032.Keep My Heart Alive
ヒッカム基地正面ゲート。
「私、米帝の基地に入るの生まれて初めてです」
助手席のミーナが、運転席のルーに呟く。
ゲート通過時にビジターのIDを受け取ったミーナとアキラは、カードを首から下げるように言われている。義勇軍の野戦服姿であるルーは顔パスなのか、ゲートの衛兵にはもちろん何も言われていない。
「セスナはここのハンガーに預けてあるからね。
二人の臨時パスも申請しておかないと」
巨大な駐車スペースから出た3人は、大きな兵舎に向かって歩き出している。
司令部や将官のためのスペースで、民間人や一般の兵隊には縁遠い場所である。
事前に義勇軍としてアポを取っていたのか、事務方の責任者と間を置かずに面会することが出来た。
個別のオフィスと秘書官を持っているということは、かなり階級が高い佐官なのであろう。
「あらぁ、ルーちゃん久しぶりね。
ハワイに来たのは何ヶ月ぶり?」
ルーを少尉という階級では無くファーストネームで呼び捨てにしている彼女は、この基地の事務方のトップである有能な将校である。休日にはハワイベースで海水浴をするなど普段から親交があるので、話はスムースに進むのであろう。
「ご無沙汰してます。
今日は二人の入構許可証をお願いしたく、参上しました」
「二人とも学生さん?初々しいわね」
「ブートキャンプはまだなので平服ですけど、二人とも義勇軍所属になります。
特にアキラは、将校を目指して貰う予定です」
「うん。彼は若いのに、上に立てそうな風格があるわね。
米帝語はわかるのかしら? Lei Parla inglese?」
義勇軍の公用語はイタリア語では無いが、心配りが出来る人柄なのであろう。
「Yes、Mum.
お会いできて光栄です」
「あら敬礼もさまになっているわね。
今後とも宜しくね!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「そういえば、マイラちゃんは明日から試験だったわよね」
彼女はスケジュールに余裕があるようで、室内のソファで雑談が続いている。
「はい。まぁ対空時間も十分ですし、本試験も問題無いと思います」
「私も飛行教官で一緒に飛んだから、習熟度は把握してるわ。
入構許可証が必要ということは、二人ともセスナの教習を始めるんでしょ?」
「今日の体験飛行後に正式に決まりますけど、特にミーナはやる気があるみたいですね」
☆
「それじゃ操縦桿を触れるように、ミーナを前席に乗せてあげて下さい」
飛行準備が完了した機体を前に、アキラがルーにさり気なく呟く。
「えっ?」
事前に何も聞いていなかったミーナは、驚いた表情を浮かべている。
「了解。
ミーナちゃん、シートベルトの装着はわかるかな?」
エンジンをスタートさせたルーは、管制とのやり取りを始める。
メインの滑走路はタイミングが良かったのか、タキシングしている機体がセスナ1機だけである。
もしかしてウォートホッグライダーであるルーに、管制の知り合いが気を利かしているのかも知れないが。
「それじゃ行くよ」
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数時間後のハワイベース厨房。
「アキラばかりキッチンに立たせて申し訳ないね」
厨房に顔を出したマイラが、アキラに声を掛ける。
「いいえ。今回はそのつもりで同行してますから。
それにここの鮮魚があれば、レパートリーも増えますし」
アキラはコミュニケーター越しに、ユウからポキの調理について教えて貰っていた。
魚の捌き方はすでにマスターしているので、漬けのレシピを応用して様々な味付けを試しているようである。
「初めて作ったんですけど、味見して貰えます?」
「うん。軽いワサビの風味がして、美味しい。
あれっ、ミーナちゃんは?」
「なんか想定外にセスナの操縦を気に入ったみたいで、ルーに教えて貰ってシミュレーターをずっとやってます。マイラの目から見て、彼女の適性はどうなんでしょう?」
「うん。普通の人よりは、適性はあるんじゃない。
ここ一瞬の集中力は、人並み外れてるしね。
でもアキラはあんまり乗り気じゃないみたいだね〜」
「まぁ学園の取得単位になるなら、やってみるかみたいな感じですかね」
「ねぇ、もしかしてアキラは空を飛んだ経験があるんじゃない?」
「……」
手際よく切り身を造りながら、アキラは無言である。
触れられたく無い話題では無いが、説明するのが面倒そうな表情である。
「いや、体験飛行中の様子を見てたルーが言ってたんだ。
妙に落ち着いてたから、操縦経験があるのかもって」
「この惑星にハンググライダーってありますよね。
僕の生まれ故郷では、子供の頃からああいう機体で遊ぶんですよ」
玉ねぎの千切りを作りながら、アキラはポツリと語り始める。
昔話をしたがらない彼としては、珍しいことかも知れない。
「ハンググライダーでもかなりの高度まで飛ぶよね?
それって危なくないのかな?」
「師匠みたいに10トンの機体を制御できませんけど、自分の体重程度なら子供でも制御できますから、怪我をすることはありませんね。逆に言うと、それが飛ぶ事の必須条件みたいになってるんです」
「飛行感覚は、幼少時から鍛えてるんだね」
「この惑星で言うところの『気』は、歩きはじめた瞬間から鍛えるのが普通なんですよ」
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