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035.Tell Me Something New

 陸上防衛隊の体験入隊(ブートキャンプ)を何とかクリアしたリコは、今度は義勇軍の操縦カリキュラムに従って航空物理学の授業を受けていた。

 もともと理数系の科目が得意であるリコは、レイの的確な指導もあって難なく授業を消化しているのであるが……


「航空物理学って、こんなのが操縦と関係あるのかな?」

 同じ授業を受けているルーは楽々クリアしたブートキャンプとは違って、全く余裕が無い。

 持ち前の高い知能指数があるのでドロップアウトこそしていないが、泣き言を思わず漏らしてしまう情けない状況である。


「昔は米帝空軍の中でも、そう思われてたんだけどね。

 実際にドックファイトを経験すると、理解しているかどうかで生存率が全然違ってくるんだよ」

 二人の操縦インストラクターであるレイは、ルーのやる気を疑わせる一言を叱責することもなく優しい口調で応える。

 

「たとえばアンブッシュするのでも、高い位置で敵を取り囲めると有利でしょ?

 空戦の位置エネルギーっていうのは野戦の位置取りと同じで、生き残るための命綱だから。

 頭を使わずに直観だけで飛んでいる戦闘機乗りは、長生きできないよ」


 歩兵として戦術をオペレート出来るルーは、レイの一言でその重要性をすぐに理解出来た様だ。


「ちょっと退屈してるみたいだから、実際の空戦の映像でも見てみようか。

 SID、用意してあったのを出してくれる?」


「EOP変換画像XXXを表示します」



「この映像は凄いですね。まるでシナリオがある映画みたい」

 リコが緊迫感溢れるドックファイト映像を見ながら呟く。

 記録映像とは思えないアップやズームの連続は、通常ではあり得ない演出である。


「ああ、これはEOPっていう異星人のテクノロジーで撮影されたものだから。

 空域全体を記録しておいて、後から視点の位置を変えられるらしいよ」


「この黒いファントムのパイロット、凄い腕前ですね。

 米帝の有名なエースパイロットなんですか?」

 リコの冷静な分析を横目に、ルーは無言で画面に釘づけになっている。


 黒いファントムは機銃だけを使って、旧式のMiGを次々と撃墜していく。

 コミックや映画の世界では機銃で撃墜するシーンが多発するが、実際のドックファイトではまず起こりえない光景である。


「……まぁ、機体が当時のものよりも機動性が高い実験機だからじゃないかな」

 レイは具体的に機体やパイロットの詳細には触れずに、言葉を濁してその場を誤魔化したのであった。



                 ☆



「すいません。授業以外にいつも御飯までご馳走になっちゃって」


「今はそれ程忙しくないし、外食が多いと飽きちゃうでしょ?

 それにマリーが居ない時の食事の支度は、それほど手間がかからないから」


「レイの作る御飯、大好き!

 このロールチキンのカツレツも美味しい!」


「それはルー好みのキエフ風だからね」


「レイはユウさんみたいなニホン料理は作らないの?」


「う~ん、食べるのは好きだけど自分では作らないかな。

 ユウ君の場合は長年修行してプロの料理人のレヴェルだから、同じようなものを作るのは無理だと思うしね」


「姉さん、これを食べれなくて残念だったね」


「マリーは馴染みのビストロにフウさんと行ってるから、もっと美味しいランチを食べてると思うよ」


「ああ、あそこは姉さんに連れてってもらったけど、確かに美味しかった。

 でも私は食べ慣れた味の、レイが作ってくれたロシア料理の方が好きだな」


 ハワイでの長期滞在からすっかりレイに懐いているルーは、レイに年相応の笑顔を見せる。

 父親という存在が希薄な家庭で育ったリコも二人の関係を羨ましく思っているが、シャイな彼女がルーの様に態度で表すのは難しい。


「美味しくて、ちょっと食べすぎました……」

 さすがに大食いのルーと同じボリュームの皿は、リコにはボリューム過多の様である。


「じゃぁリコ、お皿に残ってる分頂戴!」

 ルーは籠に山盛りになっていたライ麦パンを一人で食べつくしたにも関わらず、まだ胃袋には余裕があるようだ。


「私と背格好は変わらないのに、良くそれだけ食べれるよね」


「まだまだ成長期だからね~。一杯食べてフウさんみたいなナイスバディになるんだ!」


「午後からはシミュレーターを使って飛行訓練だから、ちょっと長めに休憩するからゆっくりしていて。

 胃の中身をちゃんと消化していないと、シミュレーターで酔うと後始末が大変だからね」


((……))

 


 一時間後。


 地階のセキュリティが厳重な部屋に入室すると、そこは空調が強烈に効いているサーバールームのような部屋である。19inchラックが整然と並んでいる隅には、ゲームセンターで見るような筐体が複数並んでいる。

 

