036.I Believe I'll Dust My Broom
「シン、いつも悪いがこれをアラスカ・ベースまで届けてくれるか?」
「了解です」
「シン、この座標にDDの反応だ。エイミーと一緒に向かってくれ」
「了解です」
……
アンキレーの亜空間飛行が使えるようになったシンは、授業の合間に世界中を駆け回るせわしい日常を送っていた。
緊急時に多額のコストをかけてプライベートジェットで運んでいた秘匿性の高い荷物でも、シンならば世界中どこでも数分で手渡しできる利便性はとても大きい。
またタイムロス無しにDD捜索に出動出来るメリットは、業務に余裕が出来たと入国管理局のメンバー達にも深く感謝されている。
もちろんシンの働きはボランティアでは無く義勇軍としての正式な業務なので、彼と同行しているエイミーの個人口座にも多額のギャラが振り込まれるようになっているのだが。
☆
「エイミー、また『惑星の歩き方』を見てるの?」
かなり昔にベストセラーになった地域毎に発行されているガイドブックを、彼女は真剣な表情で見ている。
SIDに頼めば該当地区の監視カメラからリアルタイムで何でも見ることが出来るのだが、純粋に本として読むのが楽しいらしい。
「へへへ、お休みに行きたい場所を考えてるんです」
「そうだ、ユウさんから教えてもらったマウナケアは?」
「いいですね~。ハワイベースがあるから、中休みして夕暮れと日の出をセットで見れたら最高ですよね」
「あっ、でもお出かけは午後からだよ。午前中はちょっと用事があるから」
「はい。了解です。
でも私とのお出かけは、もうちょっと先でも良いですよ」
「?」
「ほら最近ほったらかしになっていて、ちょっとご機嫌斜めの方が居ますからね!」
「ああ!」
今朝レイから来ていたメールの内容を思い出し、シンはエイミーに深く頷いたのであった。
☆
数日前のTokyoオフィスのリビング。
「アリゾナの演習地の使用許可が欲しいって?」
フウが意外そうな口調でシンに確認する。
「はい。地図を見るとかなり広そうなのでオフの日の自主練には最適かと。
普段から細々と訓練はしてますが、射撃関連を試すにはTokyoオフィスの地下射場ではちょっと怖いんで。
アラスカベース周辺でも良いんですが、この時期雪崩とか起きたら面倒ですし」
地下射場のバックストップはチタニウムとメタリの装甲板で補強されているので、対物ライフルやケラウノスの試射にも対応している。
だが対物ライフル以上のマズルパワーがある場合、地下深くであっても近隣に被害を与える可能性はゼロでは無い。
地下深くの土壌は粘土質でほとんどの弾丸は止められるだろうが、地下鉄や埋没されているインフラに被害があった場合には実に厄介なのである。
「あそこは使用するのはデビス・モンサンとの調整で年に数回程度だから大丈夫だと思うが、許可を取るのにちょっと時間を貰うぞ」
「はい。宜しくお願いします」
「エイミーからお前のアンキレーは自己進化すると聞いているが……くれぐれも極小ブラックホールを生成するような大量破壊兵器は作ってくれるなよ」
「はぁっ?」
「アンキレー無しでもお前のアノマリアについては戦術兵器指定しろって、関係各所が煩いんだ。
お前も行動を常時監視された、不自由な生活は嫌だろう?」
「もちろんです。でも極小ブラックホールを生成するだけの能力が、アンキレーにあるんでしょうかね?」
「亜空間を利用してる遺失超技術のシステムだから、出来ないとは言い切れないな。
射撃武装の必要性は理解できるが、威力はせいぜい市街地で使えるレヴェルにしてくれよ」
☆
数日後。
早朝に寮の屋上から一人出発したシンは、僅か数分でアリゾナの演習地に到着していた。
時差の関係でここ現地では昼すぎの時間帯だが、岩とむき出しの地面が広がる荒野には周辺に道路はもちろん人影も全く見当たらない。
「SID、周辺の確認をしてくれる?」
