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037.Every Day Of Your Life

 シンは以前から約束していた天麩羅のコツをユウから教えて貰うために、多忙な日常の合間を縫ってTokyoオフィスに来ていた。

 彼はバラエティに富んだ様々な国の料理を作ることが出来るが、ニホン食についてはそれほどレパートリーを持っていないのである。


「シン君のジャンプは、初見の場所にも行けるんだって?」

 シンが作った揚げたての『かしわ天』を試食しながら、ユウはシンに尋ねる。

 地鶏の胸肉を捌いて作った天麩羅は、厚みを調整して絶妙な火加減に仕上がっている。


「ええ、エイミーと一緒にいろんな場所へ行ってます。

 この間はステーキを食べに、トーコとオワフに行きましたよ」

 かき揚げを頬張りながら、シンがユウに答える。

 ユウがお手本として揚げたかき揚げは、ボリュームがある上にタマネギの甘みがしっかりと引き出されていてとても美味しい。


「どうやって二人一緒に飛んでるの?」

 ユウのジャンプは今のところ手荷物以外は運べないので、シンの亜空間飛行?について彼女は興味津々である。


「そりゃぁ横抱きしてですけど」


「……できれば暇な時にでも、カーメリに連れてってくれないかな?

 一回訪問すれば、ジャンプで行けるようになるから」


「いいですよ。味見が済んだらこれから行きますか?」


「あとシン君、このことは内密にしてくれる?」


「?」


「シン君に『お姫様抱っこ』で運ばれたなんてフウさんに知れたら、からかわれるに決まってるからね」


「ははは。口外しないと約束しますよ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「おおっ、もう着いた!マッハ7というのは凄いね。

 シン君ありがとう、重かったでしょ?」


 ゲートガードの綺麗なブルーに塗装されたセイバーを見たユウは、同じようにハママツ基地に展示されていたF-86Fを思い出して懐かしい気持ちになる。

 現在カーメリ基地ではイタリア空軍が米帝から購入する最新鋭機のテストが始まっていて、歩哨の人数が多くピリピリした雰囲気に包まれている。


「いいえ、エイミーとそんなに違いませんよ」


「あっ、エイミーに今の一言聞かせちゃおうかな!

