006.New Mercy
ブートキャンプに参加中のジュンは、ストレスも無く快適に過ごしていた。
行軍では体力を大きく削がれているが、もともと持久力は人並み外れているので回復には何の問題も無い。懸案事項だった銃器の取り扱いも、フウの速成スパルタで危なかしさを全く感じさせない。また慣れないはずの軍隊の食事に関しても、今回調理担当なのはシンとアキラなので毎日食べ放題に通っているようなものである。
☆
ブートキャンプ初日の食堂。
ビュッフェ台を前にして戸惑っていた新兵達の中で、いち早く丼を手にとったジュンはなぜか満面の笑みを浮かべていた。
「シンさん、このカツ丼すごく美味しいです!」
施設で育った彼女にとって、未だにカツ丼はかなりのご馳走というイメージなのだろう。
幸せそうに丼を頬張るジュンの表情は、周囲にも良い?影響を与えている。
「そう、口に合って良かった!お代わりもできるからいっぱい食べてね」
「ねぇジュンねぇ、それって美味しい?」
参加者の中でダントツの最年少である小柄なコピンは、なぜか初対面からジュンの事を姉と呼んでいる。
ルーがこっそり教えてくれたのだが、どうやらジュンとは本当に濃い血縁があるらしい。
「えっ、カツ丼ってニホンではご馳走だよ!」
当然のように応えたジュンは、頬にご飯粒をつけている微笑ましい姿である。
ニホン在住の学園生にとっては市井で食べ慣れたメニューであるが、それ以外の参加者にとっては珍しいメニューに感じるのであろう。
「私も同じ物を食べたい!」
「私も!」
「ここの白ご飯、超美味しい!
何が違うの?」
「本場のカツ丼は豚肉なんだ。衣がサクサク!」
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翌朝の食堂。
ブッフェスタイルはそのままだが、前日の様子からメニューがかなり変更されていた。
パスタやピッザ、サンドイッチなどは大きく数を減らし、丼と定食がメインのまるでニホンの大衆食堂のような様相である。
並んでいる定食の主菜皿は、須田食堂の人気メニューを参考にしてオムレツや焼き肉、トンカツや唐揚げなどを自由に選べるようになっている。また出来合いの丼は、カツ丼に加えて今朝は親子丼も並んでいる。
カツ丼の卵とじの評判が悪くなかったので、よりダシの風味が強い親子丼を追加してみたのである。さすがに焼き魚の主菜皿は並んでいないが、厨房では生のサンマやアジの干物まで念の為に用意されている。
「シンさん、あの……突然刺身の定食を食べたいなんて、無理ですよね?」
「昨日空いてる時間に鮮魚をTokyoから仕入れて来たから、出来るよ!
ええと、今日のお魚はマグロの赤身と、サーモン、あとはハマチかな」
さすがにイカやタコは仕入れていなかったが、ジュンから注文が入るのを予想していたようだ。
「ぜひお願いします!あと小鉢の納豆もあったら嬉しいです!」
「アキラ、定食一人前、切りつけ宜しく!」
「ねぇ、ジュンねぇは刺身が好きなの?」
カツ丼の件があったので、ジュンは食堂でも皆から注目されているようだ。
特にジュンを姉呼ばわりしているコピンは、ジュンの注文に興味津々である。
もちろんジュンが参加者の中でも厨房担当者と知り合いで、無理を聞いてもらえる立場なのもその理由なのだろう。
「新鮮なお刺身は、ニホンでは超ご馳走なんだよ。
生臭さは全く無いし、アキラはお刺身造るのがすんごく上手なんだ!」
プロメテウスの子弟は、世界中に居住している関係で食わず嫌いには無縁な子が多い。
食べずに忌避する子は少なく、自分の目と舌で判断できる子が多いのである。
「ん〜、美味しい!
シンさん、Tokyoで食べるのと全く同じですね!」
「今回はエイミーに仕入れを頼んでおいたから、間違いないよ。
目利きに関しては、ユウさんもエイミーに一目置いているからね」
「あっジュンねぇ、納豆食べるんだ!」
注文した定食のトレイに納豆の小鉢を見つけたコピンは、何故か嬉しそうである。
ここで彼女もようやく厨房に、自分の朝食を注文する。
「シンさん、私にも同じ組み合わせの刺身定食を下さい!
あっ、納豆の小鉢は2つで!」
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新兵の行軍中は、ルー以外の教官(と言っても2人だけだが)は身体が空いている。
他の授業の事前準備が終われば、ゆったりと食事をしながら、ミーティングをする余裕もある。
「おおっ、これこれ!
ニホン風のでっかいエビフライは、Tokyoまで行かないと食べられないからさ」
司令はシンに作って貰ったエビフライ定食を前に、とても嬉しそうである。
「司令、言ってくれれば僕かユウさんが、ジャンプでいくらでも届けるのに。
そんなに手間の掛かる料理でもありませんし」
「一年に一回、シンの料理が食べられるご褒美があると、ブートキャンプもやる気が出るんだよ。
フウが引退したらTokyoの司令を交代してもらうから、それまでの辛抱だと思えば」
「フウさんは、交代する気は更々ないみたいですけど。
ドナさん、メンチカツ定食はどうですか?」
彼女は普段の冷静な態度をかなぐり捨て、一心不乱にメンチカツを味わっている。
よほど食べたかったのだろう、目にはうっすらと涙まで浮かべている。
「お、美味しいですぅ……ほぼ一年ぶりですから、夢にまで出てきたし。
この中濃ソースをかけた肉汁じゅわっとした味、たまりません!」
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