025.Hoping For Tomorrow
「アキラ、今日の夕食、ゲストを受け入れて貰えないかな?」
アキラの部屋に新たに設置されたコミュニケーターから、シンの声が聞こえてくる。
校長からあると便利だと言われて設置したのであるが、深く考えもせずに了承したのは失敗だったかも知れない。
「……ああ、問題無いですよ。何人様ですか?」
まるで飲食店の予約を受けるようなアキラの言い方に、シンは思わず吹き出しそうになる。
「一人はマリーで、もう一人はマリーの知り合いの古株」
「じゃぁ炊飯器、もう一台稼働しておきますね」
マリーに関しては何度も食事に来ているし、更に彼女の知り合いなら間違いなく健啖家であろう。
「うん、宜しく。とっても気の良い人なんだけど、僕が忙しくて食事を用意出来なくなっちゃってさ。
一番弟子に用意して貰うって言ったら、やっと機嫌を直してくれてね」
「シンさんの代理ですか……責任重大ですね」
「いや、中華料理に関しては僕と同じレヴェルに達してるから、何の心配もしてないよ」
☆
アキラが作るいつもの夕食。
メニューは有り合わせのものだが、いつもよりも若干品数が多い。
特に牡蠣を使ったメニューが多いのは、近所の魚屋で新鮮なものが手に入ったからであろう。
マリーは慣れた様子で、どんどんとラーメン丼に入ったご飯を空にしている。
「いやぁ、どれを食べても美味い!
本場の台菜を食べれる機会なんて滅多にないから、とっても嬉しいよ」
マリーとは上背が違うが、そっくりの容姿の彼女はまるでマリーの係累のように見える。
定期的にTokyoオフィスを訪ねているのは、マリーやルーに会いに来ているのであろう。
「それに、どれを食べても雑味がぜんぜん感じられないんだよね。
作ってくれたのが、アキラだからかなぁ」
「はぁ……師匠に教わった通りに作ってますので。
変なアレンジが出来るほど、調理技術はありませんし」
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「あの墓石を見つけたのはアキラなんだろ?」
デザートのジェラートを食べながら、ボナと名乗った彼女はざっくばらんな口調である。
「はい。
実際には、ノエルと一緒に見つけたのが正解ですけど」
「推察なんだけど、アキラは見つけた瞬間に墓石の意味を理解してたんじゃない?」
「……」
「やっぱりね」
「……個人的な意見ですが、あれがDDとして現れたのなら弄らないでそっとしておくべきだと思います。中身を見る事は何らかの手段で可能だと思いますけど、それはやってはいけないような気がしますね」
「ふぅ〜ん、自分と全く同じ意見だね。
フウにもそう進言しておくね」
「プロメテウス本国にも、似たようなものがあると聞きましたけど?」
「本国にあるのは、特殊な記録装置みたいなものだから。
墓碑銘的な意味は無いと思うなぁ」
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Tokyoオフィスリビング。
フウとアンが緑茶を手に、雑談に講じている。
「ボナの言う通り、アラスカの資料室で保管するのは、ちょっと違うような気がするんだよね」
「ええ。どうせなら、Tokyoオフィスの敷地の中に置きません?」
「そうだな。
一般の墓地に置く訳にはいかないし、鎮魂の意味から目が届く場所の方が相応しいかな」
「ハワイベースの海辺なんて相応しいかも知れないですけど、後々地元住民と揉めそうな気がしますし」
別の世界から次元を超えて飛んできた墓石を、『アウマクア』の精神があっても直ぐに許容するのは難しいかも知れない。
「そうだな。まずは取引のある石材屋さんに、安置用の台座を作ってもらおうか。
SID、黒曜石で台座の発注を頼めるかな?」
『了解です。
あの墓石が、収まる溝があれば良いですよね。
どうせなら同じ比率の直方体にしましょうか』
☆
Tokyoオフィスの敷地は、実に殺風景である。
地下には大戦時に作られた広大な地下施設が埋もれているが、その存在は時間の経過と共に忘れられている。地上にはシンプルな大使館の建物と小さな換気口あるだけで、まるで巨大なサッカーコートの中に存在しているクラブハウスのようである。
そんな中、大使館の入り口付近に記念碑のようなモノが設置された。
漆黒の磨かれた墓石?には、何も刻まれていないのでニホン風のシンプルな墓石には見えない。
よって外部から訪れる人には、まるで何かの記念碑のように見えるのである。
そんな中、マリーはボナに言われて毎日お供え物を置くようになった。
お供え物と言ってもコンビニで買い出ししたお菓子を、毎回一つ墓石の前にさりげなく置くだけであるが。
マリーが習慣?としてお菓子を置くようになってから、悪ノリした他のメンバーも何かしら食べ物を置くようになった。アンだけは食べ物ではなく、小さく作った花束だったのであるが。
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「ねぇアン、お供え物なんだけど、翌日になると跡形もなく消え去るのってなんで?」
「えっ、近所の野良猫とかが、食べ散らかしてるんじゃないの?」
「包装紙の残骸とか、そういう形跡は残っていない。
まぁ元々お供え物だから、別に良いんだけど」
「う〜ん。
ピートは人間のお菓子を食べる習慣は無いし、不思議だよね」
「私はアンが、いつも片付けてくれてたんだと思ってた」
「そういえば花束も、いつの間にか無くなるんだよね。
敷地に立ち入るには正門を通らないといけないから、SIDの監視をスルーするのは無理だと思うけど。
不思議だなぁ」
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