002.Mystic Mile
車は5分程で、Tokyo支社が併設されているプロメテウス大使館に到着した。
「キャスパーの子供の頃にそっくりだな……」
駐車スペースまで来てユウ達の到着を出迎えたフウが、少女の姿を見て思わず呟く。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
場所は変わって、いつものリビングルーム。
ユウと一緒にシャワーを浴びてトレーニングウエアに替えた少女は、ソファに腰掛けたユウの膝の上でリラックスしている。
更にユウの足許には黒猫のピートが居て、時折少女に向かってゴニョゴニョと不思議な声を上げている。
少女はそれに答えるように唇を動かしてなにやら甲高い音を発しているが、周囲にはその声は全く届かない。
「好みが分かりませんでしたので、夕食の余りものとキャスパーさんが良く食べているメニューを用意しました」
地味なエプロン姿のアンが、トレイの上に並べた料理を運んでくる。
マグロの漬け丼は薄口醤油で淡い味付けに、カットされた地鶏のソテーも薄い岩塩のみの味付けになっている。
デザートはミント風味が強いアイスクリームだ。
来客用に用意されていた幼児用チェアに座り直し、遠慮がちにスプーンでユウに食べさせて貰っていた少女だが、途中からユウに笑顔を見せ自らスプーンを握って食べ始めた。
子供にありがちな粗雑さや散漫な様子も無く上手にスプーンを使って、トレイの上の料理を綺麗に平らげていく。
デザートのアイスクリームまで残さずに平らげた少女は、再びユウに満足そうな笑顔を見せたあと幼児用チェアから滑り降りてシンの方へ歩いて行く。
ポンと柔らかいソファーに飛び乗ると、シンの膝を枕にして横になりあっというまに寝息を立て始めた。
「ユウに警戒しないのは、キャスパーの件があるから何となく納得できるんだが。
シン、なんでお前にこんなに懐いているんだ?もしかしてお前も『ネコ好き』する顔なのか?」
シンのシャツの裾をしっかりと握り締めて、安らかな表情で眠る少女を見ながらフウは言う。
「幼児の扱いは妹の面倒をずっと見てましたから、確かに慣れてますけど」
『ネコ好き』する顔という意味不明のフレーズに戸惑いながら、シンは少女を起こさないように小声で答える。
「運命の出会い?」
それまでずっと沈黙していたマリーが、ポツリと呟く。
連続ドラマ好きな彼女は、実はロマンティックコメディも良く見ているのである。
その時、慌しい様子でリビングにキャスパーが姿を見せた。
彼女はシンの膝枕で眠るエイミーを一瞥すると、安堵の表情を見せて空いているソファに脱力したように深く腰掛ける。
「みなさん、色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
シン君、ユウ、色々とお世話してくれたみたいで有り難う」
シンは自分の膝枕でスヤスヤと眠る少女を見ながら、キャスパーに小さく会釈を返す。
「ううん、それは全然構わないけど、この子は一体?」
ユウは長年の親友であるキャスパーに、気安い口調で尋ねる。
「この子はPropheta候補の一人で、一昨日から行方不明になっていたみたい」
「いつ地球に来たの?」
「いや、正規のルートでは来ていないよ。行方不明になったのは私達の母星から」
「???」
「この子、空間転移の能力でも持っているのか?」
怪訝な表情で、フウがキャスパーに尋ねる。
「そういう特殊能力を持った同胞はいませんが、Propheta候補の場合良くある事みたいですね」
「つまり……本人の意思に関係なく飛ばされて来たと?」
「ええ。通常はプロヴィデンスが外敵を排除するための行為ですが、それ以外のケースですね。
私達はそれをPractica、日本語で言うと『試練』みたいなモノと考えています」
「シンの身近に突然現れたのは、偶然なのか?」
「それは私にはわかりません。
ただあれだけ目立つ子が警察に迷子として保護されていないなら、街を彷徨っていた形跡は無いでしょうね。もしかしてシン君をターゲットにして、その場所に出現したのかも知れませんね」
「確かに……マリーの言うように運命の出会いと言えなくもないか。
あまりにもロマンティック過ぎるのが気に入らないが」
「……」
当事者であるシンは少女に膝枕をしながら無言だが、無意識のうちに右手は優しく彼女の頭を撫でている。
「シン、お前暫くここで寝泊りして彼女の世話をしろ。
部屋はユウの隣の広い部屋が開いてるからそこな」
フウの一言を聞いて、キャスパーが不意をつかれたように驚いた表情になった。
フウは何か言いたそうなキャスパーに、目配せしながら続ける。
「ああ、家族仕様の部屋だから学園寮よりは快適だぞ。
学園の方へは家庭の事情という事で、連絡しておくから」
「はぁ……」
「あと、キャスパーから細かい注意点を聞いておけ。
SID、彼女の着衣一式を急いで用意して配送させてくれ」
「了解です。明日の配送には間に合う筈です。」
「お前、彼女の食事も作る機会がありそうだから、使えない食材の注意点とかもキャスパーから詳しく聞いておくんだぞ。
おいシン、返事は?」
「……」
シンは不満があるというより、あまりにも急な展開に付いていけない様子で唖然としている。
もちろん膝枕で寝ている少女の表情は穏やかで、まったく目覚める気配は無い。
「嫌なのか?星々の彼方から、遥々やって来た『いたいけな女の子』を無碍に放り出せと?」
フウの含み笑いを浮かべながらの物言いに、キャスパーはシリアスだった表情から一変して口を押させて笑いを堪えている。
「はぁ……僕がお役に立てるかどうかは兎も角、とりあえず了解です」
シンの膝枕で寝息を立てる少女の表情は、とても安らかで微笑を幸せそうに見えたのであった。
お読みいただきありがとうございます。