょっと待て……ああっ、久しぶりだなぁ」

 すごい勢いでリサに駆け寄って来た中型犬?が、彼女の足下で体をこすりつけて甘い声を出す。


「その子って、ハナが言ってた野良犬……じゃなくてほんとにカイオーテじゃないですか!」


「ああ、かなり前に生まれたばかりのこいつを保護した事があってな。

 それ以来、時々餌をねだりに此処に来ることがあるんだ」

 リサに頭を撫でられて気持ちよさそうな表情のカイオーテは、小型で痩せすぎのハスキー犬に見えなくもない。


「インプリンティングですか……道理で人に慣れてる訳ですね」


「こうして時々餌を与えるのも問題があるが、これだけ慣れちゃうと放置出来なくてね。

 もし人に危害を加えるようなら、私の責任で駆除しないといけないしな」


 カイオーテの姿に、シンはTokyoに残してきたシリウスの事を思い出す。

 一週間放置していても臍を曲げるような事はないが、しばらくは頻繁に散歩に付き合ってご機嫌を取る必要があるだろう。


「じゃぁ自分も飼い犬を待たせてるんで、失礼します。

 寿司の日の前には、連絡しますね!」


「ああ、宜しく!」


                 ☆



 一時間後のTokyoオフィス。


「フウさん、お米ありがとうございました。

 新米の味も大好評で、一週間なんとか乗り切る事ができましたよ」

 アリゾナでの任務の報告に顔を出したシンは、フウの悪戯については特に触れずに報告を行う。


 シンは大きくふくらんだ黄色の矢印マークがついた手提げ袋を、フウに手渡す。

 時差があるので深夜に近いこの時間には相応しくないお土産だが、マリーの強靭な胃袋なら夜食として食べても問題無いだろう。


「SID、まだマリーは起きてるか?」


「はい、今リビングに来るように伝言しました」


「フウさん、個人的な質問なんですけど……

 リサさんって、僕の母親と知り合いだったりします?」


「あれっ、知らなかったのか?

 アラスカの司令と一緒で、お前とは初対面じゃないと思うぞ」


「道理で……

(アラスカと違って頭を撫でられただけで、オムツの話をされないだけマシだったな)」


「あっそうだシン、学園の方でジーがなんか話があるって言ってたぞ。

 明日登校した時に、学園長室に訪ねてくれって」


「えっ、校外活動が多くて叱られちゃうとか?」


「ああ、それは無いな。

 義勇軍の任務については、すべて正規の授業扱いで単位が出ている筈だからな」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 翌朝。


 エイミーとトーコ、シリウスを連れて登校したシンは、二人と一匹をカフェテリアに残して学園長室に来ていた。

 ジーは相変わらずサイケ調のTシャツとジーンズを身に着け、この学園の総責任者には到底見えない格好である。


「シン君、ブートキャンプでは大活躍だったようですね」


「有難うございます。

 それで今日はどういったご用件なんでしょうか?」


「用というほどの事はありませんが、ブートキャンプ終了後なぜか当学園に転校したいというリクエストが数件来ていましてね」


「?」


「どうもブートキャンプに参加して、君を気に入った女性達が転校を希望してるみたいで」


「はぁっ?自分はただ炊事当番に専念していただけで、ナンパみたいな行為は一切していませんよ!」


「ルックスも良くて並外れた特殊能力を持っている上に、料理上手の君の事を見初めた女の子たちがアプローチしてくるのはとても自然な事です。

 これは男子が希少なメトセラの宿命とも言うべきもので、これが嫌でコミュニティから離脱した例も過去には沢山ありましたし」


「でも僕の傍には、エイミーが居るのは知られていないのですか?」


「彼女も何気に有名ですから、知らないということは無いと思いますが。

 こちらとしても転校を拒否する理由も無いので、そのうち何人かは寮に現れると思いますが宜しくお願いしますね」


「宜しくと言われましても、今以上の世話焼きは自分には無理ですよ」


「ははは、過剰なお世話は必要ありません。

 ただし困っている時には、迷わず手を差し伸べてあげて下さいね」


「……了解です」


「あと君の観察眼や洞察力について、リサがとても高く評価していましたよ。

 その君の慧眼を見込んだ任務が、近々依頼されると思います。

 君とエイミーの組み合わせは、名探偵コンビのようで実に頼もしいですね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 カフェテリアに合流すると、シンを見つけたシリウスが膝の上によじ登ってくる。

