037.Come To The River
F−16は、ハワイベースの滑走路に無事着陸した。
「ふぇ〜っ、こんな状態の単発機で良く戻ってこれたね」
エマージェンシー・コールは受けていないが、SIDから逐次状況を伝えられていたジョンが驚いている。ユウの神業的な射撃能力は何度も目にしているが、操縦技能の高さはそれに隠れて目立たないのである。
「一重にアキラのお陰ですよ」
「いいえ。ユウさんの操縦が、的確だったからじゃないですか。
エンジンの機嫌をみながら、高度を稼ぐ手並みは見事でしたよ。
僕はほんのちょっとだけ、お手伝いしただけですから」
アキラは特殊な頸の使い方で、さすがに疲弊しているように見える。
「ベルにもトラブルの連絡が行ってると思うけど、燃料ポンプはローテクなパーツだからね。
ワコージェットの対策部品と同じで、そんなに時間が掛からないと思うけど」
「F110エンジンは義勇軍の主力エンジンですから、大量に必要なのがネックかな」
「ユウさん、その燃料ポンプ問題というのは、原因が分かってるんですか?」
「飛行中にジェット燃料がポンプの中で変質するらしいというのは分かってるんだけど、どうやっているのかは惑星外のテクノロジーじゃないかな」
「……それって、つまり?」
「EOPで見応えのある映像を取得するための、妨害工作だね。
幸いにいままで犠牲者は出てないけど、いい加減にして欲しいなぁ」
「これで暫くは義勇軍のF−16は飛行停止になるから、アキラのジェット講習はお預けかな。
計器飛行免許を取得したら、それで一段落になるかな」
「ええ。これで一区切りにするのも、悪くは無いですね」
☆
リビング。
「明日、マウナケアにはアキラ一人で行くんだって?」
ユウがジャンプでTokyoに戻っていないのは、あまり頻繁に移動を繰り返すと時差ボケが酷くなるせいである。
「ええ。NASAの施設の定期点検に、シンさんの顔で同行させて貰える事になって。
強行軍でビジターセンターでの待機が無いので、気圧変動に敏感なミーナにはちょっと無理かと」
「ああ、シン君はNASAの職員の肩書も持ってるもんね」
「ヒッカムからコナ空港経由で送迎してくれるそうで、ツアーに参加する手間が省けますよ」
「私用の防寒着があるから、体格的にも丁度よいかな」
「先方からも服装は念を押されてますので、有り難くお借りしますね」
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場所は変わってマウナケア山頂。
ヘリとオフロード車を乗り継いで忙しく山頂まで到着しているが、アキラは前日の疲れも見せずに平然としている。
「え〜とアキラ君、我々の保守作業は3時間ほどで終わるから。
それまであまり遠くには行かないようにね」
NASAの赤外線望遠鏡施設は規模が小さく、観光客とは縁遠い地味な建物である。
「了解です。自分はサンセットだけを体験出来れば良いので、そこの階段に座ってのんびりとしてますよ」
「気圧差で気持ちが悪くなったりしてない?」
「大丈夫です。特に問題はありません」
今日はツアー客が居ない日らしく、山頂には人気が全く無い。
薄暮の天空は遮るものが全く無く、壮大な眺めが広がっている。
職員が建物に入ったのを確認したアキラは、何も無い空間に向けて声を掛ける。
「ユウさん、来てますか?」
「うわぁ、光学迷彩を展開してるのに、気配だけで分かるの?」
姿を見せていないユウからの返答は、まるで幻聴のようである。
「知ってる人ならすぐに分かりますよ。
本当に、すごい景色ですね。来てよかったです」
光学迷彩を解除したユウは、プルタブの付いたビールを光学迷彩越しにアキラに手渡す。
傍で見ていると、まるで何も無い空間からいきなりビール缶が出現したように見えるであろう。
「あれっ、この気圧なのにビールも普通に飲めますね?」
「ほら、私が装着しているアンキレーユニットは気圧調整機能があるから。
私の側にいると、有効になるみたいだよ」
「便利な機能ですけど、本来はサバイバル用なんですよね?」
「そうみたい。
惑星間移動が出来るユニットだから、かなり過酷な状況にも対応できるらしいんだ」
「これは……現地の人から、神聖な場所と言われているのも納得できる景色ですよね」
「でしょ?
自分はこの素晴らしい景色を見ながら、ビールを飲むのが好きなんだ」
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「アキラ君、寝てたのかな?」
「いいえ。ちょっと瞑想の真似事をしてただけです。
作業は終了しました?」
「うん、無事に終了したよ。
あっ、差し入れて貰ったお握りは、みんなで美味しくいただきました!」
ハワイ在住のNASA職員たちは温厚なメンバーが揃っているらしく、皆感謝の会釈をしている。
「アキラ君、誰かとしゃべっていたような声が聞こえたんだけど?」
職員の中でも、ロコらしき年配者がアキラに声を掛けてくる。
「……あの、此処だけの話なんですが、瞑想中に綺麗な女性が現れた気がして」
ここでアキラに声を掛けてきた職員が、息を飲むような表情に変わっている。
「少しだけ、お話が出来たような、そんな感じですかね」
「ちょっと前から、綺麗な女性が突然山頂に現れるって噂があってね。
やっぱり本当の話なのかも知れないなぁ」
アキラの案内役だった男性は、周りをキョロキョロしながら呟く。
どうやらユウの秘かな楽しみは、都市伝説の一つを助長してしまったらしい。
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