036.Crashing In
「育った文化が違う所為か『より速くより高くって』いう価値観が、僕には良くわからないんですよ」
テスト・パイロットを描いた映画の台詞?を、アキラは呟いている。宇宙への憧れにしても、アキラは他の惑星からの移住者なので、理解し難いのは当然である。
「うんうん」
肝心の映画の視聴を勧めたユウ本人は、妙に納得したように相槌をしている。
「ですからたとえジェットを操縦できるようになったとしても、それはあくまでも軍務を果たすという意味しか無いかも知れませんね」
「でも空を飛ぶって行為に、禁忌や嫌悪感がある理由じゃないんでしょ?」
「それは無いですけど、自分の身を預けているのが自分では触れないブラックボックスなのは気に入らない部分ですね」
「それじゃ故郷で飛んでいたハンググライダーみたいな機体は、それぞれの自作だったんだね」
「ええ勿論です。この惑星にあるカーボンファイバーみたいな素材を使って、気軽に自作できる環境にありましたから」
「ねぇねぇ、それってすごく興味があるなぁ。
今度設計図とか、書いてくれない?」
「ええ、それは構いませんけど。
最新鋭機の操縦経験があるユウさんが、興味があるなんて意外ですよね」
「自分で作れないものは信用しないって、実は義勇軍のパイロットでもそういう人は多いんだ。
そういう人は、アラスカベースのベルさんの元でレストア作業に携わると意見も変わるんだけどね」
「そのベルさんに、ぜひお会いしてみたいです」
「彼女は特にシン君と仲良しだから、そのうち会えるんじゃないかな。
Tokyoには頻繁に食べ歩きに来るしね」
☆
体験飛行当日。
空域使用の関係上、義勇軍が自由にジェットを飛ばせる日は少ない。
割り当てられたこの日以外に勝手に飛行をすると、IFFを使用していても大騒ぎになるのは必然なのである。
「あんまり気乗りしてないみたいだね」
ハンガーに向けて一緒に歩きながら、ユウはアキラに呟く。
駐機している複座のF−16は、老朽化が激しいA−4の代わりに配備されたばかりの機体である。
アラスカからフェリーされたばかりなので、レストア終了後のピカピカの状態である。
「ジョンさんも徹夜で整備してくれたみたいですし、ユウさんも来てくれたんで」
「それにしてもGスーツが似合うよね。
歴戦のファイターパイロットみたい」
後席に収まったアキラは、緊張も興奮もしていない穏やかな表示をしている。それほど小柄では無い彼であるが、Gスーツと射出座席の窮屈さを全く気にしていないようだ。
キャノピーを下ろしたユウは、エンジンをスタートさせる。
「管制、ストーク・ワン、離陸する」
「こちら管制、エンジンはまだ慣らし中だから、ぶん回さないように。
それじゃアキラ君、楽しんできて」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
本来ならば高G機動の体験を行う場面なのだが、なぜかユウは慎重に水平飛行だけをしている。
ジョンの発言に感化された訳では無いが過去にトラブルに遭遇した時と同じ、独特の空気を感じているのだろう。
ここでコックピット外の景色を眺めていたアキラが何かに気がついたようで、インカムを使ってユウに話し掛けてくる。
「ユウさん、エンジン音が少しおかしいです。
あとECUの燃料流入表示にアラートが出てますね」
穏やかな口調は危機感を全く感じさせないが、かなりの緊急事態なのは間違い無い。
「あらら、予想はしてたけど容赦無いなぁ」
「予想してた?」
「アキラ、初めてのジェットの飛行で申し訳無いけど、射出座席の操作は習ってるよね?」
「ええ、もちろんです」
「このまま不調が続くとエンジンがストールするかも知れないから、ハワイベースの滑走路までは辿り着けないかも。出来るだけハワイベースの近くに行ってから着水するしかないかな」
水平飛行し続けた機体は、オワフ島のかなり沖合まで来ている。
「私はジャンプで脱出できるから、アキラには先にベイルアウトして貰うから。
そのつもりで手順を再確認して」
「ユウさん、この機体、価格はともかくレストアした人や、ジョンさんの膨大な手間が掛かってるんですよね?」
「一番の手間は、レストアを担当しているアラスカのベルかな。
彼女は義勇軍のほぼ全ての機体を担当してるからね」
「さっきの口調だと、同じようなトラブルが過去に起きていたみたいですけど」
「うん。うちの関係者が同乗してると、機体を問わず燃料ポンプが不調になるというトラブルなんだ」
「燃料ポンプって、この機体のエンジンだとコアユニットの中央にくっついている奴ですよね?」
アキラの冷静な口調にはゆらぎも無く、普段の雑談のようである。
「……そうだけど、F110のマニュアルでも読んだの?」
「昨夜のうちに機体のマニュアルは、ほぼ全て読んでます」
「……」
「これから燃料ポンプに『干渉』しますから、ECUの表示を注視していて下さい。
ピンチになったら自分は遠慮無くベイルアウトしますから」
「干渉って、何を?
うおっ、アラートが止まった!」
「たぶん一時的な解消ですから、できるだけハワイベースへの距離を稼いで下さい。
僕の能力にも、限界がありますから」
アキラの声色が、一転して低くなる。
干渉するために、彼の持っている発勁の能力をフルに使っているのであろう。
「了解」
(……ミーナちゃんが言ってたアキラに不可能は無いっていうのは、こういう事か)
お読みいただきありがとうございます。