040.The Wonder
ジュンはアキラの料理を気に入ったようで、大皿から取り分けたメニューを満遍なく食べている。
ゲストとして遠慮がちだった彼女も、モリモリと豪快に頬張っているティアを見て安心したのだろう。
「アキラ、このチキンとっても美味しい!」
ティアはアキラの料理を食べ慣れているので、新メニューにも直ぐに気がついたようだ。
下味を付ける下準備が必要なので、手早い調理が特徴であるアキラとしては珍しいメニューと言えるだろう。
「ハワイベースで、ユウさんに教わったんだ。
もち粉が入った衣で、オワフだと定番メニューみたいだよ」
「あの、アキラさんって、本職は料理人なんですか?」
たった今話題になったチキンを頬張りながら、ジュンは控えめに尋ねている。
彼女も、サクサクした衣を気に入ったようである。
「さん付けは要らないから、呼び捨てにして欲しいな。
料理は自分で食べるために覚えたから、本職では無いよ」
「アキラに出来ない事は無いです。
セスナの操縦も簡単にものにしたし」
「それを言うなら、ミーナも僕と一緒にライセンスを取れたじゃない。
良く頑張ったよね」
「へへへ」
さりげなく褒められたミーナは心底嬉しいようで、満面の笑顔を浮かべている。
「アキラさんって、良いところのボンボンなんですか?
こんな高級マンションに住んでるし、お金に苦労してなさそうだし」
「僕の家族はミーナだけで、他には血縁は居ない天涯孤独だよ。
それに僕の周りは、ノエルみたいに自分で稼いでいる人が大勢居るよ」
「今は天涯孤独じゃないんじゃない?
商店街の中でも、アキラは皆に頼りにされてるしね」
「……私も皆に求められるような大人になりたいです」
「ジュンは那須さんより素質がありそうだから、地道に続ければ道は開けると思うよ。
ただし格闘技の興行は、単純に強くなれば良いって訳じゃないのが難しい点だよね」
「???」
「ほら那須さんの、最近の試合を思い出してご覧。
パンチ一発で形勢逆転ばかりだと思わない?」
「あ……」
☆
数カ月後。
「俺の目では全く分からないが、彼女の技能は上がってるのかい?」
「ええ。ミーナのレベルはまだ無理ですが、頸を使えるようになりつつありますね。
那須さんよりは適性があるので、上達が早いかも知れません」
「ただなぁ……女子の格闘技界はちょっと特殊な世界だからなぁ」
「どういう事ですか?」
「ほら、本人もぼやいてただろ?
なかなか試合が組まれないって」
「……」
「彼女は可愛らしいが、アイドル並とまでは言えないだろ?
身体もまだ成長期だけど、グラマーには程遠いしな」
「容姿端麗まで求められるなんて、女子の格闘技界は複雑なんですね」
「昔からアイドル的な要素は、排除されていないからな。
それで彼女の身体は、まだ成長の余地があるのかな?」
「年齢的にはまだ成長すると思いますけど、それじゃまるでモデルの養成所みたいですよね。
健康的に成長するのは、いくらでも促進できますけど」
「本人は頭の回転が早いし、進路を変更するのも可能だと思うんだが。
決めるのはあくまでも本人だからな」
「高校進学も諦めたらしいですから、その点はもったいないかも」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
数日後。
「私のアルバイトに同行したいって、師匠も物好きですね?」
ここ数ヶ月の交流で、ジュンはアキラを師匠と呼ぶようになった。
一見上下関係のように聞こえるが、アキラを崇拝するというよりは生徒と教師のような徒弟関係になったというべきであろう。
「ほら僕は社会経験が乏しいから、後学のためにね」
「夜間の清掃作業は地味だし、汚れ仕事ですよ。
社長ちょっと宜しいですか?」
イケブクロの雑居ビルに入っている清掃会社は、女性スタッフをメインにしている変わった会社である。
当然の如く、経営してるのは妙齢の貫禄がある女性である。
「おお。その男の子は、ジュンの彼氏か?」
「……違います!最近通ってるジムのインストラクターです。
私のアルバイトぶりを見てみたいという事で、今日は同行して貰いました」
「アキラです。
今日はジュンが普段の仕事ぶりを見たくて、無理に連れてきて貰いました」
「ほほう、愛する彼女の仕事ぶりを見てみたいと。
なかなか感心な彼氏だな」
「「……」」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「師匠、本当に清掃作業未経験なんですか?
ポリッシャーの扱い方も、慣れてますし」
現場に同行するという事は、当然ながら作業を手伝うという事である。
アキラは指示以上にテキパキと作業を進めるので、周りから驚かれている。
「こういう道具は、文化が違っても使い方は同じだからね」
「???」
「ジュンのボーイフレンドは、すごく有能だな。
なんなら、このままここで働かないか?」
「今のトレーナーの仕事が無いなら、考えるんですが。
機会があったら、宜しくお願いします」
「ジュン、良い彼氏を見つけてよかったじゃないかぁ」
「……」
ミーナの存在を知っているジュンとしては、複雑な表情を浮かべていたのであった。
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