 おっと、知り合いに見つかるとまずいからさっさと退散しようか」


 ゲートの前で立ち話をしている二人を、歩哨が胡散臭そうな表情でじっと見ている。

 カジュアルな格好をしているので軍の関係者には見えないだろうし、不審者として拘束されたりすると厄介だ。


「挨拶しないんですか?」


「最新鋭機にはもちろん興味があるけど、ここの指令はちょっと面倒だから!じゃあ今日の授業で!」

 ユウの姿は、ゲートの前から瞬きする間に忽然と消失した。



                 ☆



「ねぇ、シン。なんか急に腕を上げたね?」


「そうかなぁ……日常の細かい鍛錬は続けてるけど強くなったとは思わないけどね」

 久しぶりに学園の授業で顔を合わせたルーとシンは、組手の最中である。


「動作がユウさんみたいに機敏になってるし、タックルされても持ち上げられないし」


「それでもまだルーには勝てないけどね」


「鍛え方が違うからね。そら続けていくよ!」

 ルーが猛烈とダッシュして、シンの足もとにタックルを仕掛ける。


 シンは滑るように瞬時に移動し、ルーの背後に回り込むとルーの上半身をフックして投げ技を放つ。

 投げられたルーは空中で重心を移動させ、かろうじて受け身を取って衝撃を緩和する。


 授業を監督しているユウは、離れた場所からエイミーと二人して真剣な表情で組手を見ている。


「ねぇエイミー、シン君は最近何か変わった所は無いかな?」


「ユウさんの心配は分かっていますが、特に傲慢になったり態度が変わったりしてません。

 力に踊らされたりせずに、普段通りの優しくて気配りできるそのままのシンです」


「そう……ご馳走さま」

 ニホン語としては滅多に使われない言い回しだが、エイミーはきちんと意図を理解し頬を染めながら嬉しそうな表情で笑ったのであった。



                 ☆



「最近レイさんにご飯をご馳走になる機会が多いんだって?」


 本日最後の一コマの授業を終えて、シンとエイミー、ルーはカフェテリアで寛いでいた。

 リコは別枠の授業を受けているので、ここには居ない。

 シンは午前中にユウの料理教室から始まって、カーメリへジャンプし、学園では格闘技の授業といういつもの密度の濃い一日である。


「うん。レイが作るロシアのメニューは、とっても美味しいんだ!」


「ふ~ん。僕のレパートリーには無いから、今度レイさんに教えて貰おうかな」


「ねぇ、シンもペリメニ……じゃなかった餃子を作ってよ?」


「ああ、作るのは大丈夫なんだけど、あのメニューは餡を作ってから包むのに手間がかかり過ぎるのが難点でね。

 そうだ!今日はシリウスもトーコと一緒に留守番してるから近くの餃子専門店に寄って行こうか。

 ルーもエイミーも餃子専門店で食べた経験は無いでしょ?」


「え~トーコさんが可愛そうじゃないですか?」

 エイミーが口を尖らせて、可愛らしい口調で異議を唱える。

 こういった仕草は、ドラマや小説に影響を受けているのだろうか。


「トーコは睡眠不足解消でシリウスを抱き枕にして爆睡してるから、連絡して無理に起こすのも可哀想だよ。

 それに、そこの餃子専門店はテイクアウトも出来るから。お土産のシュウマイがあればトーコもきっと機嫌を損ねないから」


「餃子専門店って、シューマイも一緒に売ってるのが普通なの?」

 ルーは二ホン料理についての知識が徐々に増えているので、シューマイについてもどういう料理なのか理解しているようである。


「うん。そこは昔から両方扱ってるし、トーコは猫舌なんで焼きたての餃子よりシュウマイの方が好きなんだよね」

 シンはカフェテリアの椅子から、一同を促すように立ち上がった。




 学園から徒歩数分で到着したその店は、餃子とシューマイ以外が無い本当の専門店である。

 自動ドアも無い雑居ビル1Fのこじんまりとした店内は、行列こそしていないがランチタイムを過ぎてもお客が溢れていた。


「え~と、焼き餃子定食2つと、ミックス定食を1つ。あと焼き餃子と水餃子を単品で2つずつお願いします。

 あ……忘れないうちにお土産の蒸しシュウマイ3人前も追加で!」


 シンは空いていた隅の4人掛けテーブルに着席するなり、手早く注文をする。

 メニューな豊富な店と違ってここでは餃子とシューマイ以外のメニューは選べないので、自己主張の強い二人の女性陣も黙って聞いている。


「そちらの小さいお嬢さんの分は、ご飯を少なめにしましょうか?」

 どう見てもニホン人らしくないのに、ニホン語が堪能な一行にオーダーを聞きに来た店員さんはちょっと引き気味である。

 シンはユウとマリーと一緒に何度か来ているのだが、まだ常連として顔を覚えられていないようだ。


「えっと、むしろ定食1つとミックス定食はご飯大盛りでお願いします」

 エイミーはいつもの輝くような笑顔を見せながら、流暢なニホン語で返答したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「どう、味は気に入った?」


「うん。この間Tokyoオフィスでご馳走になったのと同じ位美味しいよ」


「あの餃子は駅前にある店のだから、今度機会があったらそっちも行ってみようか。

 そこは餡かけのどんぶりメニューも種類があって、すごく美味しいんだよ」


「あっ、姉さんがお気に入りの店でしょ?聞いてるよ。

 ……私が言うと変かも知れないけど、エイミーって体の割には凄く食べるなぁ」


「ふふふ、成長期ですから。

 すいません!焼き餃子4人前追加でお願いします。あと大盛りライスもおかわりを下さい!」


「あっ、私もご飯おかわり!」


                 ☆



「シューマイのお土産ですか……私は小食なので一人前でよかったのに」


「あれっ、シリウスがすごく食べたそうな顔をしているよ」


「シン、シューマイに入ってるタマネギって大丈夫なんでしょうか?」

 エイミーはペットの犬が避けたほう良い食材について、若干知識を持っているようである。


「ああ、ナナさんに聞いたら、もうかなり成長したから欲しがるなら何でも与えて良いって。

 なんでもヒューマノイドの食べるものなら何でも消化できるし、毒物は事前に検知して食べないからって」


 シンは初めてシリウスと顔を合わせた時の、『犬じゃないですよ』というエイミーの台詞を思い出していた。

 ナナは詳細な説明が面倒らしくシンには何も言ってこないが、シリウスが高度に調整をされた犬以上に賢い生物であるのは誰もが納得できるであろう。


「うわっ、凄い食いつきだね」

 エイミーが、手ずから与えているシューマイを掌を舐めとるように次から次に平らげている。

 シューマイ自体には殆ど味付けしていないので、初めて食べる味でも抵抗が無いのだろう。


「多分初めてでは無いと思います。

 私がシューマイ弁当を食べてた時に、シューマイを喜んでつまみ食いしてましたから」

 シリウスが人間が食べているものを横取りするのは考えられないので、多分おねだりに負けてトーコが与えてしまったのだろう。


「ああ……ドックフードと鶏肉ばっかりだったから飽きてたのかも知れないなぁ。

 それにしてもシューマイが好物とは……今後はもうちょっと手作りご飯のメニューを考えないといけないかも」

 二人前の大振りなシューマイをあっという間に平らげたシリウスを見ながら、シンが反省をこめた口調で呟く。


 するとシンの最後の一言に、我が意を得たりとばかりバウッとシリウスが小さく吼え声を上げたのであった。



                 ☆



 雫谷学園の寮にも一応規則が存在するが、出入りの時間については何の制限も無い。

 高層オフィスビルに入っている学園自体が24時間体制で運営されているので、寮に門限を設けるなど全くの無意味なのである。

 もっとも生活している寮生が少ないこの場所に、外部からのお客が来ることなど滅多に無いのであるが。


 入国管理局で多忙を極めるキャスパーがエイミーに面会に来る場合、どうしても遅い時間になってしまうのは避けられない。

 おまけに今日はエイミーとの面会の後にシンに話があるようで、彼女は帰宅せずにリビングダイニングのソファに腰掛けて自前の情報端末をチェックしている。

 仕事を急いで片づけてエイミーに会いに来てくれた彼女に出すのは、コーヒーよりも軽いアルコールと軽食の方が相応しいだろう。

 冷えたビールと手早く作ったサンドイッチをキャスパーの前に置くと、喉が渇いていたのか彼女はまず冷たいグラスに口を付ける。


「うん。やっぱり美味しい!

