007.Bring It To You
教官達のリラックスした会話は続いている。
「司令、結局ピッザやソース類の仕込みがかなり無駄になってしまいました。
今年はビュッフェというより、まるでニホンの大衆食堂みたいな状況になりましたね」
「ああ、一昔前の懐かしい食事処だろ。
昔食事した記憶があるけど、今やニホンでもあのタイプの食堂は希少なんだって?」
「近所の須田食堂はその名残りはありますけど、あそこは親父さんは作り置きを嫌うのでちょっと違うかな。市場食堂だった頃は作り置きをしてたみたいですけど、今はそこまでせっかちなお客さんは来ていませんし」
シンはニホン暮らしが長く食べ歩きも頻繁にしていたので、ニホンの外食事情にも詳しいのである。
市場や工場街にある大衆食堂では待ち時間を嫌うお客のために作り置きを並べていたが、今やそういう店は希少であり時代遅れになってしまったのかも知れない。
「そうそう、欧州から来た子が、刺し身とか納豆を美味しそうに頬張ってるのはビックリだよね。
どうもジュンがあまりにも美味しそうに食べるから、周囲に影響を与えてるみたいだな」
「納豆に関しては、師匠が選別した納豆菌が世界中に広まってますからね。
いまだに定期配送便の定番商品として、納豆製造機と一緒に人気らしいですよ」
「なるほど。プロメテウス国民の納豆好きは、アイの布教活動のお陰だったのか」
☆
格闘技の授業ではいよいよジュンの本領発揮かと思われたが、彼女は思ったより目立っていなかった。
なぜなら最年少で小柄なコピンが、参加者全員の目を釘付けにしていたからである。彼女は最年少で身体がまだ出来ていないが、それを補って余りある立ち技の打撃技術を持っていたのである。
ルーは責任者として他の新兵が打撃技で怪我をする可能性を考慮したのか、組手の相手をジュンに限定していた。最近の彼女はアキラに鍛えられているので飛躍的に強くなっており、打撃技にも余裕に対処できるからである。
マーシャル・アーツを基本としたコピンの打撃はシャープで、パンチもキックも申し分なく素早い。コピンは打撃技でジュンにダメージを与えようと懸命だが、すべてのパンチや蹴りはジュンのプロテクターやオープンフィンガーグローブに触れた瞬間に無効化されている。コピンからしてみればダメージをうまく受け流されているように感じるだろうが、実は手応えが無くなるようにジュンは発勁を使っているのである。
組手はいつもコピンが打撃技で攻め続け、ジュンは受けに徹しているという展開である。傍目で見ているとジュンはコピンに圧倒されているように見えるが、実のところはジュンは反撃するのを控えていただけなのである。
ブートキャンプ終盤に行われた組手の授業。
いつもと同じ展開の中で、ジュンはアイコンタクトでルーから合図を受けている。
反撃を控えるように言われていたが、自由にして良いというゴーサインである。
ジュンはコピンの打撃の一瞬の隙をついて、緩いパンチをコピンの側頭部に放つ。
まるでガードも必要無いような軽打に見えるが、パンチを受けたコピンはその瞬間崩れ落ちるようにダウンする。ルー以外の新兵達は、いったい何が起きたのか理解できないであろう。
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医務室で目を覚ましたコピンは、見たことが無い天井を目にして自分が何処に居るのか分からない。
ダウンしたのはもちろん、かなりの時間が経過しているのすら理解出来ていない。
「コピンちゃん、気持ち悪くない?」
「……大丈夫です。
曹長殿、自分はダウンしたんでしょうか?」
「そう。ジュンはいままで、反撃しないようにルーに言われてたからね」
「……やっぱり自分は手を抜かれてたんですね」
「そりゃ仕方がないわよ。
本来ブートキャンプは、あなたの年齢では参加できないもの」
「Tokyoの学園に入学が決まっているので、ここに参加すれば知り合いができるかと考えまして。
母も参加を許してくれたので」
「それよりも本当は、ジュンに会ってみたかったんでしょ?」
「……はい。自分は兄弟が居ないものですから。
Tokyoに行くまで、我慢できなくって」
「脳震盪じゃなくて、発勁で倒れたから後遺症はなさそうだわね。
もうすぐ夕食の時間だから、隊員食堂に行ってらっしゃい」
「はい。ぐっすり寝たせいか、お腹がペコペコです!」
☆
コピンが食堂に入っていくと、珍しく教官であるルーが業務連絡に来ていた。
「皆そのままで聞いてくれ。
明日の最終試験は、フル装備の長距離行軍だ。
演習地の最北地点から、この基地まで無事に帰投すれば訓練終了になる。
何か質問は?」
「教官殿!」
「コピン、何だ?」
「教官殿、行軍中には何か課題があるのですか?」
「何も無いが、制限は翌日の夜明け前までに無事に戻ることだ。
ちなみにスタート地点には、シン大尉の操縦する大型ヘリで向かうことになっている」
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