「これがシミュレーターなんですか?」


「うん。このVRヘッドセットがこのシステムの肝の部分でね。

 まだ惑星上に数台しかない試作品だから、壊さないようにね」


「高いの?」


「うん、新車のロールス・ロイス一台分かな」

 レイの一言で、ヘッドセットをいじっていたリコの動きがピタリと止まる。


 実物の射出座席が取り付けられコックピットを模したそのシミュレーターは、スティックやラダー、スロットルも本物が取り付けられている。

 だが本来ならばLCDや計器が並んでいる筈の正面の計器盤は、細かい突起が並んでいる平面で何も取り付けられていない。

 シミュレーター本体は、油圧で動くアクチュエーターで支えられて床から浮き上がっているので、これは状況に伴って座席も動くというシステムなのであろう。


「シートに腰かけてから、ヘッドセットを付けてくれる?」

 レイがメインスイッチを投入すると、数秒後スティックと、スロットの位置や計器盤の位置が微妙に移動する。


「うわっ、これは……」


 先に座ったリコの視界には、ハワイの最終日に操縦したA-4のコックピットが現実と見紛う細密さで映っている。

 キャノピーの外には、航空基地のハンガーや滑走路の風景までもが鮮明に見渡せる。

 この没入型の最新HMDヘッドマウトディスプレイは画素数が市販品より桁違いに多く、まるで現実世界に居るかのように感じる事ができるのである。


「あっ、スイッチや計器にも触れる……」


「それじゃぁ、順番に離陸から着陸までやってみようか。

 リコのコールサインは……とりあえず『Rascal One』ね」


 シミュレーターが設置された場所の横にある、大画面の液晶が複数並んでいるデスクに腰かけレイが指示を出す。

 レイの目の前にはリコが見ているのと同じ映像と、彼女の視線のマーカーが同時に映っている。


「エンジンスタート!

 こちらコントロール、離陸を許可します。そのまま滑走路に進入して下さい」


「ら、Rascal One、了解。離陸します」

 ハワイで実機を操縦してからそれ程時間は経っていないが、リコは離陸や着陸の経験は無い。

 滑走路の路面の振動やターボジェットエンジンの振動すら正確にエミュレートされているので、このシミュレーターは仮想現実に対する没入感がとても高い。


 アナログ計器のフューエルゲージが残量僅かになるまで、リコは水平飛行や旋回などの基本的な動作を繰り返してから着陸した。

 特に大きな問題も無く初めてのシミュレーター訓練を乗り切れたのは、先に実機の操縦を経験していたからに違い無い。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 ルーがリコと同じA-4のシミュレーターで着陸後、HMDヘッドマウトディスプレイを外しながらルーがレイに問いかける。

 彼女は終始リラックスした状態でスティックを操り、リコと同じくフライトに対する高い適性を持っているのが見て取れる。


「ねぇレイ、このシミュレーターでトムキャットのデータってないの?」


「ああ、これは現役機種の訓練用に開発したから、退役後に再利用される見込みの無い機種用のデータは無いんだよ」


「え~、無いんだ。操縦してみたかったなぁ。

 あの昔の映画のシーン、恰好良かったのに」


F-14(トムキャット)は整備コストが高くてイラン空軍以外に現役で使ってる国は無いみたいだしね。

 ハワイベースで、ジョンが趣味でレストアしてるみたいだから、今度行った時に見せてもらえば?」


「うわぁ、飛ばせてもらえたりする?」


「う~ん、何年先になるかなぁ。モスボールされている機体は沢山あるみたいだけど、F-14(トムキャット)の場合パーツが手に入らないってジョンもぼやいてたしね」




「今日はお疲れ様。

 これはお土産だよ……こっちがルーで、これはリコだね」


「へっ、DVDメディア?」


「うん、面白い作品だから英語の勉強ついでに見てね。

 ルーは今日は泊まるんだっけ?そうだリコ君も夕飯を一緒に食べていきなよ」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「うわっ、今日はピッザなんだ」

 フロアに強く漂う焼けたチーズの香りに、テンションが上がったルーが思わず声を上げる。

 訓練を終了後シャワーを浴びてからリビングに戻ってきた二人だが、覗いたキッチンではレイ以外にもフウやアンが総出でピッザ生地を伸ばしているのが目に入る。


「ず、ずいぶんと沢山焼くんですね」

 Tokyoオフィスでピザをご馳走になった事が無いリコは、焼かれているピザの枚数を見てかなり引き気味である。

 彼女はマリーと面識はあるが、彼女が食事をしている場面に遭遇した事が無いのだろう。


「これじゃ、全然足りないかな。二人とも手を洗って手伝ってくれる?」


 数分後、リビングのテーブルには焼きたてのピッザが、まるでランチタイムの食べ放題ピッザ店のようにずらりと並んでいた。

 店舗と大きく違うのはすべてのピッザにはカットが入っておらず、手を付けた者はその皿を綺麗に食べきる必要がある点である。

 イタリアではカットした丸ピザをシェアする習慣は無いので、これはトーキョーオフィスでは当たり前の光景なのである。


 さっそく満面の笑顔で食べ始めたマリーの様子を見て、その食事風景をはじめて目にしたリコが大きく口を開けて唖然としている。

 ナイフとフォークを使ってピッザを食べるマリーの様子は一見ゆったりと見えるが、カットしてから口に入れるという一連の動きがとても早い。

 ワゴンの上にまとめられた空き皿の高さが、どんどん高くなっていく。


「リコ、ほら早く食べないと冷めちゃうよ」

 大きなビールジョッキをぐいっと呷りながら、ルーがリコに笑いかける。


「うん!」

 リコは手許のマルゲリータの皿で、勢いよくナイフを動かしたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎ 


「お兄様、あの二人のシミュレーターの習熟度はどうですの?」

 アンは好物のミラノ風厚焼きピッザを頬張りながら、レイに視線を向けて小声で尋ねる。

 アルミの専用皿に乗せて窯に入れた厚手のピッザは、底に油が回ってより香ばしく焼きあがっている。


「今日初めてだったシミュレーションフライトも無難にこなしてたから、オワフの実機での訓練時間はだいぶ短縮できそうだね」

 レイは食べなれた米帝スタイルの厚手のパン・ピザを、ゆっくりと食べている。


「じゃぁ、ジョンさんに二人のソロ・フライト用の機体を用意するように連絡しておきますね」


「うん、この間ユウ君がフェリーしてくれた分は双発だから、ストック分のF-16でいいかな。

 宜しく!」


 トーキョーオフィスの平和な夕餉は、こうしていつもの様にゆったりと過ぎていくのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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