 ねぇシン君、ここのビールってTokyoオフィスと同じ銘柄?」

 ビールで喉を潤しながら、厚みのあるチキンサンドを次々と頬張っているキャスパーの表情が徐々にリラックスして来たのが分かる。

 シンに食事を強請(ねだ)るような無作法をしない彼女なので、かなりの空腹を我慢していたのだろう。


「ええ。

 仕事終わりならコーヒーより、こっちの方が良いでしょう?」


「うん、シン君らしいさすがの気配りね。このサンドイッチもとっても美味しいわ。

 で、今日はエイミーとの面会のついでに、シン君にちょっと話しておきたい事があってね」


 サンドイッチを齧りながらビールを喉に流し込むキャスパーの姿は、それだけで映画のワンシーンの様に見えてしまう。

 シンの周辺に居る女性陣は例外なく容姿端麗だが、彼女の美しさが出自の違いもあって別格に感じてしまう瞬間である。


「やっぱり、エイミーに関しての話ですか?」


「ううん、違うの。

 『シリウス』に関して、あれからナナさんから何か説明があった?」


「えっと、食事に関してちょっと質問しましたけどそれ以外には特に」


「あの子が普通の犬じゃないのは、理解しているわよね?」


「はい。エイミーは初めて会った瞬間に、そう断言していましたけど」


「物の由来を判別するのは、私達バステトの持っている固有能力だから。

 ただエイミーはまだ知識と経験が足りないから、細かい部分まで説明することが出来ないけど」


「……」


「あの子の正体は『K9』と呼ばれる存在で、この惑星における警察犬みたいな存在なのよ」


「警察犬なら、そんなに珍しくないと思いますけど?」


「この惑星の警察犬は、適正のある犬を選別して訓練するんでしょ?あの子はまったく違うの」


「?」


「『K9』は特定のパートナーの為に作られる強化生命体だから、後付で訓練された動物とは存在意義が全く違うのよ」


「強化生命体って、突っ込み処が満載ですね。

 バイオエシックスについての議論は兎も角として、特定のパートナーというのはどういう意味なんですか?」


「K9は、マスターと呼ばれる共生しているヒューマノイドに奉仕するために生み出されているの。

 ペットとして愛玩するためでは無く、戦闘や災害救助、介助などの実利的な目的のためにね」


「それはこの惑星の犬達と同じじゃないですか?」


「この惑星で言われている『犬が飼い主に似てくる』諺があるじゃない?

 『K9』は言うならば『飼い主に似るように作られた犬』なのよ」


「?」


「『K9』はパートナーとの強い絆や特殊能力を発現させるために、パートナーの持っている遺伝子を一部使っていると言われているわ」


「それって、ハイブリッドという事ですか?」


「詳細については、この惑星の最先端の生化学レヴェルでも全く分からないでしょうね。

 だからナナさん経由であの子がここに突然現れたから、吃驚したのよ」


「Congohの技術では無いとすると、ナナさんはそれをどこから手に入れたんでしょう?」


「ソラのアヴァターラボディを作るために、その『何か』がコンタクトして来たと彼女は言っているわ。

 自分の遺伝子情報を交換条件に、老衰で死に掛けていたピートを、持っている記憶や意識そのままに作り変えて貰ったってね」


「あの黒猫にそんな由来が……」


「メトセラがその生まれ持った使命から逃げられないように、シリウスと貴方との絆は決して切ることが出来ないのを忘れないでね」


「でも犬なら長寿でもせいぜい15年でしょ?切ることができない絆っていうのは、少々大袈裟じゃないですか?」


「メトセラの遺伝情報を使っていて、短命の筈はないでしょ?

 ピートの遺伝子を解析した結果『Iレヴェル』のSOL値を持っているのが判明しているし、シリウスも多分同じでしょう。

 どう、重すぎる話だった?」


「いえ、逆ですね。話していただいて有難うございます。

 肩の荷が一つ降りた感じで、ほっとしていますよ」


「?」


「シリウスはその由来がどうであれもう僕の大切な家族ですから、早々とお別れするような事態にならないのが嬉しいんですよ。

 たぶんナナさんは直系の血縁が誰も居ない僕のために、シリウスを寄越したんでしょう」


 キャスパーとしては長い付き合いのあのエキセントリックな白衣の主が、そんなにまともな思いやりを示しているなんて想像も出来なかったのであるが。

 ここで余計な一言を発してシンの感動を台無しにするつもりも無かったので、シンの最後の一言に彼女は無言でただ頷いたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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