「演習地内はオールクリアです。ただしフウさんの指示で、光学衛星が頭上で監視していますが」
「了解」
(フウさんも心配症だな。さっそくターゲットを用意してっと……)
以前の地上攻撃の演習でターゲットにしたであろう乗用車の残骸が数台並んでいるが、錆と穴だらけではどこに着弾したのかがまず分からない。
それに薄い鉄板のボディでは、どの程度の威力なのか判断材料にもならないだろう。
岩だらけの周囲を見渡してシンは比較的平たく平坦な巨岩を選び出すと、重力制御でゆっくりと垂直に持ち上げる。
地面が露出している平坦な場所まで移動させると、余計な力が加わらないようにゆっくりと巨岩を地面に下ろしていく。
アンキレーをアクティベートする前であっても可能だった作業だが、今のシンにはアノーマリーの制御については余裕がある。
重量物に対しての繊細な制御は以前のシンならば不可能だったが、今では数ミリ単位で細かく動かせるし疲労も全く感じない。
自重で地面にめり込んでいく巨岩は地中の岩盤に当たったようで沈降が止まり、これでターゲットは準備完了である。
シンはまず数か月前に自分のアイデアで考えた、圧縮空気弾を試してみることにする。
当時はいくら訓練を重ねても空気の圧縮と同時に行う射出がスムースに出来ず、試行錯誤を繰り返しても実用になる威力は得られなかったのだが。
人差し指を伸ばした右手を前に突き出しトリガーを引くのと同じ感覚で右手の筋肉を一瞬だけ収縮させると、タイムラグ無しにターゲットにした岩の中央から砂埃が舞い上がる。
(あれっ、以前と威力が全然違うな)
この手応えはハンドガンでスティールターゲットを撃ったのと同じで、対象物である岩に強いエネルギーを放出出来た感触がある。
より空気を強く圧縮するイメージで架空のトリガーを引き続けると、岩から上がる砂塵の量と着弾の音が大きくなっていく。
イメージ的には指先から空気弾を発射しているのであるが、現実にはターゲットに着弾するその場で圧縮された空気が力点として作用している様に見える。
大型の削岩機でつけたような穴が、ターゲットである巨岩にどんどん刻まれていく。
連射や手を下げた状態からのヘッドショットなど様々な状況を試してから、最後にターゲットになっている岩から100メートルほど距離を取って渾身の力を込めた一撃を放ってみる。
「はっ!!!」
シンの気合を入れた掛け声とともに、ターゲットの巨石はまるで爆発したかのような轟音と共に粉々に砕け散った。
(威力としては30mmの劣化弾よりちょっと強い位かな。
結局フウさんの忠告に影響されちゃったな……)
もちろん惑星破壊兵器の能力を取得するのはシンの本位では無いので、今の処はこれで十分だろうとシンは納得する。
もちろん単発で発射された30mm砲が、数トンの巨石を粉砕できる訳はないので彼の認識は明らかに間違っていたのであるが。
「SID,最後の着弾は動画で録れてる?」
胸元のコミュニケーターのカメラはしっかりと前方を向いていたが、念のために尋ねてみる。
「大丈夫です。衛星からの監視画像もばっちり撮れていますよ」
「それをフウさんに伝達しておいてくれるかな?
あとトーコの現在位置を教えてくれる?」
「トーコさんは、現在寮の部屋で爆睡中です」
(じゃぁさっさと寮に帰ろうか……)
空中に浮遊したシンの姿は、アリゾナの強い日差しの中に一瞬のうちに見えなくなったのであった。
☆
「トーコ、これから二人でデートしようか」
寝起きでシャワーを浴びたばかりのトーコに、シンは前置き無しにいきなり提案する。
シンの足もとでは、最近あまり構ってもらえていないシリウスが体をこすりつけて甘えている。
「二人でデートって……
どういう風の吹き回しですか?」
いつものちょっと捻くれた口調だが、表情には笑みがこぼれているので機嫌が悪いわけでは無さそうだ。
「最近締め切りがタイトで余裕がなかったでしょ?
