018.Behold, He Does Not Sleep
「あれっ、いつの間にか寝ちゃったのかな」
朝日で目を覚ました馬原は、ロングソファの上で自分が熟睡してしまったのに気がつく。
毛布を誰かが掛けてくれたので、寒さで目覚める事も無く快適に眠ってしまったのだろう。
「おはようございます。
これバスタオルと下着が入った、お泊りセットです。
洗い物はバスルームのランドリーバスケットに入れてもらえば、クリーニングに出しますので」
エプロン姿のミーナは、寝起きの馬原に透明袋に入ったお泊りセットを手渡す。
「……アキラはまだ寝てるのかな?」
夜半まで海外の競馬チャンネルを見ながら盛り上がったので、馬原はかなり打ち解けた態度に変わっている。特にアキラが単なるギャンブル好きでは無く、競走馬に対する深い愛情を持っている事を理解したからであろう。
「今は、朝のロードワーク中ですね。
朝食はパンになりますけど、大丈夫ですか?」
「何から何までありがとう。
私の同僚は、帰ったのかな?」
「いえ。空いている部屋で、爆睡してますよ。
面白い人ですね、曽根さんって」
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「ただいま戻りました」
ロードワークに同行していたジュンとコピンは、リードを付けたリッキーを伴っている。
まるで黒豹のような精悍な姿を見て、馬原は起きがけのソファで硬直している。
「あっ馬原さん、良く眠れた?」
「コピンちゃんだっけ?
こんな高級なソファで、寝たのは初めてだよ。
もしかして、毛布を掛けてくれたのは君かな?」
リッキーは馬原にゆっくりと接近し、くんくんと匂いを嗅いでいる。
馬原はペット飼育経験が豊富なのか、リッキーの突然の挨拶にも無駄な動きをせずにじっとしている。
「うん。空いている部屋に連れていくのは無理そうだったから、とりあえず風邪をひかないようにね」
「そうか、気遣ってくれてありがとう。
お陰で風邪をひかずに、快適に目覚めたよ」
「リッキー、今厨房でアキラがご飯を用意してくれてるから。
ちょっと我慢しててね」
「ミャウ!」
「……コピンちゃん、その子はもしかして黒豹?それともサバンナキャット?」
「馬原さんは動物に詳しいね。飼い主さんによると、ニホンは猛獣の取り扱いが厳しいからサバンナキャットモドキとして許可を取ってるみたいだよ。」
ここで厨房から、アキラが大皿を抱えて現れる。
アキラが調理したマグロ丼を、リッキーは食べ散らかす事も無く綺麗に咀嚼している。
今朝の(人間用)朝食はブリオッシュなので、米飯はわざわざリッキーのために用意したのであろう。
「ねぇアキラ、あのマグロ丼って、人間用の味付けがされてない?」
「この仔を育ててくれた先生に確認したんだけど、食べたいものを食べさせて大丈夫なんだって。
味覚は人間とほぼ同じだから、味見してしょっぱく無い程度なら健康を普通に維持できるらしいよ」
「もしかして遺伝子操作?まさかね」
「……しばらくすれば、リッキーは普通の猫じゃないのを理解できると思うよ」
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朝食後。
ジュンを除いた全員は、Congohから借りている社用車で移動していた。
彼女は学園でSAT・CATに関する授業があるので、同行していない。
「今日は登庁しないで、大丈夫なんですか?」
運転席のアキラは、昨夜に続き助手席の馬原と会話をしている。
とっつきにくい印象の馬原だが、実は無口では無くお喋りで、かなりの猫好きであるのも判明している。
ちなみに同行している曽根は、スナック菓子を食べながらジュンとコピンと話が弾んで居る。
年齢差を感じさせない社交性の高さは、生まれ持った特性なのかも知れない。
「ああ、まだ出来たばかりのセクションだし、緊急事態も無いから休みみたいなものかな」
「それじゃ、僕たちはこれから社会見学に行きますけど、同行してみますか?」
「えっ、でも社会見学がこの場所なの?」
黄色の看板の駐車場に停めた車内から、一同は巨大な塀に囲まれたエリアに向かって行く。
「うわぁ、お馬さんの匂いがする!」
「コピンは牧場で生活した経験があるの?」
「うん!米帝の牧場で数ヶ月お世話になったことがあるよ」
「それはすごいな」
「毎日早起きで、お馬さんのお世話は大変だったけど、投げ縄とかいろんな技を覚えられて楽しかったよ」
「ああ、それは本当に羨ましいなぁ」
「馬原さん、ここからは自由行動です。
迷子になったら、駐車場の車で待っていて下さいね」
「アキラは何処に行くの?」
「僕は競馬場に来ても、パドック以外には行きませんから。
ミーナ、何かあったらコミュニケーターで連絡を入れてくれる?」
「それじゃ私はアキラに同行するよ」
「G1レースだから、パドックもすごい観客だね」
「あのアキラ、気のせいかも知れないけど。
どの出走馬も、アキラの前で一旦立ち止まっているような?」
「別に興奮したり、暴れたりしてないでしょ?」
「そうだけど……何か監視されてるような、気配があるのはなぜなんだろう?」
「キャスパーによれば、僕はJ●Aの要注意人物になってるらしいよ」
「はい??」
「パドックで僕が何かやって、不正行為を主導してるって嫌疑があるんだってさ」
「はぁ???」
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