009.Until You
行軍は続く。
深夜にも関わらず新兵達の足取りは軽く、順調に距離を稼いでいた。
教官のルーが不在であることで、リラックスした雰囲気なのも影響しているのだろう。
だがそんな緩い雰囲気の中で、分隊長だけが浮かない顔をしている。
「まいったなぁ、GPSの動作がおかしくなってる!」
「分隊長、どうしました?」
超高カロリーのエナジーメイト・パウチを咥えながら、ジュンが尋ねる。
参加者の中では年齢が高い彼女は、分隊長から良く相談を受ける間柄である。
「故障なんて滅多に起こらないミルスペックなのに、これじゃ正確な方位が分からないよ。
ナビゲーションシステムもエラーが起きるし」
「方位磁石があれば大雑把な方向はわかりますけど、この辺りって渓谷とか段差ってありましたっけ?」
新しいパウチの飲み口をオープンしながら、ジュンはまるで緊迫感が無い口調である。深夜の大量の栄養補給はコピンを背負って運ぶための準備なのだろうが、分隊長以外のメンバーはそこまで想像が及ばないであろう。
「本当に一面砂漠だから、演習地として使えてると思うよ。
近場のエリアは国立公園になっているから、私有地として購入出来ないしね」
「星も出てるから方位も分かるし、なんとかなるんじゃないですか?
行軍自体はまだトラブルも無く順調ですし」
「ジュンは楽観主義者だなぁ」
「それに……超優秀なナビが居ますから」
「キャウ!」
「ああ、なるほど。
それにしても、この子はジュンにすごく懐いているよね」
「長い間餌付けされてますし、人間に馴れてるからでしょうね。
それに……信じて貰えるかわかりませんけど」
「???」
「うちの師匠からお願いされて、ナビをしてくれてるみたいです」
「……アキラさんって、あの食堂の助手さんだろ?」
「はい。
地元ではドリトル先生と呼ばれてますし、動物病院の院長からも頼りにされてるんですよ」
「動物と話せるなんて眉唾ものだけど、こうして実例を見せられると信じたくなるよね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「コピン、体調はどう?」
「ああジュン、心配してくれるの?」
軽快な足取りで進んでいるコピンは、疲労を全く感じさせていない。
ジュンの心配したような声がけを、まるで面白がっているような口調である。
「そりゃそうでしょ。
妹の心配をするのは、姉の当然の義務だからね」
「うわぁ、私のこと妹って呼んでくれるんだ!
ブートキャンプに参加して良かった!」
「それで、このままゴールできそうかな?」
「母さんも、行軍について行けないかもって言ってたけど。
それが昨日ジュンにノックアウトされてから、なんか調子が良くなったんだ。
眠気も感じないし、ほんと不思議」
☆
行軍は日の出の時間より、数時間早く終了した。
GPSのトラブルが起きていたが、優秀な道案内が居たのがスムースに終了出来た要因であろう。
「分隊、無事に到着しました」
出迎えに出ていたルーは、ワイリーの道案内の件は聞いていなかったのであろう。
ガツガツと残りのジャーキーを咀嚼している姿を見て、してやられたという表情である。
「ご苦労さん。本来なら解散して休養して貰いたいんだが、もうしばらく辛抱して貰えるかな」
「???
隊長……あれは?」
アリゾナベースの隣接地で、小さな爆発音が聞こえる。
わずかな閃光も見えるが、何かが破壊されているというよりもまるで自爆を繰り返しているような様相である。
「ドローンの飽和攻撃だね」
「はぁ???
何でこんな辺鄙な場所で?」
「聞いた事が無いかな?
宇宙規模の娯楽創出のために、義勇軍を対象に紛争を起こす集団が居ること」
「教官、我々も現場に行きましょう!」
「いや、シンが対処してるから必要ないだろ。
逆に現場に近づくと、邪魔になるかも知れないし」
「???
あのシンさんは、軍服の下に『Sマーク』でも隠してるんですか?」
「ははは、学園寮の寮母みたいな発言だな。
我々が出動すると、逆に撮影の機会に晒されるから、出張らない方が良いんだよ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
数十分前。
NORADから緊急連絡を受けた司令官は、司令室に向かう。
通常ならばもう就寝時刻であるが、行軍中は教官全員が同じ室内に詰めている。
ドローンのコントールシステムを操作中だったドナは、他のメンバーと一緒に基地のメインレーダーを注視している。どうやらローカルレーダーでも、ようやく機影が確認出来たようだ。
「シン、出番だよ。
久しぶりに『小さなお客さん』が来たみたい」
「うわぁ、お手隙な状態で良かった。
どんなタイプのドローンですか?」
「NORADからの連絡じゃセスナサイズみたいだから、攻撃型じゃないかな。
SID、分析出来たかな?」
『機影10、速度から言ってレシプロ機動、武装の有無は判別不能』
「地上からの迎撃は難しそうなんで、ちょっと行ってきます。
アキラ、留守を宜しく!」
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