エイミーがずっと心配してて、レイさんからもフォローするように頼まれてるしね」
「それなら暖かい食事……いや美味しいお肉を食べたいです!」
「SID、ロイヤル・ハワイアンのあのステーキハウスに予約できるかどうか連絡してくれる?」
高熱で一気に焼き上げる米帝スタイルのステーキはシンの好みでは無いが、脂身が嫌いなトーコはここのフィレ・ステーキをかなり気に入っているらしい。
「……予約、2時間後に取れましたよ」
「サンキュー、SID!」
「噂のジャンプで行くんですか?」
シンの後について寮の屋上に来たトーコは、背中を向けているシンに尋ねる。
もちろん同行したがっていたシリウスは、廊下でエイミーに捕獲されて部屋で大好きなブラッシング中である。
「うん。しっかり掴っててね」
細かい説明を省略したシンは、振り返るといきなりトーコを持ち上げて横抱きにする。
「ちょっ……いきなり……」
シンの首に手を回してしっかりと抱きついているトーコの顔は、既に真っ赤になっている。
トーコの顔はシンの横数センチにあって、自分の激しい心臓の鼓動も聴かれてしまいそうな距離感である。
「あれっ、寮に入ってから何度もこうやって運んだ事があるんだけどな」
「だって、それは私が寝てる間だから……」
寝ている間になぜお姫様抱っこされたのを知っているのかは謎だが、シンはこれ以上追及してはいけない気がして言葉を返せない。
「まぁいいか、いくよ!」
空中に浮遊した二人の姿は、一瞬のうちに屋上からかき消えたのであった。
☆
翌日Tokyoオフィスのリビング。
前日の訓練について報告しながらコミュニケーターで撮影した映像を見ていると、最後の巨岩が砕け散るシーンでフウが小さく溜息を付く。
「オーバー・キルだが……まぁこれならDD捜索でおかしなモノが出てきても即座に対応できるだろうし、対物ライフルの持ち運びで苦労することは無くなるだろう。
ところで、この間アラスカに持っていったDDの分析結果が出たぞ」
プロメテウス義勇軍が軍組織としてかなりユニークな点は、情報共有が徹底している点にある。
本来ならば秘匿事項になる情報でも、当事者については例外なくアクセスする事が出来るのである。
「外殻の合金や接合方法、多脚を動かすアクチュエーター、関節のジョイント方式、バッテリ、そして内蔵AIに関しては、この惑星の既存技術より数世代進んだ技術が使われている」
「……ちょっと待って下さい。
既存技術と比較できるという事は、その延長線上にあるという意味ですか?」
「ああ、その通り。
あの多脚ロボットは、この惑星に非常に近いテクノロジーで作られている。
内部の強度が必要とされない部分の材質は、この惑星産のアルミやステンレスと組成がほとんど変わらない金属で作られているからな」
「……」
確かにあの多脚ロボットは、DARPAの出資企業で作られた動物型のロボットに酷似していると言えなくもない。
もっともあれだけのサイズで飛び跳ねる運動性を発揮するロボットは、どんな形状であれシンは見たことがなかったのであるが。
「これらの技術はともかくとして、問題は内部構造の詳細についての考察結果だ。
どうもあの個体はDDと呼ばれる文字通り、廃棄されていたのは間違いないと考えられる。
大きな根拠として、内部の重要な構成要素である筈の通信ユニットや攻撃武器が取り外された形跡があるそうだ」
「結局作られた世界では、粗大ゴミの価値しかなかったという事なんですかね」
「ああ、我々から見ると技術的にはシンギュラリティになりそうな価値がある技術の集合体だがな」
「それで、あの個体はこれからどういう扱いになるんですかね?」
コミュニケーションが不可能だったとは言え、包囲したシン達から必死に逃げようとしたあのAIについてシンは不思議な感情を覚えていた。
単なるAIに刻まれたプログラミングとは思えない、必死で逃げる罠にかかった動物のような動きはシンの脳裏にしっかりと刻まれている。
「AI以外は、Congohと付き合いのある研究機関や企業に持ち込まれる事になるだろうな。
肝心のAIについては、Congohの専門家に引き続き調査して貰うことになる」
「AIに関してはチップを分解してリバースエンジニアリングするよりも、まずコミュニケーションが可能かどうか時間を掛けて調べるべきなんでしょうね。
もしこの惑星と由来が異なるAIから知識が得られたら、その価値は計り知れないような気がしますし」
「ああ、そうだな……確かに我々Congoh内部の人間なら当然そう考えるだろうな」
日頃から高度なAIに接しているCongoh社内のメンバーは、AIに関して過度の感情移入をしてしまう傾向にある。
更に付喪神という概念を身を持って体感しているTokyoオフィスのメンバーにとっては、それはごく自然な事に思えてしまうのであった。
お読みいただきありがとうございます。




