014.More Of You
Tokyoオフィス厨房。
定期的に料理を教わっているアキラは、今日はユウの希望で握り寿司の技術を伝授?されている。
キッチンにはミーナも居るが、彼女はフウから東欧風の煮込み料理を教わっているようだ。
「これはエイミーの握りの練習用に作ったものなんだ」
飯台に布巾を掛けた本物のシャリを前にして、ユウは複数のシャリの食品サンプルをアキラに指し示す。
大きさや重量が異なる複数のサンプルは、特に重量が正確に作られているようだ。
「シャリのサンプル……微妙に重さが違いますね」
「シャリの大きさや重量は、食べてくれる人に合わせるべきなんだよね。
今日はお客さん役が居るから、その人に合わせて握りの練習をして貰おうと思って」
「ども。お客さん役です」
アキラが作るチャーハンが大のお気に入りであるマリーが、自ら試食役を買って出てくれたのである。
口に合わない料理は絶対に食べない彼女としては、とても珍しい光景である。
「マリーはご存知の通り一杯食べるから、シャリは一口で入る限界まで大きくして欲しいかな。
ネタの処理の仕方はおいおい教えていくけど、今日はまず握りの技術の習得かな」
マリーに合わせた大ぶりのシャリを、ユウは漬けの赤身で握っていく。
彼女の好みに合わせて用意したタネ箱はかなり大きく、特に漬けマグロや烏賊、煮穴子が大量に用意されている。
逆に江戸前の仕事をしているタネ箱には、控えめながらも光り物や貝類が満遍無く並んでいる。
流れるような握り方は本手返しと呼ばれる技法であるが、ユウはわざわざ名称を説明したりしない。
何よりも実際に握れるようになれば、名称など関係無いという実務中心の考え方だからであろう。
「ん〜ユウの握りは、いつでも美味い!」
「握りの所作が実に綺麗ですね。
口の中に入れると、ホロリと崩れて一体化して……これが本物の握りですか」
回転寿司などの市井の店で食べた事はあるが、本物と呼べる握り寿司はアキラにとっては初めてである。
シャリ製造機はそれなりに優秀であるが、熟練者の手握りとはあきらかにレベルが違うのである。
「それじゃアキラ、さっそく実践してみようか?」
「えっ、いきなり自分が握って良いのですか?」
アキラは自分の中華料理の師匠ですら、ユウから握りの技術を伝授されていないのを知っている。
「シンはほとんどの料理に適性があるけど、握り寿司に関してはエイミーほどの才能は無いからね。
それはメンターである母さんも認めてるから」
「あのユウさん、マリーさん、練習という事ですけど、ミーナに振る舞っても良いですか?」
「もちろん!ミーナこっちにおいで!」
アキラは手酢をきちんと使った後、ユウの動きを寸分無く再現して握っていく。
もちろんマリーのシャリは極大に、ミーナのシャリは小ぶりのサイズである。
まず最初に握ったネタは、ユウと同じ漬けマグロである。
「一度見ただけなのに、もう本手返しをマスターしたんだ」
「ん〜、ユウが握ってくれたのと区別がつかない」
「美味しい!アキラはいつの間に、握り寿司を覚えたのですか?」
アキラは実に真剣な表情で、握り続けている。
煮切りやツメの使い方はユウからその都度指導を受けているが、実に落ち着いた立ち振舞である。
「ねぇアキラ、二人からリクエストを聞く前に握ってるよね?
その割にはマリーやミーナも、満足そうな顔をしてるけど」
「ユウさんならお分かりかと思いますけど、次に何を食べたいか顔に書いてある時ってありますよね?」
「それはそうだけど、ミーナの好みまでしっかりと把握してるんだ」
「彼女はお祖父ちゃん子でしたから、光り物や貝類が好みなんですよ。
マリーさんは甘めのツメが、特にお好みですよね」
アキラはミーナの肩越しに、何かが見えているかのように微笑みを浮かべている。
まるで誰かに挨拶しているようなアキラの表情に、思わずミーナが振り返って背後を確認している。
「エイミーに続いて、直弟子2号として認定だね。
これで『寿司の日』の開催が、かなり楽になるかな」
いつの間にか握りのご相伴に預かっていたフウが、嬉しそうに呟いている。
「シャリを大きくした効果か、マリーが予想外に満足してるみたいだね。
ネタを余らせるのは勿体ないから、お土産用に寿司桶を作っちゃおうか」
「僕で良ければ、お手伝いさせて下さい。
握りの練習をたくさん出来たので、今日はじつに有意義でしたね」
「アキラのマンションにはノエルの家族も居るし、お世話になった人に振る舞うのも良いかもね。
厳選した良いネタを使ってるし、お土産としては喜ばれるんじゃない」
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