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001.Whirlwind

 夕食後。


 校長(ジー)は、談笑しながらノエルお勧めのIPAビールを飲んでいる。

 珍しい味の炭酸飲料ばかり愛飲している彼としては、珍しい正統派のチョイスである。


「ん〜、昔インドで味わった懐かしいビールの味がするね」


「ああ、それは校長(ジー)ならではの感想ですね。

 もしかしてヴィンテージのスコッチウイスキーなら、もっと面白いコメントが聞けたのかも」


 校長(ジー)について多少の予備知識を持っているノエルは、彼の波乱万丈の過去を連想させるような発言をする。当事者である二人以外は、どういう意味を持っているのか理解できないであろうが。


「ははは。強い酒は泥酔しちゃうから危険なんだよね。

 ところでジュン君、健康診断にご足労して貰ってありがとうね」


「いいえ。ちゃんとした健康診断を受けた事が無かったので、丁度良かったです。

 送迎もアキラにして貰えましたし」


「結果が分かったら、校長室に呼ぶから。

 お手隙な時間は、アキラ君と一緒に授業を受けていて貰えるかな?」


「あの……何か問題がありそうなんですか?」


「ううん。悪いことには成らないと思うから、安心して待っていてね」


「……はぁ」


                 ☆



 数日後、学園の校長室。


 アキラと一緒に呼び出されたジュンは、先日健康診断を担当してくれた医師が同席しているのに気がつく。いつもはエキセントリックな発言が目立つナナであるが、なぜか今日は一言も発さずにジュンの事をじっと見ている。


「僕はアキラの『人を見る目』を重要視していてね。

 彼のお眼鏡にかなった人材は、出来るだけ確保したいと思ってるんだ」


「はぁ」


「それで、ちょっと込み入った事を聞いて良いかな?

 この間の健康診断を踏まえた質問なんだけど」


「はい?」


「中学時代は、運動方面で注目されなかったかな?」


「ああ、良くご存知ですね。

 陸上部とかにしつこく勧誘されて、何度かタイムを計測をしましたけど」


「その時の複数競技の記録が残っていて、当時の中学生記録より遥かに良い結果が出たみたいだよね。

 なんで陸上競技を、本気でやってみようと思わなかったのかい?」


「当時は陸上競技で、お金を稼げるとは思いませんでしたから」


「なるほど」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ところで、プロメテウスという国を知ってる?」


「いいえ。全く知りません」


「古代イランよりも建国されたのは古く、非公式には世界最古と言われてるんだ。

 この学校のスポンサーでもあるんだけど」


「はぁ」


「我々プロメテウスは本当に小さな国でね、人口減少に歯止めが効かないという建前もあるけど、いつでも彷徨っている同胞を探しているんだ。それは国を離脱した本人に限らず、その子孫にも同じ事が言えるんだけどね」


「あの、なぜそんなに由緒ある国から、離脱する人が出るのですか?」


「国から出ていくのは、殆どが退屈しているからかな。

 プロメテウス国民は、他の国家と違ってほぼ全ての国民が長寿命だからね」


「このニホンも、平均寿命が長いと聞いた事がありますけど」


「……良し悪しは別として、プロメテウスでは寿命を全うして亡くなった国民は誰も居ないんだ」


「はぁ???それって、お伽噺の不老不死みたいですね」


「それに限りなく近いかな。だから自分の出自を知らない同胞の直径子孫は、とても危うい状態にあるんだ。親が健在ならそれなりの教育を施すのがプロメテウス国民としての常識なんだけど、問題は子供が予備知識無しに残されてしまった場合でね。成人するまでは問題なくても、そこから年齢を重ねると特異な部分が現れてくるから」


「特異な部分って???」

 ようやく自らの境遇の話だと気がついたジュンは、表情がすこしこわばっているように見える。


「普通の人と比較すると、何年たっても加齢しないってこと」


「……」


「今は世界中の国家の戸籍が電子化されつつあるから、昔よりも追跡しやすくなってるけどね。ただ追跡も完璧じゃないから、行方不明者はどうしても出てきてしまうんだね」


「……」


「ジュン君の場合は、誕生直後に施設に収容されたのを見つけられなかった事で、放置されて今に至るという事だね。中学生のころの特異な運動記録も見過ごされていたし、同じ同胞として本当に申し訳なかったと謝罪させて欲しいな」


「……はぁ」


「プロメテウスでは君の新しい戸籍をすでに作ったから、君にはベーシックインカムが自動的に支給される事になる。これで償いになるとは思わないけど、君の将来の選択肢は大きく広がると思うよ」


「あの、ニホンの国籍との兼ね合いはどうなるんですか?」


「それは良い質問だね。我々はニホン政府との付き合いが長いから、例外的に二重国籍が認められているんだ。よって日常生活は今まで通りに問題無くすごせるよ」


「話が自分の想像以上に大きくなって、困惑してるんですが」


 ここで今まで沈黙を守っていたナナが、穏やかな口調でジュンに語りかける。


「実は君の母親とは、私は古くからの知り合いでね。

 健康診断に来た君の姿を見て、ピンと来たんだ」


「……」


「だからここで、コミュニティを代表して一言言わせて欲しい。

 『ジュン、おかえり』と」

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