 一週間寂しかったのか昨夜からシリウスはシンの傍を片時も離れず、ずっとこの調子である。


「一週間、女だらけの訓練を満喫していたようですね」

 最近はシリウスを抱き枕にして眠るのがお気に入りのトーコが、不機嫌そうな声でシンに声を掛ける。

 トーコがシリウスに出会った頃の恐怖心は今や微塵も残っておらず、シンに甘えているシリウスを複雑な心境で眺めているようだ。


「とんでもない!朝から晩までキッチンに籠りきりで、料理をずっと作り続けてヘロヘロだよ。

 人数は10人ほどだけど、毎食50人前近い量を作ってたからね」


「何か面白い話はありましたか?」

 こちらは平常運転のエイミーが、興味津々という態度でシンに尋ねてくる。

 アラスカ基地の食堂でも毎日面白い発見があったので、何かあって当然でしょうという表情である。


「う~ん、米を使ったニホン料理が特に好評で、ユウさんのルーを使ったカツカレーとカルビ丼が人気が高かったかな」


「カルビ丼は美味しいですけど、沢山食べるとちょっと脂が鼻につきますよね」

 これはマリーやルーには及ばないが、かなりの大食いであるエイミーらしい一言である。


「それが食材が現地産の牛肉だったから、寮に納品される牛肉より赤身が多くて丁度バランスが取れてたみたい。

 こんど寮で作るときには、米帝の牛肉を取り寄せて作ってみるよ」


「ふふふ、楽しみですね。トーコさん」

 基本的に野菜嫌いのトーコは、野菜がほとんど入っていないカルビ丼が大好物である。


「ところでルーとリコの姿が見えないけど、二人は最近どうしてるの?」


「二人はジェットの練習に備えて、レイさんに座学とシミュレーターでしごかれてるみたいです。

 シンは暫くは出張しませんよね?」

 エイミーが上目遣いで、口元は微笑みながらもしっかりと同意を求める強い目線を投げてくる。

 これは最近のシンにとっては、かなり強いプレッシャーなのである。


「今度出かけるのはハワイで回転翼の講習だから、その時はトーコとエイミーも一緒に行こうよ」


「バウッ」

 これはまた放置すると怒るぞというシリウスの意思表明であろう。


「もちろんシリウスも一緒に連れてくよ」


「バウッ、バウッ」

 シリウスは尻尾をバタバタと強く振って、同意を表明したのであった。



                 ☆



 数日後のTokyoオフィス。

 毎度お馴染みの業務命令の為に呼び出されたシンとエイミーは、リビングでフウと向き合っていた。


「今回はかなり面倒な依頼が来ているんだ。

 本来なら断りたい類なんだが、ニホン政府からの正式な依頼なんで辞退するのはちょっと難しいかな」

 何故かフウの目線はシンでは無く、エイミーに向けられている。

 エイミーはフウの意味深な目線に心当たりが無いようで、困ったような表情を浮かべている。


「どんな依頼なんですか?」


「入国管理局と合同の護衛任務だな」


「護衛任務についてのノウハウは、フウさんに大分前から教わっているので大丈夫かと思いますが。

 ただ入国管理局が護衛をするって……政府要人とかじゃないんですよね?」


「政府要人は、ニホン国内だとSPの管轄だな。

 入国管理局が管理しているのは、基本的に観光で外惑星から来ている異星人だ」


「なぜユウさんが担当しないんですか?」


「先方のリクエストで、同世代に見える男性に警護して貰いたいという要望があるらしい」


「……」


「うちから動員するのはお前のルーとのコンビで、エイミーにはオペレーターとしてコミュニケーター経由で監視してもらうつもりだ。

 周辺のバックアップにはケイ達が付くから、お前も心強いだろう?」


「訪問したい場所とか、具体的な飲食店名がやたらと多いですね。それに殆どがラーメンとかカレーとか、庶民の食事ばかりですよね」

 シンはフウから渡された日程表を捲りながら、スケジュールについて確認している。


「ああ、ジャンルを問わず料理に詳しいお前なら、この任務に最適だろ?」


「それで警護対象の方の詳細なんですが」


「それは極秘事項で、現時点では我々が知る必要は無いそうだ。

 判明しているのは、外見については我々と同じヒューマノイドタイプという事だけだな」


「珍しいですね。情報共有が当たり前の義勇軍に対する依頼としては」


「ああ、キャスパーは詳細を知っているからこちらから詮索する必要は無いみたいだがな」

 じっと話を聞いていたエイミーは、追加で質問をすることも無く無言でじっと考え込んでいる。


「エイミーどうかした?」


「シンが良ければ私も協力しますが、直接キャスパーさんに私から連絡して詳細を聞いて良いですか?」


「何か懸念する事でもあるのか?」


「ええ、何か謀略の香りがプンプンします」

 エイミーがかなり物騒な一言をポツリと呟いた。

お読みいただきありがとうございます。

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