026.See You
Tokyoオフィスの玄関。
訪問してきたアイが、フウと一緒に設置されたばかりの墓石を眺めている。
「あらら、何か凄い事になってるわね」
「だろ?さすがにこれは想定外の事態だよ。
花壇として、整備した訳じゃないのに」
Tokyoオフィスの敷地は、セキュリティ上の理由から樹木などの装飾が全く無い。そんな中で墓石の周囲には、色鮮やかな花々が美しく咲き乱れている。大使館を訪れる外来者が、思わずスマホで撮影してしまうような見事な出来栄えである。
「造花?なんだろうけど、なんか作り物の感じがしないな」
「ナナによると、人工物だけどある意味生きてるらしいよ」
「……本物のフェアリーガーデンだな」
「この花壇の花は、アンがお供えした切り花をモデルにして出来てるらしいんだ」
「そのうち『本物の妖精』まで見えるようになるんじゃないか?」
「おいおい、それって冗談に聞こえないから!
自分でフラグを立ててどうする?」
明らかに想定外の事態が起きているのであるが、二人は全く深刻に捉えていないようだ。
「他の宇宙でも、植物に対しての美意識は変わらないのかな」
「そう言えば、外惑星に行った経験があるシンも、似たような事を言ってたかも」
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リビング。
ロングソファで寛いでいるアイは、膝の上にピートを載せている。
ひさしぶりに彼女に会えたピートは、普段は出さない甘い声色で思いっきり甘えている。
目が開かない頃から彼女の世話をしていたアイは、本当の意味でのピートの母親なのである。
「貴方がアキラ君ね」
ここでフウと一緒にリビングに現れたアキラに、アイは声を掛ける。
「シンさんのメンターにお会いできて光栄です」
「そんな大した者じゃないわよ。
ねぇ今時間あるかしら?」
「はいっ?」
「ちょっと鍋を振るってもらえるかしら。
そうね、ジャーにご飯があるならチャーハンを作ってくれる?」
「了解です」
いきなりの腕試しのリクエストに、アキラは戸惑うことなく応じる。
シンから普段の修行?の様子を聞いていたので、それに比べればアイの一言はそれほど唐突には思えなかったのであろう。
中華料理はTokyoオフィスのメンバーのレパートリー外だが、厨房を頻繁に利用するシンのために調味料や素材はしっかりと用意されている。老抽王や金蘭醬油の在庫はもちろん、作り置きのチャーシューもマリーの大好物なので在庫が切れる事は無い。
「分量は一人前で良いですか?」
「もちろんジャーの中身、全部!
丁度炒飯が食べたかった」
いつの間にリビングに現れたマリーが、アキラに当然のように指示する。
「ラジャ」
マリーに彼女の口癖に倣い答礼したアキラは、キッチンに入ると手際よく食材を揃えて調理を開始する。
「後ろ姿から見ると、シンが調理してるのと区別が出来ない」
キッチンの入り口からアキラを眺めているマリーは、鋭い感想を漏らしている。
「……本当に。もう何年も鍋を振ってるような手際の良さね」
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巨大な平皿に盛られた炒飯を前に、マリーは実に嬉しそうな表情をしている。蓮華では無く巨大なとりわけスプーンで出来たてを口に運ぶと、思わず素直な感想を漏らす。
「ん〜うまうま!」
蓮華を使って炒飯を口に運んだアイも、納得の表情である。
「シンから習った鍋振りの技術が、的確に生かされてるわね。
ここのコンロの火力は、チャーハンだと使いやすいでしょ?」
「はい。自宅のコンロよりも火力が強いので、炒めていても楽ですね」
「母星では、料理をしていたの?」
「僕はまだ小さかったので、全くしていませんでした。
シンさんに教わって、料理をしたのが初めてです」
☆
数日後、Tokyoオフィス。
「……目が疲れてるのかなぁ」
夕方帰宅するなり、アンが眉間を擦りながら呟いている。
「どうした?お前が眼精疲労って言うのは、似合わないぞ」
「ははは。自分の仕事は味覚中心なんで、確かに似合わないですよね。
フウさん、この辺りで蛍って生息してましたかね?」
「蛍って、あの光るやつだろ?
ここはイケブクロの住宅地だから、暗渠とか下水道の近くでは生息できないだろ?」
「ですよね。じゃぁあの光輝は不思議だなぁ」
「アン、まさかあの墓石の周辺じゃないよな?」
「ええ。良くわかりましたね」
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夜半のコミュニケーター経由の会話。
「なぁアキラ、お前あの墓石について何か知ってるんじゃないか?」
「……実害が何かありましたか?」
「実害と言えるほどの事は、起きていないが」
「きっとあの墓石の持ち主が、悪戯好きだったんでしょうね」
「なんだって?」
「全く同じでは無いですけど、似たような墓石は昔見たことがあるんですよ」
アンや他のメンバーが遭遇した『妖精の悪戯』について聞きもせずに、アキラは断言したのであった。
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