034.Peaces
「こんなに余っちゃったのは、想定外だよね。
頼りのマリーも不在だし、どうしようかな」
メニュー全部を注文したのはいつも通りであるが、今回のメンバーには大食いのマリーが不参加である。食べ残しはパック詰めにして貰ったのだが、大きなショッピングバック2つ分とかなりの分量である。
今回のメンバーにもただ一人大食いのルーが居たのであるが、他に食欲増進を促すメンバーが居なかった所為であろうか。
「あのユウさん、それならノエルのところはどうでしょうか?
あそこはリッキーもいるし、大食いのティアも居ますから」
アキラがここで進言したのは、日頃から夕食を共にする機会が多いからであろう。
「うん、頭数が多いし一番良いかな。シンがTokyoに居れば、この場に呼べたのにね」
「リッキーはそんなに牛肉が好きじゃないですけど、魚介類のメニューは喜ぶと思いますよ」
「ねぇアキラ、もしかしてリッキーとそんなに細かいやり取りが出来るの?」
アキラとは面識があるが、日常的には接点が無いルーが首を傾げている。
「えっ、飼い主とか友達ならば普通できるんじゃない?」
「……」
「アキラは、商店街の動物病院からしょっちゅう呼び出しを受けるんですよ。
近所では、まるでドリトル先生扱いなんです」
ここで食べすぎて黙っていたミーナが、ポツリと呟く。
「なるほど。
アキラの特技は、腕っぷしよりもそっちなのか」
「はい。アキラが出来ない事は無いです!」
「ふふふ。ノロケありがとう、ご馳走さま!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
深夜の管制塔。
アキラは管制レーダーを眺めながら、珍しく一人でビールを飲んでいる。
まだ時差ボケが残っているのか、眠そうな様子は微塵も感じられない。
「あれっ、アキラ一人?
珍しいね」
螺旋階段を登ってきたマイラは、胸元にネックストラップに装着したサックスを抱えている。
「ミーナは連日の訓練で疲れてるから、就寝が早いんだ。
マイラはこんな場所に来て、どうしたの?」
「ほら、お祝いで貰ったサックスの試奏をしたくて。
ビーチの潮風には当てたくないし、それに此処は防音になってるからさ。
迷惑じゃなければ、試奏を聞いて貰って良いかな?」
「喜んで。
僕はこの惑星の音楽は良くわからないけど、ジャンル問わず聞くのは大好きだから」
リズムのカウント無しに、艶っぽいロングトーンが管制塔に響く。
マイラ自身のアルバムにも収録されている、バラード曲である。
「どう?」
「そのサックスの音色、泣きたくなるような切なさを感じさせるね。
まるで『仲間に遠吠えしている同胞』みたい」
小さく拍手しているのは、演奏している相手に対する礼儀であるが、感想に関してはアキラが心から感じた本音なのであろう。その証拠に感情の起伏を人前で見せない彼が、瞳を潤ませているように見えるのである。
「こんなに的確は感想を聞けたのは、初めてかも知れない。
アキラは普通の人より共感性が高いんだね」
アキラが持ち込んでいた缶ビールのタブを開けながら、マイラは微笑みを見せている。
「……僕もマイラと同じ境遇だから、気持ちがストレートに伝わったんじゃないかな」
「そうかも。
それじゃ同胞に乾杯!」
☆
翌朝。
「アキラ達はもう出掛けたんだ」
日の出から間もなくだが、何か作ろうとマイラはリビングに顔を出した。
最近の夕食はほぼ毎日アキラに頼っているので、それ以外は自前調達が基本である。
「うん。ほらヒッカムの教官のスケジュールがびっちりで、午前中しか体が空いてないからって。
カーメリの飛行教官の誰かが、スケジュールの余裕があれば解決するんだけどね」
「ねぇジョンさん、なにか美味しそうなものを食べてない?」
リビングの大皿と保温ポットからは、何か食欲を誘う匂いが漂っている。
「アキラが自分たち用に作った、朝食の残り分。
かなり大量に作ってたから、まだまだ余ってるよ」
「この保温ポットに入ってるのは、お粥?」
「うん。タイワン風で薄味だけど、とっても胃に優しい感じだね」
前日がステーキレストランのヘヴィーな食事だったので、味付けはその辺りを考慮したのであろう。
「この大量のサンドイッチは、バインミーみたいだけど?」
「厨房に届いたフランスパンが余ってるのを見つけて、作ってくれたみたい。
これはTokyoで食べてから、アキラのレパートリーに入ったらしいよ」
「タイペーにもベトナム料理店はあるだろうけど、Tokyoなんだ。
ん、これは黄色ラベルのフンタンを使った本格的な味だね」
「冷蔵庫の余り野菜とか鶏肉を使って、上手に作ってるよね。料理経験があんまり無い筈なのに、彼はやりくり上手なんだよね」
「ここの厨房担当として、欲しくなったんじゃない?」
料理が壊滅的に苦手なジョンに、マイラは悪戯っぽく笑っている。
「ははは。まだ学園に通ってるから、勧誘するにしても先の話かなぁ。
それにキャスパーが保護者だから、難しいんじゃないかな」
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