041.As I Am
アルバイト先のジム。
一般会員の指導の後、アキラはジュンと会話をしていた。
「高校の体術指導の助手ですか?」
「うん。責任者の許可を得てるから、手伝ってくれないかな?
これは正式な業務依頼だから、ちゃんとギャラも出るし」
「もちろん、師匠が指導役なんですよね。
私に助手が務まるでしょうか?」
「教える相手は生徒だから専門的な内容じゃないけど、助手がミーナ一人だと厳しくてね。
生徒達の運動能力は高いし、ブートキャンプに参加して基本が出来ている生徒が多いから、教える側としてのプレッシャーもあるし」
「はぁ」
「それに特典として、学籍が必要なら用意してくれるって校長も言ってるし」
「???。
今さら高校の授業を受けるというのは、特典というよりも罰ゲームに近いと思いますけど」
「僕も公立高校に通っていた経験があるから、授業の内容次第かと思うけどね」
☆
数日後、アキラはミーナとジュンと一緒に学園に登校していた。
「こんなオフィス・ビルの中に学校があるなんて」
雫谷学園は学校法人ではあるが、一般には知られていない小規模な学校である。
ビルの中での所在を知らせるサインボードには記載があるが、2フロアを専有している割には記載は控えめであり目立たないように配慮されている。
「今日は様子見だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
受付の事務室でIDカードを受け取ったジュンは、緊張のあまり視線が定まっていない。
もしかしたら学校という場所に、嫌な思い出でもあるのかも知れない。
「校舎?という場所に足を踏み入れたのは、中学以来なので」
「それなら、ちょっと早目だけど先にお昼にしようか。
カフェテリアはすべて無料で、24時間利用できるんだよ」
まるでファミレスのような広いフロアには、厨房の職員以外には人気が全く無い。
ランチタイムにはまだ早すぎ、朝食を摂るには遅いアイドルタイムなのであろう。
「うわぁ、ドリンクバーもすごい種類があるんですね」
「姉さん、今日のご飯は何ですか?」
アキラは厨房担当の女性と顔見知りらしく、気さくに声を掛けている。
「今日はチキンのビリヤニ。香辛料は抑えめにしてるから、食べやすいと思うよ」
「何かお祝い事でもあったんですか?
ビリヤニって、ハレノヒのメニューですよね?」
「へえっ、アキラは物知りだねぇ。
特にイベントは無いけど、手間がかかる料理だからたまに作らないと腕が鈍るからさ」
「それはラッキーかも」
巨大なプレートに盛り付けたランチは、かなりのボリュームである。
3人は窓際に席を取り、食べ始める。
「ミーナどうかな?」
「おいしいです!単純な炊き込みご飯とちがって、ご飯が層になっていて味が変化するんですね」
「ジュンは大丈夫そうだね」
「はい。この細長いお米、サラサラして食べやすいです。
癖になりそうな味です」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「僕とミーナはこれから校長の授業を受けるんだけど、一緒に聴講しない?」
「あの、難しいのは私には無理だと思いますけど」
「ううん、校長の歴史の授業は、これを目当てに登校する生徒が多い人気授業だからね。
予備知識が無くても、とっても楽しいと思うよ」
少人数の授業が多いこの学園では、会議室レベルでも教室が大きく感じる。
早々と一番前の席を確保した3人は、入室して来た校長の話に耳を傾ける。
「ジュン君、君はパンとご飯、パスタの中ではどれが一番好きかな?」
「……え〜と、どれも同じ位好きです」
見掛けと違って流暢なニホン語に、驚く間もなく彼女は答える。
面識の無い筈の相手にいきなり名前を呼ばれて、緊張する間もなかったのかも知れない。
「僕の唯一の得意料理からわかるように、僕はパンが大好きなんだな。
もちろんジャンキーな牛丼も好物だけどね」
校長がカフェテリアの厨房に立っているのを周知している生徒は、小さな笑い声を上げる。
また近所の牛丼店で彼を見掛けたことがある生徒も、同様の反応である。授業中とは言え、緊張感の欠片も無いフランクな雰囲気である。
「今日は帝政ローマ時代の食事や、パンやイースト菌の歴史について話をします。
途中で空腹を感じた人は、遠慮なくカフェテリアに移動して構いませんよ」
☆
翌日アキラ宅での夕食。
「あれっ、校長がお呼ばれしてる!」
セーラが声を上げているが、この場に居るのがかなり意外だったのであろう。
「邪魔者みたいに言われるのは心外だなぁ。
僕は魯肉飯も好物だから、あの味が恋しくなったからアキラに作って貰おうと思ってさ」
「師匠からも、ちゃんと申し送りがありましたし、ちゃんと用意してありましたから。
いつ来ていただいても、歓迎しますよ」
大きな丼に盛り付けられたご飯と餡は、食欲を誘う独特の香りがしている。
「そうそう、この香辛料の感じが最高なんだよね。
もはやタイペーの店で食べるよりも、こっちの方が好みと言えるかも」
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