005.Dear God
ブートキャンプでの教官達の食事は、新兵の食事後に行われる。
米帝海軍などは空母の中であっても将校専用食堂が必ず存在するが、義勇軍においては将官であっても新兵であっても同じものを食べるのが長年の習慣である。
もちろんビュッフェが食べ尽くされてしまい、厨房担当者が要望に合わせて調理する場合もある。
だがビュッフェが大量に余っている場合、その余り物だけで鷹揚に食事を済ませてしまう将官も多い。プロメテウス国民の常識としては、美味しい料理を無駄に廃棄するなど以ての外なのである。
「初日の行軍は辛いだろうから、食べ慣れた物をそれぞれ用意したんだけど……」
今回も厨房を統括しているシンは、ビュッフェ台の上を眺めながらちょっと残念そうな表情である。
「想定外に余ったもの、売り切れたものがありますね」
アキラも調理や配膳を手伝っていたが、自宅の夕食とはかなり勝手が違っていたようである。
すべて注文を受けてから作れば無駄は出ないが、ビュッフェスタイルにしているのは食事時間の圧縮に理由がある。また種類が豊富なのは、食事に関してストレスを溜め込まないようにする配慮なのである。
「今回も丼物がこんなに好まれるとは、予想外だったなぁ。
大型ジャーで炊いたご飯も、2升が空っぽだよ」
用意してあった丼の餡は無難な甘辛いカルビ丼や、魯肉飯であるが、想定外であるカツ丼や親子丼のリクエストまで入っていた。
「どの子も箸使いが上手ですし、これは我々の想像以上に和食を食べ慣れているのかも」
大量に用意されていたカトラリーは、箸のケースが真っ先に空になっている。スプーンよりレンゲのカトラリーが大きく減っているのは、丼ぶりメニューを注文していたメンバーが大勢居たという事なのであろう。
「ルーはどう思う?」
彼女はビュッフェで余ったマルゲリータや、ボロネーゼを旺盛な食欲で平らげている。
シンが真っ当なイタリア料理を作ることは滅多に無いので、貴重な機会だと思っているのだろう。
「自分にとってはシンが作ってくれたイタリア料理は、超貴重だからね。
アイさんから伝授された正統派イタリア料理のレシピは、絶品だもの。
司令もそう思いますよね?」
「私はシンが作ってくれたなら、どれでも有り難く頂くけどね。
陰から見ていて気がついたけど、カーメリや欧州から来てた子達は白ご飯だけをお代わりしてたなぁ」
「そうそう。餡が無くなって、ボロネーゼソースを白ご飯にかけていたのは、びっくりしたけど」
「明日の朝食から、ちょっとメニュー構成を変えてみましょうか。
朝からカツ丼とか親子丼とかのガッツリメニューが、どれだけ選ばれるか不明ですけど。
それで司令、ちょっとご相談があるんですが?」
「うん、何かな?」
司令もビュッフェ台から余り物のサンドイッチを盛り付けて、食べ始めている。
カツサンドもシンの得意料理で評判が高いのであるが、参加者の知識に無かったのか殆ど手を付けられていないのである。
「最終日は、ユウさんに寿司を握って貰おうかと思うんですが。
キャンプ中に『江戸前』の握り寿司を食べたいなんていう、リクエストもされましたし」
「おう、それは大賛成だな!
私もユウが握る寿司を、久々に堪能したいし」
「『江戸前』なんて言葉を知ってるのは、驚きだけど。
地元でも、寿司屋さんが存在するのかなぁ」
ニホン滞在が長い、ルーならではの発言である。
「ユウさんのお師匠さんみたいな江戸前の技術を持った人が、海外にも稀に居るみたいだよ。
僕も何年か前に、エイミーと一緒に食べて驚かされたもの」
☆
翌日。
キャンプの一日のスケジュールは、朝食後の行軍から始まる。
初日は各自の昼食用レーションだけの装備だったが、一日毎に装備の重さが増えていくのが今回のブートキャンプの特徴である。ちなみにCongoh特製のレーションは犬塚食品が製造しているので、フランス軍のそれを味で凌ぐと言われている。
行軍中の昼食。
「なぁ、昨日は丼メシを美味しそうに食べてたが、日本食が好きなのかい?」
レトルトパウチを専用加熱器であたためながら、ルーは昨夜見掛けた新兵に声を掛ける。
「はい教官殿。
実家でも、白ご飯を頻繁に食べていますから」
レトルトの五目ご飯を頬張りながら、彼女はとても幸せそうな表情をしている。
「それにしては、食いつき方が尋常じゃなかったな」
ちなみにルーが加熱調理していたのは、キーマカレーである。
レトルトパウチのご飯に真っ黒なカレーを掛けると、食欲をそそる良い香りがしてくる。
これらのメニューも、しっかりとユウの監修が入っているらしい。
「はい教官殿。
実は実家で食べるより、ご飯が数段美味しく感じまして。
ブートキャンプの食事は美味しいと聞いていましたが、想像以上でした」
「炊き方とか水に違いがあるって、聞いた事があるな。
今回の厨房担当者シンに聞けば、詳しく教えてくれるかも」
「あの……もしかしてあのコックさんって、シン大尉なんですか?
年が若いから、違う人かと思ってました!」
「もともとシンは、君等とそんなに年が離れてないんだけどな
シンが聞いたら、貫禄不足に見られてがっかりするかも」
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