011.Not Right Now
兵舎の上空に戻ってきたシンは、地上から投擲を試みているアキラを発見する。
鉄棒はまるで照準されたようにドローンの胴体に突き刺ささり、機体を貫通したものは遥か上空のシンに届きそうな威力である。まるで重力を無視したような飛翔は、単なる筋力での投擲とは思えないであろう。
『シン、眺めてないで残りを始末して下さい!』
「あ、ああ。ちょっと見とれていたよ。
やっぱりアキラは凄いなぁ」
『……凄いという一言で、片付けられる能力じゃないと思いますが。
あんな投擲、オリンピック選手でも不可能ですよ!』
「確かに、『アキラに不可能は無いって』本当だよね。
全機ロックオン、シュート!」
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ドローンの残骸はとりあえず放置したままで、新兵達は兵舎の前に集合していた。
もちろんドローンの受信アンテナはシンによって完全に破壊されているので、未処理のミサイルが誘爆する可能性はほとんど無い。
「新兵諸君、今日は長い一日だった。
明日は11:00時から始まる終了式だけだから、夕食を済ませたらゆっくり休養してくれ。
Dismiss!」
隊員食堂では、すでに夕食の準備が出来ている。
サービス台には本日まで用意された全てのメニューが潤沢に並び、まるで相撲部屋の食事のような雰囲気である。
「シンさん、すごい豪勢な夕食ですね」
「ほら、食材を余らせないようにね。
冷凍出来ない食材もあるから、使い切らないと」
「皆昼食は抜いてますから空腹ですけど、食べ切れるかなぁ」
「それなら大丈夫。
あらかじめ強力な助っ人を呼んであるから」
「アキラ!|いつもの炒飯を超大盛りで頂戴!」
声を掛けてきたのは、戦闘迷彩服に身を包んでいるマリーである。
中佐の階級章に気がついていないのか、周りの新兵達は特に畏まった敬礼はしていない。
「Yes、Mum。
只今お持ちします!」
「うむ、苦しゅうない。
よきに計らえ」
「あの……マリーさんって偉い人だったんですね」
すでに面識があるジュンは、突然のマリーの登場に驚いている。
それにも増して、司令官に匹敵する彼女の階級に意外そうな顔をしている。
「この階級章は便宜的なもの。
私は義勇軍の作戦に滅多に参加する事はないから、別に偉くないよ」
「お嬢様、お待たせしました!」
珍しく悪ノリしたアキラが、うやうやしく大皿を運んでくる。
取り分け用の大皿にてんこ盛りになった魚介の香りがする炒飯が、マリーの元に運ばれる。
牛肉の細切れが入った沙茶醤で炒められた炒飯は、マリーの大のお気に入りなのである。
「ありがとう。
アキラの炒飯は、いつでもとても美味しい!」
☆
翌早朝。
階級章の授与はシンプルに終了し、今回のブートキャンプは無事?に終了した。
「すごい量のちらし寿司ですね!」
組み立て式のカウンターを用意しながら、ジュンはTokyoから運ばれて来たお重の山にビックリしている。彼女も新兵としてキャンプに参加していたのだが、本人の希望で作務衣を来て給仕として参加している。
「『寿司の日』でもやってるんだけど、生魚が苦手な人用に準備しておかないとね。
余ったらマリーが居るから、無駄になる心配が無いし」
美しい白木の付け台をセットし、ユウは手慣れた様子でどんどんと準備をすすめている。
「ああユウさん、切りつけ用の魚介類は、少し在庫があるみたいですね」
助手として参加しているエイミーは、作務衣がとても板についている。
もっとも超絶美少女の彼女が、似合わない服装などこの世には存在しないのであろうが。
「ケイさんとか、ルーみたいな『寿司通』も居るから、仕込み済みのネタケースは手前にね」
「ケイさんは光り物、ルーは貝類とか魚卵が好物でしたっけ?」
「そう。それに新兵の中にも何人か『江戸前の通』が居るみたいだから。
楽しんで貰えると嬉しいよね」
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定刻になると、隊員食堂の中では寿司パーティ?が始まっていた。
すでにブートキャンプは終了しているので、日常生活と同じ無礼講である。
「うわぁ、本物のお寿司屋さんみたい!
『親方、まず玉子頂戴!』」
ニホン語で発せられた最後のセリフは、彼女が寿司を食べ慣れている証左であろう。
「コピンは、ニホンで暮らした事があるのかい?」
いつの間にかカウンターに並んで座っているケイは、キャンプが無事に終了したので実に穏やかな表情をしている。
「うん。近所に馴染みのお寿司屋さんがあって、良く母さんと食べに行ってたんだ!
うわぁこのギョク、出汁がきいてて食べ慣れた味がする!」
「ユウは子供の頃から修行をしてたから、江戸前の腕前は大したものなんだよ。
私には白身を握ってくれる?」
「ケイさん、今日はノドグロがありますよ。
炙りでどうですか?」
「うわぁ、それは嬉しいな。
何年ぶりだろう、握りで食べれるなんて」
「あっ、私にも下さい!
赤むつ大好物なんだ!」
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